ふたつめ
おでかけ
施設で保護されている亜人は、通常であれば施設外に出ることはできない。
逆に言うと、施設側から許可が出れば外出することが出来る。今まで勤めた施設だと、こじつけでも理由がなければ許可が降りることはほぼ無かった。保護している亜人が、外の世界で何か事故を起こそうものなら、当人が処分されるのは当然として、施設自体も運営方針が疑われたり、責任者などが罪に問われるからだ。
一応、おひるねの庭でも、外出の許可には理由がいる。ただその理由は、亜人から申し込まれるものではなく、管理者側から亜人を同行させる、というものだった。些細な違いでしかないにしろ、許可を出した側が罪に問われる可能性が高いのに。それくらい、信頼しているようだけれど。亜人の本能的な行動は、信頼関係だけではどうすることもできない。ならばどうするのかというと、必ず二人以上の亜人を連れていくらしい。お互いを制御しあう……というのは、正直ちょっと疑っていたのだが。
「おこる。おこるぞ」
たぬきに似た丸っこい尻尾を逆立てているので、言葉遣いはやわらかいもののしっかりと怒っていることが伝わる。離れの木箱の中で寝ているか、本館のどこかでぐでーっと横たわっている姿を立っている姿より見かけるぽんのすけが、自分より背も高く力も強い山駆に対して、大真面目に怒っていた。
「ぽんちゃん、そのくらいにしません?山駆が泣きそうになって……」
重い荷物をいくつか持って帰る予定だったので、先生二人と亜人三人という、結構な人数で移動していたわけなのだが。
「ゆるさん。ちゃんとあやまりなさい」
山駆は、私が来た時点で保護歴三か月の比較的新しい子で外出も初めてだった。だから少し、興奮してしまったらしい。
「ごめんなさい……」
私や成祈よりも背の高い山駆が、道端でしゃがみ込んで縮こまっている。私の足元でその光景をぼんやり眺めている鼈甲が、今日も時間が掛かりそう……と呟いていた。いつも時間がかかるのだろうか。
私が同行するのは、今回が初めてだ。
野外での亜人の行動は、流石に厳しく見なければならない。通りかかった、野球などスポーツをやるのに適しているのであろうグラウンドに走っていきそうになったのを、瞬間的に察知した成祈が引っ張って止めたところ、ぽんのすけが間髪入れずに腰に蹴りを入れていた。外出の担当は基本的に成祈で、他の先生はその補佐らしいが、これを見ていれば理解できる。この子たちには腰にベルト状の拘束具が一つだけ巻かれているだけで、手も足も自由なのだ。他の施設ならばもっと囚人のような拘束がされているというわけではないが、もう少し動きにくい格好にはなる。それが、たった一本の紐を成祈が握っているだけなのだ。というか、力の弱い鼈甲に関しては私が手を握っていればいいと言われている。流石にベルトをつけたけれど。
そんな状態で亜人が、山駆のような力のある子が人間を引っ張ればどうなるか。人間が引きずられるに決まっている。それは成祈であっても同じだが、成祈は駆けだそうとした瞬間を察知して、少し先に引っ張っていた。一歩前に踏み出すと同時にしてはいけないことを理解した山駆が足を止め、同じくつながれていたぽんのすけがその背中へ蹴りを入れたわけで。
この光景は、成祈の能力と信頼関係からなるもの。個人に引き取られて暮らす子と違って、施設の子が外に出れば興味を引くものはごまんとある。本能的な行動を制御するのは不可能だ。そこから生じかねない事故をいかに防ぐかが、同行者の務めである。なら、私にできるのは進行役だろうか。
「三人とも、そろそろ行こう。早めに済ませて、遊んで帰ろう」
遊んで帰ろう、という言葉に山駆が飛びついてくれた。行こう行こうとまだ興奮気味な様子に、ぽんのすけは山駆の手を握って、成祈が歩き出すのを待っていた。
