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みっつめ


あこがれ



盛り上がりを見せていたのも初日だけで、数日経った今ではすっかりいつも通りになっているな、と同じくらいの時間になって思う。作るものについて話し合っていたり、実際に制作を始めている子も居るけれど、あの浮足立った空気感は日常に溶けてしまったようだ。
「アル」
今日のアルは朝から調子が悪かったらしく、夕方になった今も帰り支度が思うように進まない。体調に問題は無いが、主人を見送ってからずっとぼうっとしているのだと。
「アル」
二回目の呼びかけで私と目線が合う。だが、その瞳が私を見ているようには思えなかった。
「アル、そろそろご主人が来るよ」
支度と言っても、荷物などは鞄にまとめているし、後はアルが鞄を持って帰るだけではある。ただ、よく手入れのされた髪をくしゃくしゃにしても表情一つ変えないのは心配になる。
「ねえスス」
私を見ないアルが私に話しかける。あるいは独り言かもしれない。瞳が少し揺れるだけで、体から力を抜いて人形のようにソファにもたれ掛かっている姿は、疲れ切っているようにも見えた。
「僕のことだきしめて」
本当に望んでいる事なのかはわからないけれど、その言葉通りに抱き寄せる。脱力しきった無抵抗の体は体重分に重いはずなのに、なんだか軽く感じる。
「ススはいいねえ。僕のことをなんとも思わない」
「なんとも?」
「そー。だってきみは僕がどんな僕でもどうだっていいのだろぅ?」
アルの言っていることは事実だ。否定しないで続きを待つ。声を出すことすら疲れるといった風に、長い間が空いた。
「たりなくなるんだよ。でもほしい。ねえススはいいの?」
そこでまた一区切りしたようで、しばらく。数秒なのか数分なのかわからなくなるような静寂がここにはあった。そして、すぅっと息を吸い込む音が聞こえた。
「ススはいちばんはいらないの?ほしくないの?」
重そうに紡がれた言葉だった。アルの問ういちばんとは何なのかと、聞き返していいのだろうか。
私の返事を期待しての問いかけなのかもわからない。雲の上を歩くような声色に対して真正面から私の考えをぶつけてしまうのは、良くないような気がしてしまう。
「きみの嘘は下手だからやめたほうがいいよ」
無言でいた私に対しての発言だった。私がどういう存在であるのかをわかっているのなら、聞かなくたって答えはわかっているだろう。それでもアルは、何かを確かめたいのかもしれない。
「私はいちばんを持っているもの」
「いちばんはひとつだけよ?」
「うん、ひとつだけだよ。アルは一人しかいないのといっしょ」
「んんー?うーん。いちばんすきなものだよ?なってもらうのも、なるのも。ほらスス、おもちいちばんすきなんでしょ」
「あー、んー。うーん。あー。今目の前にあるものがいちばんって言えばいいのかな。誰でもいいっていったら聞こえは悪いけれど、みんないちばんなんだよ。私の知ってるアルがいちばん。私の知ってるアルンがいちばん。そんな感じ?」
「んーんーんー?んー。うーんなんかききたいこととちがーうーきがするー」
うーんーと唸るアルが愛らしくて僅かに笑い声をもらすと、なんだようといつものアルに近い声で言われた。
「もう。ぼくはおまえのいちばんなの?ほかとおなじなの?」
「アルはアルでいちばんだよ。アルンもアルンでいちばん、メルンもメルンでいちばん」
「いーちーばーん-。同じ言葉なのにぜんぜんちーがあうー。もおー」
尻尾がゆるゆると揺れ始めた。調子が戻ってきたのか、戻したのかはわからないけれど。声が元気になって私が安心しているのは確かだ。
「ここに針音がいたらどっちがいいのー」
