予想外
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「正式に、レイファ様の侍従役として認められることになりました」
「へぇ、そうなんだ。……で、花嫁修業はどうなったの?」
「それを並行で進めての、むしろそれも込みで、最近は色々学んでいますねぇ」
宮殿内、応接室で。
ナマエは正式にレイファの侍従になり、最近は身の回りの世話をしていることを、ナユタが斡旋した依頼を報告しに訪れていた王泥喜法介に話していた。
しかし一言で侍従役といってもそれは、あくまで女王に対する補助のようなものだ。身の回りの世話といっても宮殿で働く、いわゆる使用人のようなものではない。
摂政として側にいるナユタが、どうしても側にいられない場合。
そうした時にある程度の補佐が出来る、女王と摂政の双方が信頼する人間、それがナマエの役目なのだった。
けれど所詮自分はいわば異国の出身で、元々は一般人だ。そんな人間に、そう簡単にそうした役目を与えていいのだろうか?
ナマエがそういう疑問を口にすると、女王と摂政は言った。
「大丈夫じゃろう」
「大丈夫でしょう」
やけに自信たっぷりで、そして揃って同じことを言うものだと呆気に取られていると。
「そもそも、かろうじて他人と言える者の中でナマエくらいじゃぞ。ワラワの側で、ナユタ以外でそうした補佐が出来る者は」
「え?」
「そうでございますよ。クライン王国に関する一般的な知識だけでなく、それ以上の知識の応用も淡々と思考する様は見事です」
「え?え??」
困惑するナマエに、摂政であり婚約者のナユタは綺麗に微笑みながら理由を明らかにした。
その話を聞く限り、どうやら……ナマエに施していた勉強には、少し『内容』を増やしていたのだという。
クライン王国に関する勉学の成績結果があまりに優秀だったので、ナユタは密かにクライン王国の今後の政策やらの事案を『演習問題文として』ナマエに語ってみたのだ。
彼女は、それを淡々とした様子で聞き、そして学んできたクライン王国の過去の政策を、現在と比較しながら彼と話した。
その時点から、ナユタはナマエの優秀さに一目置いていたのだという。
「その答えが合っていたのかはわからないんですけど……そういう問題をわたしが理解して話していく様子を見て、正式にレイファ様の侍従に採用されたみたいです」
「……それって、もしかして物凄く重い役職に就いちゃったってこと?」
「あくまで侍従役で、大した決定権はないです。ただ、『レイファ様の侍従役』、つまり『クライン王国の女王様の臣下』っていう立場が加われば色々とわたしを守るだろうって言われました」
クライン王国を訪れた当初の、自分に対しての『周囲の反応』は特に語る必要はないだろうとナマエは法介に黙っていた。
……語るほどのものではないと思ったのだ。
それほどに人の悪意、奇異なモノを見るような眼差しには、とっくの昔に彼女は慣れ過ぎてしまっていた。
そして『それ』を語っても、誰も良い気分がしないことも、よく理解していた。
だから、語らない。
『教えて欲しい』と願われない限りは、『過去をすべて語れ』と乞われない限りは、語る気になれない。
特に自分が大切に想う人は、きっと、『それ』を悲しむとわかっているから。
「お待たせいたしました。ナマエさん、ホースケの応対をして下さり、ありがとうございます」
応接室を訪れた『自分が大切に想う人』に、ナマエは微かに口元を緩めて応える。
(……今のわたしには、『それ』は必要のないことだ)
けれど、その穏やかな安息を、平和を願いながら尽力するこの人に、この人の大切なモノに仇成すモノがあるのなら。
__その時は、容赦などできない。
自分は、まだ隠している姿がある。隠している過去がある。
