魔法使いの嫁×マギ夢<紅明寄り>
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(魔法使いにとって、名前は重要なものでな。ちなみにわしの魔法は歌だから、名前もそれにちなんだ名前をつけられた)
ナマエがそんなことを思い出しながら仕事をしていると視線を感じ、そっと視線を送る。そこでようやく自分の癖が出たことを理解した。
後ろにナマエの方へ耳を傾けている妖精が機嫌良さそうに拍手を送っている。
ナマエが無意識に口ずさんでいた歌声に、誘われてきたのだ。
こちらの世界の妖精はルフと同じく、見える人間が限られている。魔法使いなら見えるものだが、ナマエに見える妖精は微弱なルフであるため良く目を凝らさないと見えないらしい。
ナマエは夜の愛し仔だ。こちらの世界でどのようなものに変換されているのかわからないが、ルフの流れや魔力を感知することは簡単にできる。
「……こっちにきてはだめ。危ないから」
妖精はピィピィ、と笑いながら去っていく。多分、またやってくるのだろう。ここにナマエがいる限り。
「ただいま戻りました」
主の声にナマエは何事もなかったように「お帰りなさいませ」と一礼する。
「すぐに食事の用意をします。少々お待ちください」
と言いながらナマエは茶を淹れて紅明の食事をてきぱきと並べ、最後に「どうぞ」と部屋から退室する。
紅明はその姿にふと目を凝らした。
ナマエの周りに様々な光が寄り添うように飛んでいる。まるで魔法を使っているように見え、しかしすぐに消えた。
(時々見えるんですよねぇ、あれ)
茶を飲みながら紅明は首を傾げ、「ナマエ」と呼ぶ。するとナマエはすぐに入室し、一礼してから「何でございましょう」と訊く。
「ナマエは魔法を扱えるのですか?」
「え」
「見間違いかもしれませんが、魔法の光のようなものが見えるんですよ、君の周囲に」
「あー……ええと、使えません、よ」
歯切れ悪い答えに紅明は首を傾げたが、ナマエはそれ以上言わずにかすかに苦笑した。
「母親は、魔法を使えたようですが……わたしには適性があるのかわかりません。そのような教育は受けておりませんでしたし」
「ああ、なるほど。……ナマエは、魔法使いになりたいですか?」
「……いいえ、そんなことは。わたしは紅明さまに仕える侍女ですから」
「……そうですか」
「はい。……失礼します」
一礼して再び退室するナマエの背中を見ながら紅明は再び食事を始めた。黙々と食べ、最後の一口を飲み込んでから、
「兄王様に相談しますか」
と一人そんなことを呟いた。
(どうしてこんなことになったのか)
ナマエははぁ、と一息ついて杖を振るう。ナマエが使用している杖は母の形見で、希少価値のある一品だと知っていたナマエは実家からこっそり持ち込んでいたため、売られずに済んだ。
父は母の所有物には無頓着で、ナマエに全て管理を任せていた。とはいえ、家には面倒な消費家の姉がいるため隠れて売られてしまった物もある。姉の言い分は「妹のものは私のものよ!」だそうだ。
(まあ、自分の実権、実力次第でどうにでも出来るという点は煌帝国特有の人柄なのだろう)
「いやはや、やはり魔法の才に長けていたんですねぇ。これほどの才を埋もれさせるのは勿体ないというものです」
「……それこそ、勿体ないお言葉でございます」
皇族の方々のみが使用する演習場で。
見事にある程度口頭で教えられた魔法を的に当て、粉々に砕かれた様子を見遣った紅明は羽扇で口元を隠しながらも、その眼差しは嬉しそうだ。
「魔法には得意な属性、型というものが存在するんですが、ナマエはどの属性も平等に扱えるんですね。
……これほどの才を、何故ご家族は進言しなかったんです?」
明らかに優良な人材では?と紅明は首を傾げる。
それに対しナマエは「知らなかったのですよ」と目を伏せた。
「わたしは実家で大した立場におりませんでしたので、そうした才を見抜くに値する者ではなかった。それだけのことなのです」
