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みっつめ



かえりみち



ヒナ達と一緒に教室に戻ってきて机を見ると、人はまばらになったが思ったより物が減っていた。ぴーちゃんは灯火とエンジェルにただいまのハグをして、何があったのかを元気に話し始めた。意図としては多分お店番をお願いする目線を貰い、お会計の席に座ると三月も座った。上に。
「楽しかったねえ」
はしゃぎ続けたからなのだろう、少し疲れた様子の三月の後頭部をもさもさと撫でる。んふふふ、と満足げな笑い声がした。
「楽しいねえ。こっちの方頑張るつもりだったのに満喫しちまったい」
「満喫してくれてよかった。最後のシンポジウムは出ない予定だから、気にしてたワークショップがまだやってるか見に行く?」
「んー……や、いいかなあ。こっちもやりたいんよね、俺ちゃん接客ウマいっぽいじゃん?」
「うん、三月に勧められたら買っちゃう」
「いひひ。……冊子付きのは売り切りたいなあ。優劣つけるわけじゃないけ……いらっしゃーい」
一人、背の高い人が物を並べた机の前で足を止めた。三月の声に小さく会釈を返して、並べられたものを眺めている。買うにしろ買わないにしろ、みんなが作ったものを見てもらえるのは嬉しく思う。制作風景を写真と文章でまとめたチラシも、張り出してとくものとは別に持ち帰れるように刷ったものが無くなりそうになっているのには驚いた。かくいう私達もよその頒布物は軒並み持ってきたから、多分外部のお客さんというより私達のような施設の人が持っていくのだろう。面白いし、色々と参考になるから。
保護者に見守られながら絞れる尻尾カバーを買ってくれた爬虫類らしき尻尾を持つ子、十分くらい悩んだ末に三個あるシュシュの一つを買ってくれた人、鼈甲のブックマークをプレゼント用にと買ってくれた人。迷子で彷徨い込んできた子を探しに来た保護者が積み木を買ってくれたり、ヒナ達と買ったアクセサリーの制作者が来ていたらしく直々にお礼を言いに来てくれたり、展示に置かれたパッチワークの傘で写真が撮りたいという人、小さな写真集を気に入って買い取りたいと言ってくれた人、買わずとも冊子を読んでくれる人。
ほどよく賑やかな時間が過ぎて、閉会式も兼ねるシンポジウムの時間が近づいてきた。陽の光がほんのり赤みを帯びてきただろうか。
「子守唄でも唄いましょうか!」
「私が眠ったら困りませんか」
ぴーちゃんと灯火が緊張が解けてきたという話をしている。程よい疲労感にお昼寝の時間が過ぎたことが眠気を誘ったのか眠ってしまった三月を抱きしめつつ、すっかり人の減った教室を眺める。今は一人、机の上にあるものを眺めている人がいる。お隣さんの方ではヒナともう一人の亜人らしき子がひっつきあっているのが見えた。
「あの、すみません」
「はい」
近くで聞こえた声に視線を戻す。
会計の席に座るエンジェルに声をかけたその人の手には、マーシュの毛を使った絵筆が乗せられているのが見えた。あまりじろじろ見てもなと安心した表情で眠っている三月へ視線を下げる。ヒナ達に挨拶はしたいだろうし、帰る前には起こそう。
「この筆は、えっと……自作ですか?」
「ええ、工房に依頼して制作したものです」
ほんの一瞬、息を呑むような音が聞こえた気がした。
「依頼して……あの、この毛の……持ち主の方は、お元気ですか」
「ああ……元気ですよ。白の黄金を使用した商品をお買いになられた方ですね?」
白の黄金。純白の金や朝露の幕などとも呼ばれていたっけ。マーシュの美しい髪は一度見たら中々忘れられるものじゃない。
「はい……その、また買いたくて探していたら、保護されたと……何も知らなくて。諦めはついていたんですけど、たまたま来てみたら、まさか」