「どっち……?なにが?」
「ん-。じゃあ、ぼくと針音どっちもぼえぼえ死にかけてたら?どっちたすけるの。どっちもはナシだぞぉ」
「えぇー……うーん。針音の方が体が小さくて弱いから、針音優先かなあ」
「ちぇー。ぼくじゃないんだあ?ばーかばーか」
首の皮を引っ張られた。
「状態によるよ。アル、針音を見捨てて助けられたいの?」
「いい子ちゃんがあ。じゃあー、ぼくがもうぜーったい助からない状態で、針音もやばそーだったら?」
「状況によるってば。助けるのは針音だとしても」
「ふんだ」
「でも、もう助からないなら決まってるかも。私は側にいるよ」
「なんでさ。針音ちゃん死んじゃうぞ」
「助からないならもうすぐ死んでしまうんでしょう?そのくらいなら大丈夫。針音結構強いから」
「ダーメ。その場から移動しないといけません」
「さっきからいじわるだなあ」
「ふんだふんだー。せいぜい泣いて暮らせばいいやい」
「泣かないよ」
「なんだとー!」
「泣いてほしい?」
「泣いてほしいなら泣くってかーこのはくじょうもの」
「泣いてもいいならずっと泣いてしまうよ」
泣きたいのは私の感情の為でしかないのだから、生きている子達に時間を使った方がいい。それを薄情と言えば間違いなくそうだろうけど。
「私が最後に出来ることは、アルの為に祈ること。転生するとしても、永遠の眠りにつくとしても、別の場所に行くとしても、消えるとしても、幸せでありますようにって。私が悲しくて泣く必要はない」
「あー?かなしくないの?」
「かなしいよ。アルがいなくなっちゃうなんて嫌だもの、死ななくてもご主人がお引越しとかでもうここに通わなくなったりしたら嫌だ。かなしいけれど、悲しい気持ちは何にもならない」
「なん……?なにそれ。ススはきもちをどっかにやれるの?」
「うん」
喜怒哀楽を筆頭に、人並に感情はあると思う。ただ、その感情を処理することが得意なだけ。自在にできるわけでもないから、得意としか言えないけれど。人に好まれる振る舞いではないと自覚はあるけれど、そう出来なければ私は、とっくに感情に飲み込まれてどこかをおかしくしていると思う。とにかくその特技のおかげで、私は私のしたいことが存分にできる。
「忘れても、消えても無いよ。うちがわにあるだけ。ないものねだりするよりも、目の前のことの方が大事だから」
「うーー……ん。つまり、アルちゃんのために泣いたり悲しんだりしないけど、忘れてないですよーっていい子ちゃんぶってるってことかい」
「そうなるのかな?いい子ちゃんぶってるつもりはないけれど。薄情に見えるのはわかってるよ。でも泣いて悲しんでも、アルには届かないもの」
届くのならばいくらでも。記憶の砂の底、届いたのかそうでないのかもわからない応答のない現実が重く積もっている。
「はー……なんか、おもってたより、ススってへんだね」
「そうかもね」
少なくとも亜人が出現するようになってからの私が正常だと思ったことはない。私がいつからこうなのかは覚えていないけれど、思い出せる範囲ではずっとこうしている。
「ふぅん……じゃあスス?僕は今ここにいるね。ほら、届くぞ。僕のために泣いておくれよ」
「やだ。せき止めてたものを外したらもう一回せき止めるのは大変なんだ」
「泣けはするんだ?」
「アルはいつか私の前から消えてしまうからね。こんなにかわいい子が居なくなったら悲しいよ」
「ふぅん……そおー。ふん……でもなあー」
アルがぐいーっと頭を押し付けてくる。私もぎゅっと力を込めて抱きしめると、嬉しそうに笑ってくれた。
「逆にさあ?ここにいたらどんなぼくでもススはだいすき~ってしてくれるんだもん。さみしーおもったらススんとこきたらいいもんねーすきーだー」
「私じゃなくてもしてくれるよ?」
