チョコと執事・ちび主
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お返し
その日音は執事全員から逃げ回っていた。何故なら一月半ほど前に執事たちにチョコを渡して回ったお返しが一気にやってきたからだ。音は無類のチョコ好きだが、13人から一気にチョコを貰えばさすがにお腹もいっぱいになるし胸焼け気味にもなる。だけど一生懸命手作り、あるいは市販品の中から選んできてくれたのが分かるので無下にしたくない。けど食傷ぎみなのは事実、そしてそれは執事には絶対にバレたくない。
うまいことトイレの窓から竪樋を使って登っていき、屋根裏へ。ひとまず身を隠せた。少し時間をおけば美味しく食べられるはず。満腹なのと小さい手足でよじ登った疲れで目を瞑る……その頃、屋敷では音がトイレから出てこず確認したら居ないため、フェネスが半泣きになりながら捜索をしていた。
「ハ、ハウレス、俺……」
「フェネス、落ち着け。いま門前にはナックがいる。アモンも庭にいるし、ロノとバスティンも裏庭あたりで特訓してる……あいつらの目をくぐり抜けて侵入なんて不可能だ」
誘拐ではないから落ち着け、と顔を青くするフェネスにハウレスが声をかける。
ほんの少し上の屋根裏ですやすや寝ているとは知らず、執事たちは声を掛け合って音を探し始める…が当然のように見つからない。
「も、もしかしてさ……主様、向こうの世界に帰っちゃったとか…?」
あまりに見つからないことを不審に思ったラムリがそう呟く。ルカスは解せないと言わんばかりの表情で頭を傾けた。あんなに拒絶した主様の世界へ急に、誰にも何も言わず戻ることがあるだろうか?と。
「指輪、間違って落ちちゃって戻ったとか…」
「う〜ん……だとしても、主様はすぐ帰ってきてくれそうだけど……」
「主様……どこ行っちゃったんだろ…」
「………あ…分かった」
ふと何かに気づいたようなルカスがはしごを持ち出し屋根裏へ登りだす。
「ふふ…見つけた。ラムリくん、皆に見つけたって伝えてきてくれる?」
「はい!」
「さて……主様、主様……こんなところで寝ては風邪を引きますよ」
ルカスが横たわる音を抱えゆさゆさ体を揺する。随分しっかり眠っているようで、体温が高いし顔には床の跡がついている。
「……?」
「ルカスです、主様……起きました?」
「ルカシュ……」
「うん、意識に問題ないね……そのまま捕まっててください」
下に降りれば半泣きのフェネスと汗だくのハウレス、バスティン、ロノ、ラムリ、顔を青くしていたベリアンが待っていた。
「皆どおしたの…?」
「どうしたも何も……っ!誰にも何も言わずに、消えてしまったのかと…!!!」
「……ご、ごめんなさい…」
「ハウレスくん、心配はごもっともだけど声を荒らげないで?……主様も、ちゃんと呼吸はしてくださいね?」
下を向いてぽろぽろと涙を零す音にベリアンがハンカチを差し出す。一気にチョコを渡されて苦しかった、しかし絶対に残したくなかったと音が涙ながらに溢せばハウレスとフェネスも眉を下げて配慮が足りなかったと謝る。
「ぅあ〜〜ん…」
「も、申し訳ありません、主様……どうか泣きやんでください」
今度はハウレスが顔を青くする番だった。心配の気持ちが強く出てしまい、よりによって『若い男に怒鳴られる』ことにトラウマを抱えている音に大きな声で詰め寄ってしまった。
「ふふ、ハウレスくんもそんな慌てないで……大丈夫だよ、主様はちゃんと分かってるから。今気持ちの整理をしてるんだよね」
ルカスが抱きかかえて音の体をゆらゆらと揺らす。この屋敷の面々は初めてこんなに怯えて泣きあげる音を目にして何人か狼狽えていたが、ルカスにひとまず任せることに。
「主様、少し落ち着いてきたかな…?あぁ、そうやって目を擦ったら腫れちゃうよ」
「主様……あの…」
「ハウレス…ごめんなさい、音、ちょっとだけ休憩したら、気持ち悪いの治るって思って」
「いえ、いいんです。俺は……主様に、何かあったのかと勘違いしただけで…主様の体調にも気付けず追い詰めるような事をしてしまい、申し訳ありません」
「……主様、オレも…もしかして侵入した輩に拐われたのかとか…もしかしたら元の世界へ戻ったのかもしれないとか……一度にたくさん渡されても食べ切れないですよね。どうか、どうか……オレたちはそれに気を悪くしたりしませんし、主様に『申し訳ない』って思ってほしくありません。だから、もっと教えてください。無事でよかった……屋根裏は寒かったのではありませんか?ね、熱とか…」
