麦と真珠
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【第1話 出会いは瓦屋根の上で】
「……ま、そろそろ帰るとしますかね」
情報収集のために、ある城に忍び込んだ俺様は、延々と連なる瓦屋根の片隅で辺り一帯を見渡していた。
順調だ。誰にも気付かれていない。
まぁ、本気で忍んだ俺様を見つけるなんざ無理な話なんだけど。
……なんて考えていたその時。向こうの屋根に人の姿が見えた。
俺様の知らない人間だった。この城にいる人間については把握している。事前に部下にも調べさせたし、俺様自身も確認した。
この城の人間じゃないのか?
それによく見ると女の子じゃないの、あれ?
しかも、忍じゃない。それなりのトコの姫さんだと言われても納得できる格好だ。
なんで、こんなとこいるわけ?こんなとこで何してんの?ていうか、そもそも誰?
「……うわっ!?」
「!?」
あちら側から声が聞こえたと思ったら、あの子は足を滑らせて落下しそうになっていた。
「……っ!?」
「危ないッ!」
気づいたらあの子を助けるために動いていた。
間一髪のとこであの子を抱えて、瓦屋根の上に戻った。
「……あ、あれ?私、屋根の上にいる?」
状況が理解できていないみたいだった。まぁそりゃそうか。俺様が一瞬で救出したわけだし。
地面に落ちるかと思ったら屋根の上に……って、わけわかんないもんね。
「……!?あ、あなたは誰?」
そして、ようやく俺様に気づいたようだった。
「誰……ってそりゃこっちの台詞!あんた、この城の人間じゃないでしょ?」
「え……?あぁ……そっか、そりゃあわかんないか……いや、そういうあなたこそ、ここの人間じゃない……よね?」
「そりゃ俺様はね。ていうか、その含みのある言い方はなんなのさ」
「私はこのお城に住んで……いや、住んでるって言っていいのかな?正直、閉じ込められてるって言ったほうがいいかも」
「……は?」
この子、さらっと衝撃的なことを言わなかった?……閉じ込められている?
「なんかね、私……邪魔みたいなの。父上には、何人か奥方がいるんだけどね。父上は私の母上のこと、あんまり好きじゃないみたいでさ。私の存在を外に知られたくないみたいなんだよね……それで、閉じ込められてるっていうか」
……微笑みを浮かべながら話してはいるけど、哀しそうな目をしていた。すべてを悟ってしまっているような、そんな感じもした。
「父上は……本当は父上なんて呼びたくないんだけどね、あんな奴」
「何があったかよくわかんないけどさ、別に呼びたくなかったら呼ばなくていいんじゃない?少なくとも俺様の前ではさ」
「それもそうだね……っていうか、ごめん。初対面でいきなりこんな話しちゃって」
「ま、忍び込んできたヤツに身の上話するなんて、珍しい姫さんだよね」
「まともに話聞いてくれる人、いないからさ。ずっと前は母上も一緒にいたんだけど……私は今ひとりでね」
この子の母親は亡くなっているようだった。この子の味方は、この城にいないってことなのか……?
