逆転裁判・牙琉響也夢
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『機械仕掛けのビスクドール』。
それが、捜査官の界隈で呼ばれる彼女のあだ名。
それは良い意味なのか悪い意味から始まったのかは、もはや定かではない。けれど、『ビスクドール』と称されるその容姿は理解できた。
そして。
『だって、そうすれば……あなたはわたししか疑わずに済むでしょう』
淡々と、人形のような愛らしい唇を動かして彼女は言った。
感情を表すほどのことではないと言いたげに、大したことではないと言いたげに。
けれど。
『証拠品や捜査報告を疑い続けたまま、裁判に臨むのは辛いものでしょう。だったら、疑うものを減らせば済む話でしょう。
だからわたしは、その〈唯一疑うもの〉になっただけ』
彼女は言うのだ。これは、出来るからやっていることに過ぎないと。
検事のためというわけではなく、正しい裁判を行うための手段の一つなのだと。
そう告げた時の、彼女の眼差しは酷く静かで、綺麗で。
そして。
(ああ……好きだなぁ)
心が救われて、そして、打ち震えた。
ぼくは、牙琉響也は。
本人が自覚していない優しさで、人が救われて、恋に落ちることはあるのだと思い知った。
「ねえ、刑事くん」
「ダメです」
「ぼく、まだ何も用件を言ってないんだけど」
「過去の経験を洗い出せば、科学的根拠として導き出した答えでわかります。
……先輩に会いに来たんでしょう」
警察局で、捜査報告書を貰うついでに恋する彼女に会いに行ったら、これである。
……よっぽど彼女はこの刑事くんに懐かれているのか、それとも、ぼくが信用されていないのか。
(両方かなぁ。何にしても、ガードが堅いなぁ)
ぼくが恋する彼女は優秀な科学捜査官で、綾里ナマエという。
何でも、倉院の里というところの出身で、あの成歩堂弁護士さんの助手だった人、綾里真宵という女性にとっての分家の人間なのだとか。
成歩堂弁護士さんやおデコくんから話を聞く限り、倉院の里というのは霊媒師が中心的存在である里らしい。
……信じがたい話だと思う人間も少なくはないと思うけれど、実際にその霊媒の能力を利用した過去の事件や国もあると聞くし、頭ごなしに否定はできないとぼくは思う。
(ま、ぼくはそういう能力の有無で彼女をどうこう思っているわけじゃないしね)
ぼくが彼女、綾里ナマエに惚れ込んでいるのは……そういうモノに左右されないものなんだから。
と、そんなことを再確認しながらも、その彼女の後輩にあたる刑事くん、宝月茜刑事をどう対処したものかと思案していると。
「……どうしたの。宝月ちゃん」
「あ!先輩!」
科学捜査班と言われる部署から、美少女とも言うべき女性が出てきた。
小柄で、華奢な身体。
表情を表さない、愛らしい容貌。
けれど声を発していることで、その眼差しが確かにぼくを捉えていることで彼女が生きた人間だっていうことがわかる。
『機械仕掛けのビスクドール』。
その科学捜査の辣腕が、機械のように緻密で早く、そしてビスクドールと称されるほどのその美貌ゆえにそう呼ばれるようになったという。
一方で、人間味の欠ける無表情さと性格を揶揄されてそう呼ばれる。
けれど、そんなお人形さんのような女の子じゃないのはわかってる。
だってもしそうなら、こんなことを言わない。
「……ほんとに、仲が良い」
『え』
「だって、わたしが来ると大抵一緒にいるところを見ることが多いから……仲が良いと思ったのだけど」
彼女は、ほんの少しだけ、よく注意して見ていないとわからない程度に眼差しを柔らかくさせて。
「……牙琉検事。宝月ちゃんは、とても良い子だから……大切にしてくださいね?」
「え?……え!?いやちょっと、ま」
「じゃあ……次の捜査の指示があるから、失礼します。
……宝月ちゃんも、捜査頑張ってね」
「え、あ、はい。……あ!?せ、先輩!!誤解、」
それから、迷いなく彼女は立ち去って行った。
ぼくは、近くの壁に力なく寄りかかって。
刑事くんは、力なく項垂れるようにしゃがみこんで。
「…………あなたのせいですよ、このジャラジャラ検事」
「待って欲しい……今、ぼくもハートに深刻なダメージを負ってるから」
「自業自得じゃないですか!!ていうか、あたしを巻き込まないでもらえます!?」
「いやぼくだって誤解を解こうとしてるからこうやって足繫く通い詰めてるんだけど!?それを邪魔してるの、刑事くんじゃないか!」
「誤解を解くのは結構なことですけど、あたしは先輩が牙琉検事にナンパされてるところなんて見たくないんですよ!
