このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ある手帳

私は彼女を殺したのだと思う。

殺すつもりはなかった――という常套手段の言い訳を使わせてもらおう。私にそんな意思はなかった。そんな考え思い浮かびもしなかった。けれど、私は彼女を殺していた。

苦しい悲しいと嘆く声を千々にして、痛くて辛いという叫びを聞いて、私は彼女と入れ替わり立ち代わり、姿を変え存在を維持していた。

私にとっては大した負担ではなかった。ここに来た時も私は似たような手法をとったのだから、大した負担になるわけがなかった。問題は私ではなく、この体の持ち主の方だった。

結局のところ、普通の人間に過ぎない彼女の精神が、魂が、こんなやり方に耐えられるわけがなかったのだ。私は、救ったつもりで彼女を殺していたのだ。

彼女の最期の言葉。「待っていて」。死期を悟っての言葉か、それとも終焉に至るまでの祈りの言葉か、意味がどちらかまでは図ることが出来なかったのだけれど。

ああ、可哀想に。彼女の話ではない。この世界の話だ。彼女はよくできた英雄メンタルだった。ザ・ヒロイン!その手で正義を成し、人を救う尊き救世主だった。

この世界には正義と救いが必要なのだ。それは必ずしも英雄である必要はないが、英雄であればなお良かった。彼女はその条件を見事に満たしていた。優しく強く温かな魂。魂に見合った力の持ち主。

彼女は蛮神を屠れ、帝国を蹴散らすことが出来、状況を打開する刃を常に持っていた。それが星に愛され、クリスタルに選ばれた者であることの証明だった。なんてすばらしいことだろう。

私から見て、彼女は奢っていたわけではない、と思う。その手が届かず仲間の死を見送ることしかできなかったのはあれが初めてではなかったし、だからこそその矢が未来を射抜くと信じていたのだ。

「一緒なら大丈夫だ」「今度こそ誰も死なせない」「私の矢で守ってみせる」「一人じゃないのだからきっと」――そんな思いを巡らせて、彼女はあの場所へと突入したのだ。

結論、死んだ人間が悪かった、の一言に尽きる。大切なものを失った人間は弱くなるか強くなるかのどっちかだ。彼女は弱くなってしまった。――いや、強くなろうとした瞬間に消えたのだ。

私の過失だ。つまりは、弱い間に彼女を過保護に守りすぎた。彼女の嘆きと叫びは、ここに立ち続けるために必要な楔だったのだ。私はそれを引き抜いて引き抜いて、全て引き抜ききってしまった。

世界は知らない。英雄が知らぬうちに消えたことを。人々は知らない。英雄がどこの骨とも知れぬ女に殺されたことを。なれば、憐れな庇護者のために私は仮面をかぶってあげよう。

そう――光の戦士、スノーリァ・リノスという女の仮面を。

とはいえ、仮面にも限界はある。どれだけ完璧な模倣にもいつか綻びが生じる。生じたら生じたで開き直ってしまえばいい。彼女のことは悪いと思っているが、そこまでする必要はない。

彼女が望んでいないからとか、義理がないとか、精神的負担がとか、そういうことではない。開き直った方がメリットが大きい、ただそれだけの話。

仮面が割れるなら割れればいい。模倣が失敗したなら失敗すればいい。そんなことで内部崩壊を起こしてどうする。

まろび出た真実がどうしようもないものだったとしても、力には変わりない。敵に勝ちたいのなら、味方に強大な力があるのなら、迷わず振るえばいいのだ。

少なくとも、私は戦いに対して非常に肯定的であるのだから、彼らが迷う必要は一つもない、ということだ。

【とある手帳に記された内容】
1/1ページ
    スキ