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75 退化
*相澤消太
「先生!どうしよう、くましろちゃんが子どもになっちゃった…!」
職員室に響き渡る声でそう知らせてきたのは葉隠。なんだなんだ?とマイクが詳細を尋ねると、上級生とぶつかった際に年齢操作をされて子どもに戻ったらしい。…個性事故だ。
すぐに該当生徒がやってきて、担任とともに謝罪を受ける。
「あぁ…もともと子どもみたいなもんだからいい。リミットや解除方法は?」
「時間経過でしか今の所戻った試しがなくて…3日間です」
なかなか長えな…。葉隠の報告によれば体だけではなく中身も小さい頃に戻っているので、今は大変な人見知りを発揮して大泣きしているとか。その様子だと俺が行っても泣かれそうだが…。
「つまり、ほんとにその頃の年齢に戻った、が正しいのか?この3日の記憶は?」
「戻ったときに消えます。今の年齢の自分が持つ記憶と辻褄合わなくなるんで…相澤先生、すみませんでした…」
「はい。いいよ、今度から廊下で騎馬戦なんてやらないように」
災難なもらい事故だ。A組の近づくに連れ、上鳴や飯田、芦戸の慌てる声と小さな子どもの泣き声が聞こえる。てっきりいつものぽろぽろ涙を流して泣いてるテンションかと思ってた、そんなギャー!!!て暴れるような感じで泣いてるとは思わなくて頭を抱える。
「さわんないで!!!」
「はい、静かに。…自分の名前言えるか?」
シン、と静かになるA組のメンツを驚いたように見たあと俺に訝しげな顔を向けるくましろ。誰だこのおっさん、って顔してるな。
「知らないおじさんに名前言うなって言われてる」
フン!とそっぽを向くツンケンしたくましろは今じゃ見られない様子だ。いつもは俺にべったりしているせいで、その様子に衝撃を隠せない上鳴の間抜けな表情が面白い。
「おいおい、お前の好きなイレイザーヘッドだぞ?!」
「嘘。イエイザーはもっともっとかっこいいもん。」
舌っ足らずなのか言えてない…かわいい。目線を合わせるようにしゃがむと目が合う。まあ今のくましろの言うことのほうが正しい。個性事故のせいで俺たちはくましろのことを知っているが今のくましろは…このときの年齢をやり直してるようなもんだ、俺どころか全員知らないやつだろう。そんな奴らに名前を聞かれてもすんなりと教えないのは偉い、神代さんの教育の賜物だな。
「まあ真偽は置いといて…俺は相澤消太、ここの先生だ。ほら教員免許……信じてくれる?」
「……それ、みせて?」
教員免許なんか1ミリも見ずに(見ろよ)捕縛武器の中を指さされる。
「ああ、ゴーグル?」
「……!!!イエイザー!??!」
ぱあ!と笑みを浮かべるくましろ。これが偽物だとは考えつかないんだろうな…この頃から素直なんだな。
「うん」
ゴーグルを俺の目元に当ててくると一度見せてもらった新聞スクラップの中の俺と一致したのか、本物だー!!!と大はしゃぎしてる。
「あくしゅしてください!」
ちっちゃい手だこと…。
「はい、いいよ。きみの名前は?」
「神代 くましろです!」
一度信用したらもう全面的に信用するのは変わらないのか、すんなり教えてもらった。
保護する必要があるので離れないように、と言えば素直に頷く。元のときには大変仲のいい芦戸や緑谷、轟やら飯田全員から自己紹介を受けお菓子やらなんやら差し出されたが、人見知りが発動したのかもじもじして受け取れないくましろに女子が何人か悶え死んでいた。
「ありがと…」
「っっきゃわ〜……!」
「麗日、帰ってこい。よかったな、いっぱいもらえて」
そうくましろに尋ねるとうん、と小さな声で返ってくる。
「と、いうわけだ。ここが職員室。…知ってるヒーローちらほらいるんじゃないか?」
「お母さんがうるさいって言ってた」
マイクを指差してそう言う。神代さん…。もうこの時からここの親子関係は冷えてるんだろうか?