「……まぁ、私の部屋にお食事持ってきてくれる人と、たまに父上の悪口で盛り上がることはあったんだけど」
「あらら」
けっこう強気な姫さんだった。そして、お父上はだいぶ人望がないようで。
「でも、最近はそういうこともなくなっちゃってさ……父上が権力を持ちすぎたから、なのかな。みんなそういうこと言うの、怖くなっちゃったみたいで」
確かに、ここの城主が刃向かう者を皆粛清するという噂は聞いたことがあった。そりゃ、悪口なんて言ってられないよなあ。
「……そういえばさ、あなたはどこの忍なの?」
「え、俺様?」
うーん、困ったな。流石に正体を明かすのはマズい。この子からは"そういうの"を一切感じないけど……念のため、ね。
「って、ダメか。普通に考えて……忍び込んだお城の人間に、所属とか名前なんて明かせないよねえ」
「……まあね」
話のわかる姫さんだった。
閉じ込められてる、なんて言ってたから相当世間知らずな姫さんと出会ったのかと思ったけど……相応の知識はあるのかもしれない。
「じゃあ、私の名前だけでも覚えてよ。私はなまえ」
「なまえ……」
やっぱり聞いたことがない名前だった。ここの城主がこの子の存在を公にしたくない……とはさっき聞いたけど、俺様たちにも知られていないって相当だわ。
「聞いたことない名前だな〜、って思ってる?それもそのはず。私の存在は、このお城に住むごく一部の人間にしか知られていないのです」
「ごく一部?あんた、どうやって生活してんのさ」
「まぁ、人があんまり来ない物置みたいなところで生活してるよ。限られた人以外は立ち入り禁止にしてるみたいだから、人が来ないのは当然なんだけどね。狭い部屋だけど、書物はいっぱいあるの」
「物置……ってあんた姫さんなのに」
「忌み嫌われた姫だからね、仕方ないよ」
忌み嫌われた、と淡々と言い切ったなまえは、すべてを悟って諦めたような表情をしていた。
「あんたが置かれている状況はだいたい分かったけど……さっきはなんであっちの屋根の上なんかにいたのさ」
まさか、ここから脱出しようとしていたのか?この子、そういう度胸はありそうだし。
「……星が見たかったの」
「星?」
「うん。部屋の窓からじゃ見える空が狭いの。もっと全体を見渡したくて」
「で、屋根に?」
「……うん」
……行動力のある姫さんだなあ。星を見るために、こんな夜にひとりで屋根に登るなんて。
「で、見事に足を滑らせたところをあなたに助けられたわけなんだけど。本当に助かった、ありがとう」
「ま、間一髪ってヤツ?どう?俺様かっこよかったでしょ」
「あ、ごめん。一瞬だったからさ……あんまりわかんなかったんだよね」
「うん、正直に教えてくれてありがとう」
淡々と事実を述べたなまえ。
……そうかもしれないけどさ?かっこいいの一言くらいくれてもいいんじゃないの?
「そういえば、忍って初めて見たかも。書物ではたくさん見たんだけどね」
「まぁ、そうそう会えるモンじゃないよ。そもそも、見えちゃったら忍んでないでしょ」
「……あ、そっか。じゃあすっごく珍しいんだ!」
嬉しそうに、にこにこと笑うなまえ。
……さっきみたいに、哀しさを感じるような微笑みじゃなかった。
「ところでなまえ、俺様そろそろ行かなきゃなんだけど……ひとりで降りられる?屋根から」
「あ……ひ、ひとりで。うーーーん……」
なまえは腕を組んで唸り始めた。ひとりで降りられる保証がないのに登ってきちゃったのね、この子……。
猫みたいだな、なんか。高いところに登ったものの、降りられなくなるっていうお約束のやつ。
「今なら、俺様がお部屋まで送り届けてあげられるんだけど」
「ひ、ひとりで行けなくもない……かなあ」
「そっか、じゃあ俺様」
「ごめんやっぱり怖いので一緒に来てください」
俺様が帰ろうとする素振りを見せると、なまえからすぐに本音がこぼれた。最初からひとりは怖いって言えばいいのに。
「はいはいっと。で、なまえの部屋は立ち入り禁止の物置……ってあぁ、あそこか」
「え?わかるの?」
「まぁ、忍び込む前に城絵図は手に入れてるからね」
「えぇ……忍ってすごいなあ」
なまえはきらきらした目で俺様を見る。
……そんな目で見るようなモンじゃないって、俺様は。
「じゃ、行きますよ……っと!」
「え?うわっ!?」
俺様はなまえを抱えると、一瞬で名前の部屋に移動した。どうよ、忍ってすごいだろ?
「……えっ?え!?ここ、私の……ど、どうやって来たの!?」
「んー?それは秘密」
「えぇ〜!?」
「じゃ、俺様本当に行かなきゃだから!……また忍び込むからそん時はよろしく、な」
「ま、また来てくれるの!?やった……!!」
「やった、ってあんたね……忍び込まれて喜ぶ人間なんていないっての」
「いいんだよ、私はそこらへんの人とは違うからね」
「まあ、星見るために屋根に登るような姫さんだからなあ……じゃ、またな。今度はじっくり星見せてあげるからさっ」
「うん、楽しみにしてるよ」
俺様は影になって、地中へと吸い込まれてゆく。これ見たらどんな反応するんだろうな?
