婚約発表のおはなし
夢小説設定
休暇を日本で過ごし、最後のほうでは『色々』あったものの、ナユタというクライン王族に危害を加える目的だった不審者に関しては、御剣怜侍の采配で牙琉検事にその一件は預けることになった。
それを聞いた王泥喜法介は少し意外な部分があった。
「てっきり、お前がその件を担当するんだと思った」
「拙僧としても、そうしたい部分はありますが……拙僧はいわば、被害者にあたりますからね」
被害者である、当事者である検事に裁判をさせては私情を挟んでいると思われる、という観点でナユタはこの件に追究する側として立つことができないのだと語った。
それを聞いて「それもそうか」と法介は納得する。
事務所でコーヒーを飲みながら、仕事以外の話をするのももはや恒例となっている。
だが基本的にナユタは仕事を終えたら即帰る男だ。摂政としての公務があるという理由も勿論だが……何せ宮殿には愛する婚約者が帰りを待っているのだ。
だから事務所で話をするのは……世間話、というよりも惚気話を聞かされる可能性のほうが高かったりする。
(結構、難儀な恋をしてたもんなぁ)
ガランに脅されながら、革命派としての矜持や守るべき家族への想いなど……ナユタは様々な葛藤の中で恋をした。
本人が望んでいない状況下で、一目惚れという恋に落ちたのだ。
ナユタの怒涛の人生をそこそこ知っている法介はドゥルクに次いで、この男のドキュメンタリー書籍も出ても不思議ではないと思っていたりする。
ちなみにドゥルクのドキュメンタリー書籍は既に出版されている。
『反逆の龍』ではなく、『革命の龍』として、かなり人気の売れ出しなのだと、何かと手伝いに来てくれるボクトが興奮気味にまくしたてるように語っていたので間違いない。
「それはそうと、婚約発表はどうしてわざわざレイファ様の誕生日にしたんだ?重ねても大丈夫なのか?」
女王レイファとしての初の誕生日パーティー。
そこに、ついでのように日程を重ねてもいいのだろうか?
そんな疑問にナユタは「むしろそのほうが良いのですよ」と笑う。
「前提として、あくまでレイファ様を祝いたいというのが主体なのですが……レイファ様を祝うために、友好関係にある他国の客人を招待するので、彼らに伝えたほうが拙僧たちの婚約も程よく知れ渡るでしょう。
クライン王国の出版社などにも伝えてはおりますが、海外の方々にも知っていただくにはその客人についている報道陣も有効に利用させていただきます」
「け、結構考えてんだな……」
「そうした考え方が出来ねば、摂政というのは務まりませんので」
「レイファ様や、ナマエちゃんはそれでいいって?」
「ああ……」
ナユタはそこで何か考え込んで、
「……レイファ様は、『祝い事は多いほうが嬉しいのじゃ!』と申しておりますね。拙僧や母上と過ごすご自分の誕生日は、改めて考えますと初めてですので……純粋に嬉しいのだと思いますよ」
「あ……そっか。そうだよな」
表面上は、楽しい誕生日を過ごせていたのかもしれない。
けれど真実を知った今では、それを懐疑的に思ってしまっても無理もないだろう。
優しい両親だと思っていた人たちは、実はそうではなかったかもしれない。
そもそも本当の家族は、その人たちによって苦しめられ、引き裂かれていたのだ。……自分の知らないところで。
(親、か。……色々、思うよなぁ)
法介も、未だに母親はわからないが、つい最近になってようやく実の父親を知ることが出来たのだ。
このクライン王国で、自分もまた親子の仲を引き裂かれたのだと思うと……複雑だ。
そんなことをしみじみ思っていると。
「そういえば、あの方からも祝いの言葉を頂きました。せっかくですので、その方も招待するつもりです」
「?誰だ?」
「ラミロアさんです」
「…………は!!?」
法介は驚いて、声を上げてしまう。それが大音量だったせいで「騒々しいです」とナユタに手近のクッションを投げつけられた。少し固めのクッションなので痛い。
しかしそれよりも。
「ら、ラミロアさんって、あの人もクライン王国に来るのか!?何で!?」
「何故と言われましても……レイファ様と拙僧たちへ祝いの言葉を寄越して下さり、『是非会場で歌わせて下さい』と正式に申し込まれましたので。
特に断る理由はないですしね」
世界的に有名な歌手の方から申し込まれるなど、僥倖でしかないでしょう?とナユタは冷静である。
冷静なまま、法介を見て。
「……サインでも頂いたらいかがです?確か、貴方もファンでしょう?」
「そりゃあ、ファンだけど……ん?『も』って?」
「ああ、言っておりませんでしたね。ナマエさんもラミロアさんのファンなのですよ。何でも、牙琉検事のCDでファンになったとか」
「確かにコラボしてたけど……そこで牙琉検事のファンになるんじゃないんだな」
「人には好みというものがございますから。休暇中にライブを拝見させていただきましたが……ろっく、というものに拙僧はまだ慣れておりませんね」
拙僧も、どちらかと言えばラミロアさんの歌のほうが好ましいですよ。とナユタは答える。
それに関してはファンの一人として嬉しいものがある法介である。
けれど。
(……でも、ほんとに何でわざわざクライン王国へ?何か思い入れでもあるのか?)