「お母さんの友達にあったことあるか?」
「………アルバムに…エンデヴァーっておじさんと…熔ちゃんは知ってる」
「ヨウちゃん?」
「フエイムのスライム」
フレイムスライム…あぁ、熔さんか。あそこと神代さんは仲いいのか、意外。
「へぇ、熔さんと仲いいんだ」
「お母さんは嫌いなんだって…でもぼくは仲よし、熔ちゃん優しくて好き!」
……前者の言葉は聞かなかったことにしよう。他にもくましろに挙げられた名前の多くは一度短期間でも長期間でも雄英に勤めていたこともあるプロヒーローばかりだ。
「イエイザー、何するの?」
「テストの丸つけ。…くましろもやる?」
「いいの?!」
いいよ、と返す。小さいくましろが採点したテストなんてA組の連中は喜びそうだ。
「これは?」
「まる」
「これも?」
「そう」
「これは、バツ…」
「……もしかして計算してる?」
「え、うん…合ってる?」
「……高校の内容のはずなんだけどな…」
もしかして数学に関しては天才的な領域なのでは…?幾つなの?と尋ねたとき1年生と返ってきた。小1がパッと見てわかるような数式ではない…はず。つーか数の数え方や足し算引き算程度を習う年齢のはずだ。掛け算やら割り算やらの公式を解いてることになる。
「お父さんの書いてる紙で見たことある」
なるほど…父親譲りか。元の年齢のくましろは数学に苦手意識があって進んで問題をやらないが、軽く説明してみたらだいたい理解できてるので(なぜこの公式を使わなくてはならないのか、という意味のない質問を除いて)、やはり父親譲りの頭脳はあるんだな。
「お父さんどんな人?」
「………たまに帰ってくるひと」
寂しそうな顔と声色のくましろは誰がどう見てもこの質問が地雷だったと分かる様子だ。何をやってるんだと周りの教師陣に睨まれる。
「そうか…悪い、寂しいこと思い出させたな」
「……ねえ、あのさ…今度のテストで100点とったら、お父さんもお母さんも帰ってくると思う?」
「……俺なら帰る」
そうとしか言えなかった。仕事柄仕方ないですからね、と話していたくましろが仕方ないと思えるようになるまでにこういう寂しさ等を押し殺して、今まで過ごしてきた日々があるのだと思うと胸が締め付けられる。
「そっか……」
「飯とか食べれてるか?家にひとりなんだろ」
「昨日は…チキンラーメンたべた、今日は…肉まん買った」
「………泣きそう、俺。ちょっと席外すわ」
くましろを弟のように可愛がってるマイクがもう半分泣きかけの声で足早に職員室を去っていく。その様子を不思議そうに見送るくましろに、もどかしい気持ちになる。ひとりでご飯を食べたくないと零されたときのことを思い出す。
お金だけは定期的に神代さんが寝てる間に置いていってるらしい。一応気にはかけてるんだな…焼き飯でもなんでも作ってやれば、素直なくましろは喜ぶだろうに。定期的に顔を出す卑屈でひねくれた部分のくましろの要因はこういうところにあるんだろう。
「そうか、一人で買い物できて偉いな。…今日は俺がつくるよ」
「イエイザーが?!」
「うん、何がいい?」
「……おにぎり!」
もっとあるだろ…マイクが聞いたら号泣しそうな答えだ。
「他は?焼き肉とか…」
「やきにく…?て何?なんのお肉やくの?」
焼き肉を知らない…???
