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赤い星が消えるまで

――――――――
――――――
―――……

 ……瞼を開く。
 薄暗い天井を眺めながら、ここ最近繰り返し見るようになった夢――強いて分類するなら悪夢だろう――の内容を反芻する。

「またか……」

 いい加減辟易とする。オレは頭を軽く振って意識を整えた。

「マヤを助けてくれる奴が現れる、なんて都合のいい内容なら、もっと後味良くしてほしいもんだが」

 マヤが黄金の呪いから解かれた後、遠く離れていく誰かを止められずに、地獄のような苦しみを味わうところで毎回終わる。
 マヤが救われる代わりに他の大切なものを失うことになる、とかいう暗示か?マヤ以上、いや、マヤと同じくらい大切なものができる未来なんて全く想像できねぇが。

「……マヤ」

 オレは黄金像と成り果て、動かなくなって随分と経ってしまった妹を見やる。
 どれだけ手を尽くしても、何を頼っても、元の姿に戻すことはできなかった。
 ……少しずつ、心の底に諦めの言葉が現れ始めている。もう十分頑張った、ありとあらゆることをしただろう、なんて、甘ったれた感情だ。

「必ず、必ず帰ってくる。……信じてくれ、マヤ」

 何度目かになる言葉。奥底にある澱みを振り切るように、オレは再び暗い洞窟から外の世界へと踏み出す。
 その先には見慣れた広大な雪原が待っている――……はずだったのだが。


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「……はぁ?」

 状況が把握できないオレはひどく間抜けな声を出してしまう。
 目の前にあったのは雪原ではなく、何故か美しい花々が咲き乱れる草原だった。
 なんだこれは。意味が分からない。いくらなんでも、一晩で気候がここまで変動するなどあり得ない。

「…………」

 混乱しているものの、このままこうして立ち尽くしているわけにはいかない。オレは周囲に注意を払いつつ探索を開始する。
 ……しばらく歩いていると、ぽつんと建てられた小屋と、その屋根の上で……釣り?をしているような人影を見つけた。
 なんだ、屋根の上で釣りって。でも明らかに糸を垂らしてるんだよな……。首を傾げながらも、その人影に声をかけてみることにする。

「おーい」

 ……反応がない。集中しているのか耳が遠いのか、オレの声が聞こえていないようだった。
 仕方がない。もう一度叫んでダメなら、屋根の上に登ってみるしかないか。

「おーーーい!」
「なんじゃ?」
「……ッ!?」

 その声は、背後から聞こえてきた。オレは驚き急いで距離をとる。どうにか呼吸を整え、チラリと屋根の上を確認すれば、そこにあったはずの人影は跡形もなくなっていた。
 馬鹿な、一切気配を悟らせず……?

「……アンタ、何者だ」

 強い警戒状態のまま、オレは目の前の――女?に問いかける。
 紫のローブを羽織ったその姿は体つきからして間違いなく女であるはずなのだが、なぜかそのように感じられなかった。

「わしか?わしはお前たちの世界でいうところの預言者という者だ」
「……預言者?」

 めちゃくちゃに胡散臭い自己紹介だ……。とはいえこいつがただ者ではないことは間違いなく、その言葉を完全に否定することはできずにいた。

「お前、どうやら人生に迷っているな?若者にありがちといえばありがちだが、そうさな。お前に一つ預言をやろう」
「は、お節介なことで」
「そうとも。預言者とはそういうものだからな」

 言いながら彼女?は不敵に笑った。面倒だ、と頭の隅で思う。こういうタイプは何を言おうが一方的にやりたいことを押し付けてくる。
 オレは諦めて肩を落とし、預言者の話を聞いてやることにした。

「で?預言ってなんだよ。オレは忙しいんだ、話すなら手短に頼むぜ」
「まぁ待て。今からお前を視て最もふさわしい預言を――……ん?」
「?」

 先程まで飄々と語っていた預言者の言葉が急に停止する。裏が読めない軽薄な微笑もナリをひそめ、その顔には疑問がありありと浮かんでいた。

「お前、まさか……いや、そんなはずはないか。それこそ、神の力でもなければ無理な話よな」
「は?」
「いいや、気にするな!すまないな。わしも随分老いたようで、少しばかり瞳が曇っていたようだ」
「……はぁ……?」