「まあそうなんだけどねえ。ススは静かで、あったかくて、ずーっとしてくれる。落ち着くんだよねえ。こんな話したって困ったりしないで大真面目に答えやがる。ぼくがほしいものなんだーって探って。僕のこといちばんすきなご主人様には敵いませんがー」
「並べてくれるだけでうれしい。そろそろ下に降りよっか?」
「降りる!お迎えくるー!」
すっかり元気になったらしいアルが、尻尾をぱたぱたさせながら腕から飛び出して、鞄を抱えた。私も同行させたいようで、私が動き出すのを待っている。
「えへへ~今日はどんなお話してくれるかなー」
立ち上がると同時に歩き出したアルが、私に聞こえるように話す。主人の話を聞きながら、下の階で迎えを待った後、見送った。今日も飛びついていた。

夕飯も終わってお風呂の時間、めずらしくアルンとメルンが殴る蹴る有りの遊び方をしていた。困り果てたてつが眠気に襲われつつあるカンを呼び、カンが柊を呼び、柊が私を呼んだ。止めてもすぐ再開するからそのうち怪我をする、と。
たしかに、私がついたときには雰囲気だけは本気の喧嘩をしていた。柊が目にも留まらぬ速さで間に入って引き剥がし、床に転ばせた。直近まで実戦していたのもあり、今のところ柊に勝てた子は見たことがない。
「メルン、アルン。その遊び方は怪我するよ」
現に、服が千切れているところもあるし、爪が掠ったらしい血のにじみが見えたりもしている。
「がるるるるるるー」
メルンが甘えた雰囲気で鳴いた。手足を伸ばして転がっている姿はリラックスしているといっていいだろう。つい先程まで殴り合っていたとは思えないゆるさだった。アルンはやや興奮気味に柊に対してひっついている。柊はいつもの無の顔をしていた。
「柊つよいねーうふふ。あーそーぼー?」
柊は答えず、眉間にシワを作りやや困った様子で私と、隣りにいるてつを見た。
「アルン、こっちに来て」
呼びかけると、アルンは素直に私の前まで来てくれた。首を傾げ、わざとらしく不思議そうに私を見上げている。
「メルンと何して遊んでいたの?」
「ふふ。あそんでたっておもうの〜?」
「二人共怒ると怖いから」
「んふふ。ねえ、スカイハウンドってわかる?」
スカイハウンド。すぐには出てこなかったが、聞き覚えはあった。単語から伸びる糸を引っ張り寄せると、最近のアニメが出てきた。作画は子供向けらしい可愛らしいものだが、演出などがやや渋めであまり人気がないと聞いた。スカイハウンドは、飛行機乗りの集団だったはず。
「なんとなくは」
「あらぁ!なら混ぜてあげよう。スカイハウンドの機体は誰のが一番最高だとお?」
「一番最高……」
うーん。名前をぼんやり知っているだけなんだけれど。二人にとってそれほど熱意を向けられる作品なのだろうか。もしそうだとすれば私も怪我をしそうなものだけれど、目の前にいるアルンからそういう、殺気のようなものはまるで感じない。今のアルンはアルに似ていて、何を考えているのかがわからない。そしてそういう場合、十中八九楽しいことを企てている。
「アルンはどれが好きなの?」
「ん〜?サブキャラだからぱっとでてこんのかね?しばし待て、絵を持ってきてやろう」
諍いを避けてみようと聞いてみたが、アルンはあっさりとかわして移動してしまった。残ったのは床に転がって尻尾をパタパタさせているメルンと、同じように横になった柊、終始困惑しているてつ。二人的には、こんなことで派手に喧嘩まがいのことをして困らせるという筋書きがあるのかもしれない。時々、よくわからないだろう、ということをやって不可解さに首を傾げる姿を見て満足そうにしていることがある二人だ。アルが居ないときによく見る。
「メルンは誰が好き?」
メルンの近くに寄って聞いてみる。
