マギ夢小説<紅炎寄り>
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(いつも通りに、いつも通りに)
そんなことを心がけながら、ナマエは仕事に復帰していた。ただ仕事といっても以前より紅炎の側に付き添うようになっているため、他の侍女と顔を合わせる機会が少なくなっていた。
しかしナマエにとって紅炎の側にいる時の方が、精神力を試されているような気がする。
「こ、紅炎さま」
「なんだ」
紅炎の自室で、ナマエは身動きが取れなかった。何故か?それは紅炎にがっちりと後ろから抱きしめられたまま寝台でうつ伏せに倒れ込んでしまっているからである。
(あぁあ……最後の最後で気が緩んで転んでしまった……)
しかも寝台の上。
自業自得だが、それを見た紅炎が反応するのも仕方ないが、しかしナマエは数日前に男女の仲になったばかりの紅炎がそういう反応するのは考えづらいことであった。
先日、陛下が亡くなった。紅炎の実の父親が、病で伏せておられるのは知っていたが、そんな深刻な事態だとは知らなかったナマエは紅炎になんて声をかけていいのかわからず、結局触れることを恐れていたのだ。
(わたしが、余計に傷つけてしまったら。紅炎さまには、傷ついて欲しくない)
『あなたなんて、要らないのよ』
「っ!?」
ずくん、とナマエの胸が痛んだ。
頭に横切っていった女の声にナマエは急速に混乱し、戸惑う。知らないはずの声に、言葉に、ナマエは。
「おい、ナマエ」
「……ぇ?」
紅炎さま、何ですか。と言おうと思った。
けれど、ナマエの唇から溢れたのは。
「……ぅ、……っく、…ひ……っ」
「!?どうした、ナマエ?」
ぼろぼろと、ナマエのか細い嗚咽に紅炎は少し戸惑った。しかし体を反転させてナマエはぎゅう、と紅炎にしがみつく。
「ナマエ、」
「や、やだ、……捨てないで、いかないで、……い、いや…」
何かに怯えるナマエに紅炎はただ、じっと見つめる。ここまで何かに怯えるナマエは久しぶりに見た。
それは初めてナマエが紅炎に命乞いをした時よりも、ずっとずっと、痛々しいものだ。何か、紅炎にはわからない何かを怯え、拒絶している。
(何を怯えている?)
「おい、ナマエ……」
「『触れるな!!』」
ごぅっ!!と凄まじい風が起きた。その突然の異変に、紅炎はナマエから距離を取った。
「……お前は、」
ナマエは寝台の上で立ち上がっている。
しかし、紅炎は知っていた。
「お前は、誰だ?」
今、目の前にいるのはナマエではないことを。
ナマエの姿をした『それ』はふぅ、と深く息をついた。
『君とは、初めて出会うことになるのかな?紅炎。……まあ、どうでもいいことだけれどさ。あまりナマエを怯えさせないでほしいね、こちらは必死なんだから』
「こちら……?」
『少しは気づいているのだろう?この娘が、こちら側の人間ではないことを。君とは次元の違う世界の人間だということを。……ジュダルに言ったはずなんだけれど、僕は迷宮を有した精霊ではなくてね、あまり関わりたくないんだよ。……けれど』
ずいっと紅炎に顔を近づける『それ』。
『この娘に関しては、別なんだ』
「……お前は、何が目的だ」
『至極、単純なことだよ。そして、誰もが皆一度は願うものだ。……幸せ、だよ』
「……幸せ、だと?」
『そう。僕はこの娘の幸せを願う、ただそれだけの存在。だからマギや王を必要としていない。ただそれだけだ』
「……なら、何故ここに連れてきた?この世界の状況を、知らないわけではないだろう」
『少し不安ではあったけれどね。でも、言っただろう?僕はこの娘が幸せなら、それでいい。この娘は、それだけの代償を僕に払ってくれたのだから』
にこりと笑う『それ』に、紅炎は釈然としない表情のまま睨みつける。
「お前は、ナマエに何を払わせたのだ?」
『……それは、嫉妬心?ナマエが違う男と関わり合うのが、隠された記憶を共有していることが気に入らないのかな?』