そんなことを、法介は少し気にかかっていた。
「黙っていたことは悪かったわ。けれど、黙っていたほうが良いこともあるとナマエに説得されてしまったのよ」
クライン王国へ帰ってきた直後に、ナユタはアマラを問いただした。
ナマエと協力して、宮殿内の警備体制を整えていたこと。彼女の過去の経歴。確認したいことは山ほどあった。
だが最も聞きたかったことは。
「……『あの家』と、クライン王家はどのような関わりがあったのですか?」
『クライン王家に関わるな』。それが、ナマエの『実家』の掟。
それはつまり、クライン王家と何らかの出来事があったということだ。そんな掟を作ってまで近づきたくないクライン王国と、一体何があったのか。
王族籍に復籍したナユタならば、聞いておいてもおかしくはないだろうと思っての問いかけだった。
そんな摂政に、大巫女は目を伏せて。
「……クライン王家であっても、あまり閲覧されないような手記があったのです。特に、女王であれば手に取ることを躊躇うような類のものです」
「手記、ですか……?」
「ええ。その手記は、始祖様の実妹、鳥姫様の手記ですからね」
鳥姫様、とナユタが呟き、アマラは「女王は、あまりあの方に触れてはならぬと決められているのは知っているでしょう?」と淡く微笑む。
「不浄な者として、鳥姫様は始祖様さえ遠ざけておられた。戦いに、争いに触れた不浄で汚さないために」
「……そう、聞き及んでおります」
「そこまではね。けれど、鳥姫様の『師匠』については知らないでしょう?」
「!……師匠が、おられたのですか?」
ナユタの驚愕に、アマラは微笑んで答える。
「鳥姫様は偉大な戦士であられたわ。ですが、最初から強き戦士ではなかった。戦士としての才能があったのかもしれませんが……それでも、人は最初から強いとは限らないのです。
ましてや、女性の身で戦士の道に進むのは困難だったことでしょう」
「…………」
「手記には、こう書かれていたわ。
『とある日、異国の旅人が静かに現れた。その旅人は波乱の中にあった自分と姉を守った。自分は、その旅人に教えを請うた。
彼女は、〈フクロウ〉と名乗った』」
「…………フクロウ」
その話の流れで、ナユタは察することが出来た。
〈フクロウ〉。………福楼院 。
その時点で、既に繋がりが理解できた。
クライン王家は、福楼院家ととんでもない関わりがあったのだ。
偉大な鳥姫様と、そんな鳥姫様の師でいられたほどの戦士がいた。
それが、ナマエの先祖なのだ。
「……他に記述は?」
「そうね……鳥姫様は友好と敬意の証として贈り物をしたそうよ。
特殊な素材で出来た扇子で……見た目は優美な物でしかないのだけれど、とても頑丈で、戦士の道を往く師匠は喜んだとか」
アマラの証言に、ナユタは「そうですか」と頷いた。
そしてナマエが見せてくれた『鉄扇』を思い出す。
(……やはり『アレ』がそうだったのですね)
女王アマラの貴重な証言と、証拠品まで揃っている。偽りである可能性はあまりに低い。
そもそもナマエがこんな偽証などしても、何も良い思いをしない。彼女は、武力による争い事は不浄だというクライン教の思想傾向を知っている。
だからこそ、『そうした経歴や実力』は不浄なモノとして扱われると恐れていたはずだ。
そして彼女がそんなことをしてまでレイファやナユタを守りたかったとしてもあまりに手が凝り過ぎている。
傍から見れば、それはクライン王家に潜り込むための方便だと思うのかもしれない。