「俺の話聞いてくれないのに……」
と、成祈はわざとらしくしゅんとしながらも、進行を再開した。
今日の外出理由は、食料品の補充だった。定期的にまとめて購入した食料品が届くので頻繁に買いに出ることはないが、当然日によって食べる量は違う。次の配送までに持たない時は、無くなる前に買い出しに行く。これ自体はよくあることだ。珍しくはない。
「そういえばそういえば、今日って何買うんですか?」
「さんちゃん、わすれたのお」
「忘れました!」
ぽんのすけがまた大きくため息をついた。
「お米三袋、牛乳が五本、鶏肉いっぱい……?いっぱいっていくつ?」
音読してくれたぽんのすけが首をかしげた。私もわからないが、米と牛乳以外はざっくりとした指示なのだ。個数指定したもの以外は予算内で買ってきてね、というものだった。
「いっぱいっすよー。皆鶏肉大好きじゃないですか、最後の最後に買えるだけ突っ込むんすよ」
それはまた大雑把な。まあ、他にも食材や調味料もあるから、そこまで大量にはならないと思うけれど。ぽんのすけが納得したのかはわからないが、山駆に求められるまま続きを音読していく。
その後は何事もなく、通りすがりの人にちらりと見られながら、目的の食料品店に到着した。いわゆる業務スーパーというもので、平日の昼間とはいえ一般の人もたくさんいる。いくらここが亜人の容認派の多い地域だとしても、亜人が入れない店は多く、ここはおひるねの庭から最も近い、亜人も入れる食料品店だ。ゆっくり歩いて一時間はかかるが、まあ近い方だろう。
「よっし、ルールの復唱!」
入口から斜めにずれた所で立ち止まり成祈がそういうと、三人の背筋がぴんと伸びた。話しかけるというより号令のような声に反応したのだろう。
「走りません!」
山駆が片手を元気よく上げながら、真っすぐとした声で言った。それに続いて、ぽんのすけもゆるりと手をあげる。
「商品には無断でさわらないこと」
そして、成祈と二人の目線が鼈甲に向く。鼈甲ものんびりと手を上に伸ばして、ふう、と一つ息を吐いた。
「大きな声を出さない」
それを聞いて、成祈がうなずくと山駆ができました!と言わんばかりにニコニコしていた。最期の一つは、成祈がこちらを見たので私に託したということだろう。
「気になったことは我慢しないで、ちゃんと教えてね」
我慢を強いた結果の事故の方が防ぎにくい。三人とも各々の声色で返事をしてくれたのを確認して、ごちゃごちゃとした店の中に入る。どことなくチープな音楽が響き、目立つポップに書きなぐられた値札、普通のスーパーでは見ないような大容量の包装の商品が、積み上げられたり詰め込まれていたりする。私は、業務スーパーに限らずこういう雰囲気があまり好きではない。何というか、困ってしまう。雑多な雰囲気に気後れしてしまっているのだと思う。だから、一人ではまず来ない。
でも、こうやって好きな人たちが楽しそうにしている背中を見るのは、好きだ。この人たちに夢を与えてくれるのだから、嫌いとも思えなかった。
「わあ、ぽんちゃん見てください」
「なあに。これ?」
「はい、これはなんですか?」
「冷凍のアジフライ……山駆、もしかして字……?」
「いえ、字は読めます!冷凍アジフライって何ですか?」
「な、なに……なに?凍ったアジフライ?」
二人の会話に鼈甲が近づいた。
「アジ、お魚、海のお魚。お魚の揚げ物」
「お魚の揚げ物ですか!料理なんですね?ではなぜ凍っているのです?」
「長持ちするし、あっためたらすぐ食べられるよ。この辺にあるもの、冷凍食品」
「冷凍食品!長持ちするんですか?」
「たぶん……生より、すごく。半年以上は、持ったような気がする?」
