このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ひとつめ


よあけ



よく考えたら、私はここに来てまだ初日だ。
初日にしては、色々とありすぎたような。
いや、主に幽霊のせいだ。一番怖かった。アルが二人ほど手にかけている事実よりよっぽど動揺した。
逆に、アルや注意するべき子たちの情報を貰えたのは意外だった。今までいた施設の中では、新人が怯えないようにと危険な情報を隠す風習があったりもしたが、そのせいで対応が遅れたりしたら本末転倒。亜人にかかわる以上、酷い言い方をするならば動物園の飼育員をするのと大差無い。それをわからずこの仕事を選ぶ人なんて……きっといるんだろうな。そういう人も抱きこまないと、人が足りないんだろうなあ。
半ば愚痴のような過去を思い出しつつ、うっすら明るさを取り戻して色づき始めた庭を眺めた。夜中、懐中電灯だけを持って外を歩き回る人影。まるで幽霊のような巡回という名の探索をしているうちに、世界は光を取り戻そうとしていた。流石に戻ろう、夢中になりすぎたと本館に戻ると、早起きの子はもう起きているようで、遊び場が賑やかになっていた。ミントはぐっすり寝ていて、一度も覚醒した気配がなかった。こうやって抱えられないと眠れない子が居たなあと、また過去の事を思い出しつつ。
「あ!スス!どこいってたんすか!」
成祈の声が聞こえた。見つけると、なんだかちょっと疲れた顔をしている。
「ごめん、何か忘れてた?」
「あいや……こ、怖いじゃないですか。どこにもいないんすもん!」
成祈の言葉で、私もちょっと怖いことを思い出して身震いしてしまった。
「エンジェルが、任せてって言ってたから安心していいんじゃないかな」
「えっ、そうなんすか?何だろ、オハライとか出来るんですかね」
「さあ、わからないけど……成祈、まだ洗濯って早い?量多そうだし早めの方がいいかなって思ったんだけど」
「えええ、ススはなんでそんなに元気なんですかあ……はあ。洗濯はー……あー、あと一時間ぐらいですかね。まだ寝てる子が多いし」
「そっか、わかった。ありがとう」
流石にミントをどこかに降ろそう、と良い場所がないかと足を動かす瞬間、成祈があれ?と声を漏らした。
「スス、仮眠ってとってます?」
仮眠。とってない。というかシフト表を確認するのをすっかり忘れていた。
「忘れてた……」
「忘れてた!?眠くないの?」
眠くなくはない。ただ三日ぐらいは意識が持つし、眠気を忘れるくらいには体力が残っていたということだろう。体が丈夫なことだけが私の取り柄だ。
「まだ大丈夫。シフト見るのすっかり忘れてたんだけど、交代の時間って覚えてる?」
「あ、確認します……えっ、あ。えっと……」
成祈が携帯を指でつついて、何か良くないものを見つけたような声を出した。住み込みは起きている時間が仕事時間兼自由時間だから、さっきまでの時間を使うべきだった。
「えっと、スス…二時に寝て良くて、十時から……っすね」
今、何時だろう。私もポケットに突っ込んである携帯を起こして確認する。五時ちょっと過ぎだから、じゅうぶん寝れる。
「あ、あの。ウチってだいぶゆるいんで疲れたら休憩とってもらって大丈夫っすからね、灯火さんからも言われてるんです。とにかく長期的に穴が開くような体調不良は出来るだけ避けたいので健康に気を遣ってください、って」
「うん、それは言われた。不注意で心配させてごめんなさい」
「いえ!いえ、初日でこんなに警戒されない人珍しいんで、無理して倒れたら困るなあと……雨丸さんがぶっ倒れ常習犯で」
ああ、すごく想像しやすい。まだよく知らないのに、ものすごく鮮明に。成祈もそれがわかるのか、あは……と困ったように笑った。
「私は大丈夫、頑張るのは下手だから。寝てくるね」
「はい、お疲れ様っした!あ、ミント受け取りますよ」
「いいの?ごめんね、いっぱい助けてもらってる」
「いえ、いえ、これから俺らもお世話になりますんで。よろしくおねがいしますね、スス」
成祈は、ほぼ確実に人間だと思うけど。不思議と亜人のような、親しみやすい雰囲気があった。安心しつつ、ミントを渡そうと。