「僕はねえ~ティーミのハミングバードがさいこーだと思うんだよねえ。ちいっとうるさいけど、小型ですいすい動くあの機動力がたまらんのよ~、しかも唯一滞空できる機体だから使い勝手がいい!んふふ」
ハミングバードの名前だけだとぴんと来なかったけれど、滞空できる機体でぼんやり思い出せた。飛行機、というよりはヘリコプターに近い形をしている黒い機体だ。
「ああ、たしかにすてきだ。シルエットが可愛らしいところもすてきだよね」
「おぉ!そうなんだよ〜働きはかっこいいのに印象はかわいい。コックピット内が必要最低限なかんじがティーミの性格を表してる気がして好き〜」
メルンは楽しそうに語ってくれて、聞いている私も嬉しくなる。楽しいことの理由にとでっちあげたわけではないのだろう。
「ぼくはハミングバードすきなんだけどー、アルンが好きなのもわかるんだよねえ。まあ逆に良くない機体もないってゆーかなんだけどお」
「みんなすてきだよね。メルンは、スカイハウンドがすき?」
正直なところ、てつに関して以外でここまで楽しそうに語っているメルンを見たことがなかった。好きが増えて、拠り所がいくつができることは好ましい。そして何より、楽しそうな姿は何にも変えられない尊いものだ。
私の問いに、メルンは溶けた笑みを浮かべる。
「すき!」
「そっかあ。メルン、アルンとはなにしてたの?」
「んー……まあいっか。アルンの好きなのとどっちがサイコーかーって話。コーオツツケガタイ?どっちも最高じゃーんならもう決闘して決めるかぁ!ってかんじ?」
そこで決闘をする二人らしくないところが、一周回って二人らしく感じる。
「もってき……てつぅー?」
戻ってきたアルンが不思議な声を出し、気になって見るとてつが下半身に力強く抱きついていた。しがみついているという方が正しいだろうか。
「なぁによ」
「ンンン」
「なーにーよ」
「まぜる!」
「何を?」
「わたし!」
「ハンバーグにでもなるの?」
「なーんーでー!」
脚にしがみついて怒るてつを、アルンは笑いながら抱き上げた。それは見惚れるほど優しい動作で、寂しくなったことに怒っているてつを愛しい宝物のように見つめていた。
元々、てつを困らせてからかいたかったのだと思う。私が来たことで放置されることになったてつが怒ることまで想定していたのかはわからないけれど。
「よぅし、てつとススの意見もきいてみようじゃないか。なんばーわん決まるかな〜」
アルンの声は、色んな意味を含めて嬉しそうだった。

てつはアニメを見たことはなかったようだが、アルンの見せてくれた飛行機の画像や二人がピックアップした場面などを見て楽しんでおり、アニメなどに興味を持たなかった柊も後ろから見ていたりした。アルンもメルンも、自分が最も好きな機体や操縦士以外にも沢山語ってくれて、本当に好きなのが伝わってくる。子供向けのアニメだからなのかご都合主義なところがあるのも好きなのだという。
「阻害装置で空陸どっちも動かない……頼れるのは体のみ。相手は催眠術を使ってくるから兵器なしではとても……それに装甲も厚い」
「そこでスカイハウンドの一番機たる幸運犬(ラッキードッグ)四七!パイロットはお守りとして積んでいた妖精の秘宝っていう貴重な赤い石を砕くんだよ。その石は一時的に機体にシールドを張るんだ」
「動けるようになった幸運犬四七とパイロットは、他の機体から積めるだけミサイルを積んで特攻するんだ」
「特攻!?」
「そう!えへへみたい?みたい?そのシーンがこちらだあ!」
