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ひとつめ

おひる



私が到着したのは太陽が真上に来る少し前くらいで、案内された最奥の部屋で挨拶とお喋りをしてから、今はゆっくりと太陽が傾こうとしているころ。てつとアルンが突然お腹すいた!と飛び出して行った。太腿の上にいるメルンだけいつの間にかうたた寝していたらしく、軽くつつくと小さく唸ってから眠そうに起き上がった。空腹ではないかと聞けば、目覚ましが鳴ったのを忘れていた朝のような反応をして部屋を飛び出していった。さて、これからどうしよう。
雨丸がここへ案内した理由はわからない。出迎えの挨拶をして、すぐに歩き出した背中を追ってきただけである。この上の階は屋上だろう。外にいたとき洗濯物らしきものがはためいているのがちらりと見えた。せっかくだ、最上階から一つ一つ部屋や設備を見て回るのも良いだろう。私も開けっ放しの扉から廊下に出て、扉を閉める。からからとした音を聞いてから、ふと見上げる。壁につけられた看板に歪んだ文字で、おひるねへや、と書かれていた。
階段を登り、出迎えた金属製の扉を見るにやはり屋上のようだ。おひるねへやの扉より重い開き戸を開けると同時に、閉じ込めていたものが流れ込んでくるような勢いで風とぶつかった。実際に閉じ込めていたのはこちら側の空気だが。その風はすぐに止み、あとはゆるやかな風が吹くだけ。思わず閉じていた目を開けると、広い屋上に所狭しと物干しざおがあり、それにかかる白いシーツが太陽に照らされながらぱたぱたと揺れている。洗濯物しか見えないが、せっかく来たのだ。一応ぐるっと回ってみることにした。
シーツやクッション、敷物、衣服など。どのくらいここで生活しているのか正確な数は忘れてしまったが、少なくはなかったはず。これが乾いたら、きっとすぐに違う洗濯物が干されるのだろう。
一回りしてきて、四階に戻ろうともう一度扉に向かった。
ぴー。
高音だが、まだ人の声と範囲だった。その音は上から聞こえたが、その全容を確認することはできなかった。見上げるより早く、私の視界は薄暗くなる。何かが覆いかぶさった事を理解するのは一瞬で済んだ。
もう一度、ぴいと高音を出した。そこまで重くはない。私の頭をぺぺぺと叩くと、何かに満足したのか素早く降りて、顔を見ることなく背中だけを見送った。奇襲者は抹茶チョコレートのような色合いの、肩くらいまでの髪を揺らして階段を下りて行った。重くないだけあって、やはり小柄だった。足音もあまり響いていない。びっくりはしたが、まあよくある事だ。私も四階に戻る。

おひるねへや以外の部屋をざっと覗いてみる。おひるねへや以外は、どうやらみんなの寝室らしい。その中の一室をしっかり覗いてみる。並べられたベッドの間にカーテンレールがあるようだが、カーテンがかかっているのは窓だけだった。かわりに、何かアクセサリーや雑貨のようなものが掛けられているところもある。ベッドの横には小さな収納ボックスが一つずつ置いてあって、そこに個人的なものを入れているのだろう。クローゼットらしきものは見当たらないから別の部屋にあるのかな。どの部屋にも誰も居らず、明かりは消されていた。今、用事はない部屋だ。

三階に降りる。
四階とは打って変わって、生き物の気配と話し声が聞こえる。階段を降り切ってすぐに見えたのは、お菓子だと思われるもの。床の上にばらばらと飛び散っているのは何だろう、ビスケットやクッキーのような焼き菓子だろうか。幸いカーペットではなくフローリングの上なので掃除は簡単だろう。そうした本人が近くにいると思うが、拡散を防ぐためにも先に掃除をしたい。一応、軽く見まわしてみるが、少し離れたところで五人、まばらに座り込んだり、二人組で喋っていたり、置いてある机に向かって何かしていたりするだけだった。それを確認してから砕け散ったビスケットと思わしきものを手で集められるだけ拾い上げる。あげていた。
その手をぐっと掴まれるまで。
お菓子を取られると思ったのだろう、その子は不満げに眉をひそめていた。
「きみの?ごめんね」
衛生的には良くないが、お菓子を床に落とすという事自体が珍しくもある。何かがあって落として、戻ってきたのだろう。食べるために。
「やー」
