安全パトロール・ちび主
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あさのおしごと
「主様、主様」
「や!」
「困りましたねぇ、主様……もう起きる時間ですよ」
執事のベリアンが優しく少女の肩を擦る。もう起きているというのに目をぎゅうと瞑り寝ていると主張する小さな少女はこの屋敷の主人。黒猫から指輪をもらった、と話していた少女は三月ほどかけてようやく執事たちに心を開くようになった。初めは取り囲むようにして見下ろす執事に泣いて喚いて取り付く島もなく駆け出し、フルーレと比べ物にならないほどの人見知りを発揮して困らせていた。
それが今や、年相応のわがまま盛りに。ただでさえ、悪魔と契約した身である執事にとって主人が大きな存在で命と比較しても重い存在なのに、それらを抜きにしても可愛らしい子供のわがままに全員骨抜きになっていた。
「今日はロノくんがパンケーキを焼いてくださってるそうですよ…主様の好きな甘くてしょっぱいの」
「ぅ…」
僅かに心が揺らいだ少女の反応を見逃すわけもなく、ベリアンは更に続ける。
「今日はいい茶葉を買ってきましたので、ティータイムには主様の好きなバニラアイスとお出ししようと思ってるんですが………」
「おきる!」
「ふふ、おはようございます…主様」
「ベリアンおはよぉ」
幼児特有のふにゃふにゃした発音にベリアンは下がる目尻を抑えられない。彼は今でも酔うとルカスに「初めて主様が自分の腕の中で眠った日」のことを嬉しそうに話すのだ……親ばかならぬ、主ばか。顔を洗って仕立てられた特製の服に着替え、寝癖をベリアンに直して貰いながら少女はベリアンに甘える。
「今日ねアモとナックとね、お庭のパトロールするんだよ」
「パトロール…ですか?主様が?」
「うん、ベリアン嫌いな虫退治してあげる」
「た、助かりますが……主様が怪我をしてしまうのでは?刺されたりしたら大変です」
「だいじょぶ、ラムリくん刺されてないよ」
ラムリというのはカエルを好んで食す変わった食癖の執事だ。庭からカエルを捕まえているので、少女……音は事前に聞いている。本当は湖の方まで探検したいが、一人では行くなと執事全員からストップがかかっているため、流石に行けないと判断している。
「さむいぃ」
「ふふ、おやおや……せっかくのお洋服が崩れてしまいますよ」
「…だっこ」
「はい、失礼しますね」
頼られて頷かない執事などいるものか。一番最初に声をかけられ、執事の中でも最初に心を許されたベリアンは少女を優しく抱き上げる。
「大変、手がこんなに冷えて…‥早く温かい食堂へ急ぎましょう。温かい紅茶を淹れましょうね」
「ん!」
あれよあれよと食堂へ着き、席に座る彼女の周りにたっぷりメープルシロップがかかったパンケーキとベーコン、ポーチドエッグ、そして豆のスープが用意されていく。
「お豆だ」
「主様、おはようございます!今日はリクエストのパンケーキですよ」
「ふわふわ!」
「そ、ふわふわです」
緩みきった笑みを隠しもしない彼は調理担当のロノ。傷跡を顕にしてる胸元を怖がられて主の前ではシャツをきちんと着るようになった一人だ。面倒見の良い兄のようなフランクさで早めに打ち解けた一人。最近一番嬉しかったことは音が苦手だと言っていた大豆をチリコンカンにしたら完食してもらえたこと。
「おいし〜……あ、ムゥちゃん、どおぞ」
「あ、主様!僕はあとでいただくので大丈夫ですよ!」
音がここに来て一番最初に熱心になっていたこと…それは話す黒猫の捕獲だ。捕まえて捕獲!と抱っこして歩く姿は何人もの執事を悶させた。食いしん坊なムーについつい一口どうぞをしすぎてルカスから禁止令が出されるくらいにはムーにも心を開いている。犬や猫が大好きらしく意思疎通がとれるムーには最初から警戒心の欠片もなかった。
「ルカシュのせいでムゥちゃん食べてくれなくなった」
「ま〜、ルカスさんどうこうよりもムーこれ以上太ったら大変ですよ?主様…ダイエットしなきゃならなくなっちまうし」
「「ダイエット……」」
1匹と少女の言葉が重なる。
「ふわふわでもちもちはいいことだよ」
「ふふ、そうですね……ですが、過度に体重が増えたら健康上よくないのは人間も猫のムーちゃんも同じなのですよ、主様」
