ナユタ検事に漫画(恋愛もの)を読ませると

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「……ホースケ、少々宜しいですか?」
「ん?どうした、ナユタ」


王泥喜法律事務所にて。

今日も今日とて多忙な仕事を何とか終えることができた王泥喜法介はネクタイを緩めながら、一息ついていた。

そんな時に国際検事として出張していたナユタが訪れ、法介の仕事の報告を聞き終わると、最初のセリフを言い出したのだ。

そして少し困惑している様子のナユタに、身構える。
……こういう時のナユタはろくなことを言わないのを、法介は知っているのだ。

「拙僧は、ナマエさんという婚約者を得てからも拙い恋愛経験を何とか補うために勉強をしてまいりました」
「? うん、そうだな?」

ナユタの婚約者であるナマエについてはよく知っている。
そしてその婚約者を、恋人を心底大切にしていることも知っている。というか聞かなくても物凄く惚気るほどに惚れ込んでいる、この男は。と法介はひしひしと感じている。

だが、そんなナユタが非常に真面目で勉強家であることを、感心してもいる。

だから、語られる話の内容があまりに予想外すぎた。

「その勉強の資料として、恋愛漫画や恋愛小説を読んだのですが。

………昨今の恋愛ものというのは、『王子が婚約破棄するもの』が流行っているのは何故でしょうか?」

「…………。…………ちょっと待て。ツッコミどころが多すぎる」

法介は眉をしかめ、額に指を当てながら考える。


…………まず。
恋愛経験を学ぶために、恋愛ものの小説とか漫画を読んだのか?コイツ。
ナユタの性格上、店員さんにオススメを聞いたとしても不思議じゃない。だって、ビックリするほどに真面目過ぎて、更に度胸があるから……書店でそういうことを平気で尋ねられそうだ。

しかも、最近のそういう漫画って、そういうの流行ってんのか?
………読んだことないから、全くわからねぇ。


「ええと……そういう内容の漫画を読んだの?お前」

法介の質問に、ナユタは「ええ」と頷いた。……正直、頷いて欲しくなかったと思う法介である。だって反応に困る。

これからどうやって話を繋いでいけばいいのかわからないではないか。

「……どんな話なんだ?恋愛ものなのに、相手の王子が婚約破棄するのか?何で?」
「様々な話の展開がございますが……大抵、主人公である女性は婚約者である王子に婚約破棄を言い渡されます。傍らに他の女性を侍らせながら」
「え。……王子、浮気してんの?じゃあ悪いの王子じゃないのか?」
「そこはまた色々な理由があるのですよ。ですが、主人公の女性は何かと理由につけて婚約破棄を言い渡され、そして違う男性に娶られるというパターンが多いのです。
……ホースケの言う通り、王子にも問題があるとは思いますが」

ナユタは嘆かわしいと言いたげにため息を吐く。

「漫画や小説の話とはいえ、王子は別の女性に横恋慕していて、大した手順を踏まずに公衆の面前で自らの婚約者に婚約破棄を盛大に言い渡すのですよ?
……普通、愛想を尽かされ、婚約破棄を言い渡され、盛大に社会的制裁があるのはまず王子のほうだと拙僧は思うのですが、この考え方はおかしいのでしょうか?」
「い、いやあ……オレ、そういう漫画とか読んだことないからなぁ?」
「ですが、あまりに王子の婚約者への対応が雑すぎる。
……拙僧の風評被害も、酷くなるのではないかと懸念するほどに」
「……あ」

そうだ、コイツも今は王子だった。と法介はようやく話が見えてきた。

つまり、ナユタは……

「もしかして、ナマエちゃんのお前に対するイメージダウンに繋がるかもしれないって心配してるのか?」
「……現実と創作物は違うとはいえ、そうしたモノの影響力は侮れないものがございます。
…………と言いますか、一読者でしかない拙僧が意見するのはおかしいのですが、何故そうした王子は己の浮気に対して懺悔がないのでしょう」