だがナマエは嘘が言えない。更に言えば、彼女が嘘を教えられていた可能性も、低い。
彼女が見せてくれた鉄扇には、限られた人間しか知りえない鳥姫様の本名と、クライン語で『あなたの誇りに敬意を表する』という言葉が彫られていた。
それだけの証明ができているものを崩すのは、難しいだろう。
そして、彼女の言葉だ。
『初代当主は、きっと……罪悪感を抱いていたんだと思います』
その先祖の直系である、ナマエはそう言っていた。
初代当主は、たとえ正しかったとしても、一人の人間を戦士の道に導いたことに、深い罪悪感を持っていたのだろうと。
だからこそ、己の一族にこれ以上クライン王家に関わらせないようにしたのだと。
(そうだとしたら、辻褄が合う)
クライン王家に関わらなかった。その行動こそが、彼女と、彼女の一族が嘘を吐いていないと言うことができる。
クライン王家とのそんな事情を一切沈黙し続けていたのは、福楼院家にはクライン王国から得られるであろう強い立場に関心がなかったからだ。
偉大な鳥姫様との接点を明らかにすれば、福楼院家はクライン王国で必ず強い権威を持つことが出来ただろう。……だが、そうしなかった。
初代当主の命令と誇りを、彼らは何よりも大事にしているのだ。
ナマエ曰く、福楼院家とは……『自分のために動くことがあまりに鈍感なのだ』という。
誰かのためにならば圧倒的な働きを見せられるのだが、自分のことになると……実力を発揮できないし、様々なことが劣るのだと。
だからこそ本当の意味で、福楼院家の直系は『誰かのために活かされる才能に秀でた人間』でしかないのだと彼女は語った。
自分のためには、まともに生きられない。
そんな依存した生き方しかできない、呪いのような性質を持って生まれてくる。
それが、福楼院家の直系だと。
「ナユタ」
アマラの呼び声に、ナユタはハッと意識を戻す。
母はただ、柔らかく微笑んで。
「色々と考えているようだけれど……あの子は、本当にあなたを愛しているわよ」
「!」
「だからあなたはあの子自身を見て、そして愛してあげなさいね。
………わたくしに言われずとも、あなたはナマエを心底愛しているでしょうけれど」
「………そうですね」
ナユタはふ、と力を抜いて、微笑んだ。
「私にとってナマエさんは……ただ愛しい人でしかありませんから」
そう。そもそも彼女を好きになったことに過去の因縁など、関係ない。
彼女の先祖が鳥姫様を戦士の道に導いたことは、確かに正しくも過酷な道だったのだろう。決して、幸福だけを与えるモノではなかったのだろう。
だが、鳥姫様がいて下さったから始祖様は守られたのだ。
不浄なことはすべて引き受けると言わんばかりに鳥姫様が守って下さったから、ずっと自分たちは教えや祈りを繋ぐことができた。
だから、感謝こそすれ、厭うことはない。
鳥姫様も、その師も、そして……彼女も。
(そして、彼女はもうあの一族の者ではない。拙僧を守ったことも、彼女の意思なのですから)
ナマエを連れ戻そうとしても、そんなことを許すつもりなどない。
彼女は既に、ただナユタを愛し、そして愛される人でしかないのだ。
ナユタと、ナユタの大切なものを大事にしてくれる、頼り甲斐のある……愛しい人。
決して、あの一族と同じ扱いになどさせない。
「ナマエさんは確かに頼り甲斐のある女性ですが、あくまで拙僧の恋人です。……あまり、物騒なことに関わらせたくはありません」
「そうね。でも、あの子は案外そういうことは気にしない性格でしょう?
