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赤い星が消えるまで

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―――……

「マヤ、ちょっといいか。話したいことがあるんだが」

 邪神ニズゼルファを倒し、世界に真の平和が齎されてから数日が経ったある日のこと。
 次の夢や目標の為パーティを解散し、戻るべき場所へ戻ったオレ達はそれぞれの生活を送り始めていた。

「うん?なんだよ兄貴、改まって」

 オレはマヤの元へと戻り、慎ましやかだが確かに幸福な生活を送っていた。……だが、オレはこの「終わり」を享受するために、「ここ」に来たわけじゃない。

「実はな、マヤ。オレは――……」

 ――今こそ約束を果たすため、マヤに全てを話そう。オレが隠してきたこと、全てを。


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 時折起こる頭痛や吐き気、体内が燃えるような感覚。残りわずかな寿命。
 二度に及ぶ時渡りと三度目の人生――かつて交わした約束を果たしたいと言う身勝手な願い。
 荒唐無稽で信じがたい話であるはずのそれらを、マヤは驚くほどすんなりと受け入れた。

「なんかさ、自分でもよく分かんないけどウソだって思えないんだよな。全部ホントのことって気がする」

 いしし、と笑った妹の姿にオレはひどく安堵して涙が出そうに――なったが、カッコ悪いのでどうにか抑えた。
 マヤは楽しそうな光を瞳に宿して、軽く首をかしげる。

「それで?おれに話をしたってことは、いよいよこーどー開始ってわけだろ?これからどうすんのさ」


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 イシの村にいる彼を奪いに行くと言えば、もちろんついてくから!と力強く頷いてくれたマヤ。
 村へと向かう道すがら、マヤは「そういえば」と問いを投げかけてきた。

「その、勇者をやめさせるって約束さ、じゃしん?倒したら終わりなんじゃないの?だって、勇者の使命とかしごとって、悪い奴ぶっ飛ばして世界をへーわにすることなんでしょ?」

 だったらもう別にやることないんじゃないの、と首をかしげている。

「……確かに『勇者の使命』はそれで終わりだ。けど、それで『勇者』から解放された訳じゃない」
「……?」
「魔王を倒したって、邪神を倒したって、世界が救われて平和になったって、アイツ自身が自由と幸福を得られるかと言ったらそれは違うってことさ。たとえ全てがアイツの望みであり願いであったとしても、『その先』が見えなければ、いつまで経ってもアイツは勇者のままで、勇者であることをやめられない。やめさせてはもらえない。……少なくとも、オレが約束を交わした『勇者』はそうだった」

 ――世界から、人々から、『それ以外』を望まれなかった勇者。
 彼はまるで救済のために作られた機構のようで、きっと恐らく、彼には『自分の為』というものがなかった。
 弱きを助け強きを挫き、如何なる危機にも決して怯まず、ただ他者の為にその身の全てを費やしたもの。
 ……正しく美しい、尊き希望の光。

「だから、『今の』勇者サマを救っても意味なんかないのかもしれねぇ。『今の』勇者は、オレと約束したことすら知らないだろうし。そもそも性格だってまるで違うから、マヤの言う通り、今更やることなんざ何もないのかもしれない。だからこれは、ここまで足掻いてきたオレの自己満足ってやつだ」

 ……それでも。

「それでも――アイツに頼まれたからな。『どうかよろしく』――ってさ」
「……そっか」

 マヤは、オレの話していることを全て理解した訳ではないようだったが、それでも満足げに微笑んでくれた。

「なら、気合入れてがんばんないとね」

 いしし、と笑って背中を叩いてくる。……ああ、そうだな。

「イシの村まではあと少し。夜になる前にはつきたいとこだし、少しペース上げるぞ。いいな、マヤ」
「おっけー兄貴!」


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 空の色が茜から浅紫に移り変わる頃、オレ達はイシの村に到着した。人々はせっせと夜の支度をし、終わった者から家へと戻って行く。

「……なーんか地味な村。あそこにいるデカイ……けもの?はすごいけど」

 と、オレ達が捉え、村の守り神としたムンババは指しながら言う。まあ、確かにマヤ好みの村ではないかもな、と小さく苦笑した。
 ……しばらく村の様子を調べていると、アイツの母親――ペルラさんを見つけた。が、いつも明るく元気な印象があったその表情には、どこか陰りが見える。

「こんばんは、ペルラさん」
「おや、カミュさん。こんばんは。あの子に会いに来てくれたのかい?」
「ええ、そんなとこです」
「そっちにいるのは……妹さん?随分可愛い子だねぇ」
「いしし、ども~♪マヤって言います、よろしくっ」

 マヤに声をかけるその姿は記憶にあるペルラさんと変わりがないように見えて、やはりどこか無理をしているように感じられた。

「ペルラさん、何だか元気がないようですが……何かありましたか?」
「……分かっちまうかい?いやね、どうも最近、あの子の様子が変で……」
「「変?」」

 思わずマヤと声を重ねてしまう。

「上手く言えないんだけど、何だかずっとそわそわしているような、かと思えばぼーっとしているような……とにかく、妙なんだよ」
「……そうなんですね」
「……」

 どうすんの、というマヤの視線。オレは、詳しく話してみる、と目だけで返答を行う。

「……実は、オレ達アイツを旅に誘おうかと思って、ここに来たんです」
「旅?」
「はい。明日出発する予定なので、今日の内に相談出来ればと」
「…………」

 オレの言葉に、ペルラさんは黙りこむ。しばらく顎に手を当てて考え込んでいたかと思うと、「それじゃあ」と口を開いた。

「……あの子が元気になるまで、連れ回してもらってもいいかい?」
「ええ、もちろん!オレ達、そのつもりで来たんですから」


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 草木も寝静まる、深い夜。オレはペルラさんに「外で話すので」と適当に説明し、アイツの部屋の近くで息をひそめていた。

