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84 毛むくじゃら
*神代くましろ
「………?」
なんか今日静かだな……スマホを見ると朝9時半。………9時半…?えっ!?全身の血の気が引いて心臓が慌ただしく動き出す。何回確認しても今日は平日で現在9時34分。
「え…っ、え、ねぼ…どうしよ」
頭が真っ白になる。ていうか、相澤さんは!?
ベッドを見ても寝袋を見ても居ない。着信も来てない……。ってことは…朝起こしてくれてオレだけ寝坊してるわけじゃない。
「ンナァ」
いきなり後ろから聞こえた間延びした声にびくりと体を震わせて振り返ると、毛むくじゃらの黒い猫がいる。
「………猫…?」
「ナ」
ポテポテした足で近づいてきて膝に頭をゴンゴン擦りつけてくる。これは……長毛種…?なんか毛の長さと量がよくイメージする猫の2倍はある。
「あ……」
『もしもし?神代?…どうした?』
丁度ゼンマイから電話がかかってきた。
「…ね、ねぼう…寝坊しちゃった…いまおぎた…」
情けないやら不安やらで声が震える。聞こえてきたゼンマイの声は明らかに心配を含んでいるのに、こんな理由というのも気が引ける。
『…寝坊!?……おい泣くな泣くな、人間1度くらい寝坊なんてすんだろ!なんか相澤にも連絡取れなくてよお、いるか?』
「ナ」
「相澤さんみたいな猫はいる゛…」
『スピーカーかなんかにして猫にも聞かせてくれねぇか?……ヘイ猫、お前相澤か?』
「ンナ」
『あー……昨日の生徒のやつか?』
「ンナ」
ゼンマイの声に反応してるだけじゃないの…?と思いそのやり取りを見てると、猫と目が合う。またポテポテとした足で俺の前にやってきて肩に乗ってくる……猫って結構重いんだな……。
「うわ」
おでこや背中で雑に涙を拭かれてる……のか?これ。顔中毛まみれになったけど電話口から聞こえてくる根津さんたちの声もあって涙がすっ込んだオレを見て満足したのか、猫はそのまま膝の上で丸くなりはじめた。
『もしもし、神代くん?おはよう』
「根津さん……ごめんなさい」
『1回くらいの寝坊で僕はなんも言わないよ、最近テスト勉強詰め込んでたんだろう?頑張りもペース配分決めないとね……じゃなくて、多分君のそばにいるのが相澤先生だよ』
「え……この毛むくじゃらの猫ちゃんが…?」
『猫はだいたい毛むくじゃらだろ』
ゼンマイのツッコミが飛んでくる。いやそれはそうだし、分かってるけどさ……。根津さんであっても会話ができない状態だから恐らくだけどこの猫は相澤さんで、上級生の喧嘩をとめる際の個性事故だろうと根津さんから説明を受ける。
『多分今日1日は元に戻らないから、今日はそのまま自宅待機ってことにしてくれるかな?……相澤くんなら2回返事してみてよ』
「ンナ、ナァン」
律儀に2回返事したから電話の向こうでゼンマイが大声で笑ってるのが聞こえる。その様子にムカついたのか、相澤さん(仮)の猫ちゃんは機嫌が悪そうな顔になった。…結構顔に出るんだ……。
今日はテスト勉強もほどほどに、やりすぎないで寝るんだよと根津さんから釘を刺されて電話を切る。全然膝の上から退かない猫ちゃんを抱っこする……重…!?猫ってこんな重いの!?つか体ぐにゃぐにゃですごい持ちづらいんだけど…!!!
「おも……うわすり抜ける…」
「ナァ」
不満そうな声を上げてるので地面にそっとおろす。足しびれた……。
「ちょっと、猫ちゃん。まだ話は終わってませんよ」
「ンナァァ」
「ほんとに相澤さんなんですか……?大体相澤さんならなんで引っ掻いてでも起こしてくれないんですか…肝冷えたんですけど…」
ごろん、と構わず寝転ぶ相澤さん(仮)の前脚の付け根の下に指を入れ、ばんざいしてるようなポーズにさせる。……させるがままだ、何か言いたげな顔をしてるけど。じーっと見てるとすごい鼻息でため息のような長い呼吸が返ってくる。
「わ、黒猫って肉球まで黒いんだ……鼻も黒い」
「ナァン」
「いで」
まじまじと肉球と鼻を見ていると、起き上がった猫ちゃんの額が鼻にやってくる。撫でろってこと…?手で優しく撫でると目を閉じて尻尾がぴん、としてる。左手で検索していると、猫は楽しい気持ちや喜ばわしい感情のときに尻尾がまっすぐ立ち上がるようになるらしい。
ゴロゴロ喉もなって、手を止めると頭をゴスゴス擦りつけてくるから…まあ悪い気はしてないんだろう。人間で言うとほっぺたの部分や顎の部分も撫でられるのが好きな箇所と書いてあったのでその通りに撫で回すと、ゴロゴロ音が大きくなる。
「ふふ、かわいい」
猫ってこんなかわいいんだ…。オレはペット何も飼えたことないから散歩してる犬くらいしかすれ違ったことないから猫に触れたことがない。ニャーって鳴くことと犬に比べたら小型ですばしっこいイメージ、しか知らない。
「いてて」
うつ伏せになって相澤さん(仮)を撫でているとうとうとしてくる。丁度昼間ここは陽の光が入ってくるいい場所だ。黒猫であったかさをより吸収する色だからものすごくあったかい…と目を閉じると寝るな、と言うようにおでこに猫ちゃんのおでこがぶつかってくる……もっと撫でろの催促か?