したんだけれど。
体から離そうと腕を出すと、ミントが私の服……というか、ここに来てから貰って着用していたエプロンを咬んでいた。噛みついていると言っても過言ではない噛みっぷりだった。起きているようで、ものすごく不機嫌そうに私を睨み上げた。喉の奥からグルルルと低いうなり声が聞こえる。
「うわっ……ミント、どしたの」
成祈も驚いたのか覗き込んでいた。ミントは成祈を見ることなく、私だけを睨んでいる。敵意は……無さそう。自分が示していることがわかるか、と聞いているような。
「ミント、起こしてごめんね」
絶対にこれが理由ではないけれど、とりあえず様子を見る。ぐぐぐとエプロンが引っ張られる。離れたがっているわけではない。不満だけを表している。
「一緒に寝る?」
聞いてみると、あっさりとエプロンを離した。絶対に離すな、離したらお前を殺すくらいの意味合いが含まれていた気がする。
「ミ、ミントもこんなに怒るんすね……余計なことしてごめんね」
すっかりかわいい顔に戻ったミントを、成祈がそっと撫でる。
「つぎはなーのもねよーね」
「わーい!楽しみにしてます!」
ミントのお誘いに、成祈も元気に答えていた。
そのあと、成祈に見送られてミントを抱えたまま離れに戻り、二階に向かう。途中でシフト表を携帯に仕込むのも忘れなかった。そのまま名前の札が掛かった部屋に入る。服と鞄をクローゼットに突っ込んでしまえば、用意されたままのような部屋。ベッドの横にある小さなライトを点灯させて、カーテンは閉めたままにする。またウトウトしはじめているミントを抱っこしたまま、ゆっくりとベッドの中に入る。普段は温かくなるまで結構な時間がかかる毛布の中も、今日は元々温かいしすぐに温かくなるだろう。目覚ましで起こしてしまう事だけは申し訳ないが、流石に遅れるのはよくない。携帯に設定しておいて、目を閉じる。
静かだ。
静かになっていく。
沈み込んでいく。
夜が終わっていく。


意識が、ぼとりと落ちてくる。
落ちて落ちて、体の中に落ちてきた感じ。いつもの寝起き。
目覚ましは、鳴っていない。携帯で時間を確認すると、アラームが鳴る十分前に起きたらしい。八時五十分だった。
まだどこか、三人称視点のような感覚があるけれど、とりあえず体を起こす。と、ミントが引っ付いてきた。
「おー」
「おー?」
ミントはきりっとしている。満足のいく睡眠だったようで何よりだ。
「おはのー」
「おはよう、ミント」
ぼさぼさになっている髪を更にぐしゃぐしゃ撫でると、悪戯っぽい笑い声をあげた。
「ひひひ。また背中狙うからな。覚悟!」
しゃー、と形だけとって宣戦布告してくるミントの可愛らしさよ。昨晩と同じ目にはあいたくないけれど、今度は私もミントを見つけられたらいいな。
「楽しみにしてるね」
「こわがれ!」
「また幽霊?」
「ギッ」
ミントは思い出してびっくりしたのか、ぴょんと跳ねて部屋を出て行った。相変わらず早いし、音もしない。私もそろそろ準備しよう。お風呂空いてたら借りて、着替えよう。
本館はすっかり、昨日見た賑やかな状態に戻っていた。一階のダイニング側をすこし覗いてみると、走り回ってる子、取っ組み合いしてる子たち。起きる時間はバラバラらしく、眠そうな顔でご飯を食べている子もいる。
洗濯機があるのはお風呂場の前。三台の洗濯機が元気に稼働しているが、洗濯物もまだまだある。先生側の衣服に関しては離れの裏にある洗濯機を使っていいというので、洗濯物が溜まっていたら一緒に洗ってしまおう。
お風呂場は、小規模な公衆浴場のようだった。まず脱衣所があり、着替えなどを置いておく棚がある。三つの洗面台、ドライヤーは何個だろう、三個以上はあるけど埋まっててぱっと数えられなかった。洗面台の横に置いてある小さな引き出しには、洗剤等の替えが引き出しごとに分別されていっぱい入っていた。
お風呂そのものは、一つの部屋と風呂にしては広い方。そのかわり一部屋だけなので、全員が一気に入るにはそれなりに時間がかかるだろう。お風呂の時間自体は決まっていないらしいので、みんな思い思いの時間に入るらしい。一番人が多いのは夕飯が終わって一時間後ぐらいと聞いた。その時にだけお湯を張るらしい。
