婚約者の意外な一面
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ぴぴぴぴ……ぴぴぴぴ……
「……ん」
御剣ナマエが日本へ帰国して四日後の朝。
携帯電話の着信音に、ナユタはベッドから起き上がり、結っていない髪を掻き分けて耳元に携帯電話を押し当てる。数時間前に就寝し、まだ起床時間ではなかったが電話に出たナユタはすぐに眠気が吹っ飛んだ。
『もしもし。……すみません、朝早くに』
「っ、ナマエさん?どうかなさいましたか?」
『ええと、その、……どうしようもないミスをしてしまいまして……』
「?ミス、でございますか?」
『……飛行機の時間を、その、……特に気にせず乗ってしまって……
……今、空港にいるんです』
「………まだ、日本への滞在期間が残されていると記憶しておりますが?」
『ええと、はい、あの、でも……で、できるだけ、早く戻らないといけない気がして……だって、その、
………ナユタさん、寂しがってくれたから…』
「……ナマエさん、遠隔操作で拙僧をときめかせないでください……」
電話越しでよかったとナユタは顔を手で隠す。
……顔が、とても熱かった。
(一体、どちらが大人なのかわからない)
そう反省しつつも、ナユタの頬が緩む。そして「しばしお待ちくださいませ」とナマエに伝える。
「すぐに迎えに参ります」
『え……いいんですか?あ、あの、でも連絡したのは、別に迎えに来て欲しかったわけじゃなくて、』
「良いのですよ。元々、ナマエさんがこちらに戻られた時は拙僧が迎えに行こうと思っておりましたので、そうした気遣いは無用でございます」
『………でも、ナユタさん、睡眠時間、大丈夫ですか?ある程度の距離なら、わたし、歩いて行けますよ』
「僧侶の朝は早いものです。多少睡眠時間が変わっても、その程度で音を上げるような軟弱者ではございませんから、平気ですよ」
『……ううん、でも、すごい罪悪感がわたしを襲ってきているんですが……』
「ならば、そうですね……拙僧の願いをひとつ、叶えていただければよろしいかと」
『…無茶なお願いは聞けませんよ?』
「ナマエさんに無茶な願いをするほど鬼畜の所業は致しませんとも。ですが、ささやかな願いでもナマエさんに叶えていただければ、この程度のミスは帳消しになりますが?」
『………お迎え、お願いシマス……』
「素直でとてもよろしいと思います」
ナユタはすぐに支度を整えて、しかし髪を編み込む時間が惜しくなり、急いで空港へ迎えに赴いた。
そこで見たのは。
「ナマエちゃぁ~ん!!会いたかった、会いたかったんだよぉ~~!!」
「ちょ、ほんと離れてください、迷惑考えてください、お願いですから」
「…………………」
妙な男に泣きじゃくられて絡まれ、困惑する御剣ナマエがいた。
両手をがっしりと掴んで、恋する婚約者である少女へ詰め寄る男にナユタが瞬時にその間に突入したのは言うまでもないことだと言えるだろう。
「いやぁ、お見苦しいものをお見せしましたぁ~。僕、カメラマンのツグムと申します~」
クライン王国、王泥喜法律事務所で。
朝早くに叩き起こされた王泥喜法介は「はあ」と相槌を打つしかない。その隣には叩き起こした張本人、ナユタがおり、ずっとツグムを凝視している。
……ちなみにナマエは宮殿へと避難されて、ここにはいなかった。
ツグムはのんびりと明るく喋りだす。
「話題になったクライン王国を調べたら荘厳な自然風景が見られるって感じだったので~。なら、その美しい風景を撮影するのに抵抗はないな!って思い至り、編集長にオーケーもらったんで、来た次第です~」
「ええと、それで……ナマエちゃんとは、お知り合いなんですか?親し気だったって聞いたんですけど」
「ああ!親しい~……とは違いまして~。そうですね~
………一目惚れしちゃった?みたいな感じですかね~?」
「………ほう?」
「(ナユタ、声怖ぇっ!!?) 」
氷が背中を這ったかのような寒気を感じさせるほどの威圧的で、冷え切った眼差しのナユタに隣にいる法介は瞬時に感じ取り、恐怖する。
そんなことには気づかなかったが、ツグムはハッとして。
「……あ!?違うんですよぅ!そういう意味じゃなくてですね~、彼女のファンなんです!」
「……ファン?」
「彼女、まだ小学生くらいの時だったかなぁ。ナマエちゃんのお母さん、それなりに有名なモデルをやってましてね~。その現場で会ったんです、ナマエちゃんとは」
「ナマエちゃんのお母さんって、モデルだったんですか?」
全く知らなかった話に法介は目を丸くさせる。
「ずっとってわけではなかったんですけどね~。元々可愛らしい人で、ナマエちゃん産んだ後もその綺麗さに磨きがかかって、評判良かったんですよ~」
「じゃあ、ナマエちゃんもモデルに?」
「いえいえ~。ナマエちゃんは全然モデル業に興味ない子で、お母さんの仕事をただ眺めて待ってるだけって感じの子でしたし~。僕も当時はあまり売れない冴えないカメラマンでアシスタントばっかで、ナマエちゃんによく愚痴るような奴でした~」
「 (………小さい女の子に愚痴ってたのか、この人)」
「でもね~そのおかげだったのかな~って僕は感謝してるんです、ナマエちゃんには」
「どういうことです?」
「ナマエちゃんのお母さんが交通事故で亡くなって、ある時雑誌のページに空白がどうしても目立っちゃった時がありまして。子供の写真がどうしても必要で、ナマエちゃんに頼んだんですよ~。『母を失って傷心中の少女は多少何かイイ働きするんじゃないか』って。いや~大人って汚かったなぁ~」
「……………(そんなことされたのか)」
そうした業界の闇の部分を垣間見てしまった気がして、あまり気分の良い話ではない。
けれど人の醜さに関しては、裁判で様々な人たちを見てきた法介とナユタにとってはさほど珍しいことではなかった。……悲しくも。
「で~当時、ナマエちゃんと一番交流の深かった僕が彼女の担当カメラマンをやったんですよ。
……あ~あの時のナマエちゃん、すごかったなぁ~」
「??凄かった、とは?」
「あれはですね~見ないとわからないかな~。まあ、言えることがあるとすれば、……あの現場にいたカメラマン、全員が彼女の映った写真を雑誌に掲載する時に大絶賛して、尚且つ、彼女を撮った僕を羨ましがったという事実ですね~」
「…………そんなに、綺麗に撮れたんですか?」
