板ばさみ・ちび主
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板ばさみ
「やぁ〜だ」
「主様……ほら、プリンが待ってますよ」
そうは言われても嫌なものは嫌なのだ。ぷい、とフェネスから視線を反らした音は床のカーペットの模様を見つめる。何かよく分からぬまま『主人』となり、たくさんの執事に囲まれ、元の世界にはいない無差別に人間を狙う天使と共に戦うことになった音はテーブルマナー、貴族令嬢という設定においての立ち居振る舞い、文字の練習をキャパオーバーになりながらも習得していった。
しかしやはり齢10にも満たない子ども。集中力が切れるのも早い時もあるし、そもそも朝からやる気のない日もある。そして1番理解ができないと投げ出しているのは各貴族の立ち位置だった。
皆、音が参加する会合やパーティーと分かると『言いくるめばうまくグロバナー家との仲を取り持ってもらえるだろう』と音にひっきりなしにいい顔をする。音が7つであっても、成人していても執事たちは『貴族の争いに主様を巻き込ませるわけにはいかない』……これが総意だ。
13人も執事がいるとはいえ、パーティーの設営や運営、護衛や貴族の相手をしていれば人手は足りなくなる。もしも一人になったときに貴族の相手をしなければならなくなったら……音の身を理不尽さから守るためにもフェネスはこの国における世界史に加え、貴族の繁栄や没落の話もしていたが子どもにとっては面白いわけがない。
「なんでそんな回りくどいことばっかりするの?」…辟易とした音が以前吐き捨てた言葉である。至極正論。フェネスは頭を抱える。自分たちが不甲斐ないばかりに、音を政権争いの中に巻き込まれない程度に首を突っ込ませざるを得ない。
「やだ」
「主様……」
「やなの」
「……休憩しましょうか、主様」
「うん……フェネスだっこ」
フェネスは軽々と主である音を抱き上げる。首元に回ってきた腕とおでこの温度が高い。子どもというのは熱の塊だ。
「音フェネスと本読みたい」
「本…?」
絵本が読みたいとリクエストされてしまえば、貴族の相関図を書いた紙を仕舞う他ない。フェネスは音のリクエスト通りの絵本を読み聞かせていく。子犬が周りに頼まれごとをされすぎて一休みが大事だ、というオチの絵本。
「今日はのんびりする」
「主様…」
「フェネスとのんびりするの」
「ふふ…はい、ご一緒させてください」
「フェネス最近おじさんたちの話ばっか」
「え゛っ」
言われてみれば、担当執事になるたびに歴史書を片手に主様に話しかけて教えていた気がする。
「音おじさんの話好きじゃない」
「……申し訳ありません、主様…嫌でしたよね」
「ずっとは嫌」
「うぅ……ですよね」
「たまにならいいよぉ……今日はのんびりするの」
「はい、任せてください。思う存分のんびりしましょう」
早く早くと急かしすぎてしまった。覇権争いの醜い人間関係の話なんて、音じゃなくても顔を顰めるだろう。今日と次回は最低でも忘れたように過ごしたほうがいいとフェネスは思い直して音の頭を撫でる。向きを変えてお腹に抱きついてきた音は通称「コアラだっこ」の姿勢になる。これをするときは大抵甘えたいか眠いかだ。
「フェネス〜だっこ」
「ふふ、してますよ」
「もっと」
「こうですか?……主様、温かい。少しお昼寝しましょうか」
フェネスがブランケットで音をぐるぐる巻きにして温かい日差しのもとに移動し、ゆらゆら揺すればコテンと赤子のように寝落ちした。フェネスは安心しきった音の愛おしい寝顔を見ながら、抱きかかえたまま椅子に腰掛ける。そのまま本を広げ贅沢な読書時間を過ごしていたフェネスが昼寝をしており、珍しい珍しいとギャラリーが出来ていたことは眠っていた二人は知る由もない。
「アモ!」
「わっ!……危ないじゃないっすか、主様……ん?何持ってるんすか?」
「ぴかぴかのだんご!」
音の泥だらけの手の中に光沢が凄まじい磨かれた泥団子が。子どもは確かに泥団子作るの好きだったとアモンは街の子どもたちの様子を思い返し、しゃがんでぴかぴかの泥団子を眺める。
「食べちゃだめだよ」
「食べないっすよ……すっげえぴかぴかっすね」
「ふふん、幼稚園でも一番作るの上手だったんだよ」
「そうなんすか、流石っすねぇ……あ、主様…靴下に泥が」
「うげ……フルーレに怒られちゃう〜」
「へへ、フルーレくんセレクトの白い可愛い靴下ですもんね……泥団子預かるから、着替えて靴下つけ置きしちゃいましょう」
「つけおき?」
「そ、つけ置き」