……自分のことよりも他者を大切にする子ですよ、あの子は」
「そうですね。ですから拙僧がしっかりせねばならぬこともあるのでしょう。母上の仰る通り、彼女はご自分のことになりますと鈍感になりますので」
そういう、不器用なところのある方を好きになりました。とナユタは柔らかく笑う。
そんな息子を見て、母は「仕方がない子」と呆れたように、しかし嬉しそうに微笑んで。
「わたくしの子たちは皆、どこか不器用で愛情深い子ばかりで……自慢したくて困るわ」
「それは光栄なことでございます」
「そういう話になると、ホースケさんもわたくしの子のように思っている部分はあるのよ?ドゥルクが息子として育てた子ですもの、それはもう、わたくしの子だと思ってもいいほどに充分な理由ですし?」
「それは、ホースケが困惑する様が容易に想像できますね」
時々、共に食事をしようと誘えば「オレは直接関係ないだろ!」という理由で逃げることが多い男だ。
まあ、さすがにかつての義兄が実は王族で、その家族に囲まれての食事は緊張するものはあるだろうとナユタも理解できる部分はある。
というか最初の頃のナマエも、緊張していた。何でも、『場違いな感覚が抜けない』のだとか。
そういうところがあったので、『食事は基本的に共にいたしましょう』というルールを作ってみた。そんなナユタの提案を、家族は普通に喜んで受け入れたし、ナマエも徐々に慣れて行った。
存外、ナマエは慣れさせてさえすれば受け入れるのは早いほうだとナユタは知っているのだ。
「ホースケさんには、『そうしたお相手』はいらっしゃらないの?」
暗に恋人はいないのかと問うアマラの声に、ナユタは「さて」と目を逸らす。
「あれもまた、無自覚に魅了しているタイプなのだと思いますよ。そういう意味合いでは、ナマエさんと同系統であると言えましょう」
「……余計なお世話なのかもしれないけれど、お膳立てしたくなるわねぇ」
「そうしたお世話をするのはあまり有効だとは思えませんね」
ナユタはどこか遠い目をして、
「無自覚で、鈍感なものですから……本人同士が直接対応しないと見事に空回りします。
『自分にそんな魅力はない』、『自分を好きになるような相手がいるわけない』、『自分が相手を大切にできる自信がない』
……そんな『ないない尽くし』を並べるのですよ、きっと」
「実際にそういう相手に惚れているあなたの言葉は重いわねぇ」
あなた、よくぞそんな相手を落としたわね。とアマラは感心したように述べる。
修行僧時代に培った忍耐力や持久力が役立ちましたとも。とナユタは安堵したように息をつく。
「まあ、今現在も忍耐力を試される瞬間というモノはございますが……それもまた幸せな悩みとも申せましょう。
そうした今があるのはホースケのお陰とも言えますので、あれにも幸せになってもらいたい気持ちはございますよ」
幸せの定義は様々なのですがね。とナユタは付け加える。
そんなナユタに。
「ところで話が変わるのだけれど。
ナマエの婚約発表の衣装、あなたも考えたいのかしら?」
「……勿論と答えたいところなのですが、恐らく拙僧が考え出したら物凄く時間がかかりそうです」
「ああ……何となく察したわ。ナユタ、あなた、婚約発表だというのに花嫁衣装に仕立て上げてしまいそうで恐ろしいのでしょう?」
「……さすがは母上でございます」
息子の惚れ込み具合は、時折暴走して驚くほど手順をすっ飛ばす時があるのだ。
そこはあの父にしてこの子あり、と言えるのだが……
(………聞いておくべきかしら)
頬に手を添えて考え込み、アマラは「ナユタ」と呼びかける。
「これは二人の問題と言ってしまえばそれまでなのだけれど……
『初夜』には至っていないのかしら?」
「っ!?な、そ、急に、何故そのような!?」
ナユタは目を見開いて、顔を紅潮させる。
その反応に、「ああ、まだなのね」とアマラは察する。
「わたくし、花嫁修業でそうしたことをナマエに教えていなかったから。
……初夜について教える前に手を出されていたら、まあそれはそれであなたに責任を取ってもらえば済む話なのだけれどね?」
「そうした手を出しておりません!!……彼女と添い遂げる覚悟と責任は、充分ありますが」
いくら両想いとはいえ婚前の女性と軽々しく出来ることではないでしょう。とナユタは悩まし気に眉をしかめる。
それも確かにそうだと言えるのだが、ドゥルクだったら早々に手を出してしまっただろうとアマラは思う。ドゥルクという男は、色々な意味でとにかく行動力のある人間だったと懐かしむ。
だからこそ、その血を継ぐ息子も『そういう行動力』があっても不思議には思わないアマラなのだ。
(……王族としての責務だとか関係なく、想いが通じ合って進展すれば、より愛情を確かめる行為を求めてしまうもの)
はたしてこの龍の申し子は自分の愛情をいつまである程度我慢し、そしてそれが許される瞬間、どれほど愛しい恋人に与えるのか。
(子供の成長を見守ることは、楽しいわねぇ)
「ドゥルクがいたなら、あなたの背を物凄く押したでしょうね」
「は?」
「……いいえ、独り言よ」
アマラは微笑む。
どうせ、ナユタが狼狽や暴走をしたとしても、そんな息子が選んだ彼女が諫めてくれるのだろう。そうすることが出来る女性を、ナユタは選んでいるのだとアマラは知っている。
しっかり者の息子を、休暇を過ごす日本で絶対に守り通すと宣言するような、強い女性を。