「それはそれは、何とも勿体ない……愚かなことですねぇ」
紅明の明け透けな物言いに、ナマエはさして不快感はない。家族の愚かな振る舞いはその通りだと思っているからだ。
実力と権力が渦巻く皇族の住まう城で、一介の侍女に魔力測定やらを施す皇族が、『大した才能を見過ごすことは愚かなことだ』という思想を顕著に示しているといっても過言ではない。
ここまでして武力と魔法、そうした力の才能を秘める人材を積極的に雇用しているのは……この世界で戦争が珍しいことではないからだ。
だからこそ、ナマエは魔法使いとしての才能を隠していた部分があるのだけど。
(……終わった。平穏な侍女生活は、もう終わってしまう)
適材適所。そうしたものを重要視している主、練紅明をナマエはよく知っている。
武芸に長けているわけではないこの御仁は、頭脳戦にいたってはあの練紅炎が信頼するほどに卓越しているのだ。
……そんなお人が、ナマエのような人材を見逃すはずがない。
「あの、失礼を承知で発言をしても宜しいですか?」
「どうぞ?」
比較的、一介の侍女である自分に気安く接してくれる主に、ナマエは低く頭を下げて尋ねる。
「わたしは、どこへ配属が変更されるのでしょうか……?」
やはり、魔法に特化した軍へ異動だろうか?とナマエはハラハラした心境で紅明の言葉を待つ。
しかし、紅明は大したことがないとでも言いたげに。
「え?変更しませんけど?」
「え?」
「え?って……私が、君を異動させるなんていつ言いました?」
「で、ですが、」
「いざとなったら魔法が使用できる侍女が近くにいたら、便利じゃないですか。だから、私はナマエを侍女から外す気なんてないですよ」
あはは、と紅明は軽く笑ってみせる。
それを、どういう気持ちで受けたらいいのかわからずナマエはぽかんとしてしまう。
「では……これまで通りに、侍女のままでいられるのですか?」
「むしろ、いてくれないと困りますねぇ。他にも侍女は多くいますけど、ほら、私もこれでも一応皇族なので……『そうした類の野心』を持ってやってくる侍女も、なかなか減らないんですよ」
「……それは、そうですね」
煌帝国の皇子にお近づきになりたい、あるいはお手付きになって地位を得たいという野心を持つ人間というのは少なくはない。
実際に、紅明には父である皇帝がお手付きしたことでその女性が側室として召し上げられた際に産んだという経緯で多くの妹姫が、また数少ない認知されている男子でも、血の繋がりがある兄皇子と弟皇子がいる。
特に人気が高いのは長兄である紅炎で、しかしその下にいる紅明とて、そうした野心の範囲外にはなりえない。
だから、紅明が正式に誰かを娶らない限りは、そうした輩が減る理由がないのだ。
「だから、ナマエのような侍女がいてくれると非常に助かるんですよ。君は、そうした野心に関心がない。私と同様にね。
向上心はあれど野心がない。それは、私が欲しかった侍女の条件にピッタリなんです」
紅明は視線を合わせるように、ナマエにずいっと顔を近づける。
そして、羽扇を下ろしてにこりと笑う。
「私は兄王様のようなカリスマ性はないし、紅覇のような美貌もない。精々、軍略などについて思考することが苦ではないことが長所ですかね。
それでも私は皇族だし、どれほど非道なことでもそれが国にとって有益なのなら、利用できるものは何でも利用します。……自分さえもね」
「……ご立派な心掛けです。わたしには到底真似などできません」
「ええ。真似するべきではありません。結構しんどいですからね、こういうことは」
それでも、と紅明は目を細める。
「君が君らしく在るように、損なわないようにすることは、不思議としんどいとは思いません」
「……?」
「君を軍の一部にすることは容易いことです。だけど、私はそうしません。そうしてしまえば、私は私が望んだ優良な侍女を失うからです。
……私は、そのことのほうが嫌なんです」
「嫌、なのですか?」