みんなで見るには小さいタブレットで、メルンがシークバーを動かして再生する。やはり状況は絶望的、秘宝を砕いても、この要塞の心臓であるオリハルコマンダーの装甲を破るのは難しいだろう、どうしたら……と主人公達が思考を巡らせる。この壁もいつ破られるかわからないほど熾烈な攻撃音が聞こえてくるため、中には心が弱って遮蔽部があるのに精神操作を受けてしまうキャラクターも。沈痛な空気の中、寡黙なパイロットはミサイルを集めていた。それに主人公達が気付いたとき、幸運犬四七を爆弾としてぶつけるんだと話す。当然反対されるが、パイロットは準備をやめず、その決意を汲んだ他のスカイハウンド達も手伝い始める。
そして、準備が整う。幸運犬四七の駆動音が響くだけのシーン。最後の砦である壁を自ら破り、一矢報いるために飛び立つパイロットは一言、こいつは幸運犬だ、と呟いた。そしてレーザーや銃弾が飛び交う戦場へ駆けていった。敵はいい的だと言わんばかりに幸運犬四七に集中するが、パイロットの尋常ではないほどの操縦に追いつくことはなく、踊るようにオリハルコマンダーに接近し……暗転、エンドロール。
「う……うわーっ!」
これまでの経由を経ていなくても、とても緊張感のあるシーンだった。ほんの数分であるはずのそこに詰まった情報量。叫んだのはてつだった。
「ずるい!こんなのずるいー!ど、ど、どうなるの!?」
「んっふふふっ。次話も見ようねぇ〜面白かったら今度全部通しでみようねえ」
アルンは声が震えるほど嬉しかったらしい。私も見入ってしまっていたけれど、柊は途中から見るのをやめて転がっていた。
続けて再生された話では、要塞から脱出したあとの、エピローグのようなシーンから始まった。すべてを厳しく統治し、夢や弱きを切り捨ててしまう……それが世界に広まる前に、一つの要塞で潰えたこと。要塞は解体され、その資源が復興などに回されること、主人公達も手を貸している様子。それから、スカイハウンドの一人、ストーカーが映り、特攻後の回想が始まる。凄まじい閃光、緩んだ攻撃、ダメージを負ったオリハルコマンダー。スカイハウンド達と共に戦いに出る主人公達。しばらくの戦闘シーンも、勝利する未来がわかっていても手に汗握るものだった。やがて、オリハルコマンダーの核となる部分を破壊し、敵は沈黙した。けれど歓声は上がらず、終わったことを確認するように繰り返す主人公達。その時、かんかん、と音がした。それは、沈黙したオリハルコマンダーの近くから。まさかと警戒する主人公達だが、スカイハウンドであるフォーリングが、墜落した幸運犬四七の機体を発見する。音の出どころは……というところで、現在のストーカーに戻る。そこには、左腕を無くしたパイロットが立っていた。長く、ライバルとして、時には敵としても交わってきた主人公達とスカイハウンド。パイロットは手短にスカイハウンドの解散を告げ、異論を唱えるものは居なかった。パイロットは最後、主人公に夢を継承し、去っていく。それについて行くものもいたが、殆どは別の方へ去っていった。それらを見届けた主人公達は、継承された夢と、守り抜いた自由を噛みしめるように握りしめ、歩き出していく。そして、自然にエンドロールへと入った。復興の様子や、スカイハウンド達のその後が短く描かれ、最後に主人公達の後ろ姿で、終わった。
「ひゃあ……」
長時間見ていたわけでは無いのに、中々の読後感があった。これは本当に子供向けのアニメなのだろうか。確かトレジャーハントがテーマだったはずなのだけれど。いや、まだストーリーとしてはポップに仕立てることは出来ると思う。ただ、作り方がそうではない。とりあえず柊の髪を触ることにした。
「んふふ~。幸運犬四七の最大の見せ場はやっぱここだよねえ~」
「だねえ。かっこいいよねえ~」
「ね~。さあ一通り話したぞ、きみたちはどれがすきなんだい!」