そもそも気を引こうとして他の女性(あたし)と一緒にいるところを見せるっていう作戦が邪道!!」
「すっごく正論だし今のぼくが過去に行けたら過去のぼくをぶん殴りたいくらいには反省してるよ!!ほんとごめんよ!!」
ぼくは項垂れる。……ほんと、昔のぼくを殴りたいよ。
『押してダメなら引いてみろ』という作戦を実行したぼくは、その結果、恋する彼女に『牙琉検事は宝月刑事に気がある』という誤解をさせてしまったのだ。
(策士策に溺れるって、こういうことを言うんだね……)
そもそも刑事くんには、ぼくのほんとの恋心がバレているので、刑事くんのほうからも誤解を解いて欲しいとはお願いしたんだけど……
『〈大事な後輩を悲しませるような、当て馬のような存在にはなりたくないの〉……だ、そうです』
刑事くんは恨めしそうにぼくを睨みながらそう報告してきた。
……ヤバい、彼女の誤解が頑固すぎる。
「……こんなに好きなのに。何でこんなに伝わらないもんなのかなぁ」
思わず、そう嘆いてしまう。警察局の廊下の壁に向かって。
そんなぼくに。
「いつも軽薄そうで、女の子には平等に優しくしてて、女の子のファンが多い牙琉検事みたいな人が特別自分を好きでいるなんてあり得ないし、仮に好きになられても面倒だからじゃないですか?」
「待っておくれよ!分析と邪推が酷い!!ぼくは、自分で言うのもアレだけど、好きになった人には一途でピュアだよ!?」
「牙琉検事がそう言うと、あまりにも胡散臭くてびっくりしますよ」
刑事くんがかりんとうを食べながら、ぼくを非難する。
……いや、まあ刑事くんはぼくを非難する権利があるんだけどね。結果的に、不本意ながらもぼくと誤解される同士になっちゃったんだから。
だけど辛いよ。
……好きな女の子に、他の人を好きだって誤解されるの、ほんとに辛い。
「そもそも、牙琉検事はどうしてそこまで先輩に惚れ込んでるんですか?」
「え?」
「もし、外見が可愛いからっていう理由だったら……かりんとう投げますからね」
そう言ってかりんとうを構える刑事くんに「待った!!」とぼくは制止させる。
「違うから!確かに見た目は可愛いと思うけど、それが理由じゃないから!!」
「ふーん?……本当でしょうね?」
「ほんとだよ!確かにぼくは可愛い女の子に優しくするのは当たり前だと思ってるけど、彼女には、
……ナマエちゃんには、そういう理由で優しくしたいわけじゃないよ」
『可愛い女の子には優しくしたい』。それは確かにほんとのことだ。
だけどぼくがナマエちゃんに優しくするのは、……『好きな女の子だから』だ。
彼女は優しい人間じゃないって、そう誤解をするヤツもいるけど……ちゃんと話をして、関わればわかる。
ナマエちゃんという魅力的な人間性を、本人が無自覚に与える優しさを、『機械仕掛けのビスクドール』という合っているようで矛盾している、在り方を。
少なくとも、ぼくは知ってる。
知ってるから、ぼくは彼女を好きになったんだから。
「……ぼくはこれからも、好きな女の子に一途な男で在り続けるからね」
「はい?」
「だから刑事くんは引き続き、ぼくたちに着せられた誤解を解くようにしてくれ!頼むから!!」
「あまりにも自業自得なので嫌だって言って跳ね除けたいですけど……仕方ないですね。あたしも、大好きな先輩に誤解されたままなのは嫌だし」
ただし!と刑事くんはぼくに指を突き付ける。
「あたしは牙琉検事と先輩の交際まで認めてるわけじゃないですからね」
「……キミ、ナマエちゃんの保護者か何かかい?」
「先輩に悪い虫がついて欲しくないだけですぅー。あたしが認めるのは、
『しかめっ面でヒラヒラした検事』!