鼈甲の話に、ぽんのすけはへぇと興味があるような無いような反応をしていたが、山駆は興味津々に聞いていた。
「すごいですね!生肉も冷凍したら長持ちするんでしょうか?」
「たぶん」
「ああ、いいなあ。お肉っていっぱいとれても腐っちゃうので、干し肉にしたりしなきゃいけないでしょう?干し肉もおいしいですが、やはりそのままがいいです」
「あー、さんちゃんって山暮らしだったんでしょ。どんなお肉食べてたの?」
「色々です。山って色々なものがいますから。そうですねえ、兎肉が一番好きでした!小さいので山駆でも下処理できたんです。お肉は焼くだけ、あとは食べて良くておいしい葉っぱを巻いたり添えたりしながら一緒に食べるとすっごくおいしいんです!」
ぽんのすけは山駆が調理できることに関心しているようだった。山駆は褒められたのが嬉しかったようで、前の暮らしで食べていた物の話を続けようとして一般の人に聞かせるとぎょっとされそうな単語が出かかり、ぽんのすけが止めてくれた。店内では蹴るのではなく足を踏み込むらしい。
成祈は、山駆とぽんのすけを気にしつつも着々と買い物を進めている。売り場を把握しているようで、迷いなく進んでは調味料を必要数カゴに入れ、肉や野菜などの目利きは三人に頼る。特に山駆は野菜と果物に対して勘があるようで、名前はわからないけれどこれがいい、これがおいしいと進言している。買い物が初めての山駆に楽しんでほしいのか、いつもはそれなりに口を出すと聞いていた鼈甲は静かにしていた。ぽんのすけは山駆が興奮しすぎないように、かといって落ち込み過ぎない程度に水を差している。
「スス」
鼈甲に呼ばれて視線を落とす。鼈甲は私をじっと見上げている。
「なあに」
「ススは欲しい物ないの?」
ほしいものとは。
「みんな、ちょっとずつ欲しい物いれてるよ?」
それを踏まえての予算なんだろうな、とは思っていた。そこまで高いものでないのなら一人一個、安いなら二個くらいは買ってもいいのだろう。成祈もぽんのすけもお菓子の大袋を一個ずつ、お菓子売り場で商談をするような雰囲気で何がいいか相談しながら入れていた。その時、成祈が山駆に聞いてみると恐る恐るといった風に小声で、パッケージがカラフルなフルーツキャンディを成祈に頼んでいた。環境的に、わがままは言いにくかったのだろう。成祈がカゴに入れたキャンディのパッケージを見て憧れていたと呟いていたので、それを優しく見守っていた成祈は気が付いていたのかな。
「スス?」
「ん、うん。私はいいよ。鼈甲は欲しい物ある?」
そう聞くと、鼈甲は眉をひそめた。その理由がわかる気がする。
「私は皆が楽しそうな姿を見れれば、幸せだから」
満足しているのだ、と。それでも鼈甲は不満そうにしている。自分が何も選ばないことを鼈甲が気にするなら何か買いたいところだけれど、今は本当に欲しいものが無い。何か、食品で。あるだろうか。
成祈達の後ろをついていきながら考えているけれど、このままレジに到着してしまうような気がする。
「今、本当に無いんだ」
焦りを隠さずに口にする。鼈甲はじーっと私を見上げてから、諦めたように視線を外した。
「成祈」
鼈甲が声をかけると、前方の動きが止まってこちらにふり返る。
「成祈。僕とススからのおねだり。おもちがたべたい」
おもちがたべたい。
「お餅っすか!いいすね、あ、俺も食いてえわ……」
「おもち?おもちとはなんです?」
「お米から作るある種の凶器」
「こら」
私が何か言う前に、あれよあれよと話が進んでいった。鼈甲は満足げにしていて、せがまれたので抱っこした。普段あまり食べないからだろうか、話に出た途端食べたいなとここにいる私以外が口をそろえて言い、いっそいっぱい買ってみんなで食べようかという話にまでなってきた。