「……えっ、沈むの!?どうなってるの!?えっ!?」
分かりやすく慌てるなまえ。
影に沈んでゆく俺様を見るなまえの反応をもう少し見ていたかったけど、俺様も暇じゃないからなあ。
……楽しみにしてるよ。また会えるのを、さ。
「……ま、そろそろ帰るとしますかね」
情報収集のために、ある城に忍び込んだ俺様は、延々と連なる瓦屋根の片隅で辺り一帯を見渡していた。
順調だ。誰にも気付かれていない。
まぁ、本気で忍んだ俺様を見つけるなんざ無理な話なんだけど。
……なんて考えていたその時。向こうの屋根に人の姿が見えた。
俺様の知らない人間だった。この城にいる人間については把握している。事前に部下にも調べさせたし、俺様自身も確認した。
この城の人間じゃないのか?
それによく見ると女の子じゃないの、あれ?
しかも、忍じゃない。それなりのトコの姫さんだと言われても納得できる格好だ。
なんで、こんなとこいるわけ?こんなとこで何してんの?ていうか、そもそも誰?
「……うわっ!?」
「!?」
あちら側から声が聞こえたと思ったら、あの子は足を滑らせて落下しそうになっていた。
「……っ!?」
「危ないッ!」
気づいたらあの子を助けるために動いていた。
間一髪のとこであの子を抱えて、瓦屋根の上に戻った。
「……あ、あれ?私、屋根の上にいる?」
状況が理解できていないみたいだった。まぁそりゃそうか。俺様が一瞬で救出したわけだし。
地面に落ちるかと思ったら屋根の上に……って、わけわかんないもんね。
「……!?あ、あなたは誰?」
そして、ようやく俺様に気づいたようだった。
「誰……ってそりゃこっちの台詞!あんた、この城の人間じゃないでしょ?」
「え……?あぁ……そっか、そりゃあわかんないか……いや、そういうあなたこそ、ここの人間じゃない……よね?」
「そりゃ俺様はね。ていうか、その含みのある言い方はなんなのさ」
「私はこのお城に住んで……いや、住んでるって言っていいのかな?正直、閉じ込められてるって言ったほうがいいかも」
「……は?」
この子、さらっと衝撃的なことを言わなかった?……閉じ込められている?
「なんかね、私……邪魔みたいなの。父上には、何人か奥方がいるんだけどね。父上は私の母上のこと、あんまり好きじゃないみたいでさ。私の存在を外に知られたくないみたいなんだよね……それで、閉じ込められてるっていうか」
……微笑みを浮かべながら話してはいるけど、哀しそうな目をしていた。すべてを悟ってしまっているような、そんな感じもした。
「父上は……本当は父上なんて呼びたくないんだけどね、あんな奴」
「何があったかよくわかんないけどさ、別に呼びたくなかったら呼ばなくていいんじゃない?少なくとも俺様の前ではさ」
「それもそうだね……っていうか、ごめん。初対面でいきなりこんな話しちゃって」
「ま、忍び込んできたヤツに身の上話するなんて、珍しい姫さんだよね」
「まともに話聞いてくれる人、いないからさ。ずっと前は母上も一緒にいたんだけど……私は今ひとりでね」
この子の母親は亡くなっているようだった。この子の味方は、この城にいないってことなのか……?
「……まぁ、私の部屋にお食事持ってきてくれる人と、たまに父上の悪口で盛り上がることはあったんだけど」
「あらら」
けっこう強気な姫さんだった。そして、お父上はだいぶ人望がないようで。
「でも、最近はそういうこともなくなっちゃってさ……父上が権力を持ちすぎたから、なのかな。みんなそういうこと言うの、怖くなっちゃったみたいで」
確かに、ここの城主が刃向かう者を皆粛清するという噂は聞いたことがあった。そりゃ、悪口なんて言ってられないよなあ。
「……そういえばさ、あなたはどこの忍なの?」
「え、俺様?」
うーん、困ったな。流石に正体を明かすのはマズい。この子からは"そういうの"を一切感じないけど……念のため、ね。
「って、ダメか。普通に考えて……忍び込んだお城の人間に、所属とか名前なんて明かせないよねえ」
「……まあね」
話のわかる姫さんだった。
閉じ込められてる、なんて言ってたから相当世間知らずな姫さんと出会ったのかと思ったけど……相応の知識はあるのかもしれない。
「じゃあ、私の名前だけでも覚えてよ。私はなまえ」