『それ』は決して褒められたものではなく、誇るべきことではない。少なくとも、ナマエはそう思う。
本当なら……自分は彼に愛されるような、綺麗なモノなどではない。
そう、理解できているのだけれど。
『ナマエさん』
彼が優しく微笑みかけてくれることが、今はとても嬉しい。
愛おしくて堪らないという、温かな眼差しで見つめられることが、こちらも堪らなくなるほどに。
ただ有能な『道具』を見る、冷たい眼差しなどではない。一度だって、彼はそんな目で自分を見たことなどなかった。
侍従役として優秀だと褒めた時であっても、『ですがあなたはあくまで拙僧の大切な恋人なのですよ』と言い含めた。
それは、有能な人材ではなく、愛する人としての認識を優先して欲しいと願われたようで。
(……どこが狭量なのだろう)
充分に、自由に恋人として過ごす時間を取れずにいることも、彼はとても情けなく、申し訳なく思っているようだが……正直なところ、『その程度が何なのだ』とナマエは思っている。
自分にとって大切なことを、大切な誰かのために自分が出来ることを最大限に励んでいるこの人を、何故情けないと思えるのか。
既に撤廃された悪しき法、弁護罪で苦しんだ人たちを想い、『もっと自分が有能だったなら、強かったなら』と後悔し、毎日傷つき、亡くなった人々のために祈る優しい彼を、ナマエは知っている。
早朝、どれほど忙しくともそうした祈りの時間は欠かすことのないナユタを、知っているのだ。
(……そうならざるを得なかった原因の、始祖様を霊媒した振りをしていたガランという王族に刑を執行するのが難航していたと言っていたっけ)
けれどそれは、結局どうとでもなったのだろう。
詳しい話は聞いていないけれど、優秀で真面目な検事であるナユタやクライン王国唯一の弁護士、王泥喜法介がいるのだ。数々の罪状の証明はできているのだろうし、始祖様を霊媒しているというのも、裏は取れたはずだ。
本当にそうやったのかは知らないけれど、ナマエはこう思う。
……『他の霊媒師が始祖様を霊媒してしまえばわかることだ』と。
霊媒は、他の霊媒師がその御霊を霊媒していれば、その御霊を呼べないのだという。
一人の御霊は、一人の霊媒師にしか呼び出せない。
だったら、始祖様の名前と素顔を知る、霊媒が出来る女王、現状で言ったらアマラが始祖様を霊媒してしまえば、ガランの嘘は明らかになる。
ガランは、始祖様を霊媒していない。霊媒が出来ない、王族なのだと。
それがわかってしまえば、たとえ王族と言えど罪人に変わりない。
人を陥れ、傷つけ、それを悔い改めることができないままならば……どれほど尊き血筋であっても、報いという罰は受けなければならないのだ。
(……こういう、特殊なものを知ると、考えてしまう)
才能とは、持っている場合と持っていない場合、どちらが幸福で。
そして、どちらが危険なのだろうか。
「……結局、考え方の違いの問題か」
「あ!ナマエちゃんもそう思う!?ほら見ろ!お前は頑固すぎるんだよ、ナユタ!!」
「何を仰るのです、ホースケが楽観的すぎるのですよ。むしろ、頑固なのはホースケでしょう。
……いくら手伝いでダッツたちがいるとはいえ、このまま頑なにあなた一人に弁護させ続けるのは困難でしょう」
「だからって、何で成歩堂さんたちだけじゃなくて、その知り合いにあたる森澄さんとかもクラインへ勧誘しようっていう結論に至るんだよ!!」
ナユタたちの話をふと聞いていると、こういうものだった。
つい最近、『遊びに来た』と言ってやってきた成歩堂弁護士軍団たちの中に、希月心音の親友である森澄しのぶという少女もやってきた。
その際に顔を合わせていたナマエはしのぶが現在、裁判官になるべく勉強していて、友達に検事と弁護士を目指す友人がいると聞いたのだ。
それを聞いていたナユタは、何事かを考え込んで。