「――……?」

 耳をそば立てると、微かに――本当に微かに、泣いているような声が聞こえてきた。それはすぐに途切れたので、寝息の聞き間違いかとも思ったのだが……。

「……カミュ……」
「――、」

 滲んだ声で呼ばれた名。オレは息を呑み、それでも、まだだ、と彼の様子を伺い続ける。

「会いたい……会いたいんだ、カミュ……」
「……っ、マヤ」
「分かってるって、待ってるからさ」

 いしし、と小さく笑ったマヤに外を頼み、オレはついに彼の部屋の窓を開いた。


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「そんなに情熱的に呼ばれたら、応えないわけにはいかねぇな」
「――っ!?」

 驚いてベッドから勢いよく飛び起きた相棒。その瞳は赤く、先程耳にしたアレは聞き違いではなかったのだと気づく。

「……ボクの部屋には、盗めるようなものは何もないよ」

 ぼふん、と拗ねたようにベッドにもぐり直す勇者。まぁ、男が泣き顔見られるのは大分恥ずかしいもんな、と苦笑する。
 オレはストン、と彼の部屋に侵入しつつ、相棒へ言葉をかける。

「いいや、ある」
「……?」
「お前を盗みに来た。勇者サマ」

 ピクリ、と布団がほんの少し震えた。オレは先程の彼の言葉を思い出しながら続ける。

「……なあ、勇者サマ。お前が会いたがってるのは、『このオレ』じゃぁないんだろ」

 たった一言。「オレも覚えている」という一言の事実を、ここに至るまでに伝えることができなかった。
 オレは最大限の謝意を込めながら、彼へ救いの言葉を告げる。

「お前が会いたいカミュは……『記憶が戻ってもきっと忘れない』とみっともなく鼻水たらしながら約束して、『また会おう』と喉を涸らしながら約束した、『あの時の』オレだろ?」

 タイミングが合わなかったという言い訳をすれば一番楽なのかもしれないが、その中身は「オレの苦しみを見せたくない」という酷く醜く身勝手なものだ。

「寂しい思いをさせて、ごめんな。お前の相棒はここにいる」

 優しく白の鎧を剥ぎ取って、赤い目の少年を静かに抱きしめる。オレはとことん自分勝手な己に自嘲しながらも、湧き上がる想いに腕を震わせた。
 ――……ああ、やっとここまで、辿り着いた。

「……ボクの、相棒の、カミュ?」
「ああ、そうだ。お前の――『勇者の相棒』の、カミュだ」

 呆けた顔と声で問いかけてきた彼に、オレは滲んだ声で返す。するとついに相棒は、ボロボロと大粒の涙を零し始めた。

「う、ぅっ……カミュ、カミュ……っ」
「随分待たせちまったな。本当はもっと早くに話すつもりだったんだが」

 子供の様な泣き声を漏らす彼の背を、あやすようにポンポンと柔らかく叩き、撫でる。落ちつくまでゆっくりと穏やかなテンポでそれを続けながら、オレは小さく呟いた。

「……ようやくお前を解放できる。長かったオレの旅はこれで終わりだ。そして――相棒、お前の旅はこれから始まる」

 ……身勝手で、汚くて、特別な力もなくて、誰かの助けがなければどこにも至れない、ただの人間のオレだからこそ。
 ここに、この結末に、行きつくことが出来た。

「言っただろ。お前を盗みに来た、って」
「――まさか」
「ああ、そのまさかだ」

 勇者の身体を軽やかに抱えて、窓の外で待機していたマヤと合流する。「いしし、グッジョブ兄貴~!」と、明るい笑顔で出迎えてくれた。

「初心に帰って逃亡生活から、ってな!」
「ふ、ふふ、もう……仕方ないなぁ!」

 楽しそうに笑った相棒の声が、まるで『あの時の』お前のようで。
 それを聞けただけで、オレは十分に、報われたような気がしたんだ。

 ――ああ。また、槌で殴られているような痛みが襲って来たけれど。体内が燃えるように熱く、腹からせり上がる赤黒い液体を、いつまで留めておけるかも分からないけれど。
 それでもオレは、ゆったりと満たされた笑みを浮かべる。

 たとえ、あの日オレ達を救ってくれたお前と違っても。
 滅びなかったユグノアで、正しく王子として育てられた勇者でなかったとしても。
 それでも、構わないんだ。

 この魂が燃え尽きて灰になる前に、オレは『お前』を救えたんだから。

「……ああ、なんて綺麗な星空なんだろう」

 彼の柔らかな呟きに従って見上げれば。
 勇者の星が消えた夜空に、蒼い流星が駆けぬけていくのが見えた――……。
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