「予算からはみださない?お肉もいっぱい入れてるし」
「ちょっとくらい大丈夫っす!何か言って来たら餅突っ込んで塞ぎましょう!」
「それダメだって、冗談じゃすまないから」
「でもでもお餅食べたーい」
「食べてみたいです!」
「ちょっと……ねえ、鼈甲はいいの?」
「いいの。ぼくもたべたいの、お餅。ススが好きだからじゃないもん。ススが何も言わなかったら言うつもりだった」
気を遣わせてしまった、と思っていたがもしかするとそうではないのかもしれない。鼈甲の声はいつもよりしっかりと感情が含まれている気がする。
「ほんとに?」
「ほーん-と。おもちたべたいの」
そこまで言うのなら、まあ嘘ではないのだろう。気遣いが無くはないと思うけれど、食べたい気持ちもきっと本物だ。
「ありがとう」
お礼を言って鼈甲の頬を撫でると、返事のかわりに首元に頭が埋まった。
結局、大袋の切り餅を二つ買う事になった。予算内に納めないといけないとばかり思っていた私の動揺をよそに、成祈が大量の商品をレジに持っていった。会計待ちの間は、三人の紐を私が持っている。
「そういえば成祈先生は、どうやってお会計するんですか?お金って、予算ぶんしか貰ってませんよね?後でーっていうの、ダメですよね?」
荷物を整理する為に用意されている机の近くで、なるべく人の邪魔にならないように、とぽんのすけを抱っこした山駆が不思議そうに言った。そういえばそうだ。
「予算ぴったり使っちゃうと、フソクノジタイ?とか大変だからちょっと多めに持ってるんだって。普段は使わないし、たまにはねー」
まあそれはそうか、流石に手持ち以上の買い物はしないだろう。成祈は数字に強くて暗算も出来るから、うっかり足りなかったという事にはならないはず。というか、私も関わっているんだから私が払えばいいんだ。後で灯火に言おう。
鼈甲も抱っこされると眠くなる質らしく、すっかり手が離せなくなってしまった私に大丈夫と言って、三人がてきぱきと荷物を袋に詰め込んでいく。山駆は自ら、お米や牛乳、お餅などの重い物を一気に引き受けていて、流石に心配になったのだが。
「ぜんぜん大丈夫です!山駆、重たい物好きですよ」
重いという自覚はあるようだが、好きと言われると何も言えなくなってしまった。
「さんちゃんえらいね」
「はい!山駆はえらい子です!」
「山駆、キツくなったら言うっすよ。俺も持ちますし」
流石に成祈もここまで持ってくれるとは思っていなかったようで、心配しているようだったが山駆はケロっと明るく大丈夫です!と返事をしていた。私も流石に鼈甲を起こして、お菓子などの軽い物を渡す。私は残っていた野菜等の入った袋を持つ。成祈とぽんのすけとの分割なので、重くはない。
忘れ物がないことを確認してから、私たちは業務スーパーを後にした。
道程としては、ちょうど真ん中くらいだろうか。
門限とされた時間よりもだいぶ時間が余ったので、グラウンドではないが公園に寄ることになった。おそらく成祈が山駆を休ませたかったのだろうが、山駆は荷物を任せるとぽんのすけと鼈甲を引っ張って元気いっぱいに遊びに出た。成祈は荷物をベンチに置いて、そこに座った。私は何となく立ったまま。当然紐はついていないし、何なら一般の人、そして子供がいる。誰もいやな顔をしないのは、ここが亜人がよく遊ぶ公園だからだ。流石に何か問題が起きれば亜人と施設側の問題になるが、個人の家にいる亜人の子がよく遊んでいるので、周囲の人も受け入れているらしい。最近は問題が起きたという話も聞かない。
「元気だね」
「元気すぎません?」
確かにかなり体力があるように見えるけど、多分外出で興奮しているんだと思う。
「帰ったらすぐ寝ちゃうかも。私が見ておくから、荷物の方は任せてもいいかな」