言葉で拒否したあと、がる。と小さく、人の声ではない音で威嚇された。掴まれた腕をその子に向けて動かすと、がっしりと掴まれていた力が緩まる。そのまま手に顔を突っ込んで口に含み、噛み、乗っていた小さなかけらもきっちりと舐めとった。
「いぃー」
見慣れないのもあるのだろう。だいぶ警戒されてしまったようで、立ち去ることを求められているようだった。
「お菓子とっちゃってごめんね、私はスス。ここに来たばかりなんだ」
スス、という言葉にン?と軽く首を傾げた。名前だけは教えてくれていたらしい。掴んだままの手をじっと眺め、顔に近づけ、数秒。手ごと離した。
「あたらしー子!」
歓迎というより、事実確認のような。私はうなずいて、拾い集めるためにしゃがんでいた体を伸ばす。
「よかったら仲良くしてね」
そう言ってから離れ、目線も外す。本来の目的は何があるのかの確認だ。
といっても、四階に上がる時にちらと見た風景がほぼすべてだったらしい。左右それぞれ、奥の方に扉があるので二つほど部屋はあるようだが、三階は一つの広い部屋になっている。落ち着いたリビングといった感じの内装だ。階段から見て正面には大きな窓が並んでおり、広くはないがベランダも見える。窓のない壁際にある大きなテレビの近くにはゲーム機が置いてあったり、ローテーブルやL字型のソファが目立っている。
左右の部屋は何の部屋だろう。ベランダに置いてある、なにかの芽が出ているプランターを横目で見つつ、右側の扉に近づく。扉のすぐ隣に手書きの掃除当番表が貼ってあるのが見えた。今日は三月が当番らしい。視線を戻すが、扉そのものには目ぼしいものはなく鍵らしきものもない。ドアノブに手をかけてひねると、無抵抗に開いたのが伝わってきた。少し開けて部屋を覗く。
カーテンがしめられているようで薄暗い。工具棚らしきもの、雑巾のはみ出たロッカー、掃除機や扇風機……小さな倉庫のようだ。ここから見渡せる程度にしか広さはないし、物もそこまで多くはなく、よく整理されている。出し入れするものが多いのだろう。探し物があれば探しに来る場所として覚えておこう。
扉を閉めて、反対側に向かおうと振り向く。
先ほどの、ビスケットの持ち主が私を見上げていた。ぜーちゃんと同じくらいか少し小さいだろうか。大きな瞳は灰色と透明の中間というのだろうか。音もなく背後に立って、私の背中を見上げていたのだろうか。
「あたらしー子、ケモノじゃないの?」
首を傾げた、心から直接漏れたような純粋な疑問であるようだった。背後に立たれたことに気づかなかったからだろうな。
「けものじゃないよ」
「じゃあ、なんだろ?まぞく?にんぎょ?はちゅーるい?あれ?ン~?」
爬虫類は、この子のさす獣の中に広義としては入るのだろう。魔族、人魚。人魚はどうだろう、流石に珍しい種類だ。でも知ってるならここにはいるのかもしれない。
「どれも違うかな」
「え!じゃあなんだ!にんげんなの?」
「私を人間だと思う?」
聞き返されるとは思っていなかったようで、いじわる!と言いたげに不満そうな顔をした。眉をひそめ、口をきゅっとしめて。とてもかわいらしい怒り方をするあたり、この子は元々不良ではないか、ここにきて長いか、両方か。
「ンィーッ!ふん!人間じゃないってわかるもん。おまえ、人間のにおいしない!」
におい。猫や犬などの獣系なんだろうか。特徴的な耳や尻尾は見当たらないが。
「じゃあ何だろう」
「あー!いじわる!いじわるはたべるぞ!」
ワッと怒られた。と同時に、髪の隙間からぴょこんと大きな耳が生えた。ぺたんこにしていたらしい。
「ごめんね、かわいいから」
「かわいいからっていじわるしないの!」
もー!と怒る小さな体。手入れの届いた艶やかな黒色の髪に触れると、一瞬びくっと震えた。それは拒絶ではなく期待であるようだった。
「ンー。なんだろう?」
機嫌がよくなったのか、怒るのをやめて純粋な疑問だけを手に持ったようだ。
「実を言うと、私もよくわからないんだ」
「エーッ!なんで!」
「なんでと言われてもなあ。きみは自分のこと、わかる?」
種としての自分のこと。じぃっと私を見上げて少し。ぱちん、とゆっくりまばたきをした。
「わかんなーい!」
わからないことはわからないとわかったのか、急に両手を上に突き出した。疑問を放り投げるように。
「でも多分イヌっぽい?ぽいぽい。ぽーい」
ぽーいと言ってぴょんと跳ね、一瞬私と同じ高さで目があった。
「だからにおいもわかるのかな。すごいね」