検事として、摂政として動けるほどの優秀さを持つナユタ。
女王の侍従として動く堅牢な盾であり、剣であるナマエ。
後にそうなる、兄夫婦に支えられるレイファは、さぞや心強いことだろう。
(わたくしも、安心できるというものだわ)
だからこそ、機会を窺って息子の妻となる彼女に『初夜』についての知識も多少は仕込んでおこうと思うアマラであった。
それを聞いた王泥喜法介は少し意外な部分があった。
「てっきり、お前がその件を担当するんだと思った」
「拙僧としても、そうしたい部分はありますが……拙僧はいわば、被害者にあたりますからね」
被害者である、当事者である検事に裁判をさせては私情を挟んでいると思われる、という観点でナユタはこの件に追究する側として立つことができないのだと語った。
それを聞いて「それもそうか」と法介は納得する。
事務所でコーヒーを飲みながら、仕事以外の話をするのももはや恒例となっている。
だが基本的にナユタは仕事を終えたら即帰る男だ。摂政としての公務があるという理由も勿論だが……何せ宮殿には愛する婚約者が帰りを待っているのだ。
だから事務所で話をするのは……世間話、というよりも惚気話を聞かされる可能性のほうが高かったりする。
(結構、難儀な恋をしてたもんなぁ)
ガランに脅されながら、革命派としての矜持や守るべき家族への想いなど……ナユタは様々な葛藤の中で恋をした。
本人が望んでいない状況下で、一目惚れという恋に落ちたのだ。
ナユタの怒涛の人生をそこそこ知っている法介はドゥルクに次いで、この男のドキュメンタリー書籍も出ても不思議ではないと思っていたりする。
ちなみにドゥルクのドキュメンタリー書籍は既に出版されている。
『反逆の龍』ではなく、『革命の龍』として、かなり人気の売れ出しなのだと、何かと手伝いに来てくれるボクトが興奮気味にまくしたてるように語っていたので間違いない。
「それはそうと、婚約発表はどうしてわざわざレイファ様の誕生日にしたんだ?重ねても大丈夫なのか?」
女王レイファとしての初の誕生日パーティー。
そこに、ついでのように日程を重ねてもいいのだろうか?
そんな疑問にナユタは「むしろそのほうが良いのですよ」と笑う。
「前提として、あくまでレイファ様を祝いたいというのが主体なのですが……レイファ様を祝うために、友好関係にある他国の客人を招待するので、彼らに伝えたほうが拙僧たちの婚約も程よく知れ渡るでしょう。
クライン王国の出版社などにも伝えてはおりますが、海外の方々にも知っていただくにはその客人についている報道陣も有効に利用させていただきます」
「け、結構考えてんだな……」
「そうした考え方が出来ねば、摂政というのは務まりませんので」
「レイファ様や、ナマエちゃんはそれでいいって?」
「ああ……」
ナユタはそこで何か考え込んで、
「……レイファ様は、『祝い事は多いほうが嬉しいのじゃ!』と申しておりますね。拙僧や母上と過ごすご自分の誕生日は、改めて考えますと初めてですので……純粋に嬉しいのだと思いますよ」
「あ……そっか。そうだよな」
表面上は、楽しい誕生日を過ごせていたのかもしれない。
けれど真実を知った今では、それを懐疑的に思ってしまっても無理もないだろう。
優しい両親だと思っていた人たちは、実はそうではなかったかもしれない。
そもそも本当の家族は、その人たちによって苦しめられ、引き裂かれていたのだ。……自分の知らないところで。
(親、か。……色々、思うよなぁ)
法介も、未だに母親はわからないが、つい最近になってようやく実の父親を知ることが出来たのだ。
このクライン王国で、自分もまた親子の仲を引き裂かれたのだと思うと……複雑だ。
そんなことをしみじみ思っていると。
「そういえば、あの方からも祝いの言葉を頂きました。せっかくですので、その方も招待するつもりです」
「?誰だ?」
「ラミロアさんです」
「…………は!!?」
法介は驚いて、声を上げてしまう。それが大音量だったせいで「騒々しいです」とナユタに手近のクッションを投げつけられた。少し固めのクッションなので痛い。
しかしそれよりも。
「ら、ラミロアさんって、あの人もクライン王国に来るのか!?何で!?」
「何故と言われましても……レイファ様と拙僧たちへ祝いの言葉を寄越して下さり、『是非会場で歌わせて下さい』と正式に申し込まれましたので。
特に断る理由はないですしね」
世界的に有名な歌手の方から申し込まれるなど、僥倖でしかないでしょう?とナユタは冷静である。
冷静なまま、法介を見て。
「……サインでも頂いたらいかがです?確か、貴方もファンでしょう?」
「そりゃあ、ファンだけど……ん?『も』って?」
「ああ、言っておりませんでしたね。ナマエさんもラミロアさんのファンなのですよ。何でも、牙琉検事のCDでファンになったとか」
「確かにコラボしてたけど……そこで牙琉検事のファンになるんじゃないんだな」
「人には好みというものがございますから。休暇中にライブを拝見させていただきましたが……ろっく、というものに拙僧はまだ慣れておりませんね」
拙僧も、どちらかと言えばラミロアさんの歌のほうが好ましいですよ。とナユタは答える。
それに関してはファンの一人として嬉しいものがある法介である。
けれど。
(……でも、ほんとに何でわざわざクライン王国へ?何か思い入れでもあるのか?)
