黒猫と執事
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冷や汗もの
「…………にが〜っ!」
ルカスとベリアンが留守の執事室、机上にあったワイン。葡萄が原材料ということくらいしか音は知らなかった。夜中、人肌恋しく起き上がってぽやぽやの働いてない頭にはぶどうジュースにしか見えなかった。のどが渇いていたのもあり、ワイングラスにたっぷり入ったワインをぐびっと一気飲み。
「う……?」
なんだか気持ちが悪い。目をつむってぐるぐる回ったあとのような足元の覚束なさ、そして視界に映る全てが二重三重に見え、ピントが合わない。
「ぁ…う?るあしゅ……」
脱力した音はその場に座り込み、ふらつきがひどく気持ち悪いため寝転がる。ルカスの名を呼ぶが声量はほとんどない。
「ぉえ……っ…ぅ…」
気持ち悪く、せり上がるものがあるのに吐けない。嘔吐きが続き、ぽろぽろと涙が出てくる。どうしよう、助けすらまともに呼べない、トイレに向かうことも自力では叶わない現状に音は慌て出す。
「……主様…?主様、どうされました?」
「ゔぇ……っ、べ、り…」
「ベリアン、ごめんね。代わってくれる?……主様、主様……ここにあったの飲んでしまったかな?」
「う……ごめんなさ…ぃ」
「うん、主様…吐けるかな?難しい?」
もう質問に答える気力はない。長く感じる体感時間、ずっと吐けずに嘔吐いていた音はアルコールのせいで意識がふわふわとしている。
「ベリアンは水を。白湯がいいな」
「かしこまりました!タオルなども持ってきます」
「主様は……よいしょ、運びますね」
トイレに連れて行かれ、背中を擦られる。それでも苦しそうに吐けない音にルカスは指を口に突っ込む。
「頑張ろうね、主様…少し吐いたら楽になるからね」
「おえ…っげほっ!」
胃が空になるまで吐き続け、口をすすがせて白湯を飲ませる。あとは体が分解するのを待つしかない。顔が真っ赤で発熱しているかのような音の意識は朦朧としていたが、朝方になるにつれ顔色も戻り寝息もいつものものになる。
「……大丈夫そうだね……肝が冷えた…」
「申し訳ありません、私が外に誘ったばかりに……」
「ううん、ベリアンも主様も悪くないよ……手の届くところに置きっぱなしにした私の責任だね…きっと寝ぼけていたんだろうし…お酒以外の誤飲も怖いし、自戒の意味も込めて執事の間で共有しようか」
「そうですね。朝の会議で知らせておきます……ルカスさん、主様の様子は私が見ておきますからどうか休んでください。何かあれば呼びますから」
「……隣の部屋に居るね」
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「……ぅえ…?」
「主様…!目が覚めましたか?体調は…?」
「ベリアン…?ルカシュは…?」
「隣の部屋でお休みしています……良かった、顔色も元に戻りましたね」
「ごめんなさい……音…わざとじゃなくて…」
「ふふ、もちろん分かっております。喉が渇いていて飲み物があったら飲んでしまいたくなりますよね……今後は二度とこのようなことがないよう、私達執事も気をつけて参ります……吐き気…気持ち悪さなどはまだありますか?」
「もぉない……ゔぅ」
「あ、主様?どこか痛みますか?」
「こわかったぁ」
満足に自分の手足も動かせず、誰かを呼ぶこともできず、頭も体もふらついてまるで浮いているかのような安定性のなさ、そして付きまとう吐き気と同時に強すぎる眠気に音は本気で死ぬのだと思っていた。感じたことのない感覚が一気に押し寄せてきて、最終的に吐いたあとの記憶が曖昧なのでそのこともより恐怖として記憶に残った。
ベリアンに抱きつき、わんわん泣きながら辿々しい言葉でどう怖かったかを伝えようとする音の頭をベリアンは優しく撫でる。手を繋いで擦りながら落ち着くまで待ち、ひとしきり音が泣き終えたタイミングで微笑む。
「……ふふ、主様が怪我をしたり…熱を出したり…今回のように倒れてしまわれても…必ず私達が助け出します。またこうやって朝を迎えて、ご飯を食べて……お花を見たり、空を見たり。
大丈夫です、大丈夫。私達が居ますからね」
「……だっこ」
「はい……寒くはありませんか?」
「うん…だいじょぶ」
「ロノくんがポタージュを作ってくれてますよ、ゆっくり食べませんか?」
「お腹すいたけど……ぎゅるぎゅる言ってる」