ベリアンが紅茶を淹れなおし気を逸らすことで一口どうぞの流れをうまく止ませる。小さな口で一生懸命咀嚼しゆっくりと朝食を食べ終えた少女が皿を持って立ち上がる。
「あ、主様、それは俺が…」
「や!」
頑なに譲らない「お片付け」。音はきちんと元の世界で躾けられているため、お片付けと準備は自分でやるというマイルールが習慣化されており、執事がどんなに願っても首を横に振らない。
「音がかたすの!、おと」
威勢よく告げたせいでティーカップが傾く。冷や冷やしながら見守るロノ、ベリアン、ムーの伸びては戻される手に気づかぬままキッチンへ。高すぎる洗い場まで、踏み台を使ってなんとかシンクに優しく食器を置く。来てすぐは執事がやると追いかけると慌てて走るため、皿が何枚か犠牲になったものの今はそんなことはない。不注意がない限り食器の割れる音は聞こえなくなった。
「あ、バスチ」
「主様…!おはようございます。片付けてくれたんですか?」
「うん、音割らなかったよ」
「ありがとうございます……流石です」
意外にも無愛想と言う言葉がピッタリとロノが語るバスティンにも音はニコニコと挨拶をしている。バスティンが作った木彫りのフクロウ人形をもらったことをきっかけに、音はバスティンの生活を1日尾行して「怖くない」と結論づけた。そこからはロノ、バスティン、ハウレスのアシストもありこうして会話ができるように。お互いが猫好きなのも大きいだろう。
「バスチもふわふわ食べに来たの?」
「ふわふわ?……あぁ、パンケーキは主様専用なので俺は……あ、肉の余りがある。」
「バスティンくん、主様の前で堂々とつまみ食いはだめですよ……主様、パトロールは予定通り行うんですか?」
「するよー秘密基地集合なの」
秘密基地。パトロール。何やら普段は聞き慣れない単語にロノとバスティンたちは首を傾げている。秘密基地なんてあるのか、とベリアンは尋ねたい気持ちを抑える。秘密の基地なのだからお話いただくまで暴くのは野暮なもの……ベリアンは慎ましく主思いの執事だ。
手を洗い歯磨きをしたあと、音は庭の薔薇園に向かう。丁度アモンが水やりをしてナックも手伝っている様子だ。
「アモ、ナック!おはよぉ」
「おはようございます、主様!ご機嫌っすね」
「おはようございます、主様…おや、髪型がいつもと違うんですね。素敵です、主様!」
ナックは何をなくそう主様至上主義の代表格なので、あのベリアンやラムリにさえ「少し落ち着け」と言われることも少なくない。出会いがしら、怖がらせないようにと膝を追って挨拶する様は音からしたら絵本やテレビで見た王子様そのもので、ナックのことを執事ではなく王子様だと本気で勘違いしていた時期があったくらいだ。
「いや〜……一応もう一度確認しますけど……主様、本当に大丈夫なんですか?虫っすよ、虫……」
女の子で、なおかつまだまだ小さい。大人の庇護がなければ生きていけないような齢の主人が薔薇に大量発生する害虫を駆除する!と言い出したのを未だに信じられないアモンが尋ねる。毛虫とか、そういう……ベリアンが見たら騒ぐタイプの虫だ。
「うん、虫は潰すといいっておばあちゃ言ってた」
「け、毛虫を手で…?!?!駄目っすよ、駄目!!手がかぶれるどころの騒ぎじゃないっす!!あぶな、確認しといてよかった〜……ナックさん、主様素手で虫潰さないよう見ててくれる?」
「もちろんですとも!主さま、こちらアモンくんよりもらいました…これを薔薇の低木にかけていきましょう」
「なぁにこれ?お水?」
「飲んじゃだめっすよ…!これは虫が寄らなくなる駆除液っす!ルカスさんに作って貰いました…市販品だと成分強すぎて、たまに薔薇が枯れちゃうんです」
「なるほど……植物への刺激が少なく害虫駆除ですか……流石ルカスさん!こちらを霧吹きのようにかけてゆきましょう、主様」
「はぁい」
アモンからスプレーをもらい、枝や葉の方に向かって薬を撒いていく。音が住んでいた時代なら自動で撒布できる機械もあるが、なにせここは時代も世界も異なる場所。そんな便利なものはなく手作業がほとんどだ。農作業も何もかも、そう。アモンは主様を働かせるなんて…と前日まで悩んでいたが、楽しみにしている主様の気持ちを思い複雑な心中であった。
「あ、落ちてる」
「主様、こちらへ」
落ちている薔薇を拾おうとした音の手を優しく握り己の近くに寄せたナックが庭の外を鋭く睨みつける。何かが動いた…‥人か?獣か?…はたまた、天使か?