「そう、嫌なんです。……軍部に携わる者としてはあまり良くないことなんですけど、ま、これは皇族の特権ということで兄王様も許してくれましたから。
だから、君はいつも通り、これからも私の世話を焼いてくれると助かります」
紅明は「ここだけの話ですが」と羽扇で口元を隠す。
「私は、兄王様をお支えできればそれでいいんです。ある程度の権力は、まあ便利なので利用させてもらいますが……自分が皆の頂点に立って働くというのは、性に合わない」
「……性に合わないことをなさらなければならないご身分であられるのは、さぞめんど、いえ、大変なことなのでしょうね」
「いいですよ、気にしなくても。実際面倒ですし。……ま、それでもです。それでも、ごくごくたまに、君のような人間に出会えることもあるので、割と最近は気楽ですよ」
「?気楽、なのですか?」
「ええ。だって、君は打算もなく自分の職務を全うして、しかも私の世話を焼いてくれますから。
未婚の侍女で、君くらいですよ。
打算もない、定められた給金以上の見返りも送ったことがないのに、ただ淡々と面倒な私の世話を焼く女性というのはね」
だから私は君を手放さないんですよ。と紅明は頷いた。
「多くの妹たちや兄王様と弟は素の私を知っているので過分なことはしないでしょうが……それでも。
何かがあったら、『自分は紅明皇子の筆頭侍女で部下だ』と言いなさい。
そう言っておけば、大抵の者は君を脅かそうとしないでしょう」
「は、はあ……ですが、紅明様のお名前をお出ししていいのですか?」
というかさりげなく、自分の身分が主の『筆頭侍女』に階級アップしている……とナマエは戦慄する。だが、主の命令なのだから口を挟むべきではないと、そこには口を出さない。
けれど、目立つことが苦手な紅明がそこまでして守るに値する侍女だろうかと思ってしまうナマエに彼は笑う。
「君は貴重な人材で、優秀な私の侍女ですから。それくらいの身分保証に私の名前を出しても、別にいいですよ。それよりも妙な雑事で侍女を辞めたいと言われたほうが面倒です。
だから、これからも私の侍女でいて下さい」
「……!」
「それとも、軍に対して所属願いでもありました?」
「い、いいえ!滅相もございません!これからも、紅明さまの侍女として誠心誠意、努めさせていただきます!」
「はいはい。よろしくお願いいたしますね。
……さて、私は兄王様にお話があるので行ってきますね」
「はい!行ってらっしゃいませ」
ナマエは改めて紅明に向かって深々と礼をする。
そしてその心中では。
(よ、良かったぁ……侍女のままで良かったぁ!)
と、少し泣きそうになっていた。
「で、お前のお気に入りの侍女はそのまま自分の手元に置いておくわけか?」
紅炎の執務室で。
兄の淡々とした物言いに、紅明は「ええ」と頷く。
「貴重な戦力になるやもしれませんが、本人はいたって平凡な性格です。生真面目に、堅実に、侍女としての領分を越えてこない良質な侍女ですので……それを取り上げられると、困ります」
「お前は世話のかかる奴だからな……弟でなければ、俺も投げ捨てていただろうな」
「兄王様は投げ捨てるどころか、私の部屋の扉を蹴破ってきて逃げ惑う私を追いかけてきたではないですか」
「それはお前が寝坊したせいだ」
責任転嫁するんじゃない。と紅炎に静かに叱られ、紅明は肩を落とす。
そして更に。
「その侍女が整えた自室の居心地が良いからと、あまり引きこもるなよ」
「……普通、共に過ごしていて気楽な者がいて、居心地の良い自室があったら籠りたくもなるでしょう?」
あっさりとした軽い声色でそう言いのける紅明に、紅炎は普段通りのしかめっ面で。
「……お前のことだ、結婚は面倒だとか言っておきながら、どうせ自分の『お気に入り』は計算高く囲う気でいるのだろう?」
「はてさて、どうでしょうねぇ。皇族として生まれた者としての見解だと、結婚は『手段』としか見えないもので」
紅明は羽扇で口元を隠しながら、頭を掻く。
「でも、そういう面倒なものは一度だけで私は充分ですよ」
「……そうか」