普段のナマエを知っている法介には、モデルをしている姿がうまく想像が出来なかった。
しかしツグムは楽しそうに語っている。
「ナマエちゃんは無意識だったんでしょうけどね~大人もプロも顔負けの存在感、って言えばいいのかな~。
……当時からモデルとカメラマンの関係って、撮られる側と撮る側、これなんですよ。モデルっていうのは自分が一番綺麗な角度とか動きとか、そういうのわかって撮らせるもんです。
カメラマンはそれを如何に綺麗な状態を維持したまま撮影できるか、技量が問われるもんなんです。ぶっちゃけた話、良いモデルの価値はカメラマンにも責任があるんですよ~」
「……ナマエさんは、そのモデルとしての見せ方が良かった、と?」
「ん~正解、だけど、普通のモデルとナマエちゃんは価値観が『逆』だった、と言ったほうがいいかなぁ~」
「逆?というと……?」
「……んー。これも、何かのご縁、ということで。少し、ナマエちゃんと交渉させてもらえませんか~?」
「交渉?どういうことでしょうか」
「僕はクライン王国の美しさを撮るために来ました。でも、その風景と一緒にナマエちゃんをモデルとして出演していただきたいんです」
「………ふむ」
ナユタは目を伏せて考え込む。クライン王国の摂政としては、国を宣伝するのに雑誌の掲載という手段は有効なものだ。
けれど、そこに『婚約者を交渉の材料にしていいのか』という重しが心の天秤をユラユラと不安定にさせてしまう。
「もちろん、ナマエちゃんのやる気がないと意味ないんで無理強いはしませんけどね~。でもナユタ様はナマエちゃんがどんな存在感でモデルをやっていたか知らんでしょ~?彼女の意外な一面、見れますよ~」
ツグムは「一日待つんで、ナマエちゃんとご相談して下さ~い」と事務所を出て行った。法介は隣のナユタをちらりと窺う。
「……どうするんだ?」
「…ナマエさんに関係する話でもありますからね。とりあえずご本人に話だけでも通しておかなければ誠実とは言えませんでしょう」
「そうだけど……ナマエちゃん、この話に乗っかるかなぁ?」
「それは拙僧たちだけで決めていい話ではございません。
……ナマエさんに事情をお話しするので失礼いたします。話し合いの場の提供、ありがとうございました、ホースケ」
ナユタは軽く頭を下げて、事務所を去っていく。
朝早くだったこともあり、小さく欠伸をしながら法介はナユタの背中を見送った。
「……あの人、そんな昔の話を暴露していったんですか」
クライン王国に関する勉強を見てもらうため、ナユタの執務室で。
嫌そうな表情を隠すことなく、ナマエは深くため息をつきながらそう呟いた。その表情を見れば、あまり触れられたくない過去なのだろうとすぐに分かったが、それでもこの話の重要人物はナマエなのでナユタも深く聞かねばならない。
「幼少の頃にモデルをやったと聞きましたが、どれほどの期間やられたのですか?」
「期間、なんてものじゃないですよ。……たった1ページ、たった1枚だけの写真のためにしか、仕事していませんからね。それ以降はそういう仕事はしていません」
「……たった1ページの1枚だけ、ですか」
「そうですよ。……モデルとして大したことがなかったんでしょう。わたしはお母さんのように振舞えませんでしたし、『笑え』って言われても可愛らしい笑顔なんて、できませんもん」
「ですが、それでもツグムさんの言い方では、」
「わたしはツグムさんの指示に従っていただけです。プロのモデルの振舞い方なんて知らなかったし、お母さんのモデルとしての技だってろくにできなかったんですから……まあ、でもメイクをしてくれた人は腕が良かったのか写真映えする顔にはしてもらえたので、それが大きかったんだと思いますよ」
『大人もプロも顔負けの存在感』
ナユタはツグムの言葉を思い出す。それは、確かに信憑性がないとは言えなかった。何故ならば、彼はナマエのその存在に惹かれて今、こうしているのだから。
「では、お断りしますか?」
「………断ったら、ツグムさんはクライン王国の撮影をしなくなるかもしれないでしょう。だったら、ちゃんとわたしが話し合いをしないとこの件は綺麗に片付きません。なので明日、会おうと思います」
「無理をなさらなくてもよろしいですよ?拙僧が代わりにお断りしても……」
「いえ……元々わたしが招いたことですから、これは。だから、場所が決まっていないので……話し合いの場所でどこか良い場所はありませんか?」
「それでしたら宮殿内の応接室をお貸しいたしましょう」
「……いいんですか?」
遠慮がちにそう尋ねるナマエに、ナユタは微笑む。
「構いませんとも。あまり人に知られたくないようですし、宮殿内の警備は厳重で機密事項は漏れません。
ですがナマエさんは拙僧の婚約者でございます。あまり男性と二人きりにさせたくございませんし、何か助力できるやもしれません。ですので拙僧も同席致しましょう」
「はい。ありがとうございます」
「では、拙僧は名刺を頂いておりますので、連絡しておきますね」
「……お手数おかけします、お願いします」
ナマエはふぅ、と息をつく。
「なんで、今更モデルなんてお願いするのか、訳が分からない……」
ぼそり、と呟かれた疑問に対する答えは次の日、明らかになる。
「こちら、僕の兄さんで、有名メイクアップアーティストの『レモン』で~す」
ナユタはツグムの言葉を聞きながら、ツグムの隣の女性を見る。
……そう、誰が見ても綺麗な女性『らしい』その人はツグムの『兄』だと念を押されて紹介された。
「どーも~、初めまして~!……それにしてもツー君!昨日いきなり連絡きたと思ったら『クライン王国に来て!』だけってどーゆーことよぅ!いくら兄弟だからって説明不足すぎるわよ!?」
「急いでたからさ~今兄さんに声かけとかないと、たぶん僕恨まれちゃうと思って~」
「それにしたって……大体!あんた、誰を撮るって言うのよ?アタシだって忙しいのよ!?」
「……んふふ~」
「……何よ、気持ち悪い声出さないでくれる?」
「ええ~?……そうだ、ナユタ様?彼女、何か撮影の条件とか出してませんでした~?」
とりあえず応接室に待つナマエの元へ向かおうとナユタは前を歩きながら話す。
「そうですね………まず、絶対に自分だと顔がバレないようにすること。そして撮影したとしても、その写真が編集長に『掲載したい』と言われたものでなければ掲載しないこと。掲載するとしても、1枚に絞ること。
……この3つ、でございますね」