先程よりも深くため息をついて、ナユタは項垂れる。
……話に入り込みすぎてるよ、お前。と法介は複雑な思いでそれを見つめる。

「たとえ決められた婚約者といえど、愛する努力をした上で、ですよ?そんな王子を支えようとし、愛そうとした女性を無下に扱うなど……鬼畜の所業過ぎませんか?」
「いや、色々あったんだろ?よく知らないけど……やっぱり性格が合わないとか、許せない部分があったとか」
「それにしてもド腐れ王子が多すぎます。いくら創作の世界といえど、そんな王子像をナマエさんが読んでしまったらと思うと……」
「いや、絶対読まないよ」

だってお前の恋人、どっちかと言えば恋愛ものよりヒーローもののほうが好きじゃん。と法介は助言する。
実際に、そうした書籍を読むよう勧められたら読まざるを得ないのかもしれないが、自主的にそうしたモノを読みたいと思うような女の子じゃないと法介は知っているし、ナユタとてそれはよく理解しているはずだ。

「ていうか彼女は実際のお前との恋愛経験で手一杯って感じじゃないか。漫画にそんな影響されるとは思えねぇよ」
「…………万が一、そうした書籍を読まれて、
『ナユタさん、婚約破棄とかしないですよね?』
と訊かれでもされたら、拙僧は情けなく狼狽いたします」
「狼狽えるなよ!そっちのほうが信用ガタ落ちになりそうで恐いだろ!?」

何でそこで狼狽えるんだ!余計に誤解与えるだけだろうが!!と法介は叱責する。
そして『………何でコイツは恋愛事というかナマエちゃん関連だとポンコツになりがちなんだ』と呆れる。

「まったく……あくまで漫画とかの話なんだし、お前は彼女と婚約破棄するほどに壊滅的な関係じゃないだろ?」
「ええ、それは勿論ですとも」
「そこは即答するのかよ。……まあ、それぐらい順調に仲良くできてるんだから、あんまり不安がらなくてもいいんじゃないか?」

むしろその影響を受けすぎて、お前が自滅する様はさすがに見たくねぇよ。と法介は思う。漫画に影響されてギクシャクする王子って何なんだとも思う。

しかしふと疑問が浮かんだ。

「……ん?ていうか、そういう漫画や小説、お前、どこにしまってあるんだ?読み耽ってるんだろ?」
「…………普通の本棚に整理しますと、部屋を訪れた誰かに覗かれるのがさすがに憚れるのでベッドの下にしまってあります」
「何でよりによってそこに隠すんだよ!!?」

ていうかその場所は絶対にバレるからやめとけ!!と法介は複雑な心境で言い含めた。










「……最近、面白い本を読んでないなぁ」

持っているクライン語の書籍を粗方読み終えているナマエはふと、そんなことを思い出す。
日頃、何かとレイファやアマラに言いつけられて行動しているために読書をする暇がなかったが、勉強の実践だと言ってクライン語の書籍をナユタに教えてもらいながら読んでいたことも思い出し。

(……ナユタさん、何か面白そうな本持ってるのかな?)

検事で仕事人間であるナユタは法律関係の書籍以外にも様々な分野の本を取り寄せる。
主に裁判の知識に必要そうだという理由があるからなのだが、国際検事であるため、世界各国の本が溜まってしまうのだとか。

(ほんとに、部屋の本棚に色々あった。何故か、日本の落語に関する本まであったし……)

だからこそ、ナユタに何かオススメの本があるか聞いてもいいだろうとナマエは彼の休日に部屋を訪れ……

「………オススメの本、でございますか?」
「はい。ナユタさん、たくさん本を持っているので、何かオススメがあるかなぁって思って」

部屋を訪れた恋人をソファーに座らせ、ナユタは少し考え込む。

そしてボソッと。

「…………例の恋愛ものの書籍はやはり避けるべきだろうか」
「え?」
「ああ、いえ。独り言です。……そう、ですね。
……あ、そういえば、拙僧の父ドゥルクのドキュメンタリーなる伝記が出版されたのですが……そちらはいかがですか?」
「! 読みたいです、読んでもいいですか?」