放心気味の私とてつに、メルンが興味津々に迫る。全部で六人と六機のスカイハウンドから一つを選べというのも中々残酷な選択な気がしてしまう。それくらい、二人が語ってくれた話は魅力的なものだった。
「うぅ~……最期のらっきーどっぐがあ……」
「んっふっふ~。まあまあてっちゃん、まずは見た目で選んでみようぜ?」
「んん~みためえ……んー、みため……で……好きなのは……ジャンクビーかなあ」
二人の耳がぴーんと立った。
「廃材使ってて見た目はちぐはぐでガタガタ……だけど、私それすきかも?うん……カラフルでかわいいし、いっぱいは飛べないけどすぐ近づいてばばばばって倒しちゃうのかっこいい!」
「ふぅん~なるほどぉ。てっちゃんはトガったの好きだもんねえ?」
「そんなじゃなーい!」
「ふふふごめんよお、わかるよ~うれしいっ」
アルンは嬉しそうにてつを抱きしめた。てつは少し怒ったようだったけれど、満足そうに収まっていた。
「んふー。柊ちゃんはあるぅ?」
メルンが柊に声をかける。触っていた耳がぴこんと動いた。が、少し待っても返事はない。
「ひぃちゃーん」
メルンが柊に近寄って尻尾をつつくと、あしらうように揺れた。メルンは柊から聞く気満々のようで、しばらくそのやり取りが続く。
「うざい」
ようやく発された言葉はそれだった。
「えー」
「ストーカー」
「あら」
柊から出たのは先ほどの回想を担った操縦士の名前だった。ストーカーの機体はマッドランナー、泥沼に不時着した事が由来になっているらしい。全体的に丸っこくキレがない体は鼠色で、いわゆる戦闘機のような速さは出ない。世界観的にも、中古品やレトロ品と言われてしまう性能らしく、自他ともに飛べているのが奇跡みたいなものだという。そして、ストーカーはほとんどスカイハウンドとしての行動をしない。戦闘があれば離れるか逃げるか、輸送や索敵も素知らぬふりをするが、ずっとスカイハウンドについて来て、補給やおこぼれを貰う。ストーカーと呼ばれるようになったのは自然な流れだったようだ。
「マッドランナーではなくストーカー……わくわくしちゃうよ柊ちゃん。ぜひ!理由を!」
お世辞にも、活躍やかっこいいと言える場面は相当少なかったキャラクターだろう。聞いている限りではスカイハウンドは基本的にライバルとして立ち回っていたようで、ストーカーはよく主人公たちを挑発していたらしい。煽るだけ煽り逃げ帰るようなキャラクターである。だが、何となく憎めないのは回想に入る時の表情がどこかに落としてきてしまったかのように無だったからだろうか。
「あれだけは理解できそうだから」
柊がぽいっと投げるように言った。
「理解?」
「りかい」
同じ言葉を今度は丁寧に発音してくれた。柊にとっては意地悪しているつもりはなく、話すのが本当に面倒くさいのだろう。要求をあまり示さないのに要求してくることが多いと最近気が付いて可愛らしさが増したところだ。
「なにが理解できそうなのかきいてもいいかな?」
アルンは特に気にせず聞いた。てつはストーカーの情報を思い出そうとしているのか、斜め上の虚空を見つめてじっとしている。それに気づいたらしいメルンがタブレットをいじりながら柊たちの方向をちらちらと覗くように見ていた。それから、少し。
「ストーカーは生き残った」
そう柊が答えたのはたっぷり三分ほど経ったあと、二人がてつにストーカーの情報を語り直しているときのことだった。全員の視線が集中するのを避けたいのか、私の体を盾にするように体を寄せてきた巨体と目を合わせながら、水のようにするするとした髪を触る。いつ、何度触っても心地が良い。
「くわしく!」
真っ先に食いついたのはてつだ。体を寄せはしなかったが、声だけで興味津々という様子が伝わってくる。
「正義の死にたがりばっかいる中であいつだけは絶対に生きる気があった。あれは俺と同じ」