「…………有効な『餌』がございますし、こちらへ勧誘し育成させるのもアリでしょうか」
そんなことを、その場でボソッと呟いていたのをナマエは聞いていた。
……『餌』とは、話の流れからして法介のことだろうと思ったけれど、そこまでだ。
どういう理由で法介が『餌』であるのかは聞いていない。だから、彼女は詳しくは知らなかった。
けれど法介が「森澄さんは関係ないだろ!!」と言いのけるのを、ナユタはどこか、『誰か』を憐れむような眼差しで。
「……鈍感な相手といえど、大切な人のためならば意外と何でも出来てしまうのですよ。そう、たとえ気付かれなくとも……」
「は?なに?どういう意味だ?」
「……あの、どうしてわたしを見るんです?ナユタさん」
何故か自分を見つめて、何故か感慨深そうに納得するナユタにナマエは首を傾げる。
法介も、よく理解はしていなかったものの、ナユタが「だったら早く部下や弟子を取りなさい」とか「では候補として一考することをお勧めいたします」とか言うので結局、成歩堂たちに相談だけしてみるという決断に至らせた。
「えー?でも、森澄さんたち……絶対困るだろ」
そう首を捻りながら去って行く法介を見送り、ナユタはナマエを連れ立って執務室へ向かう。
これからナマエは女王レイファと共に公務の説明、指導を受けることになっているのだ。
「……そういえば、どうして王泥喜さんが『餌』なんですか?いくら成歩堂さんたちが頼りになるとしても、ずっとクライン王国に滞在は無理ですよね?」
「ああ、そのことですか。……まあ、すぐに動ける人材と言いますと成歩堂弁護士たちなのですが。
ホースケと森澄さんという女性の関係性を考えますと、存外、お互いに悪い話ではないと思ったのですよ」
「?関係性、ですか?」
ナマエが不思議そうにしていると、ナユタはただ意味深に微笑んで。
「新たな法曹界を担う人材の育成も勿論なのですが……ほんの少し、お節介を焼いているだけとも申せますね」
「??」
「可能性のお話です。……と、ああ、そうです」
ふと、ナユタが何かを思い出したように足を止めて、ナマエを見つめる。
「拙僧に、国際検事としての依頼が来ているのです。……日本なのですが」
「日本、ですか。……お養父さんですか?」
ナマエの予想に、ナユタは頷く。
「あちらも、優秀な検事不足に陥っているようですね。御剣検事局長が不正を行う検事を粛清しているからだという事情も聞いておりますが、
……そう、仰ってはおりましたがね」
ナユタが、少しもったいぶるように微笑む。
いつもはもっときっぱりはっきりと物を言うのに珍しい、とナマエが思っていると。
「実は……ナマエさんに、ご相談することがございまして」
「?はあ」
「拙僧は勿論仕事のために日本へ赴くわけですが……御剣検事局長が、あなたもご一緒に来てはどうかと」
「……?」
「今までも、どうやらそうしたお誘いはしたかったようですよ。
……いくら身元がはっきりしているとはいえ、他所の男に大事な娘を預けて心配しない親はおりませんし」
ナユタの言葉に、ナマエは目を見張る。
彼は優しく微笑んで、
「血の繋がりはなくとも、御剣検事局長は立派なお父上です。拙僧に仕事を依頼する際に、度々何か言いたげにはしていると察してはいたのですが……やはり、娘のナマエさんが気になって仕方がなかったのでしょうね」
今回、ようやく正直に娘に会いたいと告げられました。とナユタは微笑ましそうに話す。
「ですから、拙僧の出張自体は短いのですが……ナマエさんもご一緒に日本へ参りませんか?」
「……いいんですか?」
「まあ、一つだけお約束していただけるのなら、構いませんとも」
「?約束?」
「……『拙僧と一緒に、クライン王国へ戻ってきて下さること』です」
それが約束です。とナユタは目を細める。
その約束に、ナマエは目を瞬かせる。
「……それだけ、ですか?」
