冬芽が見つめし竜胆は
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────学生時代の話に花を咲かせていたら、あっという間に自宅へ到着した。
先ほどの話のせいで、私の心の中にはぼんやりと学生時代の刑部さんが佇んでいる。
「……あの、刑部さん。さっきの話の続きなんですけど」
私は買ったものを紙袋から取り出しながら、同じく購入品を取り出しつつ値札を切っている刑部さんに話しかけた。
「なんでわざわざ花壇に来てまで私と話したいと思ってくださったんですか?その……遠かったでしょう、あそこの花壇」
さっきは「何故か言葉を交わしたかった」とだけ言われてはぐらかされてしまったが、学生時代の話をする機会なんてなかなかない。気になることは今のうちに聞いておかねば。
「……生徒会室の窓からは、あの花壇がよく見えた」
「窓から、ですか?」
「ゆえに草花を世話するぬしの姿もよく見えた。毎日一人で世話するぬしの姿が」
「……一人、でしたね。確かに一人でした」
園芸部には部員が何人か所属していたが、あの花壇一帯は主に私が管理していた。一人で好き勝手やっていたのでそれなりに楽しかったが、側から見れば孤独ではあったのかもしれない。
「酷暑であろうと大雨であろうと、毎日花壇に訪れては健気に世話するなまえを、われは窓越しに見ておった……そんなぬしが生徒会室の扉越しに現れた日は、それはもう驚いたものよ」
「はい……はい?その口ぶりだと刑部さんは出会う前から私のことを知っていたということですか……?」
「今思えばわれの片恋慕よなァ」
「は……っ、初耳ですよそんなの!」
「今初めて申したゆえ」
「す、数年経ってからそんな真実を……」
「ぬしが"偶然"だと思っている出来事は、案外偶然とは言えぬやもしれぬなァ」
「そんなことあるんですか……!?」
……なんてことだ。
付き合ってから数年経ったこのタイミングでこんなことを伝えられるなんて。
「ぬしから"偶然"貰った菓子も美味であったなァ、われも"偶然"腹が減っていたゆえ」
「偶然渡したお菓子……?あ、もしかして調理実習で作ったカップケーキのことですか?」
確かにそんなこともあった。
調理実習でカップケーキを作った日の帰りに刑部さんに会って、渡したことを覚えている。
忙しくてお昼ご飯を食べられず猛烈にお腹が空いている、と言われて咄嗟に渡したのだ。
「…………われが言わねば、金吾に渡していたであろ」
金吾……小早川くんのことか。
確かに調理実習で作ったカップケーキが余っているという噂を聞きつけた小早川くんが、貰えるものはないかと色んな人に聞いて回ってたな。
「渡して……いたかもしれませんね。特にカップケーキへの執着はなかったので。でもどうしてですか?刑部さん、ああいうお菓子好きでしたっけ」
「難儀よなァ……ぬしに男心というものは」
……刑部さん、もしかして呆れてる?
確かにこれだけ長く一緒にいて、手作りのお菓子を渡したのはあのカップケーキだけかもしれない。
「しかし、ぬしを捕まえるのは苦労した。何を勘違いしたのかわれを避けては逃げ、避けては逃げを繰り返したこともあったゆえ」
「い、痛いところをつかないでください!あれはその、私が勝手に勘違いして……!」
─────あんまり思い出したくないことを思い出してしまった。
刑部さんが女子と親しげに話しているところを目撃した私が勝手に拗ねて、勝手に刑部さんを避けたのだ。
「だって仕方ないじゃないですか、好きとか交際とかそんな単語が聞こえてきたらそう思うじゃないですか……」
「なまえとわれが交際しているのか、と問われたゆえ」
「わかってます、わかってますよ……早とちりだったって……でもあの時はもう刑部さんのことを好きだったんですもん……」
だって仕方ない、初めてだったのだ。人をこれほどまでに好きになるのは。些細なことで喜んで、些細なことで落ち込んだりしたのは。
「…………久しいな。ぬしの口からわれを好いていると聞くのは」
「なっ……ぎょ、刑部さんだってあんまり言ってくれないじゃないですか……!」
「はて……?まぁ、偶にはわれに褒美をくれてやってもよかろ」
「ず、ずるい!」
「すまぬなあ、生憎われは狡い男でな」
刑部さんの視線が刺さる。
これは私が折れるまで続くタイプの視線だ。まったく諦める様子がない。
「す……好きです。好きですよ!わ、私は言いましたからね!?ほら!刑部さんも、言ってください……」
つい、恥ずかしさからなのか我儘を言ってしまった。普段はこんなこと言える柄じゃないのに。
「ヒヒッ、昔のぬしからは考えられぬな。われに我儘を言うとは……われの甘やかしの賜物やもしれぬなァ」
確かに刑部さんに甘やかされている自覚はある。
自覚はあるけど……口に出して言われると恥ずかしい。かなり恥ずかしい。刑部さんからは子供っぽいと思われているのだろうか。
「今宵はぬしの我儘に付き合うてやろ。夜は長いゆえ、な……」
私の顔を覗き込んだ刑部さんと視線が交わる。