「質問に答えろ」
『言葉にしたくない。……けれど、まあ言っておかないといけないか』
『それ』は紅炎の胸にとん、と指で示す。
『彼女は僕に命を差し出した。つまり、
………ナマエは、死んでしまったんだよ。遠い異世界で、僕がこちら側に連れてくるまで、ね』
僕は新しい世界に興味を持つことも、希望を抱くことができなかった。ソロモン王、そしてマギ、精霊となった者たちとどうしても生きようと思えなかった。
そんな僕を受け入れてくれる世界、もしくは僕が気にいる世界を探しているとひとりの女の子に目をつけた。まだ赤子だったその子を観察してみたいという好奇心と自分が関わったらどのように成長するのだろうという興味が湧いたのだ。
それから僕は観察者として兄という存在に成り代わった。観察対象、妹は何不自由なく育っていった。
ただ、妹は母に愛されていなかった。
「あたしの子供はあなただけよ。だからあなただけは、あたしの、お母さんの側にいてね?」
母は美しい女だった。外見だけを見れば、だったが。
妹を心底愛していた父は既に亡くし、母はそれを悲しみ、憎しみの対象を妹にぶつけていた。
「……他に痛いところは?」
「ううん。……もう、大丈夫」
母が出かけている間、僕は妹の怪我を応急処置していくようになっていった。妹はあまり外に出されることがなく、代わりに僕が外で遊ぶようにしていた。
「ねえ、兄さん。お父さんの歌、覚えている?わたし、まだ小さかったから、ぼんやりとしか覚えていないの」
「ああ……たしかに父さんはよく歌を作る人だった。でも、どうして急に?」
「……お父さんのこと、忘れたくないって思ったの。お母さんは、きっとお父さんがいなくなったから悲しくて、苦しんでる。だから、いつかお父さんのことを受け入れたらお母さん、きっと前みたいに優しくなる。そしたらね、お父さんの歌を一緒に歌ってあげたいの」
妹は優しく笑う。
「もし、そうなったら、お母さんもお父さんも喜んでくれるかな?」
純粋な、優しい心の妹を、僕は抱きしめていた。
妹は知らない。
母が優しさなど持ち合わせない、親としての意識など元々なかった人間であることを。
(……痛々しい。そしてそれゆえに美しい)
僕は妹を愛するようになった。こんなにも小さく、儚く、優しい存在を愛せずにはいられなかった。
けれど。
ニュースで交通事故があった。酷いもので運転手は死亡、巻き込まれた被害者の名前を見つめ、僕は母親の抱擁を受けていた。
「よかった……あなたが無事で」
「……ナマエ、が」
集中治療室の名札の名前に、そして変わり果てた姿の妹の姿に僕は視線が離せない。母の声も、母の腕の温度も、僕の中で何も影響など与えない。
ただナマエの存在だけが、僕を突き動かしていた。
(僕の魔法なら、ナマエを救える。けれどここは異界だ、うまく作用するかわからない。ならどうすれば。そうだ、元の世界に戻ればいい。そこでならナマエを救える)
この、痛々しく愛おしい娘を救えるのなら。
(僕のルフも、魔力も、全部捧げよう)
願いはただ一つ。
(この娘に、幸せな生を)
それが真実。
そうしてナマエは異界からやってきたのだ。精霊クラスのルフと魔力を有して。
「それでもこの世界のルフ、魔力も足りないからナマエはそれを補わないといけないのだけれどね」
それが吸血行為に繋がる。あの行為はそういう意味だったのだ。
「この物語の感想はいかがかな?紅炎」
「……」
「ちなみにナマエにはこの物語は失われているから、思い出すことはない。けれど記憶は消せても心は無理だったから、時々痛みを伴う。ナマエは不安定な存在だからね」
だからさ。
守ってあげることだ。ナマエを失いたくないのなら、愛しているのなら。
「ん……」
「起きたか?」
頭上から聞こえた声にナマエはばっ!と体を起こす。ナマエは紅炎の膝元から離れ、頭を下げた。
「も、申し訳ありません!あああの、わ、わたし、どうして?」
「……ナマエ」
「は、はい!」