「おや、充分大切なことですよ?仲睦まじい親子の仲を引き裂くような真似はいたしませんが、ナマエさんと離れることが惜しくなり、
『婚約者として認めん!』
と急に御剣検事局長に言われてしまえば、大変でしょう?」
「……お養父さんがそんなこと言うかはわかりませんよ?」
「さて、どうでしょう。……世の中には、
『お父さん、娘さんを私に下さい!』と言えば、
『貴様のような男に娘はやれん!』
……というやり取りがあると拙僧は聞き及んでおります」
……実際にそんなことを言う状況は本当にあるのだろうか?とナマエは困惑する。
しかし少なくとも、周囲でそういうことをする光景を目にしたことがなかっただけなので否定することも出来なかった。
「まあ、拙僧とてただ言い負かされる気などございませんが。
伊達に、クライン教の僧侶兼国際検事兼摂政として、語彙力は鍛えておりませんからね」
「……よくよく考えると、ナユタさんの肩書って多いですね?」
御剣怜侍の『検事局長』という肩書も充分強いが、ナユタもなかなか……というかさらに加えるなら、彼の場合は『クライン王家の直系』というものもある。
理不尽な権力に屈しない御剣怜侍だが、それでも国際検事としても活躍しているナユタ・サードマディには手を焼くのではないのだろうか。
娘を溺愛する養父と、その娘に寵愛を捧げる王子。
二人を知る友人たちならこう思うだろう。
__『絶対この二人の論争に近づきたくない』と。
けれど。
「そういえば、ナユタさんとお養父さんと三人で過ごすのは、あんまりなかったですよね?」
「?そうですね?」
ナマエは珍しく、わかりやすく目を輝かせて。
「じゃあ、『仲良しな二人が見られる』んですね?」
「……はい?」
今度はナユタが不思議そうに目を瞬かせる番だった。
「だって、二人ともわたしの大切な、自慢の人です。
二人とも優しい人だから、きっと気が合うし仲良くなれると思って」
「…………、」
「?ナユタさん?」
純粋無垢な眼差しをまともに受けて、ナユタは顔を背け、項垂れる。
(そうでした……ナマエさんは、そういう方でしたね)
ナマエは、純粋に養父の御剣怜侍を信じているし、恋人のナユタを信じている。
この二人に対して彼女が抱いている共通の認識は、『正しく、優しい人』という点だ。
そしてそんな二人が、何も気が合わない関係にはなりえないと信じている。
『娘を溺愛する養父』と『その娘に寵愛を捧げる王子』という関係程度で、『自分が理由でぎこちない関係になるわけがない』と信じているのだ。
そして、そんな無垢な心を裏切れるような無慈悲を、ナユタは……いや、御剣も持ち合わせてなどいない。
「そう、ですね」
ナユタはぎこちなく、笑ってみせた。
「きっと、そうなりますよ。ええ、きっと……」
ナマエにそう言って、ナユタがすべきことは決まっていた。
『日本で、ナマエさんがいる間だけでも仲睦まじく過ごせるように努力しましょう』と御剣に口裏を合わさせることであった。
「へぇ、そうなんだ。……で、花嫁修業はどうなったの?」
「それを並行で進めての、むしろそれも込みで、最近は色々学んでいますねぇ」
宮殿内、応接室で。
ナマエは正式にレイファの侍従になり、最近は身の回りの世話をしていることを、ナユタが斡旋した依頼を報告しに訪れていた王泥喜法介に話していた。
しかし一言で侍従役といってもそれは、あくまで女王に対する補助のようなものだ。身の回りの世話といっても宮殿で働く、いわゆる使用人のようなものではない。
摂政として側にいるナユタが、どうしても側にいられない場合。
そうした時にある程度の補佐が出来る、女王と摂政の双方が信頼する人間、それがナマエの役目なのだった。
けれど所詮自分はいわば異国の出身で、元々は一般人だ。そんな人間に、そう簡単にそうした役目を与えていいのだろうか?