─────とても子供を見るような目ではなかった。
先ほどの話のせいで、私の心の中にはぼんやりと学生時代の刑部さんが佇んでいる。
「……あの、刑部さん。さっきの話の続きなんですけど」
私は買ったものを紙袋から取り出しながら、同じく購入品を取り出しつつ値札を切っている刑部さんに話しかけた。
「なんでわざわざ花壇に来てまで私と話したいと思ってくださったんですか?その……遠かったでしょう、あそこの花壇」
さっきは「何故か言葉を交わしたかった」とだけ言われてはぐらかされてしまったが、学生時代の話をする機会なんてなかなかない。気になることは今のうちに聞いておかねば。
「……生徒会室の窓からは、あの花壇がよく見えた」
「窓から、ですか?」
「ゆえに草花を世話するぬしの姿もよく見えた。毎日一人で世話するぬしの姿が」
「……一人、でしたね。確かに一人でした」
園芸部には部員が何人か所属していたが、あの花壇一帯は主に私が管理していた。一人で好き勝手やっていたのでそれなりに楽しかったが、側から見れば孤独ではあったのかもしれない。
「酷暑であろうと大雨であろうと、毎日花壇に訪れては健気に世話するなまえを、われは窓越しに見ておった……そんなぬしが生徒会室の扉越しに現れた日は、それはもう驚いたものよ」
「はい……はい?その口ぶりだと刑部さんは出会う前から私のことを知っていたということですか……?」
「今思えばわれの片恋慕よなァ」
「は……っ、初耳ですよそんなの!」
「今初めて申したゆえ」
「す、数年経ってからそんな真実を……」
「ぬしが"偶然"だと思っている出来事は、案外偶然とは言えぬやもしれぬなァ」
「そんなことあるんですか……!?」
……なんてことだ。
付き合ってから数年経ったこのタイミングでこんなことを伝えられるなんて。
「ぬしから"偶然"貰った菓子も美味であったなァ、われも"偶然"腹が減っていたゆえ」
「偶然渡したお菓子……?あ、もしかして調理実習で作ったカップケーキのことですか?」
確かにそんなこともあった。
調理実習でカップケーキを作った日の帰りに刑部さんに会って、渡したことを覚えている。
忙しくてお昼ご飯を食べられず猛烈にお腹が空いている、と言われて咄嗟に渡したのだ。
「…………われが言わねば、金吾に渡していたであろ」
金吾……小早川くんのことか。
確かに調理実習で作ったカップケーキが余っているという噂を聞きつけた小早川くんが、貰えるものはないかと色んな人に聞いて回ってたな。
「渡して……いたかもしれませんね。特にカップケーキへの執着はなかったので。でもどうしてですか?刑部さん、ああいうお菓子好きでしたっけ」
「難儀よなァ……ぬしに男心というものは」
……刑部さん、もしかして呆れてる?
確かにこれだけ長く一緒にいて、手作りのお菓子を渡したのはあのカップケーキだけかもしれない。
「しかし、ぬしを捕まえるのは苦労した。何を勘違いしたのかわれを避けては逃げ、避けては逃げを繰り返したこともあったゆえ」
「い、痛いところをつかないでください!あれはその、私が勝手に勘違いして……!」
─────あんまり思い出したくないことを思い出してしまった。
刑部さんが女子と親しげに話しているところを目撃した私が勝手に拗ねて、勝手に刑部さんを避けたのだ。
「だって仕方ないじゃないですか、好きとか交際とかそんな単語が聞こえてきたらそう思うじゃないですか……」
「なまえとわれが交際しているのか、と問われたゆえ」
「わかってます、わかってますよ……早とちりだったって……でもあの時はもう刑部さんのことを好きだったんですもん……」
だって仕方ない、初めてだったのだ。人をこれほどまでに好きになるのは。些細なことで喜んで、些細なことで落ち込んだりしたのは。
「…………久しいな。ぬしの口からわれを好いていると聞くのは」
「なっ……ぎょ、刑部さんだってあんまり言ってくれないじゃないですか……!」
「はて……?まぁ、偶にはわれに褒美をくれてやってもよかろ」
「ず、ずるい!」
「すまぬなあ、生憎われは狡い男でな」
刑部さんの視線が刺さる。
これは私が折れるまで続くタイプの視線だ。まったく諦める様子がない。
「す……好きです。好きですよ!わ、私は言いましたからね!?ほら!刑部さんも、言ってください……」
つい、恥ずかしさからなのか我儘を言ってしまった。普段はこんなこと言える柄じゃないのに。
「ヒヒッ、昔のぬしからは考えられぬな。われに我儘を言うとは……われの甘やかしの賜物やもしれぬなァ」
確かに刑部さんに甘やかされている自覚はある。
自覚はあるけど……口に出して言われると恥ずかしい。かなり恥ずかしい。刑部さんからは子供っぽいと思われているのだろうか。
「今宵はぬしの我儘に付き合うてやろ。夜は長いゆえ、な……」
私の顔を覗き込んだ刑部さんと視線が交わる。
─────とても子供を見るような目ではなかった。
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