「お前は、幸せか?」
「はい?」
「辛いと、寂しいと思ったことはあるか?」
首を傾けるナマエ。いったい紅炎は何を確認したいのかよくわからない。
わからないまま、ナマエは言った。
「今はそんなことを思わないです。わたしには、紅炎さまがいますから」
純粋で、愛おしい。痛々しいほどに無知な少女を紅炎は抱き寄せる。
そして。
「ナマエ」
「はい?」
「抱くぞ」
「……はいっ!?あ、あのあの、わたし、何も準備してませんし、汚いですから!」
「だったら洗ってやろう。俺も風呂に行く」
「何故にそんなやる気満々なんですか!?」
「元々そういう状況だったろう。心配せずとも明日は仕事を休んで構わん」
「そ、そういうことでは、」
「嫌か?」
「えっ」
「俺に抱かれるのは、嫌か?」
紅炎が意味ありげにナマエの腰を撫で上げると、びく、と体を強張らせてナマエは頬を赤らめる。
「……いや、とかではないです、けど」
「なんだ?」
「こ、紅炎さまが、……か、かっこよくて、困るので」
伏し目がちに顔を赤らめて恥じらうナマエ。
蠱惑的で、なおかつ自分が好いている女の言葉と顔に紅炎はめまいがした。
(……なんだ、誘ったのは俺の方だというのに)
心臓を掴まれるような、狂おしいほどの愛しさに紅炎は堪らず、ナマエを押し倒す。ナマエは「紅炎さま!?」と目を丸くする。
声を上げようと口を開こうにもナマエは唇も塞がれる。しばらくその状態が続くと、もうナマエには抵抗する気がすっかり失われていた。
「ナマエ……」
紅炎の熱を含んだ声音と視線に、ナマエはふわふわとした心地で見上げる。
(この人は、どうしてこんなに)
ナマエは手を伸ばす。
(……これが、誰かを好きになるということなのかしら)
触れた頬はあたたかくて、愛おしい。
それが、切なくなるほど嬉しい。
「紅炎さま、」
大好きです。そう言えることが、きっと何よりも幸せなことだとナマエは思った。
そんなことを心がけながら、ナマエは仕事に復帰していた。ただ仕事といっても以前より紅炎の側に付き添うようになっているため、他の侍女と顔を合わせる機会が少なくなっていた。
しかしナマエにとって紅炎の側にいる時の方が、精神力を試されているような気がする。
「こ、紅炎さま」
「なんだ」
紅炎の自室で、ナマエは身動きが取れなかった。何故か?それは紅炎にがっちりと後ろから抱きしめられたまま寝台でうつ伏せに倒れ込んでしまっているからである。
(あぁあ……最後の最後で気が緩んで転んでしまった……)
しかも寝台の上。
自業自得だが、それを見た紅炎が反応するのも仕方ないが、しかしナマエは数日前に男女の仲になったばかりの紅炎がそういう反応するのは考えづらいことであった。
先日、陛下が亡くなった。紅炎の実の父親が、病で伏せておられるのは知っていたが、そんな深刻な事態だとは知らなかったナマエは紅炎になんて声をかけていいのかわからず、結局触れることを恐れていたのだ。
(わたしが、余計に傷つけてしまったら。紅炎さまには、傷ついて欲しくない)
『あなたなんて、要らないのよ』
「っ!?」
ずくん、とナマエの胸が痛んだ。
頭に横切っていった女の声にナマエは急速に混乱し、戸惑う。知らないはずの声に、言葉に、ナマエは。
「おい、ナマエ」
「……ぇ?」
紅炎さま、何ですか。と言おうと思った。
けれど、ナマエの唇から溢れたのは。
「……ぅ、……っく、…ひ……っ」
「!?どうした、ナマエ?」
ぼろぼろと、ナマエのか細い嗚咽に紅炎は少し戸惑った。しかし体を反転させてナマエはぎゅう、と紅炎にしがみつく。
「ナマエ、」
「や、やだ、……捨てないで、いかないで、……い、いや…」
何かに怯えるナマエに紅炎はただ、じっと見つめる。ここまで何かに怯えるナマエは久しぶりに見た。
それは初めてナマエが紅炎に命乞いをした時よりも、ずっとずっと、痛々しいものだ。何か、紅炎にはわからない何かを怯え、拒絶している。
(何を怯えている?)