ナマエがそういう疑問を口にすると、女王と摂政は言った。
「大丈夫じゃろう」
「大丈夫でしょう」
やけに自信たっぷりで、そして揃って同じことを言うものだと呆気に取られていると。
「そもそも、かろうじて他人と言える者の中でナマエくらいじゃぞ。ワラワの側で、ナユタ以外でそうした補佐が出来る者は」
「え?」
「そうでございますよ。クライン王国に関する一般的な知識だけでなく、それ以上の知識の応用も淡々と思考する様は見事です」
「え?え??」
困惑するナマエに、摂政であり婚約者のナユタは綺麗に微笑みながら理由を明らかにした。
その話を聞く限り、どうやら……ナマエに施していた勉強には、少し『内容』を増やしていたのだという。
クライン王国に関する勉学の成績結果があまりに優秀だったので、ナユタは密かにクライン王国の今後の政策やらの事案を『演習問題文として』ナマエに語ってみたのだ。
彼女は、それを淡々とした様子で聞き、そして学んできたクライン王国の過去の政策を、現在と比較しながら彼と話した。
その時点から、ナユタはナマエの優秀さに一目置いていたのだという。
「その答えが合っていたのかはわからないんですけど……そういう問題をわたしが理解して話していく様子を見て、正式にレイファ様の侍従に採用されたみたいです」
「……それって、もしかして物凄く重い役職に就いちゃったってこと?」
「あくまで侍従役で、大した決定権はないです。ただ、『レイファ様の侍従役』、つまり『クライン王国の女王様の臣下』っていう立場が加われば色々とわたしを守るだろうって言われました」
クライン王国を訪れた当初の、自分に対しての『周囲の反応』は特に語る必要はないだろうとナマエは法介に黙っていた。
……語るほどのものではないと思ったのだ。
それほどに人の悪意、奇異なモノを見るような眼差しには、とっくの昔に彼女は慣れ過ぎてしまっていた。
そして『それ』を語っても、誰も良い気分がしないことも、よく理解していた。
だから、語らない。
『教えて欲しい』と願われない限りは、『過去をすべて語れ』と乞われない限りは、語る気になれない。
特に自分が大切に想う人は、きっと、『それ』を悲しむとわかっているから。
「お待たせいたしました。ナマエさん、ホースケの応対をして下さり、ありがとうございます」
応接室を訪れた『自分が大切に想う人』に、ナマエは微かに口元を緩めて応える。
(……今のわたしには、『それ』は必要のないことだ)
けれど、その穏やかな安息を、平和を願いながら尽力するこの人に、この人の大切なモノに仇成すモノがあるのなら。
__その時は、容赦などできない。
自分は、まだ隠している姿がある。隠している過去がある。
『それ』は決して褒められたものではなく、誇るべきことではない。少なくとも、ナマエはそう思う。
本当なら……自分は彼に愛されるような、綺麗なモノなどではない。
そう、理解できているのだけれど。
『ナマエさん』
彼が優しく微笑みかけてくれることが、今はとても嬉しい。
愛おしくて堪らないという、温かな眼差しで見つめられることが、こちらも堪らなくなるほどに。
ただ有能な『道具』を見る、冷たい眼差しなどではない。一度だって、彼はそんな目で自分を見たことなどなかった。
侍従役として優秀だと褒めた時であっても、『ですがあなたはあくまで拙僧の大切な恋人なのですよ』と言い含めた。
それは、有能な人材ではなく、愛する人としての認識を優先して欲しいと願われたようで。
(……どこが狭量なのだろう)
充分に、自由に恋人として過ごす時間を取れずにいることも、彼はとても情けなく、申し訳なく思っているようだが……正直なところ、『その程度が何なのだ』とナマエは思っている。
自分にとって大切なことを、大切な誰かのために自分が出来ることを最大限に励んでいるこの人を、何故情けないと思えるのか。
既に撤廃された悪しき法、弁護罪で苦しんだ人たちを想い、『もっと自分が有能だったなら、強かったなら』と後悔し、毎日傷つき、亡くなった人々のために祈る優しい彼を、ナマエは知っている。
早朝、どれほど忙しくともそうした祈りの時間は欠かすことのないナユタを、知っているのだ。
(……そうならざるを得なかった原因の、始祖様を霊媒した振りをしていたガランという王族に刑を執行するのが難航していたと言っていたっけ)
けれどそれは、結局どうとでもなったのだろう。