どんな表情をしているかはわからないけれど、語尾が悪くなさそうな意味で震えていた。
「そうだったんですか。縁があるのかもしれませんね、毛先だけを見てわかるくらいに」
「そうなのかな……ごめんなさい、個人的な話をしてしまって。買わせてください」
「とんでもない。……はい、確かに。お買い上げありがとうございます」(多めにもらっていた・後でマーシュに話す)
「こちらこそ、ありがとうございました」
多分、腰を折ったのだろう。布の擦れる音が繰り返されたあと、この場を去っていくスリッパの音が聞こえ、遠ざかっていった。穏やかに呼吸する三月から視線を上げると、何故かエンジェルが目の前にいた。
「どうしたの」
「君は動じないねえ」
エンジェルの細い指が三月のおでこを軽くなでた。三月はすやすやのまま。
「あの子、安心した顔で筆を買っていったよ。どんな状態で飼われていたのか知ってくれたのかも」
「そうなの。そこから亜人に興味を持ったのかもね」
「かもしれない。あの子は見たこともない髪の持ち主の幸せを願った……それは美しさ故だろうか。なら、美しくないものは?」
突然どうしたんだろう。エンジェルの表情は、よく見えない。なぜだろう、そこにある顔がどうにも認識できない。その理由がエンジェルの動揺からなのはわかるけれど。
「灯火呼ぶ?」
そこにいるはずだけれど。
「君の答えを教えて」
美しくないものは?また難しいことを聞く。私には単純にしか捉えられないから、エンジェルの望む答えが返せるとは思えないのだけれど。私の答えを聞きたいのなら、あまり深く考えずに直感で話したほうがいいだろうな。
「綺麗かどうかは人それぞれで……その上でというのなら、エンジェルが言っていたように縁じゃないかな。綺麗だからできる縁があれば、綺麗じゃないからできる縁もあるでしょう」
言い終わった途端にチャンネルが合った、そんな感覚があった。エンジェルの表情は、よく見る感情のわかりにくい綺麗な微笑だった。庭の子達がわかりやすい子ばかりでそれに慣れきっているからだと思うけれど。
「縁か。そうだね、ありがとう」
「うん。三月持って灯火に撫でられてきて」
「大丈夫だよ、ちょっと気になっただけだから」
「結構動揺してなかった?」
「え、そうかな」
自覚がない悩みほど後々芽が出て事故を起こしたりする。問答無用ですやすやの命を渡して、最後になるだろう会計の席をもらった。



「たぬう」
「たぬき」
「田幣」
お隣さんの和やかなやり取りが聞こえてくる。目の前から。
「たに」
「谷?」
「ぬん」
シンポジウムが始まり撤収の支度をし始めると同時、ヒナがもう一人の亜人、ここのをひっつけたまま田幣にひっつき、田幣を強制的に動かしてこちらに来た。挨拶の時に電話していたからまだ名前のわからないりーさまが一人で作業している背中が淋しげで、せめて田幣は帰したいところなのだけれど、二人はここに留まる気満々らしい。
「お二人共、とまり木は田幣さんではなく私にしませんこと?」
「ぴーちゃも、たぬもっ!」
「どっちもいる〜」
「あらまあ」
「二人は遊んでていいからさ、私もお片付けしに行きたいな」
「やー」
「やあ」
しっかりとくっついている。あり得ないが仮に振り払ったとしても取れなさそう。ぴーちゃんがどうしましょうねと首を傾げている。寝起きでぽやっとしていた三月はしれっと取り込まれ、また微睡んでいた。
「ふんふん、わー、ねえねっめがねの人もきれーなひょーも知りたいな?」
「あーしもー」
可愛いお誘いに慣れている眼鏡の人ときれいな人は、片付けが終わったらねと微笑みを返して作業に戻る。とても鮮やかな躱し方だ。私は出来なくてここにいる。躱された側は不満げにしているけど追いかけはせず、弁えているお行儀の良さがうかがえる。