「もちろんす!お願いします、俺がいると遊んでもらえるって思われそうなんで」
「成祈はいつも遊んでるもんね」
「何かゴヘイありません?」
実のところ、成祈は結構仕事という仕事はしれっとした顔で無視していることがある。もちろん当番などはきちんとやっているが。そして何をしているかというと、携帯を見ていたり漫画を読んでいたりする。そしてもちろん、遊んでほしい子がやってきたら遊んでくれるのだ。ぱっと見て仕事らしい仕事をしていない事が多い成祈は近寄りやすいようで、うっかりとってしまった電話の対応中でもちょっかいを出されることがあるほどだ。運動神経も良いし、機嫌が良すぎる子に付き添おうとしても体の限界など無視をして外に引っ張られていくのが想像できる。
「流石にちょっと心配じゃないすか?」
「まあ……そうだよね」
山駆は一週間ほど前まで体調を崩していた。三日ほどはベッドから出ることも出来ないほど弱っていたし、普段から中でも外でも走るのが好きだった子が一週間も動けなかったのは心身ともに、相当な負荷だったと思う。一見元気そうにしていても時折腕を握りしめていたり、夜寝付けないと歩き回っていたりと明らかに消化しきれていないストレスがあったのだ。外出メンバーに選ばれたのは、その発散のためでもある。
「さんくー」
とはいえ。流石に体が心配だった。
「はい!」
成祈に呼ばれると、山駆は爽快と走ってきた。あっという間に子供たちに混ざっていたので、突然引っ込んだ山駆に対して不思議そうにしているのをぽんのすけがフォローしていた。ぽんのすけがここまで遊んだり喋ったりしているところは初めて見る。
「おいで、ここ座りな」
成祈が座っているベンチの隣をさした。山駆は何かを考えるように数回、ゆっくりと瞬きをしてから素直に隣に座った。そして、成祈の大腿に向かって横倒しになった。それはもう、ぼてっと。
「いてっ……俺の脚じゃヤでしょ」
「成祈はヤですか?」
「俺は良いけどさあ」
「じゃあ良いです!ほら、山駆は大きいでしょう?前はナデナデしてもらえることって少なかったんですよ、小さい頃はいっぱいしてくれたのに。山駆はもっとしてほしいんです!いい子ですから!」
ベンチからあふれ出ている山駆の尻尾がふらふらと浅く揺れている。
小さい子が多いし、山駆と同じくらい背の高い子はあまりいないのが現状。多分、いい子だから遠慮していたのだろう。
「なんだ、言ってくれっすよー」
成祈は軽く、ぽいっと何か投げるように言うが、山駆の髪を触る手つきはとても優しく見える。ゆっくり、確かめるように髪をすいている。
「変ですよ!言ってください、です!」
「言ってくださーい」
「よくできました!」
山駆は嬉しそうに微笑んでいた。尻尾がゆるゆると機嫌よさげに揺れている。
それにしても。鼈甲も、ぽんのすけも普段はあまり動き回る、活発な子ではない。なのに、今は子供たちと一緒に遊んでいる。さっきまではボール遊びをしていて、今は小休憩だろうか。子供たちが持っているゲーム機を後ろから覗き込んで、一喜一憂している。しばらくするとゲームで何かの勝敗が決まったのか、一瞬わあっと賑やかになった後、一斉に滑り台のついた遊具に登って、何やらドタバタしている。滑り台から降りたり、多分降りるための場所じゃないところから降りたり。時々、子供たちが怪我をしそうな行動を取りそうになると、すぐに止めるか助けに入る。一人で公園に遊びに来れるくらいの子供でも、やっぱり変な落ち方をしたり、変な姿勢で遊具につかまったりすると落ちたりして怪我をする可能性は高い。その場合、別に亜人は責められはしないけれど。あの子たちはちゃんと、それを助ける。自分たちの能力を理解して使っている。
その光景は、いつみても心が落ち着くものだと思う。