詳しい話は聞いていないけれど、優秀で真面目な検事であるナユタやクライン王国唯一の弁護士、王泥喜法介がいるのだ。数々の罪状の証明はできているのだろうし、始祖様を霊媒しているというのも、裏は取れたはずだ。
本当にそうやったのかは知らないけれど、ナマエはこう思う。
……『他の霊媒師が始祖様を霊媒してしまえばわかることだ』と。
霊媒は、他の霊媒師がその御霊を霊媒していれば、その御霊を呼べないのだという。
一人の御霊は、一人の霊媒師にしか呼び出せない。
だったら、始祖様の名前と素顔を知る、霊媒が出来る女王、現状で言ったらアマラが始祖様を霊媒してしまえば、ガランの嘘は明らかになる。
ガランは、始祖様を霊媒していない。霊媒が出来ない、王族なのだと。
それがわかってしまえば、たとえ王族と言えど罪人に変わりない。
人を陥れ、傷つけ、それを悔い改めることができないままならば……どれほど尊き血筋であっても、報いという罰は受けなければならないのだ。
(……こういう、特殊なものを知ると、考えてしまう)
才能とは、持っている場合と持っていない場合、どちらが幸福で。
そして、どちらが危険なのだろうか。
「……結局、考え方の違いの問題か」
「あ!ナマエちゃんもそう思う!?ほら見ろ!お前は頑固すぎるんだよ、ナユタ!!」
「何を仰るのです、ホースケが楽観的すぎるのですよ。むしろ、頑固なのはホースケでしょう。
……いくら手伝いでダッツたちがいるとはいえ、このまま頑なにあなた一人に弁護させ続けるのは困難でしょう」
「だからって、何で成歩堂さんたちだけじゃなくて、その知り合いにあたる森澄さんとかもクラインへ勧誘しようっていう結論に至るんだよ!!」
ナユタたちの話をふと聞いていると、こういうものだった。
つい最近、『遊びに来た』と言ってやってきた成歩堂弁護士軍団たちの中に、希月心音の親友である森澄しのぶという少女もやってきた。
その際に顔を合わせていたナマエはしのぶが現在、裁判官になるべく勉強していて、友達に検事と弁護士を目指す友人がいると聞いたのだ。
それを聞いていたナユタは、何事かを考え込んで。
「…………有効な『餌』がございますし、こちらへ勧誘し育成させるのもアリでしょうか」
そんなことを、その場でボソッと呟いていたのをナマエは聞いていた。
……『餌』とは、話の流れからして法介のことだろうと思ったけれど、そこまでだ。
どういう理由で法介が『餌』であるのかは聞いていない。だから、彼女は詳しくは知らなかった。
けれど法介が「森澄さんは関係ないだろ!!」と言いのけるのを、ナユタはどこか、『誰か』を憐れむような眼差しで。
「……鈍感な相手といえど、大切な人のためならば意外と何でも出来てしまうのですよ。そう、たとえ気付かれなくとも……」
「は?なに?どういう意味だ?」
「……あの、どうしてわたしを見るんです?ナユタさん」
何故か自分を見つめて、何故か感慨深そうに納得するナユタにナマエは首を傾げる。
法介も、よく理解はしていなかったものの、ナユタが「だったら早く部下や弟子を取りなさい」とか「では候補として一考することをお勧めいたします」とか言うので結局、成歩堂たちに相談だけしてみるという決断に至らせた。
「えー?でも、森澄さんたち……絶対困るだろ」
そう首を捻りながら去って行く法介を見送り、ナユタはナマエを連れ立って執務室へ向かう。
これからナマエは女王レイファと共に公務の説明、指導を受けることになっているのだ。
「……そういえば、どうして王泥喜さんが『餌』なんですか?いくら成歩堂さんたちが頼りになるとしても、ずっとクライン王国に滞在は無理ですよね?」
「ああ、そのことですか。……まあ、すぐに動ける人材と言いますと成歩堂弁護士たちなのですが。
ホースケと森澄さんという女性の関係性を考えますと、存外、お互いに悪い話ではないと思ったのですよ」
「?関係性、ですか?」
ナマエが不思議そうにしていると、ナユタはただ意味深に微笑んで。
「新たな法曹界を担う人材の育成も勿論なのですが……ほんの少し、お節介を焼いているだけとも申せますね」
「??」
「可能性のお話です。……と、ああ、そうです」
ふと、ナユタが何かを思い出したように足を止めて、ナマエを見つめる。
「拙僧に、国際検事としての依頼が来ているのです。……日本なのですが」
「日本、ですか。……お養父さんですか?」
ナマエの予想に、ナユタは頷く。
「あちらも、優秀な検事不足に陥っているようですね。御剣検事局長が不正を行う検事を粛清しているからだという事情も聞いておりますが、
