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ふたつめ


しんじん



「スス、今日で一か月っすね!」
これから夜勤として入る成祈が、開口一番に言った。今日も元気な笑顔で安心。
そしてやっぱり、一ヶ月経っていたようだ。あまりカレンダーを見ないから、そろそろかなとぼんやり感じるだけだった。まあ一ヶ月というだけで、大した意味は無いのだけれど。
「もう一ヶ月。私、役に立ってる?」
「え!そりゃそうすよ、大助かりどころじゃねえっすよ!臨時の人入れなくて済むんすから……倒れないか心配ですよ」
「そんなに働いてないよ」
謙遜も何もなく、本当に過労と言うには程遠いのだ。むしろ私は料理当番のときには手際が悪すぎて役に立たないし。調理が苦手だという八鐘にさえ、あぁ……とため息を漏らされてしまった。未だに恥ずかしい。
「今料理当番のこと思い出しました?」
私、どんな顔したんだろう。素直にうなずくと、成祈もあれはびっくりしましたね……と思い出を語るような優しさで言った。調理自体はレシピさえあるなら完遂させられる。が、そこに至るまでに尋常じゃないほど時間がかかる。だから、ありえないことではあるけど灯火に頼み込んで料理当番には当たらないようにしてもらった。
「職員としてあるまじき姿では……」
「いいえ!エテフエテってあるもんでしょ、ね?てか違うんですよ!そうじゃなくて、ススってほぼ全部の時間を皆に使ってるじゃないですか」
「それは本望では?」
そのためにここに居るのでは?という目をしていると思う、多分。成祈は何かを言おうとしてやめて、最終的に苦笑いが出たらしい。
「と……とにかくちゃんと休んでくださいね?睡眠時間も少ないでしょ、四、五時間くらい?」
人間的には少ないと思うけれど、私は亜人だ。成祈はやけに心配するけど、どうしてそこまで私を心配するんだろうか。それはここにいる子達に向けるものだろう。
「成祈は観察が上手なんだね」
「へ」
人の睡眠時間なんて気にしないものだと思うけど、そういえば成祈は、誰かが普段と違う行動をしている時、すぐに気がつく。観察と記録が得意なんだろうな。
「や……はは、前職の癖すかね……」
本人としては、複雑そうだ。
「成祈が気付いてくれるから、安心。ありがとう」
それが誇れる特技になりますように、と祈りを込めて礼を伝えるけど、やっぱり複雑そうに表情を曇らせた。
と、そこへトテトテ歩いてくる小さな子がいた。
「なぁーのー」
成祈は弾かれたように声の方向を向く。ミントは、成祈の近くで抱き上げろという意思表示をして、その結果に満足そうにしていた。
「なんのおはなし?」
「成祈はすごいねってお話」
「ふふん」
自慢げなミントがかわいい。成祈もひとまずは考えるのをやめたようで、いつもの懐っこい表情に戻った。
「なーの、作戦会議するぞ!きょーこそエンジェルをびっくりさす!」
「また怒られますよ〜」
少し遠くで見ていた折れ耳の子も近寄ってきてそのまま作戦会議が始まりそうだったので、私は軽く手を振ってその場を離れることにした。
それにしても一ヶ月。ただ一ヶ月ぶんの日数が過ぎただけ、と思ったけれど、思い返すと色々あったな。
料理当番拒否という新人にあるまじき行為もそうだが、エンジェルが雇われた職員じゃなかったこともかなり驚いた。エンジェルは手伝っているだけ、つまりここで保護されている亜人の一人。背が高いからよく勘違いされるらしく、自然と大人びた振る舞いを覚えていったと灯火が教えてくれた。私と同じで、種族的なことはよくわからないらしい。身体的な特徴も無く社会でも暮らしていける素質はあるから、と最近は学校に通っていると聞いた。あとは、雨丸が倒れたりぜーちゃんが一日五回も錯乱したり。もっと、出来事という出来事が少ない日々を想定していた私にとっては、色々とあった一か月だった。
色々、思い出しながら外に出る。
「そろそろご飯になるよー」
遊んでいる子たちに声をかけると、各々歓声を上げながらちゃんと持ってきたものを持ったり片づけたりして屋内へ戻っていくのを見届けてから、小さな森の中に入る。一足先に夜のような暗さを纏う木々の中、迎えが来るのを待っている子を探す。