そういう人ですからね」
「…………とりあえず、それは聞かなかったことにするよ」
それって、局長みたいな人しか認めないってことじゃないか……
(ぼくとは真逆だよ……ああ、でもほんとにナマエちゃんがそういう人がタイプだったらどうしよう)
悶々としながら警察局を出ようとしたら、
「あれ……牙琉検事?」
「!ナマエちゃん!」
これから捜査に向かうのか、仕事道具を持ったナマエちゃんが通りかかった。
……あー、仕事に向かう時のナマエちゃんは普段はぽわぽわしてるけど、キリっとしてて違う魅力があるんだよねぇ。
(あー、ほんとに好きだなぁ)
「牙琉検事、ご機嫌ですね。……宝月ちゃんと仲良くできました?」
「え!?……あのね、ナマエちゃん。いつも言おうと思ってるんだけど、ぼくは」
「おーい、綾里!そろそろ現場行くぞー!」
「あ、上司が呼んでる……すみません、また今度にしてください」
…………いつも、こういうカンジで遮られるんだよねぇ。
「うん……気を付けて行ってきなよ」
仕方ない。ついていって仕事の邪魔なんか、出来るわけないし。
だからぼくは小さくため息を落として、去ろうとした。
そしたら。
「牙琉検事」
「ん?何だい?」
「……飴ちゃん、あげます」
「え?……コレ、『シュワシュワーン』?」
ぼくの好きな飴を、何故かナマエちゃんが差し出してきた。
そういえば、ナマエちゃんはよく飴を常備していたっけ。
だけど、何でぼくにくれるんだろう?
「話を中断させたお詫びです。……牙琉検事、この飴ちゃん好きだって言っていたの、思い出したので」
「え、……覚えてて、くれたのかい?」
ぼくがそう言えば、ナマエちゃんは小さく首を傾げて。
「?忘れる必要、あります……?」
「っ、な、ない、けど……」
「まあ……この飴ちゃんを持っていたのは、わたしの気分の問題だったんですけれどね」
ナマエちゃんは、ぼくの手に飴を握らせて。
「わたしも……とても好きだから。……お揃いですね?」
「__っ、」
ぼくが絶句していると、ナマエちゃんは静かに立ち去って行った。
その姿が見えなくなるまで立ち尽くして……ぼくはその場にしゃがみ込む。
「……、……~~~っ!ヤバい……完全に、不意打ちだ」
顔が熱い。多分、耳まで真っ赤になってる。それぐらいぼくは、ドキドキしてる。
「……あー……カッコ悪い」
だけど、ずっと耳に残ってる。
……彼女の『好き』が、ずっと脳内で繰り返されてる。
(飴じゃなくて、ぼくが言われたい)
彼女に好きだって、ぼくも思われたい。……『お揃い』になりたい。
「……ぼくも、好きだよ」
__キミが好きだよ。
ぼくは飴を見下ろして、包み紙を破ろうとして、やめた。
(食べるのが勿体ないって、こういう時に思うんだ)
「……ガラス瓶にでも入れて、保存しておこうかな」
溶けて形が崩れてしまわないように、大事にして。
誰に贈るわけでもないけれど、可愛くラッピングしてしまうのも楽しそうだ。
そして。
「……ぼくも、飴を持ち歩こうかなぁ」
自分の喉を守るためじゃなくて、彼女に贈るために。
そして彼女にとびきり美味しい、甘い飴をあげよう。
「……よし!」
ぼくは歩き出す。さっきまで落ち込んでいたのに、彼女のお陰で元気になった。
きっとこれからも、彼女に一喜一憂するんだろうなぁと思いながらも、それはとてもステキなことだと思いながら。
それが、捜査官の界隈で呼ばれる彼女のあだ名。
それは良い意味なのか悪い意味から始まったのかは、もはや定かではない。けれど、『ビスクドール』と称されるその容姿は理解できた。
そして。
『だって、そうすれば……あなたはわたししか疑わずに済むでしょう』
淡々と、人形のような愛らしい唇を動かして彼女は言った。
感情を表すほどのことではないと言いたげに、大したことではないと言いたげに。
けれど。