……そう、仰ってはおりましたがね」
ナユタが、少しもったいぶるように微笑む。
いつもはもっときっぱりはっきりと物を言うのに珍しい、とナマエが思っていると。
「実は……ナマエさんに、ご相談することがございまして」
「?はあ」
「拙僧は勿論仕事のために日本へ赴くわけですが……御剣検事局長が、あなたもご一緒に来てはどうかと」
「……?」
「今までも、どうやらそうしたお誘いはしたかったようですよ。
……いくら身元がはっきりしているとはいえ、他所の男に大事な娘を預けて心配しない親はおりませんし」
ナユタの言葉に、ナマエは目を見張る。
彼は優しく微笑んで、
「血の繋がりはなくとも、御剣検事局長は立派なお父上です。拙僧に仕事を依頼する際に、度々何か言いたげにはしていると察してはいたのですが……やはり、娘のナマエさんが気になって仕方がなかったのでしょうね」
今回、ようやく正直に娘に会いたいと告げられました。とナユタは微笑ましそうに話す。
「ですから、拙僧の出張自体は短いのですが……ナマエさんもご一緒に日本へ参りませんか?」
「……いいんですか?」
「まあ、一つだけお約束していただけるのなら、構いませんとも」
「?約束?」
「……『拙僧と一緒に、クライン王国へ戻ってきて下さること』です」
それが約束です。とナユタは目を細める。
その約束に、ナマエは目を瞬かせる。
「……それだけ、ですか?」
「おや、充分大切なことですよ?仲睦まじい親子の仲を引き裂くような真似はいたしませんが、ナマエさんと離れることが惜しくなり、
『婚約者として認めん!』
と急に御剣検事局長に言われてしまえば、大変でしょう?」
「……お養父さんがそんなこと言うかはわかりませんよ?」
「さて、どうでしょう。……世の中には、
『お父さん、娘さんを私に下さい!』と言えば、
『貴様のような男に娘はやれん!』
……というやり取りがあると拙僧は聞き及んでおります」
……実際にそんなことを言う状況は本当にあるのだろうか?とナマエは困惑する。
しかし少なくとも、周囲でそういうことをする光景を目にしたことがなかっただけなので否定することも出来なかった。
「まあ、拙僧とてただ言い負かされる気などございませんが。
伊達に、クライン教の僧侶兼国際検事兼摂政として、語彙力は鍛えておりませんからね」
「……よくよく考えると、ナユタさんの肩書って多いですね?」
御剣怜侍の『検事局長』という肩書も充分強いが、ナユタもなかなか……というかさらに加えるなら、彼の場合は『クライン王家の直系』というものもある。
理不尽な権力に屈しない御剣怜侍だが、それでも国際検事としても活躍しているナユタ・サードマディには手を焼くのではないのだろうか。
娘を溺愛する養父と、その娘に寵愛を捧げる王子。
二人を知る友人たちならこう思うだろう。
__『絶対この二人の論争に近づきたくない』と。
けれど。
「そういえば、ナユタさんとお養父さんと三人で過ごすのは、あんまりなかったですよね?」
「?そうですね?」
ナマエは珍しく、わかりやすく目を輝かせて。
「じゃあ、『仲良しな二人が見られる』んですね?」
「……はい?」
今度はナユタが不思議そうに目を瞬かせる番だった。
「だって、二人ともわたしの大切な、自慢の人です。
二人とも優しい人だから、きっと気が合うし仲良くなれると思って」
「…………、」
「?ナユタさん?」
純粋無垢な眼差しをまともに受けて、ナユタは顔を背け、項垂れる。
(そうでした……ナマエさんは、そういう方でしたね)
ナマエは、純粋に養父の御剣怜侍を信じているし、恋人のナユタを信じている。
この二人に対して彼女が抱いている共通の認識は、『正しく、優しい人』という点だ。
そしてそんな二人が、何も気が合わない関係にはなりえないと信じている。
『娘を溺愛する養父』と『その娘に寵愛を捧げる王子』という関係程度で、『自分が理由でぎこちない関係になるわけがない』と信じているのだ。
そして、そんな無垢な心を裏切れるような無慈悲を、ナユタは……いや、御剣も持ち合わせてなどいない。
「そう、ですね」
ナユタはぎこちなく、笑ってみせた。
「きっと、そうなりますよ。ええ、きっと……」
ナマエにそう言って、ナユタがすべきことは決まっていた。
『日本で、ナマエさんがいる間だけでも仲睦まじく過ごせるように努力しましょう』と御剣に口裏を合わさせることであった。