「わふわふっ」
「ヒナちゃんもおしゃべりしたいってえ」
「わんわー」
この感じ、片付けが終わったら解散してしまうから終わらせたくないとか。田幣をもみくちゃにしつつ、三月を撫でてぴーちゃんにも話しかけている。何ならりーさまにも時々声を掛けている。
「ヒナちゃん、ここの、お片付けしないと帰れないよ?」
「わうーっ」
「ヒナちゃん、まだ遊びたいってー」
「またあそ……あっ。そうだわ、またがない……えっ。嫌ですわ!!!!」
ぴーちゃんの長所が炸裂した。流石の三月も起きた。
「灯火!!!わたくしご隣人の」
「ぴーちゃん」
そのまま話を始めたぴーちゃんの頭に手を置けばスイッチをオフしたかのように止まった。微睡みからビンタの勢いで起こされて跳ね上がった三月をヒナがびっくりしながら捕まえている。もちろん灯火も来た。
「ごめんあそばせ灯火!」
謝罪と呼び掛けがくっついた。
「聞いているよ。そうだね、今まで外と交流を持つことって精々お散歩のときくらいだったけど……」
「私またねがいいです」
大げさな動きはなかったのに心からしゅんとしたのがわかった。灯火の間近で懇願の眼差しを向けられても取り乱さない穏やかさはとても真似できるものではない。
「そうだね、施設同士の交流も考えてみるべきかも……情報交換を兼ねて」
情報交換の言葉に田幣が反応したのが見えた。お互いに利はありそうだ。灯火がりーさまを一瞥してから田幣に近寄る。
「うちの子達がお世話になったようで、ありがとうございます。よろしければ、これを」
そう言って名刺らしき小さな紙を差し出した。やっぱりえらい人はちゃんと作ってるんだなあ、と感心していたら田幣もかなり驚いようで目を丸くしていた。
「め、めいし……り、りーさまたすけてあたししゃかいせーない!」
「ぶあっ」
ヒナが田幣に抱きしめられ、ヒナに捕まえられていた三月も巻き込まれ、流石に抜け出してすぐ近くにいた灯火の脇に入った。ここのはのんびりと立ち上がって、呼ばれて反応したりーさまの方へ向かった。
「えっと……すみません、怖がらせてます?」
「すんませんね」
黙々と作業していたりーさまもこちらに来て、動揺している田幣の頭で良い音を鳴らした。まあまあ痛そう。ここのがスススっとりーさまにひっついた。
「うちの職員はこんなんばっかで。ご無礼してはみ出されないよう必死なんです」
こんなんばっか、に含まれた意味を感じ取る。それは灯火も同じだろう。挨拶のときも田幣が対応してくれていたけれど、そちらはちゃんと予行演習していたんだろうな。今日一日、相当頑張ったんじゃないだろうか。
「ああ……苦労されてるんですね」
「それでもよけりゃぜひ仲良くしてほしいもんですよ。受け取ってもよかですか」
「ええ。この子達を守ってくださるのであれば」
「さよですか。あー……挨拶してなかった気するな、リコウと申します」
「りーしゃま!」
「りーりー」
「りーさまぁ……」
りーさまコールにしれっと田幣も混ざってまた引っ叩かれ、ヒナに撫でられていた。ヒナが驚きもせず慣れた手つきで雑に慰めているから、ここまでがワンセットなんだろうな。
「名刺、ありがたく頂戴しますねえ。ボスと相談の上またご連絡させていただけりゃと思いますよ」
「アッボス言ったこの人」
「ぼしー?ぼ!」
あっ!と顔に書いた田幣と面倒臭そうなげんなりした顔をしたリコウが並んでいる。
「すんませんねえ、田幣は下っ端根性染み付いてるだけなんですけど、あん人名前長くて面倒でボスって呼んでるだけなんで、気にしないでもらえると助かります」
「ああ、なるほど……ちなみにその」
「覚えてませーん。数字の意味わからん羅列並みにクソなんでボスで。名前として覚えてもらって構わんので、それは本人もわかっとるし」
