猿飛佐助
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宴は終わり、丑三つ時。
俺は巡回を任された忍たちを適当に撒くと、目当ての場所へ向う。
姫の……あいつの居室だ。
当然ながら警護はいるが、その程度で足が止まるほど俺様は甘くない。
気配を殺し、屋根伝いに移動する。
……もう居室の前だ。案外簡単に辿り着いてしまったが、まさか罠じゃないだろうな?
「あらら、来てくれたの」
中から声がした。
間違いない、あいつの声だ。
障子が開く。
そこには宴の時と同じ着物姿の姫君。
そして、俺を見るなり笑みを浮かべた幼馴染がいた。
「……久しぶり。やっぱり佐助にはお見通しだったみたいだね」
その一言で確信した。
─────やっぱり、本人だ。
「……説明しろ」
俺は部屋へ飛び込むなり問い詰めた。
「はは、いきなりだね」
「当たり前だ!里の、お前の師匠からは……お前が死んだと……そう聞いていたんだ……」
「うん」
「それが……それが、なんでお前が姫に」
「……うん」
なまえは少し困ったように笑った。
昔と変わらない笑い方だ。
「参ったな。さて、どうしたらいいかな」
……こいつが困ったように呟いたのを最後に会話は途切れ、辺りを静寂が包んだ。
きっと話せない理由があるのだろう。いや、話せない理由しかないのかもしれない。
普通に考えたら異常だ。忍が姫に成り代わっているのだから。
「─────本当の姫様は」
あいつの表情から笑みが消える。
「三年前に亡くなったんだ」
空気が張り詰める。
なまえの伏せられた瞳の奥に、一瞬だけ昏い感情が揺れたような気がした。
「姫様は殺された」
「……誰に」
「分からない。だが毒殺だったらしい」
「いや待て。その姫が殺されたことと、お前に何の関係がある……?」
俺が質問をすると、なまえは気まずそうに視線を逸らした。
「あるよ」
「……なんで」
「私、姫様の影武者だったんだ」
「……は?」
一瞬思考が止まる。
姫君の影武者?
こいつが?
「里に……いや、私の師匠宛に直接依頼が来たんだ。それも極秘って感じでね。姫様と年齢が近くて体格も似てて、変装技術が高い忍……まあ、簡単に言うと姫様として振る舞えそうな忍を寄越してほしいって」
「それで、お前が選ばれたのか?」
「うん」
「……お前が?」
「そんな顔をされるなんて心外だね。まあ、私にも案外気品があったのかもしれないよ。師匠はそれを感じ取ったのかも」
……全然納得できない。当時のお前から気品なんてものは一切感じられなかった。
まあ、宴で完璧に姫として振る舞っていた事実を踏まえると、師匠の審美眼は間違っていなかったらしいが。
するとなまえは少しだけ遠い目をした。
「……最初は」
静かな声だった。
「本当に、影武者だったんだ」
姫君が表に出る時、危険な場所へ行く時。
────暗殺される可能性がある時。
そのような時にこいつが姫として振る舞う。
それが仕事だったらしい。
「だが、姫様は殺されてしまった。犯人は当然のこと、姫様が殺された理由までもが分からない……だから私はこうして真相を探っているんだ。いつか、犯人が目の前に現れるかもしれないからね」
こいつの眼差しから感じる、禍々しさにもよく似た気配。なまえは姫君として優雅に生きているわけでも、忍として割り切って生きているわけでもない。
ただ一つの執念だけを胸に、生き長らえている。
否応なく、そう思い知らされた。
「でも、私もいつまでこうして生きていられるか分からない……そもそも、お前みたいに器用な忍ではないんだ。きっとそう長くは生きられないだろう」
「どういう意味だよ、それ」
「……姫様は毒殺されたらしい、そう話しただろう?」
「だからそれと何の関係が」
「私も、いつの間にか毒を盛られていたらしくてね」
"毒を盛られた"
"そう長くは生きられないだろう"
「お前……ッ」
「そんな顔しないで?別にすぐ死にそうってわけでもないんだ……ただ、確実に私の身体は蝕まれている」
なまえは、部屋の一角に佇むように置かれている琴の前に座った。
だが、弦へ伸ばした手は途中で止まる。
指先は微かに震えていて、何度か指先を動かそうとしているものの、一音も鳴らせない。
「……前はちゃんと弾けたんだ。姫様に随分と教えてもらったから。でも、今は身体が言うことを聞かない」
まるで見えない何かに縛られているようで、その横顔は苦しげだった。
「もう、琴なんて弾けやしないんだ」
俺は巡回を任された忍たちを適当に撒くと、目当ての場所へ向う。
姫の……あいつの居室だ。
当然ながら警護はいるが、その程度で足が止まるほど俺様は甘くない。
気配を殺し、屋根伝いに移動する。
……もう居室の前だ。案外簡単に辿り着いてしまったが、まさか罠じゃないだろうな?