「おい、ナマエ……」
「『触れるな!!』」
ごぅっ!!と凄まじい風が起きた。その突然の異変に、紅炎はナマエから距離を取った。
「……お前は、」
ナマエは寝台の上で立ち上がっている。
しかし、紅炎は知っていた。
「お前は、誰だ?」
今、目の前にいるのはナマエではないことを。
ナマエの姿をした『それ』はふぅ、と深く息をついた。
『君とは、初めて出会うことになるのかな?紅炎。……まあ、どうでもいいことだけれどさ。あまりナマエを怯えさせないでほしいね、こちらは必死なんだから』
「こちら……?」
『少しは気づいているのだろう?この娘が、こちら側の人間ではないことを。君とは次元の違う世界の人間だということを。……ジュダルに言ったはずなんだけれど、僕は迷宮を有した精霊ではなくてね、あまり関わりたくないんだよ。……けれど』
ずいっと紅炎に顔を近づける『それ』。
『この娘に関しては、別なんだ』
「……お前は、何が目的だ」
『至極、単純なことだよ。そして、誰もが皆一度は願うものだ。……幸せ、だよ』
「……幸せ、だと?」
『そう。僕はこの娘の幸せを願う、ただそれだけの存在。だからマギや王を必要としていない。ただそれだけだ』
「……なら、何故ここに連れてきた?この世界の状況を、知らないわけではないだろう」
『少し不安ではあったけれどね。でも、言っただろう?僕はこの娘が幸せなら、それでいい。この娘は、それだけの代償を僕に払ってくれたのだから』
にこりと笑う『それ』に、紅炎は釈然としない表情のまま睨みつける。
「お前は、ナマエに何を払わせたのだ?」
『……それは、嫉妬心?ナマエが違う男と関わり合うのが、隠された記憶を共有していることが気に入らないのかな?』
「質問に答えろ」
『言葉にしたくない。……けれど、まあ言っておかないといけないか』
『それ』は紅炎の胸にとん、と指で示す。
『彼女は僕に命を差し出した。つまり、
………ナマエは、死んでしまったんだよ。遠い異世界で、僕がこちら側に連れてくるまで、ね』
僕は新しい世界に興味を持つことも、希望を抱くことができなかった。ソロモン王、そしてマギ、精霊となった者たちとどうしても生きようと思えなかった。
そんな僕を受け入れてくれる世界、もしくは僕が気にいる世界を探しているとひとりの女の子に目をつけた。まだ赤子だったその子を観察してみたいという好奇心と自分が関わったらどのように成長するのだろうという興味が湧いたのだ。
それから僕は観察者として兄という存在に成り代わった。観察対象、妹は何不自由なく育っていった。
ただ、妹は母に愛されていなかった。
「あたしの子供はあなただけよ。だからあなただけは、あたしの、お母さんの側にいてね?」
母は美しい女だった。外見だけを見れば、だったが。
妹を心底愛していた父は既に亡くし、母はそれを悲しみ、憎しみの対象を妹にぶつけていた。
「……他に痛いところは?」
「ううん。……もう、大丈夫」
母が出かけている間、僕は妹の怪我を応急処置していくようになっていった。妹はあまり外に出されることがなく、代わりに僕が外で遊ぶようにしていた。
「ねえ、兄さん。お父さんの歌、覚えている?わたし、まだ小さかったから、ぼんやりとしか覚えていないの」
「ああ……たしかに父さんはよく歌を作る人だった。でも、どうして急に?」
「……お父さんのこと、忘れたくないって思ったの。お母さんは、きっとお父さんがいなくなったから悲しくて、苦しんでる。だから、いつかお父さんのことを受け入れたらお母さん、きっと前みたいに優しくなる。そしたらね、お父さんの歌を一緒に歌ってあげたいの」
妹は優しく笑う。
「もし、そうなったら、お母さんもお父さんも喜んでくれるかな?」
純粋な、優しい心の妹を、僕は抱きしめていた。
妹は知らない。