ざーっと全身を洗ったらさっさと出る。自分を綺麗にする行動が一番面倒くさいかもしれない。持ち込んだタオルで水気を取って、着替えて、ドライヤーをコンセントに挿す。
特に髪を乾かすのが面倒くさいけど、やらないわけにもいかないから、頑張ってやる。熱風が顔と髪に当たって、髪をぐしゃぐしゃにしていく。私の髪は長くはないが短くもないから、微妙に時間がかかる。亜人の子と一緒だったらもうちょっと楽しいのにな、と思う。今度はちゃんと誰かの付き添いで来よう。いっそついていこう。
ごぉーと熱風をしばらくあてて、全体的に乾いたのを確認した。やっと終わった。
タオルはこちらの洗濯物に混ぜていいらしいので、タオルがまとまっている籠に畳んで置いておく。洗濯機を確認すると、元気な洗濯機の一台がもうすぐ終わりそうだった。少し急ぎ足で離れまで着替えたものを置いてから戻ってくると、丁度よく終了の合図が鳴り響いていた。蓋を開けると、洗剤の香りが湿気と共に漂った。丁度、これはタオルの一群だったらしい。といっても、次にまたタオルを回していいかはわからない。担当であるらしいカンに任せるとして、干すことくらいはしてもいいだろう。近くにあった空の籠に湿って重たくなったタオルを積んで、目指すは屋上だ。
一階から二階にあがると、丁度カンが降りてきていた。
「ススだ!おはよー!」
元気いっぱいの笑顔で挨拶をしてくれる。やさしい……と一瞬固まってしまった。
「おはよう、カン。屋上干してくるね」
「わあい、手伝ってくれてありがと!」
軽く会釈しあって、すれ違っていく。そういえば、今の時間なら八鐘先生は二階に居るって言ってたはず。干したら挨拶しにしに行こう、と考えながら二階についたばかりの足が三階に向かう。
三階にたどり着いた途端、突然腕をつかまれた。籠を落とした気がしたが、その山が少し離れた位置で健在だ。
「ススみてみて」
引っ張っているのはメルンだった。持ってくれたのはアルンだと思う。顔を見る間もなく、窓際に連れていかれる。メルンは嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせて、外を指さしていた。
「アル」
無意識に呼んでしまった。
視線の先、アルは主人だと思われる人の腕にくっついて、嬉しいのか時々ぴょんと跳ねたりしながらウロウロしている。主人の方は灯火と会話しながらアルを撫でたり落ち着かせようとしたりしていた。
「アル~へへへ」
メルンが嬉しそうに呟いた。
私もうれしい。あんなに弱々しく泣いている姿はもう見たくない。幸せでいてほしい、ずっと。そうやって、嬉しそうに笑っていてほしい。
「スス~」
アルンの声がした。あ、と急いで籠を受け取る。
「いいのに。もってくよ?」
「足をぱたぱたさせそうなてつを見ててあげて」
アルに気を取られていたが、同じように外を見てうれしそうなてつは、無意識だろう。うっかりソファのかたいところに打ち付けて折れたりしたらたいへんだ。
「えっわぁ、こらてっちゃん!め!」
アルンがてつをひっ捕まえて抱き上げた。
「なぁ!ぁあ、んもう」
びっくりとやめてほしいと嬉しいが混ざったような、そんな声をてつが出して、アルンがくすくすと面白そうにしていた。メルンは窓の外とてつ達を交互に見て、満面の笑み。かわいいね。
見ていたかったけど、とりあえず。またあとでねと告げて四階へ。
部屋の中で遊んでいる子たちの声がする中、廊下の掃除をしている背中が見えた。
「おはようございます」
「あ、スス。おはよう!生きててよかったよ」
雨丸、自分で冗談にできるくらいに持ち直したみたいでよかった。
「うん。アル、嬉しそうにしてた」
「ね、ご主人さん今日は一日遊んでくれる!って大興奮だったよ」
現に外でも大興奮だったし、本当によかった。雨丸にも挨拶できたし、屋上にも誰かいるかな。
籠を落とさないように、気持ち慎重に屋上の扉を開ける。