「ひひひ。ススはわかんないの?なーんもわかんないの?」
「うーん、そういうわけでもないけど……」
教えろ!と、力いっぱいに服を引っ張られる。抵抗すると倒れこむので、引っ張られるままついていく。ソファまで引っ張られ、乱暴に転がされたと思えば腹の上に座られた。流石に重い。
「うぐ」
わざとらしく呻いてみるが、さっきの仕返しのつもりなのかもしれない。得意げな顔をしたまま動かず、私の言葉を待っているようだ。
「うーん……あまり面白くはないよ、伝説の勇者とか、すごい力とか、そういうのは全然ないからね」
露骨に落胆されると流石に傷つくので、一応念を押しておく。返事はされず、ご機嫌そうに足をぱたぱたさせていた。重い。そしていつの間にか観客が増えていた。ソファの近くでお喋りしていた二人がじっとこちらを見ている。ここでつまらないなと言われたら、私はだいぶ悲しんでしまうかもしれない。
「えっとね……私、すごく寿命が長いみたいで、死ににくいみたいなんだ。それだけだよ」
「すごいながい?なんでわかるの?」
腹の上に乗っている子が聞いた。
「それがねえ、なんていうか……嘘じゃないんだけど、とても長い間、意識があった気がするんだよ。私というものが見てきたものとか、そう……積もったものは感じてる。でも、覚えてないんだ」
「ナニソレ」
訝しまれた。そりゃそうだ。私だってそう思う。ただ、やっぱり説明するのは難しい。これは完全に感覚の話になってきてしまって、もしかすると私はただの、気が狂った何かなんじゃないかと今でも考えることがある。
「うーん……あ、でも。その覚えていない事を除いても……うん?何年生きたんだっけ……」
覚えてはいる。ただそれを、ちゃんと並べたり数字にできないことに気づいた。最近のことはもちろんわかる。今は六月十四日で、起きたのは七時。早起きしたなあと思った。でもお気に入りのマグカップを割ったあの日はいつだったっけ。前の施設が無くなってしまったのは二か月前だ。そこにいた子たちのこともちゃんと覚えてる。亡くなった日も。どこまで?
ぼんやりしてきた。よくない。
「ご、ごめんね、私おかしいみたい。忘れてほしいな」
変な話をしてしまった、と気づいた時、曇った水晶のような瞳が私を間近で見ていた。
「おかしくないよ。あたしもイヌなのかネコなのかシカなのかわかんないもん!」
目の前の瞳は、励まそうというわけではなさそうだった。そのままの感想。安心する。ただ触れない方がいいとは思ったようで、じゃあじゃあと次の話をどうするかと考えているようだ。
「死ににくいっていうのは?お怪我すぐなおるの!?」
いつのまにかぺたんこに戻っていた耳がまたぴょんと出た。倒しているのが普段の姿勢なんだろうか。
「怪我がすぐなおる……ことはないかな?もしかするとほんの少しは、早いかも……しれないけど。怪我しても死なないが正しいと思う、車にひかれても死なないから」
「え!?」
びっくりしたのか腹の上から飛びのいた。そんなに驚く事だろうか。耐久性の高い亜人というのも珍しくはないはずだけれど。
「おっきなトラックにひかれても?」
「生きてたね」
「たっかあいおうちからおちても!?」
「どのくらいだろう?十五階から落ちても死ななかった事はあるけど、それ以上はあったかなあ」
落ちた高さを気にしたことはなかったから、例えると中々難しい。どこから死ぬのだろうとラインを探そうにも、死んでしまえばわからないのだ。
「お、おけがっていうか」
「ひきにくじゃない?」
飛びのいた子の引きつった声に続いて、二人組の一人が喋ったようだ。
「そこから生きてたの!?」
「生きてたねえ」
「どうやって!?」
どうやって。そういう破損の激しい時は、どう見ても死んでる肉から生きているという事実を受け止める人にはいつも申し訳ない。あまりそういう事故には巻き込まれたくないなと思っている。困った末に放置する人、持ち帰る人、治療を試みる人、スピリチュアル的な、カルト的な施設や儀式に巻き込まれたりもあったっけ。でも最終的に、私は一人になる。一人になって、忘れられて、人の形に戻って、動き出す。
「その辺は説明しにくいなあ……でも流石に、死体同然になることは中々ないよ。あっても下半身が分離するとかそのくらい。くっつけとけばゆーっくり治る」
「そ……それは……」
どの子が息をのんだのだろう。
「ゾンビ!?」
ゾンビ。生ける屍というやつ。あ!