『証拠品や捜査報告を疑い続けたまま、裁判に臨むのは辛いものでしょう。だったら、疑うものを減らせば済む話でしょう。
だからわたしは、その〈唯一疑うもの〉になっただけ』
彼女は言うのだ。これは、出来るからやっていることに過ぎないと。
検事のためというわけではなく、正しい裁判を行うための手段の一つなのだと。
そう告げた時の、彼女の眼差しは酷く静かで、綺麗で。
そして。
(ああ……好きだなぁ)
心が救われて、そして、打ち震えた。
ぼくは、牙琉響也は。
本人が自覚していない優しさで、人が救われて、恋に落ちることはあるのだと思い知った。
「ねえ、刑事くん」
「ダメです」
「ぼく、まだ何も用件を言ってないんだけど」
「過去の経験を洗い出せば、科学的根拠として導き出した答えでわかります。
……先輩に会いに来たんでしょう」
警察局で、捜査報告書を貰うついでに恋する彼女に会いに行ったら、これである。
……よっぽど彼女はこの刑事くんに懐かれているのか、それとも、ぼくが信用されていないのか。
(両方かなぁ。何にしても、ガードが堅いなぁ)
ぼくが恋する彼女は優秀な科学捜査官で、綾里ナマエという。
何でも、倉院の里というところの出身で、あの成歩堂弁護士さんの助手だった人、綾里真宵という女性にとっての分家の人間なのだとか。
成歩堂弁護士さんやおデコくんから話を聞く限り、倉院の里というのは霊媒師が中心的存在である里らしい。
……信じがたい話だと思う人間も少なくはないと思うけれど、実際にその霊媒の能力を利用した過去の事件や国もあると聞くし、頭ごなしに否定はできないとぼくは思う。
(ま、ぼくはそういう能力の有無で彼女をどうこう思っているわけじゃないしね)
ぼくが彼女、綾里ナマエに惚れ込んでいるのは……そういうモノに左右されないものなんだから。
と、そんなことを再確認しながらも、その彼女の後輩にあたる刑事くん、宝月茜刑事をどう対処したものかと思案していると。
「……どうしたの。宝月ちゃん」
「あ!先輩!」
科学捜査班と言われる部署から、美少女とも言うべき女性が出てきた。
小柄で、華奢な身体。
表情を表さない、愛らしい容貌。
けれど声を発していることで、その眼差しが確かにぼくを捉えていることで彼女が生きた人間だっていうことがわかる。
『機械仕掛けのビスクドール』。
その科学捜査の辣腕が、機械のように緻密で早く、そしてビスクドールと称されるほどのその美貌ゆえにそう呼ばれるようになったという。
一方で、人間味の欠ける無表情さと性格を揶揄されてそう呼ばれる。
けれど、そんなお人形さんのような女の子じゃないのはわかってる。
だってもしそうなら、こんなことを言わない。
「……ほんとに、仲が良い」
『え』
「だって、わたしが来ると大抵一緒にいるところを見ることが多いから……仲が良いと思ったのだけど」
彼女は、ほんの少しだけ、よく注意して見ていないとわからない程度に眼差しを柔らかくさせて。
「……牙琉検事。宝月ちゃんは、とても良い子だから……大切にしてくださいね?」
「え?……え!?いやちょっと、ま」
「じゃあ……次の捜査の指示があるから、失礼します。
……宝月ちゃんも、捜査頑張ってね」
「え、あ、はい。……あ!?せ、先輩!!誤解、」
それから、迷いなく彼女は立ち去って行った。
ぼくは、近くの壁に力なく寄りかかって。
刑事くんは、力なく項垂れるようにしゃがみこんで。
「…………あなたのせいですよ、このジャラジャラ検事」
「待って欲しい……今、ぼくもハートに深刻なダメージを負ってるから」
「自業自得じゃないですか!!ていうか、あたしを巻き込まないでもらえます!?」
「いやぼくだって誤解を解こうとしてるからこうやって足繫く通い詰めてるんだけど!?それを邪魔してるの、刑事くんじゃないか!」
「誤解を解くのは結構なことですけど、あたしは先輩が牙琉検事にナンパされてるところなんて見たくないんですよ!