「針音」
今日も上の方から音がした。音に近づいてから、受け止める姿勢をとる。ぴいっと高音が風のように鳴ったと同時に、落ちてくる。
「ぴー」
今度はだいぶ甘えたような声だった。髪や服についてしまっている葉っぱを取りつつ、柔らかい髪をくしくし撫でる。
「ぴぬ」
聞いたことない声、というか言葉?擬音だろうか。ちょっと笑ってしまった。
「ぴぬー」
笑った声で楽しくなったらしく、森を出て本館に戻るまでの間に何回か繰り返してくれた。針音は人が楽しそうにしているのを見るのが好きなようで、自分の歌を聞いて嬉しそうにしてもらえるとたくさん歌ってくれるし、お手伝いも積極的にしてくれる。こうやって静かなところで賑やかな音を聞いているのも好きで、午前中は屋上、午後は森の中に居るのが日課のようだった。
「ご飯、どうする?」
本館についてから降ろす。最近は誰かとタイミングが合わず一人になってしまっても、みんなの中で食べることが増えたとカンが言っていた。最近は調子が良いようで寂しい思いをしていない様子に安心している。私に聞かれて、針音は少し悩んだようだった。
「スス」
考えた末に私の手を握った。にこにこと機嫌が良さそうにしている針音を無意識に撫でまわしてしまった。この愛らしさをどうにか言葉にしたいが、私の言葉の引き出しはほぼ空っぽだ。無表情だと考えがわかりにくいけれど、実際接してみるとよく笑う。嬉しいという気持ちを隠さなければ、言われたことを素直に受け止めてそれを誇ったり喜んだりもする。元気で活発という性格ではないけれど、間違いなく気持ちをほころばせる力がある。
「スス?」
無心で撫でまわしていたら手を軽く引っ張られた。
「ご、ごめん。みんなのところ、行く?」
針音は肯定の音を鳴らしてくれたので、一度手を洗いに行ってから、一緒に賑やかな音の中へと向かう。針音のお気に入りの席は周りを見渡しやすい端っこの方。先導を任せると、今日も端っこの席に辿り着いた。
「ここにする?」
ぴっと鳴いて、着席した。今日のご飯はなんだろうと周りをキョロキョロと見回している姿が無邪気で可愛い。
そこに忍び寄る、影。
ぴい、とかなり高い音が鳴った。抱きついたぜーちゃんはけたけた笑っている。ぜーちゃんは神出鬼没ということをこの一ヶ月で覚えた。いつの間にかいていつの間にかいない。針音はぜーちゃんを見て、何か言いたいのか顔にきゅっと力を込めたけど、諦めたみたいだ。
「ぜーちゃん、針音が聞こえてないのをわかってやったでしょ」
針音が素直に抱擁を受け入れたのは驚かせてきた相手がぜーちゃんで、ぜーちゃんに害意がないことをわかっているからだ。
「だめ?」
罪の意識がない無垢な顔をしている。針音も嫌とまでは言わないだろう。でも、欠点をつつくようないたずらは、事故につながることもある。もし針音がもっと攻撃的な性格をしていたら、反射的に攻撃してしまったかもしれない。
「ぜーちゃん、針音がもっと大きくて力が強くても驚かせる?」
「んぇ?」
「もしも針音が反撃しちゃう癖を持ってたら、ぜーちゃん危なかったかもよ」
ぜーちゃんは、ム……と躓いたような表情になった。
「おれは、ぜーちゃんつっこんでくるのが、おどろく」
「ナ!」
ぜーちゃんの耳がピーンとした。
「後ろからギュってするのは、突っついてからね」
「むぃーん」
一応、肯定としていいのかな。ぜーちゃんはこれ以上話を続ける気がないようで、針音の体に頭をめり込ませはじめた。ドリルのようにぐりぐりとめり込んでくるぜーちゃんにやや困りつつもはにかんでいた。
「ぜーちゃん」
後ろから声がしたので見てみると、雨丸がいた。ぜーちゃんと仲良しらしく、ぜーちゃんが一人じゃない時は大抵雨丸もいる。
「ご飯持ってきたらいないからびっくりしたよ」
「あめまるー」
ぜーちゃんは甘えた声で雨丸を呼んだけど、針音にひっついたまま動く様子はない。
「ぜーちゃんご飯食べないのかな?」
「たべるもん」
とは言うが、針音から離れるどころかギュッと抱きしめなおした。