そんなことを、法介は少し気にかかっていた。
「黙っていたことは悪かったわ。けれど、黙っていたほうが良いこともあるとナマエに説得されてしまったのよ」
クライン王国へ帰ってきた直後に、ナユタはアマラを問いただした。
ナマエと協力して、宮殿内の警備体制を整えていたこと。彼女の過去の経歴。確認したいことは山ほどあった。
だが最も聞きたかったことは。
「……『あの家』と、クライン王家はどのような関わりがあったのですか?」
『クライン王家に関わるな』。それが、ナマエの『実家』の掟。
それはつまり、クライン王家と何らかの出来事があったということだ。そんな掟を作ってまで近づきたくないクライン王国と、一体何があったのか。
王族籍に復籍したナユタならば、聞いておいてもおかしくはないだろうと思っての問いかけだった。
そんな摂政に、大巫女は目を伏せて。
「……クライン王家であっても、あまり閲覧されないような手記があったのです。特に、女王であれば手に取ることを躊躇うような類のものです」
「手記、ですか……?」
「ええ。その手記は、始祖様の実妹、鳥姫様の手記ですからね」
鳥姫様、とナユタが呟き、アマラは「女王は、あまりあの方に触れてはならぬと決められているのは知っているでしょう?」と淡く微笑む。
「不浄な者として、鳥姫様は始祖様さえ遠ざけておられた。戦いに、争いに触れた不浄で汚さないために」
「……そう、聞き及んでおります」
「そこまではね。けれど、鳥姫様の『師匠』については知らないでしょう?」
「!……師匠が、おられたのですか?」
ナユタの驚愕に、アマラは微笑んで答える。
「鳥姫様は偉大な戦士であられたわ。ですが、最初から強き戦士ではなかった。戦士としての才能があったのかもしれませんが……それでも、人は最初から強いとは限らないのです。
ましてや、女性の身で戦士の道に進むのは困難だったことでしょう」
「…………」
「手記には、こう書かれていたわ。
『とある日、異国の旅人が静かに現れた。その旅人は波乱の中にあった自分と姉を守った。自分は、その旅人に教えを請うた。
彼女は、〈フクロウ〉と名乗った』」
「…………フクロウ」
その話の流れで、ナユタは察することが出来た。
〈フクロウ〉。………
その時点で、既に繋がりが理解できた。
クライン王家は、福楼院家ととんでもない関わりがあったのだ。
偉大な鳥姫様と、そんな鳥姫様の師でいられたほどの戦士がいた。
それが、ナマエの先祖なのだ。
「……他に記述は?」
「そうね……鳥姫様は友好と敬意の証として贈り物をしたそうよ。
特殊な素材で出来た扇子で……見た目は優美な物でしかないのだけれど、とても頑丈で、戦士の道を往く師匠は喜んだとか」
アマラの証言に、ナユタは「そうですか」と頷いた。
そしてナマエが見せてくれた『鉄扇』を思い出す。
(……やはり『アレ』がそうだったのですね)
女王アマラの貴重な証言と、証拠品まで揃っている。偽りである可能性はあまりに低い。
そもそもナマエがこんな偽証などしても、何も良い思いをしない。彼女は、武力による争い事は不浄だというクライン教の思想傾向を知っている。
だからこそ、『そうした経歴や実力』は不浄なモノとして扱われると恐れていたはずだ。
そして彼女がそんなことをしてまでレイファやナユタを守りたかったとしてもあまりに手が凝り過ぎている。
傍から見れば、それはクライン王家に潜り込むための方便だと思うのかもしれない。
だがナマエは嘘が言えない。更に言えば、彼女が嘘を教えられていた可能性も、低い。
彼女が見せてくれた鉄扇には、限られた人間しか知りえない鳥姫様の本名と、クライン語で『あなたの誇りに敬意を表する』という言葉が彫られていた。
それだけの証明ができているものを崩すのは、難しいだろう。
そして、彼女の言葉だ。
『初代当主は、きっと……罪悪感を抱いていたんだと思います』
その先祖の直系である、ナマエはそう言っていた。
初代当主は、たとえ正しかったとしても、一人の人間を戦士の道に導いたことに、深い罪悪感を持っていたのだろうと。
だからこそ、己の一族にこれ以上クライン王家に関わらせないようにしたのだと。
(そうだとしたら、辻褄が合う)