 意味深な言葉を誤魔化すようにカラカラと笑われる。何だったんだ?
 訝し気な視線を飛ばしても、それ以上語ってはもらえないようだった。まぁ、オレもそこまで気になっているわけじゃないんでいいんだが。

「さて。気を取り直して、お前に相応しい預言を与えよう」

 言うと、彼女?は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと唇を動かし始める。

「お前は地の底にて勇者と出会う。その者を守れ。さすればいずれ、お前の贖罪は果たされる」
「……勇者……」
「ま、わしの預言を信じるかどうかはお前さん次第だ。いつか運命と巡り合ったとき、この言葉を導の一つとするが良い」

 かか、と軽妙に笑う彼女の声はオレの意識から既に遠ざかっていた。
 それよりも、勇者、という名前だ。

(……どこかで、聞いたことがあるのだろうか)

 なぜかとても懐かしくて、暖かな響きのように感じられる。
 勇者、勇者――……。

 ――――カミュ!

「――――、」
「む、そろそろ時間か。ではな、青年。良き旅路を歩まん事を」

 ……意識の奥底から、優しくオレの名を呼ぶ『彼』の声が浮かび上がる。懐かしく、暖かなその声。
 遠く過ぎ去りし時は、恐らくそんな意図で与えられたわけではない『預言』によって呼び起こされた。

「……ああ……」

 預言者を名乗る人物はとうに消え、美しい草原は見慣れた雪原へと姿を変えていて――オレは、その儚い白の上に身を崩した。

 ああ、そうだ。ようやく思い出した。オレが幾度も見続けたアレは、夢なんかじゃない。
 あの悪夢は現実だ。かつてのオレが経験した過去だ。
 ここにいるオレとは違う人生を送った、違う時間での出来事だ。

 唇を強く噛み締める。あんなに強く願っていたのに、記憶を手放してしまった。一筋、赤黒い滴が雪の大地へと伝い落ちていく。

「……タイムロスは、今から巻き返せばいい」

 オレは唇を拭い、クレイモランへと歩みだす。
 前回のオレは短剣やらを多少扱えるただの一般人だったが、今のオレは盗賊だ。その上預言者とかいう胡散臭い存在にも出会った。恐らくこの調子だと、取り戻したオレの記憶が役立つ場面はほとんどないだろう。
 それでも、預言者は勇者の名を出した。ならきっとオレは、この世界でもアイツに出会える。――それだけで十分だ。

(地の底にて勇者と出会う、か)

 オレが前回と違う人生を送った以上、相棒もそうである可能性が高い。となれば、アイツとの出会い方もまったく違うものになるだろう。
 そうなると現状最も勇者に近づけるヒントはあの預言だけだが……。

(……前回との共通項は、マヤが黄金の像になってしまったこと)

 そして、それを救う手立てがないこと。ここから考えるに、恐らくオレ達にとって欠かすことの出来ない重要な事件は同じように発生している。ならば……。

(勇者たちが命の大樹に向かうっていうのも、確実に起こりそうな出来事の一つだろうな)

 あそこには勇者の剣が封じられている。どんな強敵と戦うにしろ、アイツはいずれあの剣を手にすることになるだろう。
 そして、前回と同じであればあの場所に向かうためにはオーブが必要になる。オレが調べた限り、少なくとも今はまだレッドオーブは勇者たちのもとには集まっていない――……。

(……よし)

 元々マヤを救うために狙いをつけていた代物だが、記憶を取り戻した今、アレにそんな効果がないことは理解している。
 だが同時に、オーブを集め、命の大樹にたどり着く助けをすることこそが、マヤを救う一番の道になることも分かっていた。

(待ってろよ、マヤ、相棒)

 オレは遥か遠方デルカダール地方を目指すため、行動を開始した。
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