「はぁ~?……ツー君。あんた、どんなモデル捕まえたわけ?ていうか、ちゃんとしたモデルなんでしょうね?」
「ん~?ちゃんとした、って?」
「写真を掲載するなって、それってモデルとしての自覚がないってことでしょ?どんなモデルか知らないけどアタシは気分が上がらないと実力発揮しないのよ?」
「わかってるよ~だから呼んだんだよ~」
「は?……まあ、クライン王国の異国情緒な雰囲気は嫌いじゃないし……ナユタ様もお美しいし?嫌になったらナユタ様を着飾らせてもらうからね!?」
「拙僧はお断りでございます」
「いいよ~」
「勝手に了承しないでいただけますか」
「はいはい~じゃあ~ナユタ様。彼女、呼んできてもらえますか~?」
「?応接室まであと少しですが……」
「兄さん、うるさいんで~。ちょっと黙らせたいというか~」
「……詳しい話は応接室でお願いいたしますよ」
ナユタはすぐ目の前にある応接室に入っていき、レモンはツグムに「ちょっと!」と胸ぐらを掴み、噛みつくように詰め寄る。
「うるさくさせてんの、あんたでしょ!?いい加減、詳しい話聞かせろって言ってんでしょうよぉ~!!」
「え~?僕は兄さんに誕生日プレゼント贈りたいなぁって思って~」
「アタシの誕生日はとっくに過ぎてんだよ!!しかも仕事をプレゼントってどんだけブラックジョークかましてんだよ!!」
「お連れいたしました」
「ちょっと!!ナユタ様、今アタシは大事なはな、し……を……」
「?レモン殿?」
レモンは「ひゅっ」と妙な息の詰め方をし、ナユタの隣を凝視する。
__隣のナユタの婚約者、ナマエが首を傾げてレモンを見上げていた。
「……あれ。もしかして、レモンさん?ですか?ずいぶん雰囲気が変わりましたね」
「…………………ちょっと、」
「はいはいは~い。ナユタ様、ナマエちゃん連れて応接室入ってくださ~い。兄さ~ん?とりあえず口押さえて、応接室入ってからまず深呼吸して~」
応接室に入ったナユタは机を挟んだソファーにナマエを自分の隣に座らせ、向かい側にツグムとレモンを配置するよう、席を勧めた。
レモンはずっとナマエを凝視しており、口元を押さえてぶるぶる体を震わせている。
「ええと、何から話しましょうか…」
「あ、じゃあまず僕が、」
「ツグムっ!!!」
「うわ、びっくりした」
レモンは強い口調でツグムの両肩にばしん!と叩きつけるかのように手を置いた。そのレモンの形相にナマエは驚いているが、ナユタはこの興奮した様子に、妙な既視感があった。
……それは、どこか興奮した様子でナマエと会ったツグムのようだと。
そして、それは当たっていた。
「……あんた、わかっててやったな?わかってて、アタシを呼んだ。違うか?」
「違わないよ~」
「……あと、あれは……ナマエちゃん、で間違いないんだな?」
「え~?疑ってんの~?ナユタ様~、彼女の名前、教えてあげてくれませんか~?」
「……御剣ナマエさん、でございます」
「……………」
「聞こえたでしょ~?そうだよ~彼女は間違いなく、俺たちの『憧れ』で『一目惚れ』したあの『ナマエちゃん』だよ~」
「……ツグム、」
「なんだい~兄さん?」
「…………最っっ高のプレゼントじゃねぇかぁあああああ!!!」
悲鳴にも絶叫にも似た喜びの雄叫びに、ナユタとナマエは驚いてしまう。
しかしその矛先は。
「ナマエちゃんっっ!!!」
「うわっ。は、はい。何ですか?」
「アタシが来たからにはもう安心していいわ。アタシの腕とプライドにかけてナマエちゃんを傾国の美女にしたげるからね……!!」
「兄さん兄さん。国傾けるようなもん生み出さないで。クライン王国、革命果たしたばっか。不敬罪になりそうだから危ない発言、控えて~」
「だまらっしゃい、ツー君!!アタシがどんな気持ちでメイクの技術極めてきたか、知ってんでしょ!?」
「知ってるけど~。でもさ~ナマエちゃんもナユタ様もびっくりしちゃってるからさ~」
「だって、ナマエちゃんはアタシのメイクアップアーティストとしての道を示してくれた光よ!?アタシにとって超貴重な天然記念人物、ナマエちゃんのための保護団体っていうもんがあったら加入するし、ナマエちゃん専属メイクアップアーティストになってってお願いされたら即快諾しちゃうぅ!!」
「安心してください。そんな価値や評価は受けていないし、そんな団体は存在していないし、そんなお願いしません」
「いやああああああ!!残酷ぅぅぅぅぅ!!でも好きぃぃぃいい!!!」
「………あの、レモンさん、こんなにめんどくさい人でしたっけ?」
「ナマエちゃんと出会って、色んな仕事してるうちにこういう人になっちゃったんだよね~性格が拗れたっていうのかなぁ~こういうの~」
「………感動(?)の再会はそれぐらいになさっていただけますか?このままではまともに話ができませんでしょう」
怒涛の勢いで交わされる会話に、とりあえずナユタは待ったをかける。
この調子でまともな交渉が出来るのか、若干不安ではあったが。
「ええと……まずわたしの正体が絶対にバレないようにしてほしいということが第一です。そして写真は編集長が『これを掲載したい』という確固たる意志があるものだけで、その意志が見えなければ掲載自体却下です」
「ふんふん。それで?」
「掲載できたとしても、写真は1枚だけにしてください。あくまでクライン王国の風景などを中心にした雑誌の特集にしていただきたいので……あまり余計なものは不要でしょうし」
「ふむふむ。……なら、問題はないかな~。じゃあ、それさえ守れば、ナマエちゃんも本気で撮影に協力、してくれるんだね?」
「………条件が守られるのなら。クライン王国のイメージアップに貢献することには協力したいと思っていますからね」
「うんうん、了解したよ~。身バレ防止のためのメイクとか衣装選びはこのやる気が漲りすぎてる兄さんがやるから、心配ないよ~。兄さん、そういうことだから、ナマエちゃんだとバレないくらい綺麗にしちゃっていいよ~」
「任せなさい。渾身の出来にしてやるわよ。あとナマエちゃん」
「はい?」
「メイクと衣装を合わせたら、アタシとツーショット写真お願いしてもいいかしら?」
「………必要ですか?それ」
「必要よ。今日この日を記念日にしたいくらい感動してるのよ、アタシ。だからナマエちゃんと仕事できたっていう証が欲しいの。いやだからほんとお願いします家宝にするからこの感動を維持するものが欲しくて欲しくてたまらないのよほんとに」
