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ふたつめ


こえ



「アコースティックギター?」
声の印象でアコースティックギターと言われても、絶対にしっくりこないと思う。私も、復唱されるとうーんと首を傾げそうになる。
「雨丸の声が、アコースティックギター?あの、ギターの?楽器の?」
「うん、そう。そう思った、何となく……私もよくわからないけど」
「へぇーっ。ねえねえ、僕は?僕は?」
「アルは……うーん。チェンバロ?」
「チェンバロ!?」
楽器に例えるなら、そんな気がする。どこか軽くてふわっとしていて、からっと乾いている感じ。アルンはもうちょっとしっとりしているけど、メルンはもっとしっとりしていて、ピアノっぽい。ピアノの種類よく知らないけど。変だとは自分でも思うけど、アルが楽しそうにしているから良い事にする。
「チェンバロねえ、チェンバロ。古い楽器が多い?」
「あーいや、うーん。名前がわかるのってそういうのが多いから。最近の音楽で鳴ってる音、かっこいいなーと思うけど名前わかんない」
「あーたしかに。この音カッコイイ!って思うけどー何の音だろってわかんないよね」
「うん。電子音っぽいーとか、そういう感じ」
「たしかーに。じゃあじゃあ、灯火は?」
「灯火……灯火は何だろう。チェロ?」
低いけど低すぎないような、よく伸びて少しくもっているような安定した優しい声。チェロってそんな音だったような気がする。
「チェロ!あの大きいやつだよねえ、かっこいい。似合いそう!灯火って楽器弾けないのかな?」
「どうだろう?手先が器用で何でもできる印象があるけど」
「ね!ああでも、ここには楽器なんてないからなあ」
楽しそうに立てていた耳が、残念そうに傾いた。それをちょいとつつくと、何だよと言う視線とともに立ち上がった。愛しかったのでそのまま耳を撫でる。今度は安堵感のある脱力で耳が傾いた。指で触ると無抵抗に揺れる。
「成祈は?」
成祈は、なんだろう。声そのものが変わるわけではないのに、ころころと印象が変わる。これは声というより、成祈の感情の切り替えに対してだろうか。抑揚はあるのに、どこか安定しすぎている声。
「電子音みたいな……電子音楽?」
「急に曖昧になったね?」
アルの突っ込みは最もなんだけど、楽器に固定すると当てはまるものが記憶から出てこなかった。
「すっごい悩むねえ。まあ言いたいことは何となくわかったよ」
「ほんと?」
「なんとなーくね。シンセサイザーみたいな?」
シンセサイザー。色んな音が出せるんだっけ?いよいよ知らない音だけど、印象的にはそれに近いかもしれない。
「そうかも」
「やったあ。僕もススの考えてる事わかってきた?」
「覚えてる限りだとはじめての理解者かも」
「わーい。ススちゃんお気に入りの針音ちゃんは?」
「お気に入りって。針音はヴァイオリンっぽい」
「ばいおりーん、おしゃれだねえ」
「私はアルもお気に入りだよ」
そういうと耳がみょーんってなった。みょーん。満足そうな流し目が見える。
「お上手ね」
「ご主人には及ばない」
「んっふっふふふ」
唐突に主人の話を振ったからか、主人の事を思い出したからか、アルがそれはもう幸せそうに笑うのだから私まで嬉しくなる。どんな声だとか、こういう事を話したとか、アルが嬉しそうに話してくれるのを聞いているこの時間が愛しい。

「おれはバイオリン」
聞こえたらしく、遊びに来てくれた針音がアルに抱っこされていて、もうすでに目がゆったりとしていて落ち着き始めている。
「声的には違うから結びつけにくいけど、針音ちゃんは素敵な声してるよねえ」
「綺麗で、色んな高さが出せてすごいよね」
「む」
「ここで一番じゃない?高いのも低いのも自在だし」
「むー」
照れたのかむずがゆいと言いたげに針音がみじろぎした。頬を撫でたくなったから撫でたらぴぃっと高い音がして、アルがくすくす笑った。