「あらら、来てくれたの」
中から声がした。
間違いない、あいつの声だ。
障子が開く。
そこには宴の時と同じ着物姿の姫君。
そして、俺を見るなり笑みを浮かべた幼馴染がいた。
「……久しぶり。やっぱり佐助にはお見通しだったみたいだね」
その一言で確信した。
─────やっぱり、本人だ。
「……説明しろ」
俺は部屋へ飛び込むなり問い詰めた。
「はは、いきなりだね」
「当たり前だ!里の、お前の師匠からは……お前が死んだと……そう聞いていたんだ……」
「うん」
「それが……それが、なんでお前が姫に」
「……うん」
なまえは少し困ったように笑った。
昔と変わらない笑い方だ。
「参ったな。さて、どうしたらいいかな」
……こいつが困ったように呟いたのを最後に会話は途切れ、辺りを静寂が包んだ。
きっと話せない理由があるのだろう。いや、話せない理由しかないのかもしれない。
普通に考えたら異常だ。忍が姫に成り代わっているのだから。
「─────本当の姫様は」
あいつの表情から笑みが消える。
「三年前に亡くなったんだ」
空気が張り詰める。
なまえの伏せられた瞳の奥に、一瞬だけ昏い感情が揺れたような気がした。
「姫様は殺された」
「……誰に」
「分からない。だが毒殺だったらしい」
「いや待て。その姫が殺されたことと、お前に何の関係がある……?」
俺が質問をすると、なまえは気まずそうに視線を逸らした。
「あるよ」
「……なんで」
「私、姫様の影武者だったんだ」
「……は?」
一瞬思考が止まる。
姫君の影武者?
こいつが?
「里に……いや、私の師匠宛に直接依頼が来たんだ。それも極秘って感じでね。姫様と年齢が近くて体格も似てて、変装技術が高い忍……まあ、簡単に言うと姫様として振る舞えそうな忍を寄越してほしいって」
「それで、お前が選ばれたのか?」
「うん」
「……お前が?」
「そんな顔をされるなんて心外だね。まあ、私にも案外気品があったのかもしれないよ。師匠はそれを感じ取ったのかも」
……全然納得できない。当時のお前から気品なんてものは一切感じられなかった。
まあ、宴で完璧に姫として振る舞っていた事実を踏まえると、師匠の審美眼は間違っていなかったらしいが。
するとなまえは少しだけ遠い目をした。
「……最初は」
静かな声だった。
「本当に、影武者だったんだ」
姫君が表に出る時、危険な場所へ行く時。
────暗殺される可能性がある時。
そのような時にこいつが姫として振る舞う。
それが仕事だったらしい。
「だが、姫様は殺されてしまった。犯人は当然のこと、姫様が殺された理由までもが分からない……だから私はこうして真相を探っているんだ。いつか、犯人が目の前に現れるかもしれないからね」
こいつの眼差しから感じる、禍々しさにもよく似た気配。なまえは姫君として優雅に生きているわけでも、忍として割り切って生きているわけでもない。
ただ一つの執念だけを胸に、生き長らえている。
否応なく、そう思い知らされた。
「でも、私もいつまでこうして生きていられるか分からない……そもそも、お前みたいに器用な忍ではないんだ。きっとそう長くは生きられないだろう」
「どういう意味だよ、それ」
「……姫様は毒殺されたらしい、そう話しただろう?」
「だからそれと何の関係が」
「私も、いつの間にか毒を盛られていたらしくてね」
"毒を盛られた"
"そう長くは生きられないだろう"
「お前……ッ」
「そんな顔しないで?別にすぐ死にそうってわけでもないんだ……ただ、確実に私の身体は蝕まれている」
なまえは、部屋の一角に佇むように置かれている琴の前に座った。
だが、弦へ伸ばした手は途中で止まる。
指先は微かに震えていて、何度か指先を動かそうとしているものの、一音も鳴らせない。
「……前はちゃんと弾けたんだ。姫様に随分と教えてもらったから。でも、今は身体が言うことを聞かない」
まるで見えない何かに縛られているようで、その横顔は苦しげだった。
「もう、琴なんて弾けやしないんだ」
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