「あ、はい。……流失しないのなら、いいですよ」
「よっっしゃああああああ!!!」
「兄さん、素が出てるよ~」
「じゃ、さっそくメイクと衣装合わせするから!ちょっと別室お借りするわね、ナユタ様!!」
「あらかじめ届けられた荷物は隣の部屋に置いてございます。どうぞ、お使い下さいませ」
「ありがとぉ~!!じゃあ、ナマエちゃんお借りするわぁ~!!」
そう言ってナマエはレモンとともに部屋を出ていく。残されたナユタは無意識に疲れていたようで、息をついた。
あれだけ興奮状態になれるのですね、人間は。といっそ感心しているとツグムが「すみません」と言葉をかけてくる。
「兄さんもナマエちゃんの初モデルをやった現場の人間で、ナマエちゃんのメイクを担当したんですよ~。その時の兄さんはただ綺麗な女の子を見るのが好きでメイクを勉強してたんですけど、ナマエちゃんに出会って一気にその意識が変化したようで~」
「……あの方も、ナマエさんに魅了された一人、ということでございますか」
「魅了かぁ~。……ところで、ナユタ様はナマエちゃんのどこに惹かれたんですか?」
「……何故そのようなことをお聞きに?」
今現在、公にナユタはナマエを婚約者として発表していない。
その勘繰りはどういう意味なのか見定めるように見据えると。
「カメラマンですからね~僕は。人間観察は割と得意なんです。ナユタ様がナマエちゃんを見る目を見ればすぐにわかりましたよ~。なんていうかな~『気になって気になってたまらない、こっちを見て』って感じっていうのかなぁ~」
「……別に、隠しているわけではございません。拙僧が勝手にナマエさんに懸想しているだけなので偉そうなことは言えませんが……ナマエさんの過去に関してはあまり触れないようにしておりましたので、今回のように意外な一面を知ることができて少なからず嬉しいとは感じております」
どうやら純粋に昔からのファンであるナマエを慮ってのことだと判断したナユタは特に隠すことなく話した。この程度の暴露ならば、彼女に害はない。
そんなナユタを見たツグムは。
「そうですか~。……ナユタ様は、ナマエちゃんが可哀想だから気になっているんですか?」
「……どういう意味でしょうか」
「ん~……ナマエちゃんの存在感って、いわゆる、『悲劇的な過去』から生まれたモノだから。
人間って、幸福に引き寄せられることがあれば、悲劇にも視線が向きます。それは、どっちも強い存在感を放つ要素だからなんですよね~」
「…………」
「ナマエちゃんは、その強い『悲劇』というモノが放つ象徴的なモノを自分自身の存在感として表現することができちゃう子だから。そして僕はそんなナマエちゃんを写真に収めて、有名になりました。
……ある意味、彼女の『悲劇』を利用してカメラマンとしての地位をのし上がってしまったようなもんです」
ツグムは自分の手元に視線を落として、話し続ける。
「ずっと……罪悪感はありました。初めてナマエちゃんをモデルとして撮る時、僕はお母さんを失ったばかりのあの子に言ってしまった言葉があるんです。
………『笑わなくていいよ』って、
僕はそう言って、そしてカメラを構えました」
「………」
「あの子はそれを素直に従って……ずっと笑わなかった。だけど僕は笑顔なんて一切ない、レンズ越しに見た彼女に……身震いするほどの感動と興奮を覚えたんです。
レンズ越しに見た彼女は、子供も大人も性別も、プロのモデル意識も関係ない。ただ、みんなが視線を奪われて目を離すことを許さない、圧倒的で、いっそ暴力的なまでに存在感を放っていた」
「笑顔のない、悲劇が生んだ存在感でございますか……」
「……前に言ったこと、覚えてます?モデルとカメラマンの関係性」
「撮られる側と撮る側、ですか?」
「そうです。普通のモデルとの関係はそうなんですけど、僕とあの時のナマエちゃんは違った。彼女は、僕に何が撮りたいのかを引き出させるんです」
「……カメラマンの要望に応える技量、というものですか?」
「はい。……正直に言えば、カメラマンが本当に撮りたい物だけを撮って仕事するのは、難しいもんなんですよ。未熟なカメラマンはどうしても、上司や依頼人の命令だったり、誰かの人気を出させるためにあらかじめ設定し尽くされて、写真は撮らされることのほうが多いです。カメラマンの要望が通るのは、『より良い仕事』に繋げるためだけなんです」
でも、とツグムは少し楽しそうに、懐かしむように笑う。
「ナマエちゃんは、カメラマンとしての僕の要望を全部引き出させて、引き受けてくれた。彼女の、いっそ人外じみた魅了力は、当時の僕のカメラマン技術ではとても追いつけなくて、写しきれなくて、……それが悔しくて、僕はずっとカメラマンとして生き続けているんです」
「……あなたの生き甲斐を与えたのですね、ナマエさんは」
「そうです。だから、ナユタ様と一緒にいるナマエちゃんを見て、すごく驚きました。小さい頃よりもずっと、生き生きしてたから」
「生き生き……そう、見えましたか?」
「はい。だから、ナユタ様のナマエちゃんに対する想いが憐れみじゃなければいいって思って……ほんとにナマエちゃんを好きだったらいいなぁって身勝手ながらに思ってしまいました」
「憐れみだけで、このような離れた国に呼びつけるほど……拙僧は酔狂な人間ではございませんよ」
ナユタは薄く微笑む。
「確かに、初めて姿を目にしたときはどこか不安定な少女だと思いましたが……今は、それだけではございません。拙僧自身、もはやナマエさんに対する心はままならないのですよ」
最初は、あんなにも恋心を否定した癖に。とナユタは心の内で自嘲する。
「ですので、今回の撮影で……ナマエさんの新たな一面を拙僧に証明して下さりませんか、ツグムさん」
「………証明、ですか」
「ええ。拙僧がナマエさんと出会い、変われたように…拙僧は、ナマエさんに喜ばしい変化を与えられたのだと実感したいのです。先程あなたは仰ったでしょう?ナマエさんは幼い頃よりも生き生きとしている、と。
でしたら、この撮影で過去から今のナマエさんの変化をお見せいただきたい」
「……」
「これは、拙僧個人の撮影条件でございます。
……引き受けて下さりますか?」
「……ナユタ様、撮影現場には来られますか?」
「一日だけでしたら、時間をとれますが」
「それで、充分ですよ~」
ツグムはにんまりと嬉しそうに、楽しそうに笑う。