紅炎はそれだけで頷いた。
それは暗に、『自分はただ一度、たった一人だけしか娶る気はない』と言っているのだと理解したまま。
ナマエがそんなことを思い出しながら仕事をしていると視線を感じ、そっと視線を送る。そこでようやく自分の癖が出たことを理解した。
後ろにナマエの方へ耳を傾けている妖精が機嫌良さそうに拍手を送っている。
ナマエが無意識に口ずさんでいた歌声に、誘われてきたのだ。
こちらの世界の妖精はルフと同じく、見える人間が限られている。魔法使いなら見えるものだが、ナマエに見える妖精は微弱なルフであるため良く目を凝らさないと見えないらしい。
ナマエは夜の愛し仔だ。こちらの世界でどのようなものに変換されているのかわからないが、ルフの流れや魔力を感知することは簡単にできる。
「……こっちにきてはだめ。危ないから」
妖精はピィピィ、と笑いながら去っていく。多分、またやってくるのだろう。ここにナマエがいる限り。
「ただいま戻りました」
主の声にナマエは何事もなかったように「お帰りなさいませ」と一礼する。
「すぐに食事の用意をします。少々お待ちください」
と言いながらナマエは茶を淹れて紅明の食事をてきぱきと並べ、最後に「どうぞ」と部屋から退室する。
紅明はその姿にふと目を凝らした。
ナマエの周りに様々な光が寄り添うように飛んでいる。まるで魔法を使っているように見え、しかしすぐに消えた。
(時々見えるんですよねぇ、あれ)
茶を飲みながら紅明は首を傾げ、「ナマエ」と呼ぶ。するとナマエはすぐに入室し、一礼してから「何でございましょう」と訊く。
「ナマエは魔法を扱えるのですか?」
「え」
「見間違いかもしれませんが、魔法の光のようなものが見えるんですよ、君の周囲に」
「あー……ええと、使えません、よ」
歯切れ悪い答えに紅明は首を傾げたが、ナマエはそれ以上言わずにかすかに苦笑した。
「母親は、魔法を使えたようですが……わたしには適性があるのかわかりません。そのような教育は受けておりませんでしたし」
「ああ、なるほど。……ナマエは、魔法使いになりたいですか?」
「……いいえ、そんなことは。わたしは紅明さまに仕える侍女ですから」
「……そうですか」
「はい。……失礼します」
一礼して再び退室するナマエの背中を見ながら紅明は再び食事を始めた。黙々と食べ、最後の一口を飲み込んでから、
「兄王様に相談しますか」
と一人そんなことを呟いた。
(どうしてこんなことになったのか)
ナマエははぁ、と一息ついて杖を振るう。ナマエが使用している杖は母の形見で、希少価値のある一品だと知っていたナマエは実家からこっそり持ち込んでいたため、売られずに済んだ。
父は母の所有物には無頓着で、ナマエに全て管理を任せていた。とはいえ、家には面倒な消費家の姉がいるため隠れて売られてしまった物もある。姉の言い分は「妹のものは私のものよ!」だそうだ。
(まあ、自分の実権、実力次第でどうにでも出来るという点は煌帝国特有の人柄なのだろう)
「いやはや、やはり魔法の才に長けていたんですねぇ。これほどの才を埋もれさせるのは勿体ないというものです」
「……それこそ、勿体ないお言葉でございます」
皇族の方々のみが使用する演習場で。
見事にある程度口頭で教えられた魔法を的に当て、粉々に砕かれた様子を見遣った紅明は羽扇で口元を隠しながらも、その眼差しは嬉しそうだ。
「魔法には得意な属性、型というものが存在するんですが、ナマエはどの属性も平等に扱えるんですね。
……これほどの才を、何故ご家族は進言しなかったんです?」
明らかに優良な人材では?と紅明は首を傾げる。
それに対しナマエは「知らなかったのですよ」と目を伏せた。
「わたしは実家で大した立場におりませんでしたので、そうした才を見抜くに値する者ではなかった。それだけのことなのです」
「それはそれは、何とも勿体ない……愚かなことですねぇ」
紅明の明け透けな物言いに、ナマエはさして不快感はない。家族の愚かな振る舞いはその通りだと思っているからだ。