「フフ、熱はないよ…そうだねえ、私からもお願いしちゃおうかな。たくさん執事がいるとしても…私達の目を掻い潜って隠密行動できる主様は流石だけれど、すぐに安全が確認できる手段がないから……隠さずに教えてほしいな?」
「うん……」
音はずっとしょげていた。しかし、それ自体を責める執事は誰一人としていなかった。何故なら音はまだ子ども。順序立てて先々のことを予想して動くことができなくても当然である。執事が自分のためにお返しでくれたチョコを食べすぎて気持ちが悪い現状に、音が思いついたのは要らないと拒絶することでもなく、もういいと執事の気持ちを無下にすることでもなく、一度食べるのを休み休憩することだった。理由を話せば執事は皆申し訳なく感じてしまうだろう。
そこまでは考えられたが、その先がなかっただけだ。だから全員責めることなどできなかった。夕食の時間になってもお風呂の時間になっても音はしょぼくれたままでロノもバスティンも頭を抱えてしまう。こうもすれ違ってしまうとは。おまけに二人の師匠にも近いハウレスはもっと元気がないのだ。心配に近い怒号だった。ハウレスのことも音のことも責められない執事たちは頭を抱えるしかなかった。
「よぉ、まだしょげてんのか?主様」
「ボスキ……」
「っこらせ……なんだ、また泣くのか?主様は悪くねえってルカスさんたちも言ってただろ」
「泣いてないもん」
「目からぽろぽろ溢れてるが?……擦るな、もっと腫れちまう…主様、無事でよかったって言い合ってるんだ。笑顔でいてくれよ」
自室のハウレスの落ち込み様に耐えきれなくなったボスキが音の背中を撫でる。どっちもとてつもないほど辛気臭い表情だ。あっけらかんとしすぎても困るが、こうも気にしいなのもそれはそれで困るというか……。
「主様、ハウレスのこと嫌いになったか?」
「なってないよ…!」
「そうか…じゃあ何をそんなにモヤモヤしてる?」
「……」
言いたいことはあるが言いたくないのか、それともうまく言葉にして表現できないのか…音は眉間にシワを寄せて黙り込んでいる。ボスキは後者だろうと半ば願いながら両手を優しく握る。
「なぁ、主様。聞いてくれるか?」
「?」
「俺はそんな甘ったるいモンが好きじゃない。特に生クリームがあるやつ。ほら、ロノがカップケーキにもりもりつけるだろ?」
「アイスみたいなやつ?」
「あぁ……1個くらいで腹はいっぱいにならねえけど重たくてな。胸焼けで……ここらへんが重くてちょっと気持ち悪くなる……だから、主様が休憩したいって言ってたのはよ〜〜く分かる、チョコも油入ってるからな」
「油あるの…?!」
「あぁ、肉焼くときの油じゃねえけどな。油分があるからチョコはそれだけでも重い。……けど、フェネスが血相変えて『主様が見つからない』って探し回ってるのは肝が冷えた。俺の主様は可愛いからなぁ、子供を狙うクソ野郎に狙われたのか?とか屋敷内なのにか?とかな…だから、ハウレスが心配しすぎて怒鳴っちまったのも、よく分かる」
「………」
「けど主様、こんなの初めてだろ?ならいい機会じゃねえか。主様は今までよりも甘いもん食いすぎないようになるだろうからルカスさんも喜ぶだろうし、主様は俺達にこんくらいは言ってもいいんだって分かったんだ……俺らも、主様がとことん俺らに優しすぎるって分かったしな」
「うん……ハウレス、まだ怒ってた…?」
「怒るどころか主様を怖がらせちまったって凹んでる勢いだぜ、ジメジメしすぎてキノコ生えてきそうなくらいな」
「……」
「仲直りしてくるか?」
「……おてがみ、書いたの」
手紙。なんていじらしいのだとボスキは目を剥く。明日渡してほしいと手渡され、頷く。
(おらよ、ハウレス)
(いてっ……なんだ、手紙?)
(主様からだ、今すぐ読め)
(!)
(読んだらさっさと行ってこい、昨日もあんま寝てねえんだ)
(悪い、助かった……食事中か?)
(あぁ。ロノが引き止めてる)
(ボスキ、ありがとうな)
(……へ〜〜〜ぇ?ボスキさんがハウレスさんのために動くなんて珍しいっすね)
(うるせぇよ、アモン……くぁ…あ〜ねみ。俺は寝る)
(は〜い、今日は特別に昼まで起こさないでおくっすよ)
気にしいコンビの仲直りは大変。
手紙はたった1行、『ハウレス、ごめんね』としか書かれておらず胸が締め付けられる思いで食堂へ向かったハウレスとすぐ音ちゃんはごめんなさい、と言い合って笑顔になります。
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