クライン王家に関わらなかった。その行動こそが、彼女と、彼女の一族が嘘を吐いていないと言うことができる。
クライン王家とのそんな事情を一切沈黙し続けていたのは、福楼院家にはクライン王国から得られるであろう強い立場に関心がなかったからだ。
偉大な鳥姫様との接点を明らかにすれば、福楼院家はクライン王国で必ず強い権威を持つことが出来ただろう。……だが、そうしなかった。
初代当主の命令と誇りを、彼らは何よりも大事にしているのだ。
ナマエ曰く、福楼院家とは……『自分のために動くことがあまりに鈍感なのだ』という。
誰かのためにならば圧倒的な働きを見せられるのだが、自分のことになると……実力を発揮できないし、様々なことが劣るのだと。
だからこそ本当の意味で、福楼院家の直系は『誰かのために活かされる才能に秀でた人間』でしかないのだと彼女は語った。
自分のためには、まともに生きられない。
そんな依存した生き方しかできない、呪いのような性質を持って生まれてくる。
それが、福楼院家の直系だと。
「ナユタ」
アマラの呼び声に、ナユタはハッと意識を戻す。
母はただ、柔らかく微笑んで。
「色々と考えているようだけれど……あの子は、本当にあなたを愛しているわよ」
「!」
「だからあなたはあの子自身を見て、そして愛してあげなさいね。
………わたくしに言われずとも、あなたはナマエを心底愛しているでしょうけれど」
「………そうですね」
ナユタはふ、と力を抜いて、微笑んだ。
「私にとってナマエさんは……ただ愛しい人でしかありませんから」
そう。そもそも彼女を好きになったことに過去の因縁など、関係ない。
彼女の先祖が鳥姫様を戦士の道に導いたことは、確かに正しくも過酷な道だったのだろう。決して、幸福だけを与えるモノではなかったのだろう。
だが、鳥姫様がいて下さったから始祖様は守られたのだ。
不浄なことはすべて引き受けると言わんばかりに鳥姫様が守って下さったから、ずっと自分たちは教えや祈りを繋ぐことができた。
だから、感謝こそすれ、厭うことはない。
鳥姫様も、その師も、そして……彼女も。
(そして、彼女はもうあの一族の者ではない。拙僧を守ったことも、彼女の意思なのですから)
ナマエを連れ戻そうとしても、そんなことを許すつもりなどない。
彼女は既に、ただナユタを愛し、そして愛される人でしかないのだ。
ナユタと、ナユタの大切なものを大事にしてくれる、頼り甲斐のある……愛しい人。
決して、あの一族と同じ扱いになどさせない。
「ナマエさんは確かに頼り甲斐のある女性ですが、あくまで拙僧の恋人です。……あまり、物騒なことに関わらせたくはありません」
「そうね。でも、あの子は案外そういうことは気にしない性格でしょう?
……自分のことよりも他者を大切にする子ですよ、あの子は」
「そうですね。ですから拙僧がしっかりせねばならぬこともあるのでしょう。母上の仰る通り、彼女はご自分のことになりますと鈍感になりますので」
そういう、不器用なところのある方を好きになりました。とナユタは柔らかく笑う。
そんな息子を見て、母は「仕方がない子」と呆れたように、しかし嬉しそうに微笑んで。
「わたくしの子たちは皆、どこか不器用で愛情深い子ばかりで……自慢したくて困るわ」
「それは光栄なことでございます」
「そういう話になると、ホースケさんもわたくしの子のように思っている部分はあるのよ?ドゥルクが息子として育てた子ですもの、それはもう、わたくしの子だと思ってもいいほどに充分な理由ですし?」
「それは、ホースケが困惑する様が容易に想像できますね」
時々、共に食事をしようと誘えば「オレは直接関係ないだろ!」という理由で逃げることが多い男だ。
まあ、さすがにかつての義兄が実は王族で、その家族に囲まれての食事は緊張するものはあるだろうとナユタも理解できる部分はある。
というか最初の頃のナマエも、緊張していた。何でも、『場違いな感覚が抜けない』のだとか。
そういうところがあったので、『食事は基本的に共にいたしましょう』というルールを作ってみた。そんなナユタの提案を、家族は普通に喜んで受け入れたし、ナマエも徐々に慣れて行った。
存外、ナマエは慣れさせてさえすれば受け入れるのは早いほうだとナユタは知っているのだ。