「おいでぜーちゃん。針音がご飯食べれないよ」
「ムー」
雨丸に呼ばれてもぜーちゃんは動く気配がなかった。針音はさっきのびっくりをとっくに消化しきった様子で、心地よくなってきたのかちょっと眠そうにしている。
ぜーちゃんが、あ!という風に耳と尻尾を立ち上げた。
「もちまる!」
「もちまる?」
私が思わず繰り返すと、なぜか針音が小さく笑った。ぜーちゃんは雨丸を見ているようだ。
「もちまるー」
ぜーちゃんがもう一度繰り返す。何事だろうと雨丸を見てみると、これはなんだろう、照れているんだろうか。恥ずかしいことをした後にむし返された時の、恥ずかしさと悔しさが混ざったときこんな顔をする気がする。
「針音、もちまるってなあに?」
せっかくなので針音に聞いてみよう、と声を掛ける。やっぱり面白そうに、くつくつ笑っていた。ぜーちゃんはもう一度もちまる!と繰り返した。それは私に向けてのようだ。
「雨丸、時々、寝ているのに対して、もちもち言いながら触る。もちもちだね、かわいいね……と」
針音は雨丸の声真似を交えながら教えてくれた。
「針音に聞かれたら止めるすべがないんだよ、スス……」
そんなに恥じることでもないように感じるが、雨丸にとっては恥ずかしいことのようだからあまりつつかないでおこう、今は。
「ぜーちゃんのこともちもちだねかわいいねもちもちだね〜ってほっぺとかつにつにしながらいうの!やってやって!」
もちまるという名称を針音が知っている程度にはやってるんだろうけれど、恥じらう程度には広まっていないことを、今こうして他の子が多くいる場で要求されている雨丸。まだじっとしている雨丸を見て、ぜーちゃんがまた何か気付いたように耳を立ててから、今度はしょんぼりと倒した。
「雨丸、ぜーちゃんにうそを……?」
ぜーちゃんが心からしょんぼりしている。針音は聞こえないながらぜーちゃんの様子に気づいて、どうしたのかとぺたぺた触り始めた。
「え、や、嘘じゃないよぜーちゃんは信じられないくらいもちもちでかわいい」
「もちまる……」
「するからそんなに悲しい顔しないで……」
雨丸のほうが辛そうな声を出しながら、ぜーちゃんに近寄って針音ごと抱きしめた。何となく察したらしい針音が、ぷしゅーと炭酸が抜けるように力を抜いて落ち着いた。
「でもごろごろしてる時がいいな。ご飯のあとじゃだめかな?」
「ムー……絶対よ?ぜーったいだよ?嘘ついたらかみちぎるわ!」
「うん、約束ね。ぜーちゃんもどっかいったらだめだよ」
うん、と返事をしたぜーちゃんが、針音と雨丸の間からするんと抜け落ちてきた。ぽてっと着地して、おもむろに私の脚に顔を乗せた。
「ご飯食べておいで」
そう言いつつ、ぜーちゃんの頭を撫でる。耳周りをぐりぐりされるのが好きらしいので、その通りにぐりぐりすると機嫌の良さそうな鳴き声が耳に届く。
「すーすー。ススもこんどあそぼー?」
「もちろん」
ぜーちゃんは満足そうなため息をついて、雨丸にひっつきに行った。ふう、と一息ついた雨丸と軽く挨拶をして見送る。針音はぜーちゃんや雨丸と触れ合えたことが嬉しかったのか、雰囲気がふわふわしていた。
「ご飯貰ってくるね」
ふわふわの針音に声をかけて、ご飯を受け取りに行く。今日はなんだろうな。


針音がポトフに大喜びしながら、食事は問題なく終わった。よく小さめな子に囲まれている聖の近くに眠そうな針音をそっと置いてきたら、なぜかマメがついてきた。何を言うでもなく、要求するでもなく、そもそもいつからついてきたのかもわからない。一階に足をつけたときに何となく後ろを見たら、少し遅れて降りてきたマメが私を見上げていた。そこからずっと、お風呂掃除のときも遊び場の片付けにもついてくる。お手伝いも邪魔もしない。なんだろうなあと思いつつ、雨が降らない天気予報を信じて今日最後の洗濯物を干しに行こうという時。
「マメ?」
マメの耳が立っていることに今更気付いた。
マメは普段、耳がないように見えるくらいぺたんこに倒している。そのマメが、ずっと耳を立てている。
気づくのが遅れた、とやや焦りながら。