「らいらいはまねっこが上手だぞ」
話を自分から逸らしたかったようだ。
「うふふ。らいらいもすごいし……ぴーちゃんはお歌上手だよね」
「ぴーちゃん声が綺麗。スス、ぴーちゃんは何?」
「ぴーちゃんは鈴かな」
声の印象。ぴーちゃんは地声からかわいらしく聞き取りやすい声をしている。その歌声は糸を紡ぐように繊細なこともあれば、清流のように流れることもある。低音はあまり得意としないようで、最近人気がある強弱の強い歌声ではないが聞いていて心地良いのは確かだ。
「鈴。わかるかも」
「僕もわかるなあ……コロコロしてるよね」
「コロコロ……もわかるけど、離れていてもしっかり聞こえる感じって鈴っぽい気がして。鈴の音って鈴の音だ!ってなるから」
「あぁ〜……あー?そういうことなんだ。僕が想像していたのと違った」
「おれも。ススはたのしいこと考える」
「二人が楽しんでくれたならよかった」
自分の話で楽しい気持ちになってくれるのは、何度経験しても嬉しいものだ。聞いてすぐに思いつくこともあれば、時間が経った後にこうだったなと思う事もある。もしかしたら過ごした時間とその内容によるのかもしれない。印象というのは曖昧なものだし。
「ねえ、私の声はどんな声?」
逆に聞いてみると、二人はきょとんとした顔でしばらく固まった。そんなに印象に残らない声だろうか。そうかもしれない。自分でも抑揚のない声だとは思うし、聞き取りにくくはないと思うが癖らしい癖もない。自分で例えるなら、淡々と言葉を紡ぐアナウンサーの劣化版だろうか。
「僕が聞くススは……空気みたいだ」
そう、思ったことをそのまま口に出したというようなアルは、私が何か動いたわけでもないのに自分が落とした言葉がまだ口の中にあるかのように口をふさいだ。同じく驚いた様子の針音が転げ落ちたら大変なのでそっと手を添える。
「ち、ち、ちがうの」
「大丈夫、アル。私もそう思ってるよ、いい意味として、ね?」
今までで一番、動揺しているアルを見た気がする。目をまん丸にして口を両手でふさいだまま、首が小さく左右に揺れて首のすわっていない人形のように見えた。
「私はそうあれたらと思っているんだ、だからその、そんなにびっくりしないでほしい……」
あまりにも動揺しているのが心配になって言葉を続ける。アルからふぅ……と長く息を吐く音が聞こえた。手でふさがっているのでくぐもっていたが、それが終わると両手をゆっくりと戻し、私の手の上から針音を抱きしめなおした。
「あのね」
「スス」
話そうとしたアルを、針音が遮った。珍しい行動だったけど、アルはむしろ安堵したように口を閉じる。見るからに深刻な雰囲気になっていて、私は自分の話を振ったことを後悔しはじめている。
「おれも、ススの声をよく聞こえる、どこでも聞くような音だと感じていた」
それは私に伝えるようでもあるし、独白のようにも聞こえた。
「おそらく、おれはこの音を一切聞かなくなって一か月くらいは気づかないくらい、当たり前の音」
針音の目はいつもより大きく開かれていて、手足には力が入っているように見える。何というか、いよいよ心配だった。添えていた手を針音の手に重ねる。
「そして一か月経って消えたことに気づいて、一生後悔する」
一生後悔する。声に出して繰り返しそうになったのを我慢した。
「ススの声はおれにとって、近くて優しくて、いつでも聞こえる音になっていた」
針音の裸足がきゅっと丸くなった。力を入れたのだろう。
「もっとちゃんと聞く」
戒めるように呟くものだから居たたまれなくなってきた。
「スス、もっといっぱい喋ってね」
私が発言する前にアルの言葉がするりと流れてきた。アルの手も握った。
「二人とも、そんなに心配しないで。私はそうなりたいんだ」
「やだ!ススの声忘れたくないもん」
アルが寂しそうに言う。