母が優しさなど持ち合わせない、親としての意識など元々なかった人間であることを。
(……痛々しい。そしてそれゆえに美しい)
僕は妹を愛するようになった。こんなにも小さく、儚く、優しい存在を愛せずにはいられなかった。
けれど。
ニュースで交通事故があった。酷いもので運転手は死亡、巻き込まれた被害者の名前を見つめ、僕は母親の抱擁を受けていた。
「よかった……あなたが無事で」
「……ナマエ、が」
集中治療室の名札の名前に、そして変わり果てた姿の妹の姿に僕は視線が離せない。母の声も、母の腕の温度も、僕の中で何も影響など与えない。
ただナマエの存在だけが、僕を突き動かしていた。
(僕の魔法なら、ナマエを救える。けれどここは異界だ、うまく作用するかわからない。ならどうすれば。そうだ、元の世界に戻ればいい。そこでならナマエを救える)
この、痛々しく愛おしい娘を救えるのなら。
(僕のルフも、魔力も、全部捧げよう)
願いはただ一つ。
(この娘に、幸せな生を)
それが真実。
そうしてナマエは異界からやってきたのだ。精霊クラスのルフと魔力を有して。
「それでもこの世界のルフ、魔力も足りないからナマエはそれを補わないといけないのだけれどね」
それが吸血行為に繋がる。あの行為はそういう意味だったのだ。
「この物語の感想はいかがかな?紅炎」
「……」
「ちなみにナマエにはこの物語は失われているから、思い出すことはない。けれど記憶は消せても心は無理だったから、時々痛みを伴う。ナマエは不安定な存在だからね」
だからさ。
守ってあげることだ。ナマエを失いたくないのなら、愛しているのなら。
「ん……」
「起きたか?」
頭上から聞こえた声にナマエはばっ!と体を起こす。ナマエは紅炎の膝元から離れ、頭を下げた。
「も、申し訳ありません!あああの、わ、わたし、どうして?」
「……ナマエ」
「は、はい!」
「お前は、幸せか?」
「はい?」
「辛いと、寂しいと思ったことはあるか?」
首を傾けるナマエ。いったい紅炎は何を確認したいのかよくわからない。
わからないまま、ナマエは言った。
「今はそんなことを思わないです。わたしには、紅炎さまがいますから」
純粋で、愛おしい。痛々しいほどに無知な少女を紅炎は抱き寄せる。
そして。
「ナマエ」
「はい?」
「抱くぞ」
「……はいっ!?あ、あのあの、わたし、何も準備してませんし、汚いですから!」
「だったら洗ってやろう。俺も風呂に行く」
「何故にそんなやる気満々なんですか!?」
「元々そういう状況だったろう。心配せずとも明日は仕事を休んで構わん」
「そ、そういうことでは、」
「嫌か?」
「えっ」
「俺に抱かれるのは、嫌か?」
紅炎が意味ありげにナマエの腰を撫で上げると、びく、と体を強張らせてナマエは頬を赤らめる。
「……いや、とかではないです、けど」
「なんだ?」
「こ、紅炎さまが、……か、かっこよくて、困るので」
伏し目がちに顔を赤らめて恥じらうナマエ。
蠱惑的で、なおかつ自分が好いている女の言葉と顔に紅炎はめまいがした。
(……なんだ、誘ったのは俺の方だというのに)
心臓を掴まれるような、狂おしいほどの愛しさに紅炎は堪らず、ナマエを押し倒す。ナマエは「紅炎さま!?」と目を丸くする。
声を上げようと口を開こうにもナマエは唇も塞がれる。しばらくその状態が続くと、もうナマエには抵抗する気がすっかり失われていた。
「ナマエ……」
紅炎の熱を含んだ声音と視線に、ナマエはふわふわとした心地で見上げる。
(この人は、どうしてこんなに)
ナマエは手を伸ばす。
(……これが、誰かを好きになるということなのかしら)
触れた頬はあたたかくて、愛おしい。
それが、切なくなるほど嬉しい。
「紅炎さま、」
大好きです。そう言えることが、きっと何よりも幸せなことだとナマエは思った。