「ナマエちゃんの集中力も考慮して、一日が撮影限度でしょう。その時に、人外じみた魔性の子から、人に戻る瞬間をお見せしますよ~」
「……ん」
御剣ナマエが日本へ帰国して四日後の朝。
携帯電話の着信音に、ナユタはベッドから起き上がり、結っていない髪を掻き分けて耳元に携帯電話を押し当てる。数時間前に就寝し、まだ起床時間ではなかったが電話に出たナユタはすぐに眠気が吹っ飛んだ。
『もしもし。……すみません、朝早くに』
「っ、ナマエさん?どうかなさいましたか?」
『ええと、その、……どうしようもないミスをしてしまいまして……』
「?ミス、でございますか?」
『……飛行機の時間を、その、……特に気にせず乗ってしまって……
……今、空港にいるんです』
「………まだ、日本への滞在期間が残されていると記憶しておりますが?」
『ええと、はい、あの、でも……で、できるだけ、早く戻らないといけない気がして……だって、その、
………ナユタさん、寂しがってくれたから…』
「……ナマエさん、遠隔操作で拙僧をときめかせないでください……」
電話越しでよかったとナユタは顔を手で隠す。
……顔が、とても熱かった。
(一体、どちらが大人なのかわからない)
そう反省しつつも、ナユタの頬が緩む。そして「しばしお待ちくださいませ」とナマエに伝える。
「すぐに迎えに参ります」
『え……いいんですか?あ、あの、でも連絡したのは、別に迎えに来て欲しかったわけじゃなくて、』
「良いのですよ。元々、ナマエさんがこちらに戻られた時は拙僧が迎えに行こうと思っておりましたので、そうした気遣いは無用でございます」
『………でも、ナユタさん、睡眠時間、大丈夫ですか?ある程度の距離なら、わたし、歩いて行けますよ』
「僧侶の朝は早いものです。多少睡眠時間が変わっても、その程度で音を上げるような軟弱者ではございませんから、平気ですよ」
『……ううん、でも、すごい罪悪感がわたしを襲ってきているんですが……』
「ならば、そうですね……拙僧の願いをひとつ、叶えていただければよろしいかと」
『…無茶なお願いは聞けませんよ?』
「ナマエさんに無茶な願いをするほど鬼畜の所業は致しませんとも。ですが、ささやかな願いでもナマエさんに叶えていただければ、この程度のミスは帳消しになりますが?」
『………お迎え、お願いシマス……』
「素直でとてもよろしいと思います」
ナユタはすぐに支度を整えて、しかし髪を編み込む時間が惜しくなり、急いで空港へ迎えに赴いた。
そこで見たのは。
「ナマエちゃぁ~ん!!会いたかった、会いたかったんだよぉ~~!!」
「ちょ、ほんと離れてください、迷惑考えてください、お願いですから」
「…………………」
妙な男に泣きじゃくられて絡まれ、困惑する御剣ナマエがいた。
両手をがっしりと掴んで、恋する婚約者である少女へ詰め寄る男にナユタが瞬時にその間に突入したのは言うまでもないことだと言えるだろう。
「いやぁ、お見苦しいものをお見せしましたぁ~。僕、カメラマンのツグムと申します~」
クライン王国、王泥喜法律事務所で。
朝早くに叩き起こされた王泥喜法介は「はあ」と相槌を打つしかない。その隣には叩き起こした張本人、ナユタがおり、ずっとツグムを凝視している。
……ちなみにナマエは宮殿へと避難されて、ここにはいなかった。
ツグムはのんびりと明るく喋りだす。
「話題になったクライン王国を調べたら荘厳な自然風景が見られるって感じだったので~。なら、その美しい風景を撮影するのに抵抗はないな!って思い至り、編集長にオーケーもらったんで、来た次第です~」
「ええと、それで……ナマエちゃんとは、お知り合いなんですか?親し気だったって聞いたんですけど」
「ああ!親しい~……とは違いまして~。そうですね~
………一目惚れしちゃった?みたいな感じですかね~?」
「………ほう?」
「(ナユタ、声怖ぇっ!!?) 」
氷が背中を這ったかのような寒気を感じさせるほどの威圧的で、冷え切った眼差しのナユタに隣にいる法介は瞬時に感じ取り、恐怖する。
そんなことには気づかなかったが、ツグムはハッとして。
「……あ!?違うんですよぅ!そういう意味じゃなくてですね~、彼女のファンなんです!」
「……ファン?」
「彼女、まだ小学生くらいの時だったかなぁ。ナマエちゃんのお母さん、それなりに有名なモデルをやってましてね~。その現場で会ったんです、ナマエちゃんとは」
「ナマエちゃんのお母さんって、モデルだったんですか?」
全く知らなかった話に法介は目を丸くさせる。
「ずっとってわけではなかったんですけどね~。元々可愛らしい人で、ナマエちゃん産んだ後もその綺麗さに磨きがかかって、評判良かったんですよ~」
「じゃあ、ナマエちゃんもモデルに?」
「いえいえ~。ナマエちゃんは全然モデル業に興味ない子で、お母さんの仕事をただ眺めて待ってるだけって感じの子でしたし~。僕も当時はあまり売れない冴えないカメラマンでアシスタントばっかで、ナマエちゃんによく愚痴るような奴でした~」
「 (………小さい女の子に愚痴ってたのか、この人)」
「でもね~そのおかげだったのかな~って僕は感謝してるんです、ナマエちゃんには」
「どういうことです?」
「ナマエちゃんのお母さんが交通事故で亡くなって、ある時雑誌のページに空白がどうしても目立っちゃった時がありまして。子供の写真がどうしても必要で、ナマエちゃんに頼んだんですよ~。『母を失って傷心中の少女は多少何かイイ働きするんじゃないか』って。いや~大人って汚かったなぁ~」
「……………(そんなことされたのか)」
そうした業界の闇の部分を垣間見てしまった気がして、あまり気分の良い話ではない。
けれど人の醜さに関しては、裁判で様々な人たちを見てきた法介とナユタにとってはさほど珍しいことではなかった。……悲しくも。
「で~当時、ナマエちゃんと一番交流の深かった僕が彼女の担当カメラマンをやったんですよ。
……あ~あの時のナマエちゃん、すごかったなぁ~」
「??凄かった、とは?」
「あれはですね~見ないとわからないかな~。まあ、言えることがあるとすれば、……あの現場にいたカメラマン、全員が彼女の映った写真を雑誌に掲載する時に大絶賛して、尚且つ、彼女を撮った僕を羨ましがったという事実ですね~」
「…………そんなに、綺麗に撮れたんですか?」
普段のナマエを知っている法介には、モデルをしている姿がうまく想像が出来なかった。
しかしツグムは楽しそうに語っている。