「そうかも!」
「わあああー!」
体を起こしてみると、どうやら腹の上に乗っていた子が悲鳴を上げたようだ。怖がらせるのは……と思ったが、その割には怖がっているように見えない。
「あたらしー子、ゾンビだー!!!」
もう一度叫ぶと、私の上半身に突っ込んできた。
「すごい!はじめてゾンビみた!ゾンビってもっと汚くて臭いとおもってたよ!すごーい!」
興奮気味に体を触ったり嗅いだりしてくる。二人組の一人がそっと近寄ってきて似たようなことをする。まあ、興味が引けたならいいのかな。
「ゾンビってビョーキだったりカイブツだったりするけど、どーなんだろ?」
「ビョーキだったら、あたしらもうダメだね」
私に突っ込んでいる子の発言に二人組の一人の子が言うと、きゃー!と楽しそうな声がすぐそばであがった。二人組のもう一人の子は、少し離れたところからのんびりとした目でこちらを見ていた。
それにしても。自分の話をする前に私がこの子達を知るべきだった。まだ三人の名前さえ知らないというのにつらつらと語ってしまったのはよくない。気を許されるには気を許すのが一番ではあるのだが、名前は最初に聞くべきだった。
「ゾンビのスス!」
すぐ下から、二つ名のように言われた。間違ってはいないし否定はしない。
「うん。私はゾンビかもしれないスス。きみの名前は?」
聞いた途端、これまた目で追えない速度で飛び退いた。気がついたらソファの上で座り込み、目をまんまるにした姿が見えたという感じ。
「教えてなかったの?名乗らせてたのに」
私に近い方の子が言うと、眼の前にいる子はアーという顔をしてから、背筋を伸ばして私を見る。やはり耳は倒れている。
「わすれてた!スス、あたしは……」
そこで言葉を止めて、思考するためか口元に指を当てた。ウーンとわかりやすくうなり、少し。頭上で透明な電球が点灯した気がした。
「あたしは人狼の、ソフィアよ!」
私にもわかる嘘だった。
人狼はともかく、ソフィアと言うときに躊躇いがあった。そしてソフィア(仮)は、やりきったという顔をしている。
「ネコイヌシカモドキが人狼とはおそれいる」
私に近い子…かと思ったら、離れてのんびりしていた子だった。声も角の丸い柔らかさがあった。
「ひど!」
その子は一回イーッと威嚇したが、すぐに戻った。
「ソフィアちゃんは自分の名前が言えないのかな~」
のんびりとした雰囲気の子がソファにあがり、ソフィア(仮)の後ろに回って抱きしめた。そこで、ふと。この、のんびりとした雰囲気の子、髪の色が浅葱色で耳の形も見覚えがある。後で聞いてみようかな。
「ソフィアって名前かわいいんだもん」
「自分のお名前は嫌いかなあ?」
包み込むように抱っこしていて、下を向くと鎖骨くらいまである浅葱色の髪がカーテンのようにソフィア(仮)にかかる。
「ぎぃぃ。ンー。マメ……」
マメ。それがこの子の名前かな。
「マメは豆きらい!!!」
そしてワッと叫んだ。抱っこしている子はくすくすと面白そうにしていて、私の近くにいる子も小さく笑っている。
「マメが嫌いなのはマメじゃなくてグリンピースだよねえ」
「豆だもん!きらーい!」
マメはじたばたを暴れているが、腕の檻は頑丈らしくびくともしない。
「うふふ。ということでスス、マメのことよろしくね」
まるで保護者のように紹介してくれたが、この子も保護されている身ではあるはずだ。自分のことも紹介してもらおう、と私も姿勢を正してみる。
「あは、お見合いみたいだねえ」
「アルの前にわたしの名前聞かない?」
横から声がかかる。近くの床から見上げている子だ。
「もちろん」
「アルが濃いから先にね?わたしはひじり。聖だよ」