「忘れないから。ね?大丈夫だよ。二人が落ち着くならそれがいいんだ」
「でも」
当たり前のものが無くなる事を思い出させてしまっているのは、完全に私のせいである。何というか、今日を最初からやり直したい。
「アル、針音。私は二人が大好きだよ。私はここにいるから」
ね?と、撤回が利かない現実を何とかする事を選ばなければいけない。不安になったなら、それを落ち着かせる。
「私はここにいる」
不安げな瞳が落ち着くように。二人の手を握って、見つめる。基本的に、あまり約束はしたくない。だからずっと一緒に居るとは言わないし、アルに至っては主人の都合でここを離れる可能性もある。それで忘れていくのは悲しいことではない。そうなるべきだから。少なくとも、私から消えることはない。
「ここにいてね」
アルのすがるような声は、あまり聞きたくない。
うなずいて、さて。この空気、どうしよう。私が謝ったらきっと悪化する。
困ったので二人の頭を撫でまわすことにした。
「んぴ」
「ウ」
二人とも、人じゃない方の声で反応が返ってきた。こんな空気にしてしまったけれど、せっかくの声の話。もう少し聞いてみたい。
「ね、八鐘の声はどう聞こえる?」
アルは撫でられることに夢中になっているが、針音は考えてくれているようだ。
「八鐘。おもちゃみたいな声。わざと幼く」
おもちゃみたいな声か。考えたことはなかったけど、そうかもしれない。あの声は意図して作った声であると、おそらくは誰でもわかる。針音の表現は、私と似たところがあるのかもしれない。
「針音ちゃん贔屓は許しませんよ」
むっとした顔のアルが私を見ながら、抱きしめていた針音の頬をむにむにと揉み始めた。別に贔屓してない。似通ったところがある、とアルも察してそう言ったのだろうけど。
「してないってば。アルは?」
「アルちゃんはふつうだからあ、かわいい声ダナーと思っていますう」
あからさまに不貞腐れていた。やめようこの話。そろそろ日差しも強くなってきて日陰にいるだけじゃ暑いし、切り上げて室内に戻ってもいいかもしれない。
「アル、すねた?」
針音が揉まれながら問うも、アルはむすーっとしたまま針音を揉み続ける。
「アルはきれいな声だ」
「しってますう」
「アルの声好き。寂しそうな声」
「寂しそう?僕が?」
「いつも。遊んでくれる声」
アルは揉むのをやめて、針音をじっと見つめて。
覆いかぶさるようにして、針音に触れた。顔と顔が接触する。
ぷい、とあまり聞かない声がした。アルは顔を離すと含みのある笑い声を漏らして、なんだか楽しそうにしていた。
「僕、針音と相性いいのかもねえ。僕は一人でいること多いし」
「聖は?」
「そういう事じゃなくて、僕の周りは静かなことが多いからね。針音は音をいっぱい聞き取れるのが苦しいんだよね?じゃなかったらこうやって近くで喋れないもんね」
「ああ。そうだな……そうかも。アル、側に居たら聖嫉妬する?」
「まさか!聖は僕が好きなわけじゃないし。一緒に居るから、一緒に居るの。好きなのは僕」
針音はアルの言葉を理解できないと言いたげに見上げていた。アルの表情は私からは見えない。アルは優しく針音を撫でる。その優しさは、針音の言っていた寂しさなのかもしれない。
「僕がずっとこうなら、誰にでも好かれるだろうね」
その声を表現するなら、無色だろうか。目の前の事実を読み上げるような、当たり前の声。針音が難しそうにぴいぴい鳴いていて、アルは楽しそうに笑うだけ。
「ねえ針音。僕の事すき?こわい?気にしてない?」
「気にしてない」
間髪入れずに帰ってきた返事に、アルは満足そうにゆるんだ顔を私に向けた。その下にある感情を、私は察することが出来ない。それさえわかっていると言わんばかりに、頬を紅潮させて何かを愛おしむように微笑んでいる。さっきまで隣にいたはずのアルが、どこか遠いところにいるように見える。
「ふふ。うれしいな」