「ナマエちゃんは無意識だったんでしょうけどね~大人もプロも顔負けの存在感、って言えばいいのかな~。
……当時からモデルとカメラマンの関係って、撮られる側と撮る側、これなんですよ。モデルっていうのは自分が一番綺麗な角度とか動きとか、そういうのわかって撮らせるもんです。
カメラマンはそれを如何に綺麗な状態を維持したまま撮影できるか、技量が問われるもんなんです。ぶっちゃけた話、良いモデルの価値はカメラマンにも責任があるんですよ~」
「……ナマエさんは、そのモデルとしての見せ方が良かった、と?」
「ん~正解、だけど、普通のモデルとナマエちゃんは価値観が『逆』だった、と言ったほうがいいかなぁ~」
「逆?というと……?」
「……んー。これも、何かのご縁、ということで。少し、ナマエちゃんと交渉させてもらえませんか~?」
「交渉?どういうことでしょうか」
「僕はクライン王国の美しさを撮るために来ました。でも、その風景と一緒にナマエちゃんをモデルとして出演していただきたいんです」
「………ふむ」
ナユタは目を伏せて考え込む。クライン王国の摂政としては、国を宣伝するのに雑誌の掲載という手段は有効なものだ。
けれど、そこに『婚約者を交渉の材料にしていいのか』という重しが心の天秤をユラユラと不安定にさせてしまう。
「もちろん、ナマエちゃんのやる気がないと意味ないんで無理強いはしませんけどね~。でもナユタ様はナマエちゃんがどんな存在感でモデルをやっていたか知らんでしょ~?彼女の意外な一面、見れますよ~」
ツグムは「一日待つんで、ナマエちゃんとご相談して下さ~い」と事務所を出て行った。法介は隣のナユタをちらりと窺う。
「……どうするんだ?」
「…ナマエさんに関係する話でもありますからね。とりあえずご本人に話だけでも通しておかなければ誠実とは言えませんでしょう」
「そうだけど……ナマエちゃん、この話に乗っかるかなぁ?」
「それは拙僧たちだけで決めていい話ではございません。
……ナマエさんに事情をお話しするので失礼いたします。話し合いの場の提供、ありがとうございました、ホースケ」
ナユタは軽く頭を下げて、事務所を去っていく。
朝早くだったこともあり、小さく欠伸をしながら法介はナユタの背中を見送った。
「……あの人、そんな昔の話を暴露していったんですか」
クライン王国に関する勉強を見てもらうため、ナユタの執務室で。
嫌そうな表情を隠すことなく、ナマエは深くため息をつきながらそう呟いた。その表情を見れば、あまり触れられたくない過去なのだろうとすぐに分かったが、それでもこの話の重要人物はナマエなのでナユタも深く聞かねばならない。
「幼少の頃にモデルをやったと聞きましたが、どれほどの期間やられたのですか?」
「期間、なんてものじゃないですよ。……たった1ページ、たった1枚だけの写真のためにしか、仕事していませんからね。それ以降はそういう仕事はしていません」
「……たった1ページの1枚だけ、ですか」
「そうですよ。……モデルとして大したことがなかったんでしょう。わたしはお母さんのように振舞えませんでしたし、『笑え』って言われても可愛らしい笑顔なんて、できませんもん」
「ですが、それでもツグムさんの言い方では、」
「わたしはツグムさんの指示に従っていただけです。プロのモデルの振舞い方なんて知らなかったし、お母さんのモデルとしての技だってろくにできなかったんですから……まあ、でもメイクをしてくれた人は腕が良かったのか写真映えする顔にはしてもらえたので、それが大きかったんだと思いますよ」
『大人もプロも顔負けの存在感』
ナユタはツグムの言葉を思い出す。それは、確かに信憑性がないとは言えなかった。何故ならば、彼はナマエのその存在に惹かれて今、こうしているのだから。
「では、お断りしますか?」
「………断ったら、ツグムさんはクライン王国の撮影をしなくなるかもしれないでしょう。だったら、ちゃんとわたしが話し合いをしないとこの件は綺麗に片付きません。なので明日、会おうと思います」
「無理をなさらなくてもよろしいですよ?拙僧が代わりにお断りしても……」
「いえ……元々わたしが招いたことですから、これは。だから、場所が決まっていないので……話し合いの場所でどこか良い場所はありませんか?」
「それでしたら宮殿内の応接室をお貸しいたしましょう」
「……いいんですか?」
遠慮がちにそう尋ねるナマエに、ナユタは微笑む。
「構いませんとも。あまり人に知られたくないようですし、宮殿内の警備は厳重で機密事項は漏れません。
ですがナマエさんは拙僧の婚約者でございます。あまり男性と二人きりにさせたくございませんし、何か助力できるやもしれません。ですので拙僧も同席致しましょう」
「はい。ありがとうございます」
「では、拙僧は名刺を頂いておりますので、連絡しておきますね」
「……お手数おかけします、お願いします」
ナマエはふぅ、と息をつく。
「なんで、今更モデルなんてお願いするのか、訳が分からない……」
ぼそり、と呟かれた疑問に対する答えは次の日、明らかになる。
「こちら、僕の兄さんで、有名メイクアップアーティストの『レモン』で~す」
ナユタはツグムの言葉を聞きながら、ツグムの隣の女性を見る。
……そう、誰が見ても綺麗な女性『らしい』その人はツグムの『兄』だと念を押されて紹介された。
「どーも~、初めまして~!……それにしてもツー君!昨日いきなり連絡きたと思ったら『クライン王国に来て!』だけってどーゆーことよぅ!いくら兄弟だからって説明不足すぎるわよ!?」
「急いでたからさ~今兄さんに声かけとかないと、たぶん僕恨まれちゃうと思って~」
「それにしたって……大体!あんた、誰を撮るって言うのよ?アタシだって忙しいのよ!?」
「……んふふ~」
「……何よ、気持ち悪い声出さないでくれる?」
「ええ~?……そうだ、ナユタ様?彼女、何か撮影の条件とか出してませんでした~?」
とりあえず応接室に待つナマエの元へ向かおうとナユタは前を歩きながら話す。
「そうですね………まず、絶対に自分だと顔がバレないようにすること。そして撮影したとしても、その写真が編集長に『掲載したい』と言われたものでなければ掲載しないこと。掲載するとしても、1枚に絞ること。
……この3つ、でございますね」
「はぁ~?……ツー君。あんた、どんなモデル捕まえたわけ?ていうか、ちゃんとしたモデルなんでしょうね?」