名前を告げて満足そうに微笑むと、それ以上は言葉を続けずに聞く姿勢に戻った。一人だけ床なのも、とソファに乗ることを勧めると、素直にソファに座った。ソファの上で対面している私たちの間で、聖は誰とも向かい合ない状態で腰かけている。
「もういいの~?」
「いいよ、別に。名前わからないのは不便ってだけだし。でもアルはややこしい説明があるじゃん」
「んふー。ススはもうアルンとメルンに会った?」
「うん、さっき四階で」
アルと呼ばれている子はだよねえとうなずいた。あの三人はあのおひるねへやによくいるのかな。
「説明が必要な理由はねえ、僕もメルンなんだよね」
「メルン?」
「そうなの。見た目が似てるのはアルンの方なんだけど、名前はメルンなんだよ。メルンなんだけど、アルなの」
声はどちらとも区別できるが、言われてみると容姿はアルンに似ている気がする。立っていた時の目線の高さがアルンと同じくらいだった気もする。
「僕は二番目に産まれて、メルンって名前をつけられたんだけど。何とか自分の名前は覚えているくらいの、物心つく前に他の人に引き取られるっていうか、まあ売られたんだよ。ほら僕美人でしょ?」
本人が言うように、三人とも美しい艶やかな浅葱色の髪は上質な布材のように見える。シルクのようだと表現するのが適切だろうか?派手過ぎず、地味でもなく、思わず触りたくなるような、そんな髪の下には、気だるげなたれ目がある。落ち着く雰囲気を持つ、美しい姿。
「うん、綺麗」
「うふふ。産まれた順番はアルン、僕、メルンことイリ。で、なんかねえ。僕はメルンなんだけど、アルンだと思われて買われたみたいなんだよね。チビだと見分けつかなかったみたいでさ。僕はその先でアルンからアルに、まあ愛称的な感じで呼ばれるようになった。二人の方はというと、アルンがイリ、イリがメルンになってたみたい。いくら親でもそこまでごっちゃになる?と不思議だったんだけどね」
血縁だろう、というのはわかるくらいに似ているが、瓜二つというふうでもない。幼いころによっぽど似ていたのか、親の方が精神的に参っていたか興味がなかったかで判別がつかなかったのか。まあ、しったところでという話だけれど。
「アルンは自分の名前を覚えてたから自分をアルンだとわかってたけど、面倒臭いから親が生きてる間はイリで、死んでからはアルンって名乗ってたみたい。本当のイリは覚えてなかったみたいで自分をメルンだと思ってた。再会した時、僕ってイリだっけ?って不安になっちゃったよ」
ふふ、とふんわり笑う。抱きかかえられているマメはンー、ィーと邪魔しない程度に声を出していた。暇そうだ。
「僕はメルン。僕の自我はメルンからうまれた。だから僕はメルンで、それを捨てようとは思わない。そしてかわいいイリはメルンという名前で育ってきたから、やっぱりイリもメルンだ。アルンはイリとしてもメルンとしても覚えてるから、イリとメルン、どっちで呼ぶべきなのかわからなくなっちゃう……っていうふざけ方をしてるのかもね〜」
なるほど。この三人……特にアルは、名前を大切にしているようだ。自我と、三人を結ぶものなのかも。
「だから、まあ。イリの事はメルンって呼んであげてね、イリって呼んでも反応しないと思うけど。そして僕はアル、アルンはアルン」
うなずくと、温厚な瞳が嬉しそうに細められる。アルは、二人のことをかなり大切に想っているのかも。二人の保護も、アルがどこかで探し当ててきた、とか。
「アルは、ここに預けられてるの?」
そして確認することもできた。買われて、それ以降環境が変わったとは言っていない。必要が無かったといえばそうかもしれないが、現在主人がいて、仕事やら何やらで日中ここへ預けられているのなら、私たちにとってはお客様になる。
