亜人小話の小話
傘の番人
ぼちぼちお迎えがくるという頃、通り道である玄関を抜けようとして、色が目についた。
色とりどりの傘だ。広げられた傘がいくつも置いてあり、器用にも積まれているところもある。時間帯としては、玄関は空けておいてほしいところ。けれど、穏やかに微笑むその子に片付けろと伝える気は微塵も沸かない。半分ほどは単色の傘で全体的には無難に見えるが、大小様々で個性があるし、点在する花やボーダーなど模様入りの傘が良い具合のアクセントになっている。キャラクターやハートなどが大きく描かれているものがあるのも、ただ綺麗なだけではないおもちゃ箱のような雰囲気を作っている。
しばらく足を止めていたからだろう。進むのをやめた足音に気付いた傘群の主が私に振り返った。
「スス」
驚愕というほどではないが、驚いたのだろう。零したといった様子で私の名前を呼んでくれた。
「今日も素敵たね、クリック」
思ったことをそのまま伝えれば、主は気恥ずかしさと嬉しさを混ぜたような可愛らしい微笑を浮かべてくれて思考がきゅっとなった。尻尾をくるんと体に巻き付けるのは感情が動いたときの癖らしい。
「もう……いいよ、そんなの」
「本心だよ。シェルターも、クリックも」
家でたくさん褒めてもらっていると聞くのに、クリックは褒められ慣れないようだった。心を落ち着かせるように、近くにあった黒色の傘を持ち、肩に掛けた。クリックの色合いとよく合うそれはとても絵になる。統一感のある黒色というのはどうしてこんなに美しいのだろう。私の視線から逃げるように他の傘を盾にしてしまったが。
「スス」
「なあに」
「ススはいつも、なあにってゆっくり聞くね」
ゆっくり聞く。特に自覚はなかったが、たしかにそうかもしれない。
「気になる?」
「気になる……のかな。わからない……けど、好きだなと思って」
そう言うクリックは、そっぽを向いている。夕焼けのせいか、褒められた余韻か、その横顔は赤らんでいる。
「そっか。好きでいてくれて嬉しい」
「うん」
会話が途切れる。クリックは何か話したい事があるのか、私のことを意識したままでいるようだった。それなら私も、このままでいる。私はこういう沈黙も嫌いではない。というか、この光景全てが尊いのだから、苦になるはずがないのだけれど。
お互いに動かず、どのくらい経ったのかはわからないが、直立不動でいる私に耐えきれなくなったらしいクリックに招かれて、傘の群れに足を踏み入れる。なるべく傘に触れないように気をつけながら、クリックが緊張しすぎない程度の位置に腰を下ろす。全面が透明な玄関から見上げる夕焼けは、それはきれいなものだった。そして、真近で見る傘も。橙色を含む鈍い光でぼんやりと輝く傘、染め物のように橙色の光を吸い込む傘。私にとってはただ水を弾くだけの道具だった傘を美しいと感じられるのは、それを愛している人が近くにいるからだ。
「スス」
「なあに」
言葉は続かない。遠くで聞こえる喧騒が、時が止まっていないことを証明してくれる。案外、じっと見ていても太陽が動いているというのはわからないものだ。ふと気がついたとき、さっきよりもと感じるくらい。
このまま終わることができたら、きっと幸せなことなのだろう。
「スス」
近くで聞こえた声に視線を動かすと、思ったより近くにいた。林檎二つぶんくらいの距離だろうか。私を見上げる柔らかなセピアの色は、何か落とし物を探しているように見えた。
「なあに」
クリックはしばらく動かなかったけれど、肩にかけていた傘をゆっくりと置いてから、ものすごく控えめに頭を私の脚に乗せて転がった。
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