私の問いかけにも、マメは見上げてくるだけだ。
耳は立ってるけど、なにか伝えたそうには見えないのが困った。困った末に私が思いついたのは、先に洗濯物を干そう、だった。
マメは我慢しない。できないと言っていいくらいしないし、嘘も気遣いも下手だ。もちろんしないとは言い切らないけど、深刻な理由であるならもっと激しく伝えようとするだろう。立ちっぱなしの耳を少し触って、洗濯物を抱えて屋上に向かった。
屋上に出ると、夜の生ぬるい空気に包まれた。湿気っぽい空気に、昼間の熱が尾を引く気温。すっかり夏っぽい夜になったものだと感じつつ、洗濯物を干していく。流石に明るいとは言えないが、足元に置かれている小さな照明のおかげで特に問題もなく作業ができる。
相変わらず、マメがついてきている。洗濯物をかけて少し横にずれると、マメも一緒に一歩進む。それをしばらく繰り返して、洗濯物を入れていた籠が空っぽになった。この籠を元に戻せば、ひとまず私の仕事は終わりだ。マメを見つめてみるけど、目と目が合うだけで静寂が打ち消されることはなかった。
屋上から一階に戻る。毎日何回も上り下りしているけれど、思っていたより疲れない。


籠を戻した途端だった。
マメに足払いをされた。これだけならふらつくだけですんだけど、そのまま床に転がされる。受け身もないまま打ち付けられて転がる私の体を、マメが仰向けに転がして、腹の上に座った。
「どう!?」
噛みつかれるのではと思っていた私の覚悟をよそに、マメは敵意も何も感じない、明るい笑顔で話しかけてきた。
「どう……?」
さすがに聞き返すしかない。マメは得意げにしている。得意げな笑みを浮かべていた。
「この前みたかんふぅー映画!で、やってたやつ!名前なんだっけー?わかんないけど、カッコィーやつ」
ああ、時々三階のテレビで映画を見ていることがある。そこでやっていた映画の、アクションを真似したのかな。見ただけで真似ができるのもすごいけれど。
「ススもいなかった?いたよね?」
「うん、居たと思う。映画中に寝ちゃった子眺めてたら終わっちゃうんだよね」
何となく賑やかだから集まってきて、特に映画に興味がないけど賑やかさで心地よくなって、そのままカーペットで寝てしまう子が一人か二人、必ず出る。その可愛さに浸っていると一瞬で映画が終わる。なぜだろうか。
「んぎぎぎ。かっこよさつたわんないのおー」
「カンとか、灯火は映画好きだったと思うよ」
「だってススじゃないとあぶないもん!ゾンビはサンドバッグの定番だよ!」
そうだ、そういえば私はマメの中でゾンビになっていたんだった。まあ実際、怪我にはならなくても体は痛い。実演するとなると、かかし役は私が良い。
「ふふ。なら、二人の前で実演する?」
「む。ンー。たぶんねえーおこられるぅ……前にススの腕引っ張ったら灯火怒ったもん」
腕取れそうになった時の話か。マメ、体は小さいけどかなり力が強い。
「灯火はゾンビにも優しいね」
「んねー。……マメもゾンビに優しくしたらいい事ある?」
「うーん、どうかな。マメはどんないい事を考えてる?」
マメはくぃーっと首をかしげて、視線を空に漂わせて思考を巡らせているようだ。
そしてしばらく、かちっと視線が合う。
「ない!」
なかった。残念。
「ふふ」
「だってーマメ、ススに遊んでもらえたらそれでいーもんね」
「そっかー。マメはちゃんと私にしかやっちゃいけないってわかってるもんね」
「ゾンビだもんねー」
ねー、とうなずくと、マメはニコニコしながら私の上から降りて、立つように促した。それに従う。
「たまには反撃してもいいんだぞ」
「いいの?」
マメは受けて立つと言わんばかりに仁王立ちしていたので、ありがたく反撃することにした。
「ムギュ……なんだと」
マメは抱っこがあまり好きじゃない。それをわかったうえで抱き上げた。足が硬直していて斜めにピーンとしている。
「ムイィィーッ」
耳がピーンと、真っすぐに立っている。嫌なんだろうな。でも暴れないところは本当にいい子である。
満足したので降ろすと、ものすごく軽い力で足を踏まれた。仕返しのやさしさに思わず笑ってしまう。