実力と権力が渦巻く皇族の住まう城で、一介の侍女に魔力測定やらを施す皇族が、『大した才能を見過ごすことは愚かなことだ』という思想を顕著に示しているといっても過言ではない。
ここまでして武力と魔法、そうした力の才能を秘める人材を積極的に雇用しているのは……この世界で戦争が珍しいことではないからだ。
だからこそ、ナマエは魔法使いとしての才能を隠していた部分があるのだけど。
(……終わった。平穏な侍女生活は、もう終わってしまう)
適材適所。そうしたものを重要視している主、練紅明をナマエはよく知っている。
武芸に長けているわけではないこの御仁は、頭脳戦にいたってはあの練紅炎が信頼するほどに卓越しているのだ。
……そんなお人が、ナマエのような人材を見逃すはずがない。
「あの、失礼を承知で発言をしても宜しいですか?」
「どうぞ?」
比較的、一介の侍女である自分に気安く接してくれる主に、ナマエは低く頭を下げて尋ねる。
「わたしは、どこへ配属が変更されるのでしょうか……?」
やはり、魔法に特化した軍へ異動だろうか?とナマエはハラハラした心境で紅明の言葉を待つ。
しかし、紅明は大したことがないとでも言いたげに。
「え?変更しませんけど?」
「え?」
「え?って……私が、君を異動させるなんていつ言いました?」
「で、ですが、」
「いざとなったら魔法が使用できる侍女が近くにいたら、便利じゃないですか。だから、私はナマエを侍女から外す気なんてないですよ」
あはは、と紅明は軽く笑ってみせる。
それを、どういう気持ちで受けたらいいのかわからずナマエはぽかんとしてしまう。
「では……これまで通りに、侍女のままでいられるのですか?」
「むしろ、いてくれないと困りますねぇ。他にも侍女は多くいますけど、ほら、私もこれでも一応皇族なので……『そうした類の野心』を持ってやってくる侍女も、なかなか減らないんですよ」
「……それは、そうですね」
煌帝国の皇子にお近づきになりたい、あるいはお手付きになって地位を得たいという野心を持つ人間というのは少なくはない。
実際に、紅明には父である皇帝がお手付きしたことでその女性が側室として召し上げられた際に産んだという経緯で多くの妹姫が、また数少ない認知されている男子でも、血の繋がりがある兄皇子と弟皇子がいる。
特に人気が高いのは長兄である紅炎で、しかしその下にいる紅明とて、そうした野心の範囲外にはなりえない。
だから、紅明が正式に誰かを娶らない限りは、そうした輩が減る理由がないのだ。
「だから、ナマエのような侍女がいてくれると非常に助かるんですよ。君は、そうした野心に関心がない。私と同様にね。
向上心はあれど野心がない。それは、私が欲しかった侍女の条件にピッタリなんです」
紅明は視線を合わせるように、ナマエにずいっと顔を近づける。
そして、羽扇を下ろしてにこりと笑う。
「私は兄王様のようなカリスマ性はないし、紅覇のような美貌もない。精々、軍略などについて思考することが苦ではないことが長所ですかね。
それでも私は皇族だし、どれほど非道なことでもそれが国にとって有益なのなら、利用できるものは何でも利用します。……自分さえもね」
「……ご立派な心掛けです。わたしには到底真似などできません」
「ええ。真似するべきではありません。結構しんどいですからね、こういうことは」
それでも、と紅明は目を細める。
「君が君らしく在るように、損なわないようにすることは、不思議としんどいとは思いません」
「……?」
「君を軍の一部にすることは容易いことです。だけど、私はそうしません。そうしてしまえば、私は私が望んだ優良な侍女を失うからです。
……私は、そのことのほうが嫌なんです」
「嫌、なのですか?」
「そう、嫌なんです。……軍部に携わる者としてはあまり良くないことなんですけど、ま、これは皇族の特権ということで兄王様も許してくれましたから。
だから、君はいつも通り、これからも私の世話を焼いてくれると助かります」