「ああ、うん。ご主人てば忙しいからお休みの日しか遊んでくれないんだもん。寂しいーって言ったらここに入れてくれたんだ。二人にも会えるしいいこといっぱーい」
「そっか。私とも遊んでくれたらうれしいな」
「ぜひにぜひに~」
ニコニコと笑っている。機嫌がよさそうだ。
預かっている子は、怪我や食事には特に気を遣う必要がある。私たちが金銭を受け取っている側であるのだから当然なのだが、気を遣いすぎたりトラブルを恐れて他人行儀すぎても、結局は問題になる。アルもそれをわかっていないわけではなさそうだから、心配しすぎなくてもいいとは思うけれど。そういえばさっき、てつ達はお腹がすいたと走って行った。ここにいる子たちはもうお昼を食べた後なのかな。
「みんなは、もうご飯は食べたの?」
今何時なのか確認していなかったけど。多分正午は過ぎている、十三時とか、十四時とかくらいかな。
「僕は食べたよ」
「わたしもー」
「マメおやつたべるー」
説明が終わったのを察したらしいマメが、また腕の中でじたばたした。今度は閉じ込めておく気がないようで、マメがすぽんと抜けて床に着地し、そのまま小走りで階段を下りて行った。
「ゾンビってご飯たべるの?」
マメの通りすがりに髪に指を通してから手を振っていた聖が、私の方を見て言った。確かに、ゾンビってご飯らしいご飯を食べるのだろうか。細菌性のゾンビであれば感染を広めるためだったり、満たされることのない空腹に駆られて命あるものに群がったり、死肉を食らったり。動物性じゃないものを食べている光景は中々見ないような。
「種族というか、キャラとしてのゾンビはふつうにご飯食べたりお水飲んだりするよね~」
マメが居なくなって手持無沙汰になったのが寂しかったのか、アルが聖を抱き寄せて抱え込んだ。聖も慣れているのか無抵抗で抱きかかえられている。
「たしかに。そこのゾンビさんは好きなものあるの?やっぱお肉?」
完全に私がゾンビになってしまっている。ゾンビに近い気はするが、ゾンビではないと思う。まあ、すぐに飽きられる話題だろうから構わないのだけれど、ゾンビという話だけが独り歩きした結果、優しい子が何か動物の死骸を贈ってくれたりすると困ってしまう。そうなりそうだったらやんわり否定しようかな。
「お肉って言いたいけど、私はお餅が好き」
「おもち」
「お餅」
二人が同時に繰り返した。お餅である。もち米から作られる餅。
「お餅を食べるゾンビ……」
想像しているゾンビと餅がかみ合わないのだろう、アルが眉をひそめた。聖はぽけーっと遠くを見つめた。私も全く想像できない。それこそ、アルが言っていたキャラクターとしての、青白い肌だとか継ぎはぎがあったりするだけのかわいらしいゾンビなら想像できるが。欠損があり、腐敗し、白目をむき、彷徨う死体のようなゾンビでは全く想像できない。
「あは、ふふ。かわいいゾンビだねえ」
戻ってきた聖が笑ったが、アルはグロテスクな方のゾンビから戻ってこれないのか眉をひそめたままだ。
「スス、まさかお餅でゾンビに……?」
そして私の想像とは違う想像をしていたらしく、思わず声が漏れる。
「ふふっ、そうかも」
「スス……ススにお餅をあげちゃいけないね!」
「えー、たべたーい」
アルも笑ってくれた。
結局反対側の扉は調べられていないが、まあいいか。時間ならある。
「二人は何が好きなんだろう」
私はしばらく、二人とお喋りしていた。

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