遊びを遊びと楽しめる余裕も、他人を気遣う余裕もあるのだ。まあ、この辺はただの考えすぎだと思うけれど。
一時間ほど遊んでいた。多めにとっていた門限も近づいてきたことだし、そろそろ帰路に戻った方がいいだろう。
「成祈、そろそろ行く?」
「ん、あー。そっすね、さんちゃんおはよー」
そのまま寝ていた山駆を成祈が起こしている。私は子供たちに近寄る。
「そろそろ帰ろう」
二人を含めて五人ほどが私を見る。ちょっとくらい尾を引くかな、と思っていたが案外あっさりと別れの挨拶を告げてベンチにまで戻ってきた。ぽんのすけがぐいーっと伸びをして、あくびもした。ちょっと遊び疲れたかな。
「荷物持てる?」
「もてるよー」
「もつ」
全員が元の荷物を持って、遊んでくれた子たちに軽く手を振ってから公園を後にする。山駆は寝ていたのもあってか相変わらず元気で、荷物を振り回しそうになったのを成祈が止めた。その時にしっかりとぶつけられていたので、結構痛そうだ。
それ以外は問題も起きず、いつみても物々しい囲いの中へ帰る。
毎日見る風景に戻ってきて、私もほっとしたのだと思う。ふっとこぼれた空気に鼈甲が気づいて、私を見上げていた。
「大丈夫」
私の言葉に鼈甲は目を細めるだけで何も言わず、そのまま本館の方へ行った。私もそれについていく。
本館に戻れば、持って帰ってきた荷物をわらわらと集まってきた子たちに持っていかれてしまった。わあわあと珍しそうに触ったりしながら、ちゃんと厨房の方に運んでいくからほほえましい。お餅の袋が見えたのか、お餅だ!という大きな声が聞こえていた。荷物もなくなって開放されたので、各々散っていく。ぽんのすけは厨房で荷物整理を手伝うのだろう成祈の背中に飛びついていたし、鼈甲は上の階へ上がっていった。山駆だけはどうしようという感じで立ちすくんでいる。
「山駆」
「スス。どうしましょう、お仕事終わってしまいました」
「たのしかった?」
「はい!山駆はお仕事が好きです!遊ぶのも好きです!」
「そっか。山駆はえらいね」
「はい、山駆はえらい子です!」
「うん。山駆、私とお昼寝しよう」
「おひるねですか」
それまで元気に返事をしていた山駆が、ぽかんといった様子で繰り返した。
「うん、お昼寝」
「おひるね……」
「今の時間ならおひるね部屋で寝てる子たちもいるし。おいで」
山駆は何も言わないまま来てくれた。とりあえず抱き上げてみる。
「うわあ!わあ、スス重たくないですか?」
「ん-、流石に私の体だとちょっと重たいかも。でも大丈夫」
「歩きます、歩きますよ」
「いいの」
嘘偽りなく重いのは本当だけど、動けないほどでもない。私からはみ出す体を抱き上げたまま階段に足をかける。
「スス」
「しんぱい?」
「転びませんか?」
「転んだら山駆が助けてくれる」
「あれえ。ふふ、そっかあ」
二階、三階、四階。
息をつかないように隠して、突き当りの部屋に向かう。背中をとんとんしていたからか、山駆はすっかり静かになっていた。
からからと引き戸を開けると、やっぱり浅葱色の二人とてつがいた。この時間はここでお昼寝していることが多い三人は、私たちに気づくと眠そうにしながらも幸せそうに表情を緩ませてくれた。
「山駆も混ぜてくれるかな」
「おいでおいで~」
「おいでーおいでー」
招いてくれるアルンとメルンの声にしたがってカーペットの上に降ろすと、一番眠そうにしているてつがずるずると這ってきた。それをメルンが抱き上げて、すっかり寝てしまっている山駆のお腹の上に乗せた。重くはないようで身じろぎ一つしなかった。てつは満足そうにニコニコしている。
「てっちゃん、さんちゃんすきなんだよねえ。ほら、走るのはやいでしょお」