「ホースケさんには、『そうしたお相手』はいらっしゃらないの?」
暗に恋人はいないのかと問うアマラの声に、ナユタは「さて」と目を逸らす。
「あれもまた、無自覚に魅了しているタイプなのだと思いますよ。そういう意味合いでは、ナマエさんと同系統であると言えましょう」
「……余計なお世話なのかもしれないけれど、お膳立てしたくなるわねぇ」
「そうしたお世話をするのはあまり有効だとは思えませんね」
ナユタはどこか遠い目をして、
「無自覚で、鈍感なものですから……本人同士が直接対応しないと見事に空回りします。
『自分にそんな魅力はない』、『自分を好きになるような相手がいるわけない』、『自分が相手を大切にできる自信がない』
……そんな『ないない尽くし』を並べるのですよ、きっと」
「実際にそういう相手に惚れているあなたの言葉は重いわねぇ」
あなた、よくぞそんな相手を落としたわね。とアマラは感心したように述べる。
修行僧時代に培った忍耐力や持久力が役立ちましたとも。とナユタは安堵したように息をつく。
「まあ、今現在も忍耐力を試される瞬間というモノはございますが……それもまた幸せな悩みとも申せましょう。
そうした今があるのはホースケのお陰とも言えますので、あれにも幸せになってもらいたい気持ちはございますよ」
幸せの定義は様々なのですがね。とナユタは付け加える。
そんなナユタに。
「ところで話が変わるのだけれど。
ナマエの婚約発表の衣装、あなたも考えたいのかしら?」
「……勿論と答えたいところなのですが、恐らく拙僧が考え出したら物凄く時間がかかりそうです」
「ああ……何となく察したわ。ナユタ、あなた、婚約発表だというのに花嫁衣装に仕立て上げてしまいそうで恐ろしいのでしょう?」
「……さすがは母上でございます」
息子の惚れ込み具合は、時折暴走して驚くほど手順をすっ飛ばす時があるのだ。
そこはあの父にしてこの子あり、と言えるのだが……
(………聞いておくべきかしら)
頬に手を添えて考え込み、アマラは「ナユタ」と呼びかける。
「これは二人の問題と言ってしまえばそれまでなのだけれど……
『初夜』には至っていないのかしら?」
「っ!?な、そ、急に、何故そのような!?」
ナユタは目を見開いて、顔を紅潮させる。
その反応に、「ああ、まだなのね」とアマラは察する。
「わたくし、花嫁修業でそうしたことをナマエに教えていなかったから。
……初夜について教える前に手を出されていたら、まあそれはそれであなたに責任を取ってもらえば済む話なのだけれどね?」
「そうした手を出しておりません!!……彼女と添い遂げる覚悟と責任は、充分ありますが」
いくら両想いとはいえ婚前の女性と軽々しく出来ることではないでしょう。とナユタは悩まし気に眉をしかめる。
それも確かにそうだと言えるのだが、ドゥルクだったら早々に手を出してしまっただろうとアマラは思う。ドゥルクという男は、色々な意味でとにかく行動力のある人間だったと懐かしむ。
だからこそ、その血を継ぐ息子も『そういう行動力』があっても不思議には思わないアマラなのだ。
(……王族としての責務だとか関係なく、想いが通じ合って進展すれば、より愛情を確かめる行為を求めてしまうもの)
はたしてこの龍の申し子は自分の愛情をいつまである程度我慢し、そしてそれが許される瞬間、どれほど愛しい恋人に与えるのか。
(子供の成長を見守ることは、楽しいわねぇ)
「ドゥルクがいたなら、あなたの背を物凄く押したでしょうね」
「は?」
「……いいえ、独り言よ」
アマラは微笑む。
どうせ、ナユタが狼狽や暴走をしたとしても、そんな息子が選んだ彼女が諫めてくれるのだろう。そうすることが出来る女性を、ナユタは選んでいるのだとアマラは知っている。
しっかり者の息子を、休暇を過ごす日本で絶対に守り通すと宣言するような、強い女性を。
検事として、摂政として動けるほどの優秀さを持つナユタ。
女王の侍従として動く堅牢な盾であり、剣であるナマエ。
後にそうなる、兄夫婦に支えられるレイファは、さぞや心強いことだろう。
(わたくしも、安心できるというものだわ)
だからこそ、機会を窺って息子の妻となる彼女に『初夜』についての知識も多少は仕込んでおこうと思うアマラであった。