「なまえ……」
やっぱり聞いたことがない名前だった。ここの城主がこの子の存在を公にしたくない……とはさっき聞いたけど、俺様たちにも知られていないって相当だわ。
「聞いたことない名前だな〜、って思ってる?それもそのはず。私の存在は、このお城に住むごく一部の人間にしか知られていないのです」
「ごく一部?あんた、どうやって生活してんのさ」
「まぁ、人があんまり来ない物置みたいなところで生活してるよ。限られた人以外は立ち入り禁止にしてるみたいだから、人が来ないのは当然なんだけどね。狭い部屋だけど、書物はいっぱいあるの」
「物置……ってあんた姫さんなのに」
「忌み嫌われた姫だからね、仕方ないよ」
忌み嫌われた、と淡々と言い切ったなまえは、すべてを悟って諦めたような表情をしていた。
「あんたが置かれている状況はだいたい分かったけど……さっきはなんであっちの屋根の上なんかにいたのさ」
まさか、ここから脱出しようとしていたのか?この子、そういう度胸はありそうだし。
「……星が見たかったの」
「星?」
「うん。部屋の窓からじゃ見える空が狭いの。もっと全体を見渡したくて」
「で、屋根に?」
「……うん」
……行動力のある姫さんだなあ。星を見るために、こんな夜にひとりで屋根に登るなんて。
「で、見事に足を滑らせたところをあなたに助けられたわけなんだけど。本当に助かった、ありがとう」
「ま、間一髪ってヤツ?どう?俺様かっこよかったでしょ」
「あ、ごめん。一瞬だったからさ……あんまりわかんなかったんだよね」
「うん、正直に教えてくれてありがとう」
淡々と事実を述べたなまえ。
……そうかもしれないけどさ?かっこいいの一言くらいくれてもいいんじゃないの?
「そういえば、忍って初めて見たかも。書物ではたくさん見たんだけどね」
「まぁ、そうそう会えるモンじゃないよ。そもそも、見えちゃったら忍んでないでしょ」
「……あ、そっか。じゃあすっごく珍しいんだ!」
嬉しそうに、にこにこと笑うなまえ。
……さっきみたいに、哀しさを感じるような微笑みじゃなかった。
「ところでなまえ、俺様そろそろ行かなきゃなんだけど……ひとりで降りられる?屋根から」
「あ……ひ、ひとりで。うーーーん……」
なまえは腕を組んで唸り始めた。ひとりで降りられる保証がないのに登ってきちゃったのね、この子……。
猫みたいだな、なんか。高いところに登ったものの、降りられなくなるっていうお約束のやつ。
「今なら、俺様がお部屋まで送り届けてあげられるんだけど」
「ひ、ひとりで行けなくもない……かなあ」
「そっか、じゃあ俺様」
「ごめんやっぱり怖いので一緒に来てください」
俺様が帰ろうとする素振りを見せると、なまえからすぐに本音がこぼれた。最初からひとりは怖いって言えばいいのに。
「はいはいっと。で、なまえの部屋は立ち入り禁止の物置……ってあぁ、あそこか」
「え?わかるの?」
「まぁ、忍び込む前に城絵図は手に入れてるからね」
「えぇ……忍ってすごいなあ」
なまえはきらきらした目で俺様を見る。
……そんな目で見るようなモンじゃないって、俺様は。
「じゃ、行きますよ……っと!」
「え?うわっ!?」
俺様はなまえを抱えると、一瞬で名前の部屋に移動した。どうよ、忍ってすごいだろ?
「……えっ?え!?ここ、私の……ど、どうやって来たの!?」
「んー?それは秘密」
「えぇ〜!?」
「じゃ、俺様本当に行かなきゃだから!……また忍び込むからそん時はよろしく、な」
「ま、また来てくれるの!?やった……!!」
「やった、ってあんたね……忍び込まれて喜ぶ人間なんていないっての」
「いいんだよ、私はそこらへんの人とは違うからね」
「まあ、星見るために屋根に登るような姫さんだからなあ……じゃ、またな。今度はじっくり星見せてあげるからさっ」
「うん、楽しみにしてるよ」
俺様は影になって、地中へと吸い込まれてゆく。これ見たらどんな反応するんだろうな?
「……えっ、沈むの!?どうなってるの!?えっ!?」
分かりやすく慌てるなまえ。
影に沈んでゆく俺様を見るなまえの反応をもう少し見ていたかったけど、俺様も暇じゃないからなあ。
……楽しみにしてるよ。また会えるのを、さ。