「ナック?」
自分に向ける表情とかけ離れた横顔に音は不安そうに見上げる。天使というものと対面したことはある。仕組みは何回説明されてもわからないが、無差別に攻撃をしてくる天使に対して執事たちの力がないと人の力では到底叶わないこと、その力を自分が強めることはなんとなく理解している。
「……あぁ、主様。そう怖がらず……といっても難しいですよね。大丈夫です、ただの鳥でした…お騒がせしてしまい申し訳ありません」
不安そうな音に気づいたナックが音の手を優しく握り直す。小さな両の手を壊れもののように優しく包み込み、冷えぬよう指で擦る。鳥と分かると安心した表情になる主にもっと安心してもらえるようナックは笑顔を向ける。
「見てください、主様。ここからは黄色い薔薇が植えられていますよ」
「……わ、ほんとだ!綺麗だねえ」
再びスプレーを持って地道に地道に撒いていく。音もナックも真面目にやるものだから、アモンもさぼれず。二人の様子を遠巻きに見つつ、自分も仕事をこなしていく。主様よりは自分のほうが多く作業しないと執事の名折れというもの。
「いてっ」
「あ、主様…!お怪我を?指を見せてください」
「さされたぁ」
葉の裏にびっしりいた毛虫にナックも音も全く気づかず、音が葉を避けようと触ってしまった。声にならない悲鳴を上げながら医務室にかつぎこまれた音はケラケラと笑っているがナックは涙目…ルカスは何事?と混乱したものの、手元を見てすぐ虫刺されと判断した。
「ナックくん、そんな……大病の雰囲気を出されると困っちゃうなぁ……主様も、手袋をつけて作業をしないと…ね?じゃあ痒くなっちゃうだろうから薬を塗ろうか」
「かゆい」
「腫れてきたね……反対の手や足は大丈夫?」
「うん」
「も、申し訳ありません、主様……っ!」
今生の別れか?とルカスは脳内でツッコミを入れたが、黙っておく。ナックは真面目で責任感のある執事だ。自分もそうだけれど、優しくて可愛らしい主様が大好き。目に入れても痛くない!と豪語していたナックにとって、毛虫であろうと主様が医務室に行かなくてはならない理由を作ってしまったと落ち目に感じているのだろう。そうでなければ虫刺されでこんな大の大人が号泣しない。
「ナックもさされちゃったの?」
「ううん、主様が刺されて悲しいんだよ…ナックくんは優しいからね」
「ナック泣かないで」
「も、申しわけありま゛…っ」
ラムリくんが見たら爆笑して喧嘩になるだろうな…とルカスは案じて主と二人で泣きやませた。10分ほどかかったが、音の腫れが引くのを確認してようやくナックの涙と後悔も落ち着いた。
(よし、残りやろ!)
(駄目に決まってるでしょう、主様…!安静にしていてください)
(や!)
(うーん、今回ばかりは僕も安静にしててほしいかなぁ)
(ぶー!!)
(ふふふ、可愛くブーイングしても駄目。こういう虫さされは他の場所に移りやすいから)
(………お手伝いするって約束したの)
(何を仰るんですか、主様。もうしてくださったでしょう?残りはこのナックが責任を持ってアモンくんと二人で撒いてきます…そしたらまた薔薇を眺めましょう)
(……はぁい)
(ありがとうございます、主様…!すぐ終わらせてきますね、ルカスさんとゆっくりなさってください)
(ふふ……主様。そうしたら私とおしゃべりしてくれると嬉しいな)
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