「おなじ?柊は逃げたい人おいてくの?」
「置いていく」
てつの無垢な質問に、柊はためらいなく事実を答えた。目を瞬かせるてつを、アルンとメルンが撫でる。二人は、どこか安心したような表情をしていた。
「あくまで俺が、そいつしか理解できないだけ。褒め称えてるわけじゃない」
「柊……は、しなない?」
「今の環境で死ぬ方が変」
「そうだね?」
「てっちゃん、なんか混乱しちゃった」
頭の中で何かがこんがらがったらしいてつが固まっているのを、メルンがつついて遊び始めた。柊は特に気にしていないようで、私を見たり三人を見たりしている。数分後、アルンのからかいによって戻ってきたてつをあしらいながら、二人は私に発言を求める目を向けてきた。
私が好きな機体は、なんだろう。どれも素敵だとは思うけれど、これといって心惹かれる機体も操縦士もおらず、端的にいえば興味がないのかもしれない。それなら、私の好みは置いておくとして、一番スカイハウンドの名前に似合う機体はどれだろうか。操縦士は考えないものとして、捕食者らしい力強い機体は。
頭に残ったのは、アルンの好きなサイレンスと幸運犬四七の二つ。ハミングバードやマッドランナーは戦闘機らしい見た目はしていないし、飛行機らしくシルエットが丸めであったりジャンクビーのようにユニークな見た目であったりして、私が思い浮かべる戦闘機とは少し違う。細身で鋭利な、というデザインに当てはまるのはその二機だけだ。
一つを選ぶならどちらか。サイレンスは静音仕様の機体で、他の機体と比べてエンジン音などが静かだ。装備はあまり積めないがかなり速度が出るため、偵察や不意打ちなどを担当するのだとアルンが楽しそうに語っていた。たしかにかっこいいとは思う。が、その見た目は幸運犬四七と比べると平坦すぎる気がする。いうなれば忍者や暗殺者のような軽装といった感じ。何がどういう役割を持っているのかもわからないが、幸運犬四七の方がゴツゴツしていて、それらがたてがみのように凛々しく見えた。
いくらか待たせてしまったはずだが、アルンとメルンは変わらずに私を待ってくれていた。てつも私をじっと見ている。
「幸運犬四七かな」
二人がにいっと粘度の高い笑みを浮かべた。てつだけは花が咲いたような明るく爽やかな笑みである。
「その心は〜?」
「強そうだから。猟犬(ハウンド)という名前の集団だから、強そうな見た目を選んでみた。かっこよさはみんな五分五分だと思うから」
「おぉ〜」
ぴったりと重なった歓声は一つの線のようだった。アルンとメルンがぱちぱちとゆるい拍手をする中、てつはやはり花が咲いたような、見ているだけで気持ちが明るくなるような笑みを浮かべていた。てつも、かっこいいとは思っていたのだろう。
「みんなわれたねえ〜」
「ねえ。てっちゃんは幸運犬四七かとおもったなー。ヒーローとか好きだし?」
「幸運犬四七もかっこいい!すきー」
「わかるぅ〜。かっこよすぎて、それはそれ〜みたいになるぅ」
「かっこよすぎてみんな好きだろうし?てなるやつぅ」
「なったー。見せてくれたやつかっこよすぎたもんね。あえてえらべないみたいな……でもホントにかっこいいから、スス言ってくれてうれしい!」
惚れ込んであげたわけではないから何となく引っかかりを覚えてしまったけれど、まあ喜んでくれたならいいか。名前を上げたことに喜んでもらえたようだし。
「さてどうするかねえ」
和やかな雰囲気の中、アルンがつぶやく。
「全部最高なら、やっぱり決闘して決めるしかない?」
「えっ」
「やっぱり決闘するぅ?」
「えっえっ」
「柊と戦いたーい!」
「本音が出てるよ」
メルンに指摘するとわざとらしく言ってしまった!という顔をした。柊は特に反応せず、撫でられるままになっている。