アルの下にいる針音はよくわからないという顔をしていた。それは私も同じだけど、きっと顔には出ていないのだろう。
「僕の話になっちゃったね。僕も二人に倣ってみようかな、誰がいい?」
上機嫌なアルが話を続けようとしている。針音も異論はない様子なので、もう少し話そうか。まだ幸せそうな雰囲気を纏っているが、そこにいるのはいつものアルだ。
「カンはどうかな」
私は夜間に居ることが多く、あまり会ったことがない。そんなカンの声は、二人からしたらどういった印象なのか、気になった。私の言葉を聞いて、アルはうーんと喉の奥から零れ落ちた声を出して、針音はアルが何を言うかを待つように見上げている。その顔はどこか楽しそうで、どう表現するのかだけを気にしているのだろう。
「カンちゃんなあ、カンなあー。カンって話し方にクセがあるよね、元々の癖を隠そうとしてるみたいだけど、わかりやすいっていうか……なんか、そう……バネみたいな声?」
バネ。ああー、わかる。顔に出た私の同意を、アルは満足そうに見ていた。
「ちょっと不安定で、気が抜けると素が出るところがバネみたいだね」
「ね!考えてみると楽しいねえ。針音はどうかな、バネっぽいと思う?」
「話し方がバネ、面白い。おれも言っていい?」
「んふふふ。聞きたいな」
「おれは歩くみたいだと思う。つまづいたり、走ったり、跳ねたりする。どう言葉にするかわからなかったが、バネと聞いて見つかった」
「歩く……う~んすごいなあ針音ちゃんは。しかも僕を立ててくれるとは」
「本当だ」
本心をひねって受け取られた針音は不満げに眉をひそめると、わかっているよとアルが笑って撫でていた。そしてやがて、二人の視線が私に向く。音のない問いかけが聞こえた。
「私、二人が言ったことに納得しちゃった。そうだなあって」
「その前はどう思ってたのかな~?」
なんだかからかうように聞かれる。針音は針音で興味津々といった瞳で私を見ているものだから、なんともいえない気持ちになっている。私はそこまで話したことがなく、ただ声の印象だけで思いついたものだ。
「ウィンドチャイム……っていうんだっけ、玄関についてる木でできた風鈴みたいなもの。それに似てるなあと思ったんだ」
からんからんと心地のいい音を思い出す。本館の玄関ではなく、囲いについている扉の方についているそれは、出入りがあったり風に揺れるとからからと軽く乾燥した音を流す。行動や発言は快活といえるくらい元気だが、声そのものは聞き心地の良い素朴なものだと感じた結果、私の中ではウィンドチャイムということになっていた。
「あの、からんからんする?ふむ」
アルは思い出すように視線を漂わせるが、針音は何故か嬉しそうに目じりをまるめて、表情を緩めた。
「うれしい」
まるで自分のことのように、柔らかな呟きが流れ出した。アルも不思議になったのか針音を見つめている。
「確かに、歩くようだ。変わらないが、カンの声はとても、優しい」
カンとは一緒に過ごす時間が多い針音にとって、優しい声だと表現されたことが嬉しかったようだ。アルも思い出したのか嬉しそうな針音に対して愛おしさが沸いたのか、顎の下をするすると撫でていた。尻尾が穏やかな様子で揺れている。
「ね、うれしいね」
「うん。うれしい」
針音は先ほどからずっと撫でられていたのと嬉しくなったきもちが合わさってかふわふわし始めていた。私もアルも特に喋らず、幸せそうな針音が眠るまでその体に触れていた。
流石に、木の下とはいえ野外はすっかり夏の陽気である。このまま寝かせておくのもよくない、とアルと一緒に本館へ戻り、針音をおひるね部屋に寝かせておいた。つられてかふわふわしていたアルもお昼寝するかなと思ったけど、本館に戻った途端に突撃してきたてつを受け止めていたのでもうしばらくは起きているだろう。

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