「ンナ、ンナァ」
手が擽ったくてそっちを見れば猫ちゃんの手がオレの手の上に重なってる。手を引いてくる小さい子どもみたいで可愛い。
「ん〜……眠い…」
動けそうにない。丸まってより暖かいところに体を移動させると相澤さん(仮)もついてくる。肩やおでこ、膝辺りを前脚やおでこでゴスゴスされたが、オレが起き上がれないから諦めたのかお腹お腹の横に丸まってくる。湯たんぽみたいですっごく暖かい……。
「あったか……」
猫や犬は人間より少し体温が高いらしい。日差しを浴びてること、黒色で更に暖かいことも相まって湯たんぽ代わりに温めてくれた猫ちゃんに擦り寄るようにして目を瞑る。
「………あれ……」
ベッドにいる。隣を見ると丸くなってる相澤さんもいる……人間の方の相澤さん。
「起きた?」
「……相澤さん、どこ行ってたの…」
「説明するから、こっちおいで」
頷いて相澤さんの前に寝転がると布団をかけられる。いつの間に布団までかけて寝ていたようで、布団があったかい。すぐまた寝ちゃいそうな気がする……。
「…寝るか?」
首を横に振る。眠そうだけど、と頭を撫でられるとより眠気が強くなる。
「……相澤さん、猫ちゃんだったの…?」
「うん、あの黒猫……また朝話すよ」
*相澤消太
コテン、と電池が切れたように寝落ちしたくましろの頭を撫でる。今朝起きたら猫になっていて、くましろのことも一応鳴き声で呼びかけて起こした……が小テストも100点取って俺に褒められたいと連日徹夜で勉強と個性訓練をしているくましろが起きれるはずもなく……俺ももうたまには休ませるか、とそこで起こすのをやめた。
数時間後飛び上がったくましろは顔面蒼白、といった様子で軽くパニックになっていた。泣きそうだし、過呼吸になっても俺は今人間の言葉で話せないから呼びかけると目をまんまるにしてこちらを見ている。
「猫……?」
そのタイミングでマイクから着信がかかってきた。ぽろぽろと涙を流して声を震わせるくましろにマイクは笑い飛ばしながら俺にも声をかけてくる。
『……ヘイ猫、お前相澤か?』
「ンナ」
『あー……昨日の生徒のやつか?』
「ンナ」
そう返事しているとくましろと目が合う。涙を拭いてやりたいが俺には今長い毛しかない。毛むくじゃらとくましろに言われたとおり長毛種の猫らしくて少し暑いくらいだ……肩に乗りあがり、頭や背中を使って多少雑に顔を拭けばされるがままのくましろは顔中に毛をつけてる。
根津さんに話しかけるも、言葉は通じず。相澤くんなら2回返事をしろ、というからしたのに電話の向こうでマイクが馬鹿笑いしてるのが丸聞こえでため息の1つや2つ、つきたくなる。
「ちょっと、猫ちゃん。まだ話は終わってませんよ」
くましろに後ろからの抱き上げられる経験はこれが最初で最後だろう。
「ンナァァ」
「ほんとに相澤さんなんですか……?大体相澤さんならなんで引っ掻いてでも起こしてくれないんですか…肝冷えたんですけど…」
少しクマ作ってまで小テストの勉強やら個性の自主練してる可愛い愛弟子にそんな酷いことするかよ……全く普段は褒めろだの優しくしろだの文句言うくせに。俺をの腕をとって肉球やらを眺めてるくましろの好き勝手にさせる。
「わ、黒猫って肉球まで黒いんだ……鼻も黒い」
「ナァン」
「いで」
おら、見物料だ。撫でろ。そう念じながら頭を打ち付けるようにしてると控えめに撫でられる。ほう、人間に撫でられる猫っつーのはこんな気分なんだな……現実的に言い換えると整体やマッサージみたいな気分だ。
「ふふ、かわいい」
そう言いながら俺を撫でるくましろを見上げる。そのままうつ伏せになりながら日差しが当たる場所で眠くなってきたらしいくましろはうとうとしだすのでここで寝るのはまずいと思い、猫なりになんとか起こそうとする………この顔はもう眠すぎて動けねえときの顔だな。日が落ちたら布団でも引っ張ってくるか、と思いくましろの腹を背もたれにするように寝転がる。
「あったか……」
さっきより少し慣れた手つきで頭を撫でられる。夕方くらいに妙に背中が痛くて起きると、人間の体に戻っている。くましろは、と振り返ると腹出して寝てる……。抱きかかえてベッドに運べば夜中に思い出したかのように起き上がっている。
寝起きで寝ぼけてたみたいで、すぐに寝直すくましろを抱きしめる。
「ほら、起きろ。今日は学校行くぞ」
「……猫ちゃんは…?」
「覚えてないの?……あれ俺」
(……え、ほんとにあの猫ちゃん相澤さんだったんですか!?)
(根津さんとマイクもそう言ってたろ)
(半信半疑でした)
(んで……寝坊するくらい徹夜で勉強するのは禁止、個性の訓練も)
(う……はい…気をつけます)
(……何)
(猫の相澤さんのこと写真とっとけばよかったって思って)
(全く……昨日のお前の慌て様すごかったもんな…寝坊とか休んだ程度で退学になんてならないからあんな泣き喚くな)
(だってびっくりして……心臓止まるかと思いましたもん)
(はいはい……)