「ん~?ちゃんとした、って?」
「写真を掲載するなって、それってモデルとしての自覚がないってことでしょ?どんなモデルか知らないけどアタシは気分が上がらないと実力発揮しないのよ?」
「わかってるよ~だから呼んだんだよ~」
「は?……まあ、クライン王国の異国情緒な雰囲気は嫌いじゃないし……ナユタ様もお美しいし?嫌になったらナユタ様を着飾らせてもらうからね!?」
「拙僧はお断りでございます」
「いいよ~」
「勝手に了承しないでいただけますか」
「はいはい~じゃあ~ナユタ様。彼女、呼んできてもらえますか~?」
「?応接室まであと少しですが……」
「兄さん、うるさいんで~。ちょっと黙らせたいというか~」
「……詳しい話は応接室でお願いいたしますよ」
ナユタはすぐ目の前にある応接室に入っていき、レモンはツグムに「ちょっと!」と胸ぐらを掴み、噛みつくように詰め寄る。
「うるさくさせてんの、あんたでしょ!?いい加減、詳しい話聞かせろって言ってんでしょうよぉ~!!」
「え~?僕は兄さんに誕生日プレゼント贈りたいなぁって思って~」
「アタシの誕生日はとっくに過ぎてんだよ!!しかも仕事をプレゼントってどんだけブラックジョークかましてんだよ!!」
「お連れいたしました」
「ちょっと!!ナユタ様、今アタシは大事なはな、し……を……」
「?レモン殿?」
レモンは「ひゅっ」と妙な息の詰め方をし、ナユタの隣を凝視する。
__隣のナユタの婚約者、ナマエが首を傾げてレモンを見上げていた。
「……あれ。もしかして、レモンさん?ですか?ずいぶん雰囲気が変わりましたね」
「…………………ちょっと、」
「はいはいは~い。ナユタ様、ナマエちゃん連れて応接室入ってくださ~い。兄さ~ん?とりあえず口押さえて、応接室入ってからまず深呼吸して~」
応接室に入ったナユタは机を挟んだソファーにナマエを自分の隣に座らせ、向かい側にツグムとレモンを配置するよう、席を勧めた。
レモンはずっとナマエを凝視しており、口元を押さえてぶるぶる体を震わせている。
「ええと、何から話しましょうか…」
「あ、じゃあまず僕が、」
「ツグムっ!!!」
「うわ、びっくりした」
レモンは強い口調でツグムの両肩にばしん!と叩きつけるかのように手を置いた。そのレモンの形相にナマエは驚いているが、ナユタはこの興奮した様子に、妙な既視感があった。
……それは、どこか興奮した様子でナマエと会ったツグムのようだと。
そして、それは当たっていた。
「……あんた、わかっててやったな?わかってて、アタシを呼んだ。違うか?」
「違わないよ~」
「……あと、あれは……ナマエちゃん、で間違いないんだな?」
「え~?疑ってんの~?ナユタ様~、彼女の名前、教えてあげてくれませんか~?」
「……御剣ナマエさん、でございます」
「……………」
「聞こえたでしょ~?そうだよ~彼女は間違いなく、俺たちの『憧れ』で『一目惚れ』したあの『ナマエちゃん』だよ~」
「……ツグム、」
「なんだい~兄さん?」
「…………最っっ高のプレゼントじゃねぇかぁあああああ!!!」
悲鳴にも絶叫にも似た喜びの雄叫びに、ナユタとナマエは驚いてしまう。
しかしその矛先は。
「ナマエちゃんっっ!!!」
「うわっ。は、はい。何ですか?」
「アタシが来たからにはもう安心していいわ。アタシの腕とプライドにかけてナマエちゃんを傾国の美女にしたげるからね……!!」
「兄さん兄さん。国傾けるようなもん生み出さないで。クライン王国、革命果たしたばっか。不敬罪になりそうだから危ない発言、控えて~」
「だまらっしゃい、ツー君!!アタシがどんな気持ちでメイクの技術極めてきたか、知ってんでしょ!?」
「知ってるけど~。でもさ~ナマエちゃんもナユタ様もびっくりしちゃってるからさ~」
「だって、ナマエちゃんはアタシのメイクアップアーティストとしての道を示してくれた光よ!?アタシにとって超貴重な天然記念人物、ナマエちゃんのための保護団体っていうもんがあったら加入するし、ナマエちゃん専属メイクアップアーティストになってってお願いされたら即快諾しちゃうぅ!!」
「安心してください。そんな価値や評価は受けていないし、そんな団体は存在していないし、そんなお願いしません」
「いやああああああ!!残酷ぅぅぅぅぅ!!でも好きぃぃぃいい!!!」
「………あの、レモンさん、こんなにめんどくさい人でしたっけ?」
「ナマエちゃんと出会って、色んな仕事してるうちにこういう人になっちゃったんだよね~性格が拗れたっていうのかなぁ~こういうの~」
「………感動(?)の再会はそれぐらいになさっていただけますか?このままではまともに話ができませんでしょう」
怒涛の勢いで交わされる会話に、とりあえずナユタは待ったをかける。
この調子でまともな交渉が出来るのか、若干不安ではあったが。
「ええと……まずわたしの正体が絶対にバレないようにしてほしいということが第一です。そして写真は編集長が『これを掲載したい』という確固たる意志があるものだけで、その意志が見えなければ掲載自体却下です」
「ふんふん。それで?」
「掲載できたとしても、写真は1枚だけにしてください。あくまでクライン王国の風景などを中心にした雑誌の特集にしていただきたいので……あまり余計なものは不要でしょうし」
「ふむふむ。……なら、問題はないかな~。じゃあ、それさえ守れば、ナマエちゃんも本気で撮影に協力、してくれるんだね?」
「………条件が守られるのなら。クライン王国のイメージアップに貢献することには協力したいと思っていますからね」
「うんうん、了解したよ~。身バレ防止のためのメイクとか衣装選びはこのやる気が漲りすぎてる兄さんがやるから、心配ないよ~。兄さん、そういうことだから、ナマエちゃんだとバレないくらい綺麗にしちゃっていいよ~」
「任せなさい。渾身の出来にしてやるわよ。あとナマエちゃん」
「はい?」
「メイクと衣装を合わせたら、アタシとツーショット写真お願いしてもいいかしら?」
「………必要ですか?それ」
「必要よ。今日この日を記念日にしたいくらい感動してるのよ、アタシ。だからナマエちゃんと仕事できたっていう証が欲しいの。いやだからほんとお願いします家宝にするからこの感動を維持するものが欲しくて欲しくてたまらないのよほんとに」
「あ、はい。……流失しないのなら、いいですよ」
「よっっしゃああああああ!!!」