リコウがそう言った途端、ヒナがわふわふ鳴き出したのはもしかしてボスの名前を呼んでいるのだろうか。田幣もやっと落ち着きを取り戻してきたのかヒナを潰しそうな勢いで抱きしめるのをやめていた。灯火の脇に入った三月は完全に目が覚めたらしく、灯火に頭突きをして髪を絡まらせたあとぴーちゃんに文句を言いに行っていた。眉間をつつかれている。
「わふぁわゎんふんふふんぁふ」
「ヒナちゃん静かに。また新しいお友達と遊ぶための話だから」
「ともだち……ぴーた、さんちゃ、わっ!」
田幣に宥められたと思ったら飛び出して二人にひっついた。やっぱり早い。動いてくれたということは安心してくれたのかな、それならよかった。
「ヒナちゃん、仲良くなったねぇ。噛まなかった?」
「噛みましたね……記録途絶です」
「だよねー、まあこういう場だし。また頑張ろ」
二人の会話に灯火が私を見たから、三人の方を見ておいた。嬉しさが止まらないヒナの様子に二人とも笑顔で、リコウにひっついていたここのも呼んでいる。念の為手の様子を見て跡すら無かったのは確認しているし、その時に察してくれた三月にも親指を立ててもらったから問題はないだろう。
「よろしくお願いしますね、竹の子宿さん」
「んあ、ええ。よろしくお願いしますよ、おひるねの庭さん……じゃ、片付け再開しましょっか?」
「ですね。……ああ、エンジェル」
軽く挨拶を交わして解散し、リコウと同じく作業を続けてくれていたエンジェルを灯火が呼んだ。丁度展示品の簡易梱包がおわったようだ。私も止められる事はもう無いだろうし、作業に戻ろう。耐久度に不安があるものも多いから梱包にも時間が掛かる。
「何かな、先生」
「何ですか。いえ、運営の手伝いなどもして、遊ぶ暇が無かったでしょう。貴方の頑張りが実を結んだ光景です」
四人が集まって、楽しげに話をしている声が聞こえる。今は好きな食べ物の話だろうか。エンジェルが、みんなが楽しめるようにと色々と考えていたことは知っているし、今日も店番から他のお客さんの誘導や見回りなどをしてくれていた。正直、エンジェルにはもっと享受する楽しみ方をしてほしかった思いはあるが、それがエンジェルの選択だった。
「そうだね……皆に楽しい思い出を作れたならよかった。他の子達も……来た命全て」
「ですねぇ。成功と言ってもよさそうだ」
「まあそう……なんだいさっきから」
やっぱり気になって二人の方を見ると、灯火はとても優しい笑みを浮かべていた。ちょうど話題に出ていたふわふわのオムレツのような慈愛に満ちたその表情は、鼈甲にも雨丸にも、立派に振る舞うエンジェルにも等しく向けられる。
「ふふ。そろそろ皆のエンジェルはお休みしましょう?あとは先生に任せて、遊んでおいで。お隣さんを連れ出すなら保護者の方に確認を取ってね」
ありがとう灯火。エンジェルの星を落っことしたような表情は灯火じゃないと中々出せない。
「え」
「ぴーちゃん聞いたあ?エンジェルひまになるですって」
「あら!エンジェルさま、おいでになって!この二人もちもちでしてよ!」
「わふ?きれれーなひょだっ」
「きれいな人お、お話できるの?」
「できますわよ!びっくりする美しさですけれど親しみやすくて優しい方なのですわ!」
「んふふふ、毎日見てても時々びっくりするよねえ」
「ですわ……エンジェルさまっ!エンジェルさまも好きな食べ物をお答えになって!」
嬉しそうに迎えに来たぴーちゃんと三月に手を引かれて、五人の塊になり、心地を試さんといわんばかりにお隣さん組がひっついている。角度からエンジェルの表情は見えないけれど、毎日皆に巻き込まれて楽しそうにしているような子が嫌がることはないだろう。


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