音の手を洗わせたあと、靴下を脱がせて別のに履き替えその際に服には跳ねてないかをよく確認して泥団子を返したアモンはバケツの中に粉石鹸で靴下をお湯につけた。これで泥汚れも落ちるだろう。
「つけ置き……」
「つけ置きがどうかしたんすか?」
「ロノが前、唐揚げ作るとき言ってたから最初意味わかんなかった」
「ああ……中身は違うけど、あるものをある液体に漬けて置いておくっていう意味は同じっすからね…つか唐揚げって聞いて腹減ってきたな…」
「音も空いた〜」
食堂へなにかつまみに行こう、とアモンと音は手を繋いで歩き出す。アモンが音の表情をちらりと盗み見ると、なんだか寂しそうな悲しそうな……泣きそうな顔をしている。靴下の件じゃないと判断したアモンは足を止め、音を抱きあげて視線の高さを同じにする。
「主様…何かあったすか?元気ないけど」
母親に会いたくなったのだろうか。執事たちは一心に愛を注ぐことはできても、この世で一人の産み育てた母親の代わりにはなれない。アモンは常々それを歯痒く感じていた。
「……音…」
「?」
今にも泣き出しそうな音にアモンは街で誰かに野次られたのか?それともこの間ルカスと合同で参加した会議で貴族に何か吹き込まれたか?と思案する。
「音、音が…」
「主様、落ち着いて……ゆっくりでいいっすよ、言いたくないなら今言わなくてもいいっす。だから……ちゃんと呼吸してください」
アモンが控えめに背中を擦ると声を上げてしゃくりあげ始めた音が大粒の涙を流す。人気のないところに移動したほうが良さそうだとアモンは足早に移動を始めるがボスキに見つかった。目を見開いたボスキはアモンを何事だと言わんばかりの顔で見つめるが、これから聞き出そうとしているから知る由もない。首を横に振るとボスキがゆっくり近づいてきた。
「主様」
「…っひ…ぅ…ボスキ…?」
「誰に何言われた?」
「ボスキさん………」
「……俺の主様をこんなに泣かせた奴はどいつだ?」
アモンは全面同意だがボスキを止めようと声をかける。何故ならキレすぎて顔がとんでもないくらい不機嫌さマックスだからだ。主様からすればたまったもんじゃないくらい圧を感じるだろう……もともと男を毛嫌いしてた節もあるのに。
「ボスキさん、顔……圧もヤバイっす。責められてるように感じちゃうから、抑えてください」
「…悪かった……なぁ、主様」
「み、皆可哀想って」
小さな声だった。しゃくりあげて泣いた音の喉は震えてうまく声が乗らないのだろう。聞き逃さなかった二人が顔を覗き込む。
「皆?」
「音のせいで、皆、…っぅ、ひ…可哀想って…音が…音がバカだから、子どもだから、…音が」
「…はっ、そんな訳あるかよ……主様、……こっち見ろ、主様」
まるで自分に言い聞かせるように自分が悪いと繰り返す音の掴んでボスキが近寄る。
「俺は……主様がここに来てくれて毎日感謝してる。居るか分かんねえが神とやらに誓ってもいい……俺の大事な主様をそうやって悪く言うな」
「そーっすよ!主様が来てくれて、オレたち本当に嬉しかったんだから……ね、主様。全然可哀想じゃないっすよ……むしろ、世界で一番幸せ者なんすから…ね、ボスキさん」
「俺が一番でお前は二番だ」
「なんでそこで競うんすか……ほら、主様…そんなに泣いたら目が溶けちゃうっすよ」
落ち着いてきた頃合いを見計らい、アモンは体を揺らし始める。そうやって宥めていると音の瞼が完全に降りる。
「さて………ルカスさんあたりに聞けば分かるっすかね?」
「あぁ……あとはナックもな」
真顔で怒りを隠そうともしない二人にルカスは驚いたが、アモンの腕の中で眠る音の涙の跡を見て察したのか小さな声で「調査中だよ」と一言返した。
「……アンタと一緒のときにでも言われたんじゃないのか」
「ふふ…そうしたら私が主様のフォローをしないわけないだろう……はぁ、だめだね。ボスキくんたちに八つ当たりしてしまうなんて……ごめんね、主様もショックだったみたいで……相手の情報をなかなか口にしなくて」
ルカス、ナック、ベリアンも頭を抱え難航したこの件の犯人への手がかりは意外にもフェネスが確定させた。フルーレやラト、ロノ、バスティンたち若手が毎日毎日音を励ましようやく少しずつ元気になってきた反面、犯人特定は進まず執事内の会議を開いた。
その際に、フェネスがそう言えばと口を開いた。良からぬことを吹き込まれたり、貴族同士の争いや首謀に巻き込まれぬよう中央の台地の貴族同士での対立の勉強をしていたが、ある貴族の名前を出した途端に話を聞くのを露骨に嫌がるようになったと。