メルンがてつをぽんぽんと撫でると、てつも夢の世界へ旅立っていったようだ。
「でも元気すぎて中々近寄れないんだよねー。アコガレってやつだ」
アルンも山駆の隣に体を寝かせる。メルンはそれを見て、ちょっと悩んだ末に私の手を引っ張って座らせると、わかるな?と言いたげに見つめてくる。
メルンをてつの隣にそっと置く。
「む」
不満そうにしているメルンの耳ごとずりーっと髪をなでると、ふゃーと小さく鳴きながら脱力していった。起きるまでこうしていたかったけれど、灯火に用事があるので程々にしておいた。
「え」
用件を伝えると、灯火はぽかんとしていた。それは考えてもいなかったといわんばかりに。
「こういう場合は振込のほうがいい?現金?今回は現金だったし現金がいいのかな」
「いや待ってね、そもそもみんな……私らも食べるものです、そこまで細かく取り立てたりしません。それに鼈甲の意志はあったわけで」
「そうだとしても、私が介入してるのは本当のことだから」
私の返事に、灯火はゆっくりと顔をしかめていった。普段の温厚そうな表情がたいへん困っているような、極端に表せば苛立っているような表情になった。どうしてそんな顔になるのかはわからないが、基本的に亜人の保護施設は安定した資金というものが少ないはずだ。公的に受け取れる支援は最低限しかなく、変動する食費や医療費、光熱費、日用品の買い足しなどの前には心許ないと聞く。お菓子を余分に買うとか本やゲームを買うというのは、公的な支援だけではまず無理だ。そこで個人から預かったりしているわけで、余分な出費は抑えたいはず。
だから、理由は何であれ渋い顔をする灯火がわからない。
「スス。お餅は一瞬で消えます。いいですか、あれだけ興味を示されていたお餅は貴方が食べる前に消える可能性があります」
「はい」
何だか深刻そうに話している。灯火も楽しみにしていたものが食べられなかったりしたのかな。
「はい、ではなくてね……はあ、スス。給与の半分ほどを寄付に回しているね?」
なぜそれを。こうやって言われるのが嫌だからこっそり寄付していたのに。灯火は私の動揺を察したのか、ため息をついた。
「私が言うのは……なんというか、気まずいんだけど。住み込み職員さんの給与は、お仕事の量に比べてお小遣い程度しかない。それを半分かもう少し多い量を寄付に回しているのは何故?ススがいくらあの子達を愛していても、お金がないことには何もできないでしょう」
「うーん……あの、先に一つ聞きたいんだけど、職場と家を混同するなって意味は含んでいる?」
「それは、ないです。正直言うと寄付に関してはとても助かる。でもね?」
灯火は優しい人だ。個人のことを気にしている。理解しがたいものを不思議に思っているともいえるかもしれないけど。
「灯火、私はそれなりに貯金がある。もちろん全額寄付なんてことはしていない」
「でも……」
「貯金がある理由は、使っていないからだよ」
嘘偽りなく、本当にそれだけ。住み込みが終わってしまったときは借りっぱなしの部屋で使う生活費で自分のために金を使うことになるけど、それ以外だとほとんど使わない。欲しい物が完全に無いというわけでもないから、もちろん買ったりもする。ただそれも時々で、貯金といえば聞こえはいいが基本的には余っている。時々大怪我をして医療費が大変なことになるから、どこまで使っていいかは一応決めているけど。人間が生活していく上での貯金なら心もとない数字かもしれないが、私にとってそこまでの価値はない。私が欲しいのは金で買えないものだ。
「使わないものを全部溜め込むくらいなら、半分は返すよ。流石に全部無くされると困るけど」
「そんなことはしません!……わかった、聞かせてくれてありがとう。寄付はありがたく受け取ってみんなのために使うよ。けれど今回のお餅代は気にしなくていい、本当に些細なものだし」