今日も、ぶわっと風が吹いた。重いタオルはびくともしなかったけれど。天気は良くて、屋上だけあって太陽の光を遮るものがない。降り注ぐ心地のいい熱と、ほどよい風がゆるゆると流れる。良く乾きそうだ。
空いている物干し竿の近くで籠を下ろして、一枚一枚引っかけていく。飛ばないように洗濯ばさみを挟むので、ちょっとだけ時間がかかる。流れるようにできたらよかったんだけどな。
と、次のタオルを干そうとした場所に、すでにタオルがかかっていた。洗濯ばさみ付き。
籠の方を見る。
目が合うと、ぴっと笛のような音がした。
「針音」
名前を呼ぶと嬉しそうにはにかんだ。そしてタオルを手に持つと、跳んだ。背が届かないのにどうやって、と思ったらそういうことか。針音は器用だった。一回跳んでタオルを引っかけ、もう一回飛んで洗濯ばさみをつける。完璧だ。
「すごいね、針音」
自分も干しながら声をかける。言葉のかわりに、機嫌のよさそうな声が帰ってきた。
針音の頑張りのおかげで思っていたよりも早く終わった。頑張ってくれた針音にお礼を伝えて頭を軽くなでると、ニコニコと満足そうに微笑んでくれた。こんなに愛しくていいのだろうか。
ご機嫌な針音は屋上に居たいようだったので、またあとでねと声をかけて屋内に戻る。
タオルを入れていた籠を元の場所に戻してから、また二階に上がる。時間的には二階にいるはず。
広間には居ない。本棚の部屋にも居ない。一番奥の部屋を、扉を開けずに覗いてみる。
授業をしている、という感じではなかった。自主的に何かしている子はいるものの、その人自身は黒板の前で……あの子は昨日暗闇で丸くなっていた子っぽい。特徴が似てる。と、喋っているようだ。机に突っ伏してだらーっとしている子もいれば、お喋りしている子もいる。要するにほかの部屋と同じ雰囲気だった。これで本当に授業をしていたら保健室に移ったころに挨拶するつもりだったけど、大丈夫そうだから行ってしまおう。
部屋に入って近寄ると、その人も私に気づいたようだ。
「おはようございます」
「おはようございます、スス先生。……や、ふふふ。俺、先生っぽい?」
あ、なんか。成祈と似た空気を感じる。
「先生と伺ったので」
「あはは!灯火もよく言うわ。俺は八鐘ね、もう知ってると思うけど。先生って呼ばなくていいよ」
「いいの?」
「いーの、だって先生じゃないもん。医療行為って免許無きゃダメでしょ?俺持ってないもーん」
えっ。ああ、だから。専属のお医者さんがいるのは初めてだと思ってたけど、医療知識のある人か。それでもかなり珍しいが。鎮静剤など薬の入手ルートはあまり詮索してはいけないものだろう。
「びっくりした?」
「どうしようもなくなった時八鐘が全部責任取ってくれるならいいかな……」
八割冗談だけど。こういうところに法の手が届くことは無いに等しい。特にこういう、一見害のないものは。
「ふふん。まあそれがわかってるなら、信じてくれると嬉しいぜ?おれこの子たち大好きだもんね」
そういうと無邪気な笑顔を浮かべて、近くにいた子を抱っこした。灯火が認めているなら文句はないし、抱っこされてる子の嬉しそうな表情が証拠になる。
「うん、信じる。よろしくおねがいします」
軽く礼をすると、ぷはっと笑われた。
「雨丸は怒ったのになあ。成祈ぐらいでいいよ、俺とも仲良くしてね」
成祈は多分、すんなり受け入れて挨拶したんだろうなあ。
「ぜひ。邪魔してごめんね」
抱っこされてる子にも挨拶して、部屋を後にする。そういえば保健室はどうなったんだろう。正直まだ近寄りたくなかったし、後で誰かに聞いてみよう。

「スス」
一階に戻ると、灯火が屋内に戻ってきたところだったらしい。
「おはよう、灯火」
「おはようございます!ふふ、アルが文句言っていたよ」
文句。首をかしげてしまった。何て言われたんだろうか。灯火の様子から深刻なものではなさそうだけれど。
「夜のお散歩したかった!って」
「ああ……でも寝ちゃったから」
「ふふ、今度はお散歩に付き合ってあげてね」
うなずく。その時、玄関においてある時計が時報を鳴らした。ぽーん、と静かな音に時計を見ると、丁度十時になったところだった。
「今日もよろしくおねがいしますね、スス」
一日が、はじまった。

8/8ページ