猿飛佐助
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「──姫様のお通りだ」
従者の声が響くと、周囲のざわめきがぴたりと止んだ。
廊下の向こうから、数人の侍女を従えた姫君が歩いてくる。
……俺様にとっては敵方の姫だ。どうやら人質としてこの城に留め置かれているらしい。
「……は?」
姫君の顔を見るなり、間の抜けた声が漏れた。
……そんなはずがない。
死んだはずだ、何年も前に。
それなのに、目の前を歩いている姫君はどう見ても。
どう見ても、あいつだ。
なまえ……同じ里出身のくのいちだ。
「…………」
なまえは俺の存在に気付かないまま通り過ぎる。
いや、聡いあいつのことだ。気付いていたのかもしれない。
俺に視線すら向けなかったのはかえって怪しい。
「……何が、どうなってる?」
*
あいつとは幼馴染だった。
あいつは俺のいつも後ろを付いてきた。
俺が忍びの修行をしていると聞けば邪魔しに来て、俺が木登りをしていると聞けば真似して落ちる。
やんちゃなくせして、泣き虫で。
『さすけー!』
と大声で俺の名を呼びながら駆け回っていたガキだった。
それが、俺の記憶の中でのなまえだ。
今のなまえは背筋を伸ばして淑やかに歩き、誰が見ても高貴な姫君の顔をしている。
……あまりにも別人だ。でも絶対になまえなのだ。だからこそ余計に気持ちが悪い。
「……誰だよ、お前」
俺が放った言葉は、誰にも届くことはなかった。
*
─────数日後。
今日はここの城主主催の宴が開かれている。
俺様は大将の護衛として控えていたが、正直退屈で仕方がない。
マツリゴトがなんだの、身内の自慢だの……正直微塵も興味がない。
それは大将も同じなようで、先ほどから目の前のご馳走ばかりに気を取られている。
……いや、あんたは大将なんだから少しはマツリゴトの話に興味を持ちなさいよ。
「─────ところで、姫君は何か得意なものはございますかな?」
不意に、上座の武将が問い掛ける。
どうやら身内自慢の延長で、姫君にも火の粉がかかったらしい。
視線が一斉に姫へ集まった。
あいつは僅かに目を伏せると、
「……琴を」
と、静かな声で呟いた。
「ほう、琴を」
上座の武将が感心する様子を見せると、あいつは微笑んでこう言い放った。
「ええ、幼少より習っておりましたので……」
その言葉に、俺は思わず盛大に顔をしかめた。
幼少より、琴?
誰が?
……お前が?
(嘘つけ!)
思わず心の中で突っ込む。
(ガキの頃なんて俺様のこと追いかけ回してただろ……)
琴を触っている姿なんて一度も見たことがない。
あいつは泥だらけになって、朝から晩まで外を走り回っていた。
木から落ちるわ、川にも落ちるわ。
そのたびに泣きながら俺のところへ来た。
それが、それがなまえだった。
……なのに今は。
「まだ未熟ではございますが……」
などと慎ましげに答えている。
周囲の武将たちは感心したように頷き、あいつは柔らかく微笑む。
……どこからどう見たって、姫君だ。
けれど。
ほんの一瞬だけ、その笑みが揺らいだ気がした。あいつがほんの一瞬だけ、俺を見たその瞬間に。
あれは姫君の目つきではない、「忍」の目つきだ。
死んだと思っていた幼馴染。
敵方の姫。
人質。
─────そして。
どう見ても、自分の知っているあいつ。
(……面倒なことになりやがったな)
そう思いながらも俺は武将とあいつの会話に耳を傾けつつ、盃を傾ける大将の背後に控え続けた。
従者の声が響くと、周囲のざわめきがぴたりと止んだ。
廊下の向こうから、数人の侍女を従えた姫君が歩いてくる。
……俺様にとっては敵方の姫だ。どうやら人質としてこの城に留め置かれているらしい。
「……は?」
姫君の顔を見るなり、間の抜けた声が漏れた。
……そんなはずがない。
死んだはずだ、何年も前に。
それなのに、目の前を歩いている姫君はどう見ても。
どう見ても、あいつだ。
なまえ……同じ里出身のくのいちだ。
「…………」
なまえは俺の存在に気付かないまま通り過ぎる。
いや、聡いあいつのことだ。気付いていたのかもしれない。
俺に視線すら向けなかったのはかえって怪しい。
「……何が、どうなってる?」
*
あいつとは幼馴染だった。
あいつは俺のいつも後ろを付いてきた。
俺が忍びの修行をしていると聞けば邪魔しに来て、俺が木登りをしていると聞けば真似して落ちる。
やんちゃなくせして、泣き虫で。
『さすけー!』
と大声で俺の名を呼びながら駆け回っていたガキだった。
それが、俺の記憶の中でのなまえだ。
今のなまえは背筋を伸ばして淑やかに歩き、誰が見ても高貴な姫君の顔をしている。
……あまりにも別人だ。でも絶対になまえなのだ。だからこそ余計に気持ちが悪い。
「……誰だよ、お前」
俺が放った言葉は、誰にも届くことはなかった。
*
─────数日後。
今日はここの城主主催の宴が開かれている。
俺様は大将の護衛として控えていたが、正直退屈で仕方がない。
マツリゴトがなんだの、身内の自慢だの……正直微塵も興味がない。
それは大将も同じなようで、先ほどから目の前のご馳走ばかりに気を取られている。
……いや、あんたは大将なんだから少しはマツリゴトの話に興味を持ちなさいよ。
「─────ところで、姫君は何か得意なものはございますかな?」
不意に、上座の武将が問い掛ける。
どうやら身内自慢の延長で、姫君にも火の粉がかかったらしい。
視線が一斉に姫へ集まった。
あいつは僅かに目を伏せると、
「……琴を」
と、静かな声で呟いた。
「ほう、琴を」
上座の武将が感心する様子を見せると、あいつは微笑んでこう言い放った。
「ええ、幼少より習っておりましたので……」
その言葉に、俺は思わず盛大に顔をしかめた。
幼少より、琴?
誰が?
……お前が?
(嘘つけ!)
思わず心の中で突っ込む。
(ガキの頃なんて俺様のこと追いかけ回してただろ……)
琴を触っている姿なんて一度も見たことがない。
あいつは泥だらけになって、朝から晩まで外を走り回っていた。
木から落ちるわ、川にも落ちるわ。
そのたびに泣きながら俺のところへ来た。
それが、それがなまえだった。
……なのに今は。
「まだ未熟ではございますが……」
などと慎ましげに答えている。
周囲の武将たちは感心したように頷き、あいつは柔らかく微笑む。
……どこからどう見たって、姫君だ。
けれど。
ほんの一瞬だけ、その笑みが揺らいだ気がした。あいつがほんの一瞬だけ、俺を見たその瞬間に。
あれは姫君の目つきではない、「忍」の目つきだ。
死んだと思っていた幼馴染。
敵方の姫。
人質。
─────そして。
どう見ても、自分の知っているあいつ。
(……面倒なことになりやがったな)
そう思いながらも俺は武将とあいつの会話に耳を傾けつつ、盃を傾ける大将の背後に控え続けた。
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