「本調子じゃないかもしれませんね、様子見しながら少しだけ食べましょうか……空腹の時間が長いので、低血糖になってしまいます」
「ていけっとう?」
「はい、貧血のように……またぐるぐるしてしまうかもしれないのでパンを3回、スープを5回を目標にしましょうか」
「ん!」
食堂に音を抱えて向かえば、ロノが2度見してやってくる。朝の音がワインを誤飲して急性アルコール中毒の症状で倒れた、と執事に報告したときの阿鼻叫喚ぶりは凄まじかった。全員心配してしまう気持ちは痛いほど分かるが、少し落ち着いてほしいとベリアンが苦笑したくらいだ。
「あ、主様…!大丈夫でしたか?」
「ロノ、おはよぉ…さっき起きた!」
「主様の好きなさつまいものポタージュですからね……いやぁ、俺……子供がアルコールだめなんて知らなかったっす。体に合わなくて危険だから禁止なんすね…」
「まだまだ成長途中ですからね……臓器が大人と同じ動きができないんだとルカスさんが仰ってました」
「なるほど……」
「音もうぶどうジュース飲まない」
「ふふ、ぶどうジュースとワインは別物ですよ」
「のまない」
「あらあら……」
「!主様……体調は回復したのか?」
「バスチ!おはよぉ」
「おはようございます、バスティンくん。さきほど起床されたので、今からお昼ごはんなんです」
「そうか……無事で何よりだ、主様……それと、すりおろしたりんごなら胃に優しいと聞いて……街に行ってりんごを買ってきたんだ」
「しゃりしゃり?」
「あぁ」
「ありがと、バスチ!」
美味しいとポタージュは完食、パンは食べ切れなかったもののバスティンがすりおろしたりんごを数口食べてベッドに戻る。一睡もしてないベリアンは音の手を握りしめたまま座って眠りに落ちた。一方、ぎゅるぎゅると消化音が鳴り響き落ち着かないお腹に眠気が覚めてしまった。ベリアンも寝てほしい。そう思い誰かに声をかけようとベッドから降りる。怒られるのできちんとスリッパを履いて……誰ならベリアンを抱っこできるか、そう思案しながらフェネスの元へ。
「フェネス」
「!…主様、起き上がって平気なんですか?」
「うん……ベリアンのこと運んで?」
「ベリアンさんを?……まさか、倒れたとか?!」
「座ったまま寝ちゃったの、寒いしベリアンが風邪ひいちゃう」
「な、なるほど……じゃあ一緒に行きましょうか」
無事にベリアンを同じベッドに寝かせてもらい、音はベリアンにぴったりくっついて目を閉じる。
「フェネス、」
「ふふ、暖炉の確認をしてました……大丈夫ですよ、主様。俺もベリアンさんも居ますから」
フェネスの高い体温によって微睡んだ音はすぐに眠る。フェネスが安堵して息を吐くと、ちょうど起き上がったルカスが部屋に入ってくる。
「おや、フェネスくん……ふふ、ベリアンは寝ちゃったんだ」
「ルカスさんこそ…もっと休んだほうがいいんじゃ?俺見てますよ」
「ありがとう……でも、どうしても気になってしまってね。夢見は悪いし……実際見て安心したいし……うん、顔色もいいし熱もないね。脈も正常だ」
アルコール誤飲事件があってから数週間、音は街に出かけて俯いて帰ってきた。何事だ?としゃがみこんだラムリは固まる。ぼろぼろ大粒の涙を流していたからだ。
「あ、主様…!?どうしました?どこかぶつけちゃいました?どこか痛い?」
「ぅ、音、今日からだいえっと、する…」
「……へ?」
ラムリは再度固まる。今なんと言ったのだ、この主様は。脳が処理を拒むように働かず、涙を拭いながら音の顔を覗き込む。
「だいえっと、する…!」
13人の執事はこのあと全員で頭を抱えることになる。百瀬音という少女は一度こう、と決めたら頑なに曲げない一途で頑固者である。
「で?主様に「デブ」なんぞ言ったクソガキはどいつだ?」
「ボスキさん、剣仕舞ってくださいっす!危ないから!」
「ロノくんは見ていないんですか?」
「ちょうど荷物詰め込んだりしてて……」
「しかし、どうしたらよいのやら……紅茶さえ飲んでくれません」
「水しか飲んでないんだよね?……困ったなぁ……」
「……主様は今、見知らぬ他人からの心無い言葉を気にしてる。だから俺達がいくら「食べてほしい」と懇願しても、食べないんじゃないか?」
「けどよ、バスティン……主様に全然太ってないって全員伝えたぜ?それでも……一口分のバナナすら食ってくれねぇんだよ」