紅明は「ここだけの話ですが」と羽扇で口元を隠す。
「私は、兄王様をお支えできればそれでいいんです。ある程度の権力は、まあ便利なので利用させてもらいますが……自分が皆の頂点に立って働くというのは、性に合わない」
「……性に合わないことをなさらなければならないご身分であられるのは、さぞめんど、いえ、大変なことなのでしょうね」
「いいですよ、気にしなくても。実際面倒ですし。……ま、それでもです。それでも、ごくごくたまに、君のような人間に出会えることもあるので、割と最近は気楽ですよ」
「?気楽、なのですか?」
「ええ。だって、君は打算もなく自分の職務を全うして、しかも私の世話を焼いてくれますから。
未婚の侍女で、君くらいですよ。
打算もない、定められた給金以上の見返りも送ったことがないのに、ただ淡々と面倒な私の世話を焼く女性というのはね」
だから私は君を手放さないんですよ。と紅明は頷いた。
「多くの妹たちや兄王様と弟は素の私を知っているので過分なことはしないでしょうが……それでも。
何かがあったら、『自分は紅明皇子の筆頭侍女で部下だ』と言いなさい。
そう言っておけば、大抵の者は君を脅かそうとしないでしょう」
「は、はあ……ですが、紅明様のお名前をお出ししていいのですか?」
というかさりげなく、自分の身分が主の『筆頭侍女』に階級アップしている……とナマエは戦慄する。だが、主の命令なのだから口を挟むべきではないと、そこには口を出さない。
けれど、目立つことが苦手な紅明がそこまでして守るに値する侍女だろうかと思ってしまうナマエに彼は笑う。
「君は貴重な人材で、優秀な私の侍女ですから。それくらいの身分保証に私の名前を出しても、別にいいですよ。それよりも妙な雑事で侍女を辞めたいと言われたほうが面倒です。
だから、これからも私の侍女でいて下さい」
「……!」
「それとも、軍に対して所属願いでもありました?」
「い、いいえ!滅相もございません!これからも、紅明さまの侍女として誠心誠意、努めさせていただきます!」
「はいはい。よろしくお願いいたしますね。
……さて、私は兄王様にお話があるので行ってきますね」
「はい!行ってらっしゃいませ」
ナマエは改めて紅明に向かって深々と礼をする。
そしてその心中では。
(よ、良かったぁ……侍女のままで良かったぁ!)
と、少し泣きそうになっていた。
「で、お前のお気に入りの侍女はそのまま自分の手元に置いておくわけか?」
紅炎の執務室で。
兄の淡々とした物言いに、紅明は「ええ」と頷く。
「貴重な戦力になるやもしれませんが、本人はいたって平凡な性格です。生真面目に、堅実に、侍女としての領分を越えてこない良質な侍女ですので……それを取り上げられると、困ります」
「お前は世話のかかる奴だからな……弟でなければ、俺も投げ捨てていただろうな」
「兄王様は投げ捨てるどころか、私の部屋の扉を蹴破ってきて逃げ惑う私を追いかけてきたではないですか」
「それはお前が寝坊したせいだ」
責任転嫁するんじゃない。と紅炎に静かに叱られ、紅明は肩を落とす。
そして更に。
「その侍女が整えた自室の居心地が良いからと、あまり引きこもるなよ」
「……普通、共に過ごしていて気楽な者がいて、居心地の良い自室があったら籠りたくもなるでしょう?」
あっさりとした軽い声色でそう言いのける紅明に、紅炎は普段通りのしかめっ面で。
「……お前のことだ、結婚は面倒だとか言っておきながら、どうせ自分の『お気に入り』は計算高く囲う気でいるのだろう?」
「はてさて、どうでしょうねぇ。皇族として生まれた者としての見解だと、結婚は『手段』としか見えないもので」
紅明は羽扇で口元を隠しながら、頭を掻く。
「でも、そういう面倒なものは一度だけで私は充分ですよ」
「……そうか」
紅炎はそれだけで頷いた。
それは暗に、『自分はただ一度、たった一人だけしか娶る気はない』と言っているのだと理解したまま。
3/3ページ