ナユタの勧めた通りに、彼に貸し出された革命の龍、ドゥルクの書籍をナマエは読み進めていく。
隣の席に座るナユタはその様子に、『すっかりクライン語に慣れておりますね』と何だか嬉しくなる。

(最初は拙僧が一緒について、読み上げたものでしたが……あれはあれで楽しかったものです)

ナユタの恋人であるナマエも勉強熱心な性格であり、そして吸収が早いのだ。
だからこそ教え甲斐があったのだが、自発的に勉強を進められていく様は教える側として成長が喜ばしくもあり、しかし教える必要がもうないのだろうかとも思い、ほんの少し寂しく感じる。

そして集中する彼女は、読書を始めるとなかなかこちらを気にしなくなる。
……それも、放置されている側としては寂しい。

しかし、恋人の楽しい読書時間を奪うほど狭量ではないナユタなのだ。

(まあ、こういう時間もたまにはいいでしょう。
……だったら拙僧も何か読書をいたしますか)

仕事関係か、それとも趣味に寄った本のほうが良いだろうかとナユタがソファーから立ち上がり、本を物色しようとしたら。

「……あ、そういえば。

読書といえば、わたし……同級生に物凄く恋愛漫画を勧められた時がありました」
「そっ、……そうなのですか?」

『恋愛漫画』という単語に、一瞬心拍が上がるナユタ。
そんな彼に気づかず、本を読み進めるナマエは。

「わたしが恋愛経験がないからって、漫画とか小説で興味を持たせようとしたみたいで……ちょっと困りましたねぇ、あれは」
「そう、ですか……」
「現代の話とかじゃなくて、王族とか貴族とか……昔の時代の、身分差や年齢差があるモノとか?あと、魔法が使えるファンタジーモノもあって。
恋愛ものの漫画って、いっぱいあってびっくりしました」
「……そ、そうですね?」
「ナユタさんは、そういうの……興味あります?」

ナマエの純粋な質問に、「興味、ですか……」とナユタは悩む。

(興味があると言いますか、既に読んだことがあるのですよ……)

それも店員にオススメされた、『婚約破棄モノ』と呼んでも過言ではない類の漫画である。

魅力的な王子や騎士や貴族、そしてド腐れ王子なども数多数なモノ。

それらをオススメされた時のナユタは何も知らずに読み進めていき、いわゆる『ザマァ展開の王子』を見て戦慄したものだ。

たとえ創作物だとしても、実際にナユタの権威やら容姿などに惹かれてやってくる女性は少なからず存在していたので、他人事ではなかったのだと身に染みて感じたのだ。

だからこそ。

「……ナマエさん」
「? はい」
「拙僧は貴女一筋でございます。……拙僧は愚かにも貴女に婚約破棄など言い放って、ザマァ展開は絶対に嫌なので」
「…………ナユタさん、さては読んだことありますね?」

即刻バレた。

いや、今のはナユタが分かりやすかったのが悪い。

「………はあ。恋愛経験の勉強のために読んだんですか」
「はい……一般的な恋愛模様などが理解できるのではと思いまして」
「……まあ、主に王子様と貴族令嬢の恋愛漫画という時点で一般的なものかどうか疑わしいような気もしますけど」