あまりの切なさにオレまで泣きそうになっていると、セメントス先生やらが助け舟を出してくれる。
「くましろくんはお肉好きかな?何人かでお肉焼いて食べるんだよ」
「お肉すき……バーベキューってこと?」
今日の飯は焼き肉に決まりだな。焼き肉を知らないくましろのために付き合ってくれ、とマイクとセメントス先生に声をかけると喜んで!と返事が来る。
お店でも良かったが、人が作る飯を食べさせたいと思って俺の家に集合。マイクにはホットプレートを持ってきてもらい、くましろと俺とセメントス先生でスーパーに寄って帰った。小さい子どもあるあるのお菓子売り場にあるおもちゃコーナーから永遠に離れない様子を見れて、むしろ感激したのは初めてだ。何でも買ってやる、と迫る俺をセメントス先生が必死に止めてくれたおかげで早々に帰り、米やら何やら準備完了。
「ここは熱いから触るなよ」
肉を並べて焼いてってやる。変わらず少食だが美味いと平らげた。大人たちで晩酌を始める頃にはくましろは知らない人に囲まれた疲労からか、俺の膝の上で猫のように丸くなって寝始めた。
「………なんか、こんな切ねえ気持ちになるのは久しぶりだぜ」
「マイク、泣くなよ。多分起きる」
「泣くだろ、父親どんな人って聞かれてたまに帰ってくる人って答えたんだぜ……聞いたことねえよそんな回答」
半ば逆ギレのマイクだが、まあ気持ちは分かる。薄っすらと聞いてはいたが、一番寂しさを感じている年齢のくましろに直接言われると心にくるものがある。
「神代さん、ほんとに家庭に執着しない人だと思ってましたけどここまでとは…。よく今のくましろくんはグレずに素直でいられますね」
「…A組の存在はデカい…個性のコントロールが遅かった緑谷と、家庭環境が良好ではない轟、前者のことを視野に入れずにフラットに接してくる爆豪、兄貴分みてえな飯田とかな…いい感じに噛み合って支え合ってるからグレずに済んだんだろ」
「あとはお前だな、なんつったって光だもんな」
体育祭でのパフォーマンス以降、よく光として例えられる…マイクはそのことを言ってるようだ。
「素直に慕ってくれて良かったよ」
晩酌もほどほどにして2人に礼を言い送り出す。ベッドに寝かせたと思っていたくましろがリビングに立っている。…一緒に暮らすようになって何度か見かけた光景だ。
「どうした?」
「いっしょがいい…」
首に抱きつかれる。大きくなっても同じこと言ってると思うと少し面白い。
「分かった、一緒に寝よう」
基本素直なくましろにあまり手がかからず3日経ち、昼寝している最中にもとに戻る。制服姿に戻ったくましろは顔つきこそ大人になったものの、まだ少しあどけない。
「くましろ、起きて」
「あれ……相澤さん…?」
すんなり起きたくましろに個性事故で小さくなってた事を話す。個性事故を起こした生徒が言うとおり、3日間の記憶はすべて抹消されている。
「そ、粗相などしてませんでした…?!」
「高1の数学の問題を軽々と解いてたな」
「天才じゃないですか…」
「あと……そうだな、スーパーでお菓子買ってほしそうにしてたりとか…初めての焼き肉に楽しそうにしてたりとか…人見知り発揮してA組の前で大泣きしてたりとか…可愛かったよ」
そう言うと恥ずかしそうに俯くくましろ。耳まで真っ赤だ。
「お前はよく頑張ってるよ、くましろ。いつも偉いな」
小さい頃から抱えてた寂しさを図らずも知ってしまい、どうしても元に戻ったら言いたかった。思わぬタイミングで褒められたのがびっくりしたのか、目を丸く見開いたくましろはぽろ、と涙をこぼす。
「俺は俺としてお前を全力で支えるから、全力でのしかかってこい。遠慮するなよ」
不思議そうな顔をしてこちらを見てくるくましろの頭をぐっしゃぐしゃになるまで撫でる。
(…なに!?なんか皆……怖いんだけど!??)
(なんか聞いたんでしょ……何も言ってくれないけど…)
(轟、言うなよ。緑谷、飯田、麗日もだ)
(気になるんですけど…)
(君の…そうだな、思想の根幹を教えてもらった感じ)
(…??変なの…皆して甘えていいよ!みたいなムーブ怖いんですけど…特にゼンマイ)
(仕方ねえだろ、お前焼肉知らなくてマイク泣いてたんだから)
(いいじゃないですか、ちゃんと中学で知ったんですし)
(CMでだろ?今度焼肉行こう)
(いいいい、そんな哀れみの焼肉は…あ!駅前のハンバーガー屋さん行きたい!)
(今日行ってこい)
(何財布から2万出してるんですか…)
(いいです、相澤先生。俺が奢ります)
(お小遣いあるって!!!)
なんか知らんけど戻ったら皆気持ち4倍優しくなってて、何かにつけて奢ってこようとしたり、いっぱい食え!のムーブをされすぎて不審がるくましろちゃん、ますます相澤さんに甘えなくなって(甘える前に皆甘やかしてくるから)遠慮して拗れればいいと思います。