そもそも気を引こうとして他の女性(あたし)と一緒にいるところを見せるっていう作戦が邪道!!」
「すっごく正論だし今のぼくが過去に行けたら過去のぼくをぶん殴りたいくらいには反省してるよ!!ほんとごめんよ!!」
ぼくは項垂れる。……ほんと、昔のぼくを殴りたいよ。
『押してダメなら引いてみろ』という作戦を実行したぼくは、その結果、恋する彼女に『牙琉検事は宝月刑事に気がある』という誤解をさせてしまったのだ。
(策士策に溺れるって、こういうことを言うんだね……)
そもそも刑事くんには、ぼくのほんとの恋心がバレているので、刑事くんのほうからも誤解を解いて欲しいとはお願いしたんだけど……
『〈大事な後輩を悲しませるような、当て馬のような存在にはなりたくないの〉……だ、そうです』
刑事くんは恨めしそうにぼくを睨みながらそう報告してきた。
……ヤバい、彼女の誤解が頑固すぎる。
「……こんなに好きなのに。何でこんなに伝わらないもんなのかなぁ」
思わず、そう嘆いてしまう。警察局の廊下の壁に向かって。
そんなぼくに。
「いつも軽薄そうで、女の子には平等に優しくしてて、女の子のファンが多い牙琉検事みたいな人が特別自分を好きでいるなんてあり得ないし、仮に好きになられても面倒だからじゃないですか?」
「待っておくれよ!分析と邪推が酷い!!ぼくは、自分で言うのもアレだけど、好きになった人には一途でピュアだよ!?」
「牙琉検事がそう言うと、あまりにも胡散臭くてびっくりしますよ」
刑事くんがかりんとうを食べながら、ぼくを非難する。
……いや、まあ刑事くんはぼくを非難する権利があるんだけどね。結果的に、不本意ながらもぼくと誤解される同士になっちゃったんだから。
だけど辛いよ。
……好きな女の子に、他の人を好きだって誤解されるの、ほんとに辛い。
「そもそも、牙琉検事はどうしてそこまで先輩に惚れ込んでるんですか?」
「え?」
「もし、外見が可愛いからっていう理由だったら……かりんとう投げますからね」
そう言ってかりんとうを構える刑事くんに「待った!!」とぼくは制止させる。
「違うから!確かに見た目は可愛いと思うけど、それが理由じゃないから!!」
「ふーん?……本当でしょうね?」
「ほんとだよ!確かにぼくは可愛い女の子に優しくするのは当たり前だと思ってるけど、彼女には、
……ナマエちゃんには、そういう理由で優しくしたいわけじゃないよ」
『可愛い女の子には優しくしたい』。それは確かにほんとのことだ。
だけどぼくがナマエちゃんに優しくするのは、……『好きな女の子だから』だ。
彼女は優しい人間じゃないって、そう誤解をするヤツもいるけど……ちゃんと話をして、関わればわかる。
ナマエちゃんという魅力的な人間性を、本人が無自覚に与える優しさを、『機械仕掛けのビスクドール』という合っているようで矛盾している、在り方を。
少なくとも、ぼくは知ってる。
知ってるから、ぼくは彼女を好きになったんだから。
「……ぼくはこれからも、好きな女の子に一途な男で在り続けるからね」
「はい?」
「だから刑事くんは引き続き、ぼくたちに着せられた誤解を解くようにしてくれ!頼むから!!」
「あまりにも自業自得なので嫌だって言って跳ね除けたいですけど……仕方ないですね。あたしも、大好きな先輩に誤解されたままなのは嫌だし」
ただし!と刑事くんはぼくに指を突き付ける。
「あたしは牙琉検事と先輩の交際まで認めてるわけじゃないですからね」
「……キミ、ナマエちゃんの保護者か何かかい?」
「先輩に悪い虫がついて欲しくないだけですぅー。あたしが認めるのは、
『しかめっ面でヒラヒラした検事』!