「その些細なものだって大切じゃない?」
「ありがたいことにそこまで貧乏でもないので、大丈夫。気になるならお餅焼くときに手伝ってください、きっと匂いでみんな欲しがる」
だろうなあ。想像に難くない。
ここまで言われるなら、私も何も言わないでおこう。ただ、余計な気遣いだったとも思わない。なにかあったら灯火に相談するし、協力できることがあるなら教えてほしい、と確認しあった。
「そうだ、私からもススに伝えることがありました」
灯火は頭上で電灯が灯ったような表情で言った。
「しばらく、柊のご飯を届ける係をやってくれないかな」
「柊の?いいけど……何か?」
「様子を聞いてる限りだとススが一番合うみたいだから。まだ個室に居て、時々出てきたり他の子が遊びに来たりしてるみたいなんだけど、私達と顔を合わせると緊張するみたいでねえ」
「緊張?」
あの柊が?と、首を傾げずにはいられなかった。何を畏まる必要があるのだろう。力もあるし現状をすぐに理解する頭もあるのに。私の反応に、灯火はちょっとだけ困った顔をした。勘違いをしているということだと思う。
「うん。柊は一人で生きていけるように適合しているようだし、能力も高い。私達の保護なんて本来は必要無くて、どちらかというと保護者だね」
役割だけで区別するならそれに近いとは思う。獣系の亜人も変化できる子がいて、そういう子は庇護を必要としなくても生きていけるようになる。裏で上に立って生きている亜人は大体それか、そもそも人工的な亜人じゃないかだ。
柊の今までの反応はそれと似ている。庇護されることに拒絶を起こさなかったし、依存の傾向もない。ゆるやかに、環境へ馴染んでいこうとしているように見える。今のところは。そんな柊が何を緊張するのだろう。
「緊張する要素、ある?」
「あるある。あの子は別に人間を求めてないんだ。求めてないし、接した経験もない。どうすればいいのかわからないのだと思う」
どうすればいいのかわからない。
何を求められるのかも、何を求めていいのかも。どう振る舞うのがいいのか、どう振る舞われるのかも。柊は今、全く知らない、今までの当たり前が通用しなさそうなところに一人でいる。そのうえで、ここに居たほうがいいと判断している、ということだろうか。
「ふふ、ちょっと意外だ。ススならわかっているのかと」
全く笑い事ではない。私は柊を気にしてなさすぎたのではないか……いや、柊は結局、そうやって気にされるのも嫌なのではないか。程よく気にしていない私から慣れようとしているのかも。なるほど。
「それに、ススが腕を噛ませたのも大きいかな。ススは死ににくいってわかったら安心かも」
「あー、それはありそう……殺すなといっぱい脅しちゃったし」
「実際、事故でもやっちゃうとマズいからね、間違ってはいない。他の子と遊んだりするところを見せてもいいかもね」
「だなあ。それなら成祈もいいかも」
「そうだねえ、成祈にこれだけしても良いし、雨丸や八鐘先生みたいに相手によってはとことん甘やかしているっていうのもいいかな。色々見て慣れてくれるといいけど」
「うん。柊が興味ありそうだったら、ちょっとずつね。ここは、ずっと個室だとまずい?」
「全然。最初は個室でも最終的に他のところで寝てる事が多くて空いてるだけです」
「そっか。柊は外に出なくてもいいよね」
「もちろんです。柊が落ち着ける場所であればどこにいてもいい」
二人でうなずいた。そう、安心できる場所であればいい。あまり顔が見れなくても、触れなくても、ここが安全だと思えて、安心して眠れて、飢えに苦しんでいないならそれでいい。それを提供しているという自己満足に浸りたいのが私達だ。