「兄さん、素が出てるよ~」
「じゃ、さっそくメイクと衣装合わせするから!ちょっと別室お借りするわね、ナユタ様!!」
「あらかじめ届けられた荷物は隣の部屋に置いてございます。どうぞ、お使い下さいませ」
「ありがとぉ~!!じゃあ、ナマエちゃんお借りするわぁ~!!」
そう言ってナマエはレモンとともに部屋を出ていく。残されたナユタは無意識に疲れていたようで、息をついた。
あれだけ興奮状態になれるのですね、人間は。といっそ感心しているとツグムが「すみません」と言葉をかけてくる。
「兄さんもナマエちゃんの初モデルをやった現場の人間で、ナマエちゃんのメイクを担当したんですよ~。その時の兄さんはただ綺麗な女の子を見るのが好きでメイクを勉強してたんですけど、ナマエちゃんに出会って一気にその意識が変化したようで~」
「……あの方も、ナマエさんに魅了された一人、ということでございますか」
「魅了かぁ~。……ところで、ナユタ様はナマエちゃんのどこに惹かれたんですか?」
「……何故そのようなことをお聞きに?」
今現在、公にナユタはナマエを婚約者として発表していない。
その勘繰りはどういう意味なのか見定めるように見据えると。
「カメラマンですからね~僕は。人間観察は割と得意なんです。ナユタ様がナマエちゃんを見る目を見ればすぐにわかりましたよ~。なんていうかな~『気になって気になってたまらない、こっちを見て』って感じっていうのかなぁ~」
「……別に、隠しているわけではございません。拙僧が勝手にナマエさんに懸想しているだけなので偉そうなことは言えませんが……ナマエさんの過去に関してはあまり触れないようにしておりましたので、今回のように意外な一面を知ることができて少なからず嬉しいとは感じております」
どうやら純粋に昔からのファンであるナマエを慮ってのことだと判断したナユタは特に隠すことなく話した。この程度の暴露ならば、彼女に害はない。
そんなナユタを見たツグムは。
「そうですか~。……ナユタ様は、ナマエちゃんが可哀想だから気になっているんですか?」
「……どういう意味でしょうか」
「ん~……ナマエちゃんの存在感って、いわゆる、『悲劇的な過去』から生まれたモノだから。
人間って、幸福に引き寄せられることがあれば、悲劇にも視線が向きます。それは、どっちも強い存在感を放つ要素だからなんですよね~」
「…………」
「ナマエちゃんは、その強い『悲劇』というモノが放つ象徴的なモノを自分自身の存在感として表現することができちゃう子だから。そして僕はそんなナマエちゃんを写真に収めて、有名になりました。
……ある意味、彼女の『悲劇』を利用してカメラマンとしての地位をのし上がってしまったようなもんです」
ツグムは自分の手元に視線を落として、話し続ける。
「ずっと……罪悪感はありました。初めてナマエちゃんをモデルとして撮る時、僕はお母さんを失ったばかりのあの子に言ってしまった言葉があるんです。
………『笑わなくていいよ』って、
僕はそう言って、そしてカメラを構えました」
「………」
「あの子はそれを素直に従って……ずっと笑わなかった。だけど僕は笑顔なんて一切ない、レンズ越しに見た彼女に……身震いするほどの感動と興奮を覚えたんです。
レンズ越しに見た彼女は、子供も大人も性別も、プロのモデル意識も関係ない。ただ、みんなが視線を奪われて目を離すことを許さない、圧倒的で、いっそ暴力的なまでに存在感を放っていた」
「笑顔のない、悲劇が生んだ存在感でございますか……」
「……前に言ったこと、覚えてます?モデルとカメラマンの関係性」
「撮られる側と撮る側、ですか?」
「そうです。普通のモデルとの関係はそうなんですけど、僕とあの時のナマエちゃんは違った。彼女は、僕に何が撮りたいのかを引き出させるんです」
「……カメラマンの要望に応える技量、というものですか?」
「はい。……正直に言えば、カメラマンが本当に撮りたい物だけを撮って仕事するのは、難しいもんなんですよ。未熟なカメラマンはどうしても、上司や依頼人の命令だったり、誰かの人気を出させるためにあらかじめ設定し尽くされて、写真は撮らされることのほうが多いです。カメラマンの要望が通るのは、『より良い仕事』に繋げるためだけなんです」
でも、とツグムは少し楽しそうに、懐かしむように笑う。
「ナマエちゃんは、カメラマンとしての僕の要望を全部引き出させて、引き受けてくれた。彼女の、いっそ人外じみた魅了力は、当時の僕のカメラマン技術ではとても追いつけなくて、写しきれなくて、……それが悔しくて、僕はずっとカメラマンとして生き続けているんです」
「……あなたの生き甲斐を与えたのですね、ナマエさんは」
「そうです。だから、ナユタ様と一緒にいるナマエちゃんを見て、すごく驚きました。小さい頃よりもずっと、生き生きしてたから」
「生き生き……そう、見えましたか?」
「はい。だから、ナユタ様のナマエちゃんに対する想いが憐れみじゃなければいいって思って……ほんとにナマエちゃんを好きだったらいいなぁって身勝手ながらに思ってしまいました」
「憐れみだけで、このような離れた国に呼びつけるほど……拙僧は酔狂な人間ではございませんよ」
ナユタは薄く微笑む。
「確かに、初めて姿を目にしたときはどこか不安定な少女だと思いましたが……今は、それだけではございません。拙僧自身、もはやナマエさんに対する心はままならないのですよ」
最初は、あんなにも恋心を否定した癖に。とナユタは心の内で自嘲する。
「ですので、今回の撮影で……ナマエさんの新たな一面を拙僧に証明して下さりませんか、ツグムさん」
「………証明、ですか」
「ええ。拙僧がナマエさんと出会い、変われたように…拙僧は、ナマエさんに喜ばしい変化を与えられたのだと実感したいのです。先程あなたは仰ったでしょう?ナマエさんは幼い頃よりも生き生きとしている、と。
でしたら、この撮影で過去から今のナマエさんの変化をお見せいただきたい」
「……」
「これは、拙僧個人の撮影条件でございます。
……引き受けて下さりますか?」
「……ナユタ様、撮影現場には来られますか?」
「一日だけでしたら、時間をとれますが」
「それで、充分ですよ~」
ツグムはにんまりと嬉しそうに、楽しそうに笑う。
「ナマエちゃんの集中力も考慮して、一日が撮影限度でしょう。その時に、人外じみた魔性の子から、人に戻る瞬間をお見せしますよ~」