「んもぉ!モーッ!ゾンビなんかにやさしくしなーい!」
「たまにはしてね」
冗談めかして言う。マメはぎいぎいと懸命に文句を言っていた。


一度離れに戻ると、丁度帰るところの雨丸と灯火に会った。そしてそういえばと、この一ヶ月の間で料理当番以外に改善してほしいことはないかと聞いて見ると、二人共え、と呟いて数秒かたまってしまった。
「ススってまだ一ヶ月だっけ!?」
「私も忘れておりました……」
雨丸のややうわずった声に、灯火が続いた。二人もあまり日付を気にしない性格だったか。
「スス、なんていうか……すごい馴染んでるから。もう一年くらい一緒にいる気がしてたよ」
違ったらしい。雨丸の言葉に灯火も頷いた。
「ススってまだ新人さんでしたね……このお仕事が長いとはいえ、私達の方こそ頼りすぎていないかな」
「いや、私全然仕事してないと思う……」
実際、お掃除とお洗濯くらいしかちゃんとできていない。任されてないとはいえ、もっと働くべきではないかと思う。
「灯火さん、ススの言うお仕事って、事務的なものじゃないかな」
「え、いや……ここまで働いてくれていますし、実際事務対応は回っていますし。というか、回せるようになったが正しい?」
「うん……ススはそれを仕事にカウントしてないみたいだね、灯火さん」
私は頭に疑問符しかなかった。
「ススにとって、あの子達のお世話をすることが仕事にはならないんだね」
お世話は、確かに仕事だ。起きて早々泣いている子を落ち着かせて、機嫌が悪くて近寄れない子もなんとかなだめてご飯に連れて行って、予定がある子にリマインドして……と、さすが一人で対応するのは無理がある。それが私で補えているなら、役には立てているのかな。
「役に立てているなら、嬉しい。手伝えることがあったら、教えてね」
「ススは偉いね……」
灯火が孫に言うような返事をくれたのはなぜなのだろう。仕事を割り振る立場なのだから、もっとあれこれ指示を出してくれても構わないのに。
「ありがとうございます、スス。無理はしないでくださいね」
うなずく。これからもよろしくお願いします、と挨拶したあとに二人を見送り、本館に戻る。
ぱたぱたと上の階に戻っていく子たちの髪が濡れたままだったのが見え、急いで追いかけた。捕まえて脱衣所に連れて行くと、世話好きな子と成祈がせっせとドライヤーで髪を乾かしているが、退屈そうに順番待ちしている子がいっぱい居る。
「ねないからもどってもいーでしょー」
捕まえた子が逃れようとしたから、抱き上げて捕まえておく。
「そのまんま寝てるでしょー」
こういう子は九割がそのまま寝てしまう。髪が濡れているだけでも結構冷えるから、体調面に不安要素が多い子たちはなるべく乾かしたい。乾かし終わって自由になった子達を羨ましそうに見つつ、ちゃんとじっとしていてくれるのだからえらい。
逃げ出す子をまるで網のように捕まえつつ、溜まっていた子達がひとまず乾いた。あとは任せて、成祈と一緒に部屋を出る。
「今日は逃げる子多かったねえ」
成祈はどこか疲れた顔をした。
「みんな俺に乾かされるの嫌がるんすよぉ」
弱々しい声だったけど、成祈は気づいていないのか。
「成祈に触られてる子たち、みんなニコニコしてたよ」
「えっウソ。ナイノヤダーって動こうとするんすよ?」
「成祈が困るのが面白そうだった」
「えぇ~……俺が強く出れないからって!」
でもやっぱり、本気で嫌がられていないことに安心したのか持ち直したようで、疲れた顔をぽいっと捨てるように切り替えていた。
「やっぱり俺の事好きなんすね!可愛いやつらっすわ」
「ふふ」
それを聞いていたのか、少し遅れて脱衣所を出た子が成祈の脛を蹴って走り去っていった。
「いっ……ぎ……っ!」
だいぶ、痛そうな声がしている。あの子、よく成祈の背中にくっついている子だった気がするけど。
「成祈が大げさに反応するのが面白いんだねえ」
「これ、ホント、痛いんすよ……」
成祈がうずくまりながら呟くので、そっと背中を励ました。

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