「喧嘩はだめだよ!」
唯一困っていたてつが健気に声をあげる。昼間、元気な子たちがじゃれ合う姿も怖いと言って中々遊び場には降りてこないてつにとって、二人が争う姿は相当見たくないのだろうな、と想像できる。
「いやいやてつ、これは聖なる戦いなのだよ」
「そうとも。喧嘩ではないのだよ。ねえ、柊?」
メルンは返事が来ないとわかっていながらも柊に声をかけたようで、無反応であることを特に気にする様子はなく、てつの反応を気にしながら楽しげに、ふざけた様子で戦うぞと言いたげな姿勢をとった。アルンもそれに応え、姿勢を低くして警戒する。もちろん、それを見て困り果てているてつを楽しげに見つめながら。
結局、二人の最大の目的はてつを困らせることなのだろう。特に問題が起きていないならここを離れてもいい頃合いになったが、いくら愛しさゆえのからかいだとしてもこのままてつを置いていくのは忍びないものがある。
私は着用していたエプロンを外して丸め、それを二人の間にぽいっと投げた。アルンとメルンがそれを視認したのがわかったと同時に、二人はそれ目掛けて手を伸ばす。反射的に追いかけてしまったらしいエプロンを二人で広げながら、奇妙な沈黙が数秒続いた後、てつがおかしそうに笑った。
「ぷふふっ……エプロンほしかったの?」
無に近いがなんとなく不満そうな二人の表情と、中途半端に広げられたエプロンの図が実に奇妙だった。そして、私は別に面白がっていないのに小一時間ほど無言で睨まれることになり、てつはその間に先程語らっていたアニメ、外殻踏破隊ラビリラズリを見ているようだった。


「飛行機作りたいな」
一時間経った頃、アルンが呟いた。それは時報のように正確な一時間経過を告げる声だった。
「飛行機ぃ。つくりたいねぇ〜」
メルンが続くと、二人して伸びをしたのちに私の向かって近付いてくる。
「ススちゃーん」
「ひこうきぃーつくりたいー」
甘えるようにだらりとした言葉と体をぶつけてきた。体は受け止めるが、飛行機を作りたいにはどう応えようか。
「どんなの作る?」
「かっこいいやつー」
「手のひらサイズの飛行機とかあ?」
「手のひらサイズの飛行機いいね。何で作る?」
「なぁにー?なんだろー」
アルンがでろーっとしている。二人分の体重が惜しみなく掛けられて重いが、私が潰されると横にいる柊が巻き込まれる。
「粘土で作るか、ペーパークラフト?紙で作るとか……自由に作りやすいのは粘土かな?」
七割ほど二人で埋まっている視界の中、奥からてつの長い耳がゆっくりと近づいてくるのが見える。その動きが止まると同時に、少し重さが増した気がする。
「ねんどー。かみー?かみってどーつくるの?」
「えっとー……パーツごとに設計図かいて、パーツ作って、それを組み立てる……かな?」
「たのしそう!」
声を上げたのはてつだった。
「てっちゃんやるのぉ?」
メルンがでろーんとしながらてつに答えた。
「やるもん、かっこいいのつくるんだ!」
「しょうがないなぁー」
「しょうがないねぇー」
「なにが?」
「てっちゃんがやるんなら僕らもやらないとねぇ」
「やらないとねぇ〜完成できないもんねぇ〜」
「なんでー!一人でできるもん!」
二人はふーん?と、まるで信頼していない反応をしてまたてつがふんふんとおかんむりになっていた。私の上でわちゃわちゃしはじめたことに耐えられそうになかったから、柊から少しズレてゆっくりと体を倒す。腰から悲鳴が聞こえた気がしたが幻聴だと思う。三人は乗っていたものが横になったことに気付いているのか気にしていないのか、器用に小競り合いをしていた。

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