そういう人ですからね」
「…………とりあえず、それは聞かなかったことにするよ」
それって、局長みたいな人しか認めないってことじゃないか……
(ぼくとは真逆だよ……ああ、でもほんとにナマエちゃんがそういう人がタイプだったらどうしよう)
悶々としながら警察局を出ようとしたら、
「あれ……牙琉検事?」
「!ナマエちゃん!」
これから捜査に向かうのか、仕事道具を持ったナマエちゃんが通りかかった。
……あー、仕事に向かう時のナマエちゃんは普段はぽわぽわしてるけど、キリっとしてて違う魅力があるんだよねぇ。
(あー、ほんとに好きだなぁ)
「牙琉検事、ご機嫌ですね。……宝月ちゃんと仲良くできました?」
「え!?……あのね、ナマエちゃん。いつも言おうと思ってるんだけど、ぼくは」
「おーい、綾里!そろそろ現場行くぞー!」
「あ、上司が呼んでる……すみません、また今度にしてください」
…………いつも、こういうカンジで遮られるんだよねぇ。
「うん……気を付けて行ってきなよ」
仕方ない。ついていって仕事の邪魔なんか、出来るわけないし。
だからぼくは小さくため息を落として、去ろうとした。
そしたら。
「牙琉検事」
「ん?何だい?」
「……飴ちゃん、あげます」
「え?……コレ、『シュワシュワーン』?」
ぼくの好きな飴を、何故かナマエちゃんが差し出してきた。
そういえば、ナマエちゃんはよく飴を常備していたっけ。
だけど、何でぼくにくれるんだろう?
「話を中断させたお詫びです。……牙琉検事、この飴ちゃん好きだって言っていたの、思い出したので」
「え、……覚えてて、くれたのかい?」
ぼくがそう言えば、ナマエちゃんは小さく首を傾げて。
「?忘れる必要、あります……?」
「っ、な、ない、けど……」
「まあ……この飴ちゃんを持っていたのは、わたしの気分の問題だったんですけれどね」
ナマエちゃんは、ぼくの手に飴を握らせて。
「わたしも……とても好きだから。……お揃いですね?」
「__っ、」
ぼくが絶句していると、ナマエちゃんは静かに立ち去って行った。
その姿が見えなくなるまで立ち尽くして……ぼくはその場にしゃがみ込む。
「……、……~~~っ!ヤバい……完全に、不意打ちだ」
顔が熱い。多分、耳まで真っ赤になってる。それぐらいぼくは、ドキドキしてる。
「……あー……カッコ悪い」
だけど、ずっと耳に残ってる。
……彼女の『好き』が、ずっと脳内で繰り返されてる。
(飴じゃなくて、ぼくが言われたい)
彼女に好きだって、ぼくも思われたい。……『お揃い』になりたい。
「……ぼくも、好きだよ」
__キミが好きだよ。
ぼくは飴を見下ろして、包み紙を破ろうとして、やめた。
(食べるのが勿体ないって、こういう時に思うんだ)
「……ガラス瓶にでも入れて、保存しておこうかな」
溶けて形が崩れてしまわないように、大事にして。
誰に贈るわけでもないけれど、可愛くラッピングしてしまうのも楽しそうだ。
そして。
「……ぼくも、飴を持ち歩こうかなぁ」
自分の喉を守るためじゃなくて、彼女に贈るために。
そして彼女にとびきり美味しい、甘い飴をあげよう。
「……よし!」
ぼくは歩き出す。さっきまで落ち込んでいたのに、彼女のお陰で元気になった。
きっとこれからも、彼女に一喜一憂するんだろうなぁと思いながらも、それはとてもステキなことだと思いながら。
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