「あ…その、確定的なことはなくて…俺が一気に詰め込みすぎてほんとに嫌になってただけかもしれないですけど……」
「ううん、フェネスくんありがとう。大事な手がかりだよ…少しその貴族を追ってみようか」
「まずは会議出席の履歴からですね。ダルフォンソ家といえば……グロバナー家が領地を得る前はかなり栄えていた貴族の一つです。グロバナー家に対し抱く気持ちは色々とありそうですね」
ナックがそう続き、しばらく足取りを追っていると2ヶ月前……つまり音の様子が少しおかしくなったあたりで開かれた定期会議に参加した履歴を確認。
「ルカシュ……だっこ」
「ふふふ、はい……主様、お昼寝はいいんですか?眠そうですが…」
「うん……だっこがいい」
「それじゃあ私と一緒におしゃべりしてゆっくり過ごしましょうか……あれ、くまきちは?お部屋ですか?」
「てんぴぼししてる……」
もうあと一言二言交わせば寝てしまうくらい微睡んだ音がそう返す。クリスマスに初めてサンタからもらったくまきちは音の宝物であり、それはもう大事に大事に扱われている。天気がいいから久々に洗われたのだろう。
「ルカシュ……」
「はい?」
「ルカシュ、ここ、でてくの?」
「……えっ?」
私が?ここを出ていく??考えたこともないことを突きつけられ、ルカスは思わず反応が遅れる。
「音の……子どもの主人はいやだって……違うお家行っちゃうって…おじさんが…」
すぐに否定したいルカスは『おじさん』の単語で冷静になる。とんでもない嘘をついて主様を傷つけた不届き者がいるようだ。
「……そのおじさんとは、誰のことでしょうか?」
「………ダルフォンソのひと」
フェネスが教えてくれた通りだった。やはりか、と思いつつルカスは柔らかな表情を崩さず音と向かい合う。
「私の主様は、音さまだけですよ。幼い主様というのは事実です。ですが……世界で一番幸せにしたい大切な主様なのも事実です……お金をいくら積まれても、主様が私を『要らない』と仰らないかぎり……私はずっと、主様の執事でいたいです……いいですか?」
「うん……行っちゃやだ…」
ぽろぽろ泣き出した音の涙を拭い、それはダルフォンソ家当主の嘘だと告げた。他には何か、不安になるようなことは言われてないか?とルカスが確認すると嘘まみれの言葉たちがこれでもかと出てくる出ててくる。
ベリアンは音の担当執事が嫌だと相談してきた、だの悪魔執事と契約という形で仕方なく主人と執事の関係でいるのだ、だの……音をデビルズパレスから追い出し、力が発揮できない悪魔執事たちを追い込みグロバナー家に復讐したかったのだろう。執事に向かって何かを吹き込むよりもよっぽど効果のある方法なのは認めるが、音が見たことないくらい落ち込んでいる姿を見ていた執事たちが黙っているわけがない。
(あ〜るじさまっ!)
(ムゥちゃん!)
(ふふふ、僕と一緒にお庭で遊びませんか?)
(あそぶ!)
(………さて、ムーくんが連れ出してくれてる間に結果を報告するよ…犯人がわかった。フェネスくんの推察どおりダルフォンソ家当主で間違いない)
(主様が仰ったんですか?)
(うん、はっきりとダルフォンソ家とね…彼によれば、主様は馬鹿で子どもだから私達はダルフォンソ家の執事になりたいらしいし?私に至ってはここを出ていく話になっていたらしいし……ベリアンも嫌気がさしたと相談されてたらしいよ、彼によれば、ね)
(………ルカス、表情に気をつけろ。皆怯えてる)
(ごめん……ちょっと流石に許せなくてね)
(闇討ちでもしてくりゃいいのか?)
(ボスキさん、落ち着いてくださいっす!万が一俺らの仕業ってバレたら主様どうなるんすか!)
(バレねえようにやりゃいいんだろ)
(もぉ〜……一応相手は貴族なんすから、一人でいるときなんて都合よく狙えないっすよ)
(ッチ………)
(それにロノくんたちも殺気立ってるから隠密行動なんて無理っすよ)
(皆さん、闇討ちの方向で話をしてますが……いくら主様に嘘を伝え傷つけたとはいえ暴力で返すのはダルフォンソ家や他の貴族のこれまでと同じなのでは?)
(お、俺も…ナックさんの意見に賛成です、その……ここで当主を不審死させても…貴族のいざこざに主様を巻き込む形になるのは……俺は嫌です、巻き込みたくなくて話をしてたから)
(フェネス……)
(腸が煮えくり返るのは、俺もそうですけど……なんていうか暴力なしというかもっと上手くやる方法を考えませんか、みんなで。主様を大人の汚い戦略に巻き込みたくないんです)
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