ロノが眉を寄せてそう言うと会議室が静まり返る。調理担当であるロノは、自分の作るご飯を美味しそうに食べてもらうことに何よりの喜びを感じているのを全員分かっている。主様のリクエスト料理は片っ端から書庫をひっくり返して探して作るほどの熱意があるロノの手料理さえ拒否することが、どれだけ彼の心を削っているのか。そして食べることが大好きな主様がそこまで我慢するほど野次られたのはどれほど傷ついたのか。
「……ボク、もう一度主様と話してくる!それでも駄目なら……また考える!」
「ラムリ!……全く、話も聞かずに……」
「ふふ、ナックくん。きっと大丈夫だよ……ラムリくんの真っ直ぐな言葉はきっと主様に届くはず。……私は…いざというときのために点滴を作っておくよ…ロノくん、あまり気を落とさずにね。気にするにはあまりに幼いけれど……年頃の女性は特に体型を気にするものだから」
「うす……回復食作ってきます」
「あーるじさまっ!ふふ、見つけた」
「ラムリ……」
食べなくなって早3日。ラムリは心配で胃に穴が開きそうだった。顔色は日に日に悪くなるし、エネルギー不足でフラフラしており声に覇気もない。そんな音を優しく膝の上に抱きかかえ、手を握る。
「主様、ご飯くんがポタージュスープ作ってくれるって。ボクと飲みに行きませんか?」
「………」
ラムリは食べてほしいと直接言葉にしない唯一の執事だった。一緒に味見しに行かないか?とかこっそり一口だけ食べないか?とちょっとだけ、を敢えて強調している。
「主様……ボクの、大事な主様。主様はいまから大きく大きくなるんですよ。だからいっぱい美味しくて栄養のあるご飯を食べて、骨から元気になる途中なんです。
ほら、冬眠前のクマさんもいっぱい食べるでしょ?少しまあるく見えても、決して主様は太ってなんかいませんよ」
「……ロノ、おこってる?」
「ぜーんぜん!心配してるだけですよ〜」
「おなかすいた……」
「ふふ、一口だけ飲みに行きます?」
そう誘えば、頷きが返ってくる。ラムリはポンチョで音をぐるぐる巻きにして食堂に向かう。
「主様…!へへ、かぼちゃのポタージュ作ったんですよ」
「のむ!」
「はいはい…パンは?主様の好きな白いふわふわのパンもありますよ」
「ふわふわ……」
「一口食べてみます?ボク、ポタージュにパンひたひたにするの好きなんですよね〜」
「……たべる!」
「はい、じゃあ…一緒にラムリさんも食べますか?」
「うん!ご飯くんも一緒に食べようよ」
三人で食卓を囲む様を気付かれぬよう見守る執事が代わる代わる扉の前を入れ替わってるのを音は気付かず、随分と胃が小さくなってしまったものの、固形物もスープも美味しいと笑顔で食べた。食べること自体が嫌になってしまってないかと不安だったロノは心底安心したように音を見守る。
「主様……まじで耳にタコ出来てるかもしれないですけど、主様はマジで全然太ってなんかないすからね…手もこんな小せえし」
「大きくなるもん」
「大きくなるにはしっかり食って、しっかり寝ないとですよ」
「……ごめんなさい、ロノ」
「へへ、いーっすよ」
ルカスからもこのあとお叱りを受けることにはなるが、音の食べないダイエットはここでようやく幕を閉じた。ボスキやハウレス辺りは野次った相手を特定してしばき倒そうか悩んでいたが最終的に音の顔に泥を塗ることになる、とミヤジに諭されてようやく落ち着いた。
(でもね……音、前ロノがクッキー焼いてるときにね)
(?)
(あんなにお砂糖入れるんだ……ってちょっとびっくりした)
(あ〜……まあ、お菓子はそうすね、ちゃんと分量通り入れねえと食感まで変わってきますから)
(だから、音お菓子やめる!)
(えぇ!?!ボクとカップケーキ食べる約束は?!主様〜〜っ)
(バスティンとりんごジャム作るって話もありましたよね)
(ゔ………)
(ベリアンさんも主様とお休みの日に食べるマドレーヌ楽しみにしてましたよ)
(うぅ…)
(あの甘いもの苦手なナックでさえ、オレンジ主様と食べるの楽しみにしてましたよ)
(……ちょ、ちょびっとにする…)
(やった〜!カップケーキにはフルーツ飾って食べましょうね)
でも実際和菓子も洋菓子も作る過程をASMRなんかで見てると「砂糖何回入れた?」「この山盛りの砂糖を複数回??」ってなりますよね。お菓子にかかわらず、美味しいはカロリーでできていると思っています。
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