洗いざらい恋愛漫画を熟読したと吐かされたナユタは非常に気まずい面持ちで「それは、そうなのですが……」と呟く。

そんなナユタを見ながら、『まあ確かにこの人は一般人とは言えないけれども』とナマエは思う。

「それで、何か参考になりました?」
「……そうですね。漫画とは言え、実際の心理描写がよく表現できていると思いましたし」

あと、とナユタは考えながら。

「拙僧の立場がいかに特殊なのかがわかりますね。……なかなかに同じ状況のキャラがおりませんから」
「……ナユタさん、色んな肩書がありますもんね」

十人十色、という言葉通りではあるものの、ナユタという個人にはおおよそ三つの顔がある。

一つは僧侶。二つ、国際検事。更に最近では王族という顔もある。

ここまで色の違う要素を持つのだから、人は見かけによらない。

「じゃあ、結局ナユタさん自身がこれまで通りに、ナユタさんらしく接してくれるんですね?参考例がないんですから、自分で実践経験するしかないでしょうし」
「え?……はい、そう、なりますね?」
「? どうしてそんなに拍子抜けした顔をするんです?」
「……呆れられるかと思いまして。その、拙僧があまりに色恋に疎いのは、……格好が悪いので」

ごにょごにょと口ごもるように、自信なさげにナユタは言う。

それに対し、ナマエは。

「?? どうしてわたしとの接し方をこんなに一生懸命考えてくれるナユタさんをカッコ悪いと思うんです?
……誰かに、そうバカにされましたか?」
「っ、い、いえ!そういうわけではなく、」
「だったら何をそんなに自信を無くしているような顔をするんですか。

……というかカッコ悪いどころか」

ナマエはナユタの頬をに手を添えて、顔を覗き込む。
その真摯な眼差しに、ナユタは息を呑み。

「あなたほど、カッコよくて綺麗で、それでいて可愛さも持っているような魅力的な人を、わたしは知りませんよ」
「……っ」

彼女の、恐らく無自覚な口説き文句にナユタはぶわりと顔に熱が集まるのを感じたし、心臓を鷲掴みされたようなときめきに襲われる。

(……本当に、彼女に敵う気がいたしません)

ナマエさん」
「はいはい?」

ぎゅう、と彼女を抱きしめながら、ナユタは笑う。

「拙僧も、貴女ほど魅力的な方が恋人で、幸せでございます」
「そ、それは何よりです、けど、」
「『けど』?」
「な、ナユタさん、抱きしめる時……見た目に反して結構力が強くてびっくりします……」
「……痛みがあったり、苦しいでしょうか?」

というかさりげなく見た目に反してと言われたことが少し気にかかる。

(いくら母親似であっても、革命派にも属していた身でしたから多少は身体を鍛えておりますのに)

「痛いとか、そういうことじゃなくて。何というか……本当にわたしとナユタさんは身体つきが違うんだなぁって思うというか」
「…………まあ、性別の差がありますしね」

個体差というのもあるが、180センチ越えの男である自分とそれほど低身長ではないが高身長でもない彼女では身体的な差は明らかであるとナユタは常々感じている。
その証拠に、自分とは違い彼女のほうが柔らかな抱き心地がするので未だに緊張するのだ。

だが基本的に足腰が強くならざるを得ないほど、標高差のあるクライン王国で過ごすようになってからも、ナマエは雰囲気に反して活発に働く。
その様子を見て、法介に「げ、元気がすげぇ……」と羨ましそうに見られることもしばしばだ。

その働きっぷりを見込まれて、時々事務所の手伝いに駆り出される婚約者を迎えに行き、法介とダッツにナユタが説教することも少なくはない。

(基礎的な体力や持久力が能力として高いのでしょうね。……その割に)

「? ナユタさ、っ!?」
「細い腰ですね……そしてしなやかな身体と言えるのでしょう。
……拙僧としてはもう少しふくよかになっても良いと思うのですが」
「どういう意見ですか!というか腰から手を離してください!」

ペシペシ!と腰を触っていたナユタの手を諫める。
ナユタは「申し訳ございません」と謝りつつも、

「…………今後の食生活をもう少し熟考するべきでしょうか」


恋人として健康でいてもらいたいこと、そして……いずれ自分を『受け入れてもらう』ために。


それゆえに。


「……万全を期してと思いつつも、早く娶りたいものです」
「? 何か言いました?」


自分の腕に収まる彼女に、優しく頬擦りしながらナユタは「いえ、独り言ですので」とただ意味深に微笑んだ。


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