本棚にある全ての小説のお名前変更ができます。
幼なじみ
お名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
自室の扉を開けて廊下を覗いてみても、今日は誰一人見当たらない。皆王宮のパーティーに出張っているようだ。
なんだか部屋にこもっているのも嫌で廊下を歩く。遠くで騒がしい音が聞こえた。従者用に建てられたこの建物は、王宮からは少し離れた場所に位置している。きっと忙しいであろう王宮内の状況も、ここからは分からない。
廊下の窓から空を見上げた。別の国に行ってみて初めて気がついたことだけど、夕焼けの草原は星がきれいに見える。科学が発展するずっと昔、百獣の王の国では星は亡くなった王たちだと言われていたらしい。歴代の王は没後星となり、王家の者を見守っている。レオナくんはくだらないと一蹴していたけど、よく悩んだときなんかは空を見つめてる。それを見ると、逸話が本当で、星がレオナくんのことを見守って導いてくれるといいなと思うのだ。
「あら、そこの貴女」
「え……」
声がした方に目を向ければ、女性が1人立っていた。見たことのない顔だ。
「ここに住まわれている方?」
「はい。どうしてこちらに……」
明らかに、パーティーに参加していた方だろう。きれいなドレスも、品のある仕草も、何もかもが馴染んでいる。
「迷ってしまったの。会場がどちらかはご存知?」
「え、ええ。私でよければご案内いたします」
「本当に? 助かるわ」
「こちらです」
少し前をゆっくり歩く。ドレスを着ているからか、歩幅が小さい。
来賓に不快な思いをさせてしまったとなっては、国の品位に関わる。他の誰も見当たらないし、私がなんとかするしかない。こんなことになるなら、もっとちゃんとした服を着ていればよかった。きれいなドレスに対して、ジーンズなのが申し訳ない。
けれど、迷ってしまったと仰っていた。それでこんなところまで来るものだろうか。会場の周りには衛兵も多く立っていたはずだ。従者も護衛も連れずに1人で出歩くなんて、パーティーに参加されるような方にはきっと許されてはいないだろう。
「きっとおやすみ中だったのよね。申し訳ないわ」
「いえ、お気になさらないでください」
扉を開けて通ってもらう。こんなふうにアテンドするのは久しぶりだから、緊張する。やっぱり一度覚えたことでもときどき思い出さないと忘れちゃうな。帰ったらちゃんと復習しよう。
「初対面での不躾をおゆるしくださいな。貴女はおいくつなの?」
「17歳です」
「そう、思っていた通りだわ。私たち歳も近いようだし、そんなふうに堅苦しくお話にならないで」
「いえ、そういうわけには……」
「私、お友達がいないの」
私の言葉にかぶせるように言った。
「昔から家のための交流ばかり。ずっとそれが寂しくて。だから、貴女がお友達になってくだされば、私とても嬉しく思うのですけれど」
様子をうかがうと、少し寂しそうに笑っていた。ふだんレオナくんを見ていて思うけれど、立場がある人は、それにあわせて、いや、それ以上の責任や重圧があるのだろう。私にはきっと分からない。
「……私でよければ」
「あら、ありがとう。私たちはお友達になったのだから、そういう距離を感じるような話し方はこれきりね」
「それは……」
「普通の友人はもっと遠慮なくお話しするものでしょう? 貴女が親しい方とお話しするときのようになさって」
親しい方、レオナくんとか? でも、それはちょっと躊躇われる。あふれ出る気品も優雅な話し方も、私とはまるで違う。こんなに差があるのに、まるで対等みたいに話すのは申し訳ない。そう考えると私ってレオナくんにすごく失礼だな。
「貴女はここで働いているの?」
「いえ。働いているわけでは、ない、よ」
「そうなのね」
鋭い視線を感じて言い直せば、和やかな返事がかえってくる。
「それでは、どうしてここにお住まいに?」
「私の母の家系が、昔から王宮に仕えさせていただいていて」
「それなら、貴女もいずれは同じように?」
「それは……」
どうなんだろう。たしかに、王宮に仕えていない大人がここに住むことは許されない。私が今滞在を許されているのは、まだ子どもだから。成人すれば去らなければならないだろう。そうなるまで残り1年もないのに、考えたことなかった。私がここを出れば、レオナくんとのつながりも切れる。本来、私が姿を見ることすら かなわないような人だ。私が母と同じように王宮に仕えれば、このままでいられるだろうか。でも、私は、
「難しいことを聞いてしまったかしら」
「い、いえ。そんなことはない、よ」
「あら、そう?」
今は、そんなこと考える時間じゃない。頭を振って無理やり思考を止める。せっかく話を振ってくれているのに、別のことを考えてたら失礼だ。
「それでは話題を変えましょう。貴女は想いを寄せている方はいらっしゃる?」
「え?」
「お友達とは、こいばな?をするものでしょう。友人から、いえ、友人のような侍女から教えていただいたの」
わざわざ言い直す必要あったのかな。私と友達になれるっていうのなら、その友人のような侍女のことも友達と呼べばよいのに。にっこりと笑みを深める姿に何も言えない。敬語を使ったときとか、たまに圧がすごいときがあってちょっと怖い。
「お話ししにくい? それなら、私からよろしいかしら」
「はい……えっと、どうぞ」
「私はお家のために結婚することが生まれたときから決まっていたの。あら、そんな顔しないで。幼いころからそう聞いて育ってきたから、それをつらいことなどと思ったことはないのよ」
「そう、なんだ」
「それに両親が選んでくださる方だもの。どこの馬の骨とも知らぬ輩よりも良い人なのは決まっているわ」
そういう家のための結婚って、本当にあるものなんだ。全く想像できない。なんだか、まるで別世界の話みたい。
「私の許嫁候補に名が上がっていた方がいたの。候補といっても、その方は私よりも身分が上の方で、私に拒否することはできなかったはずだけれどね」
お家の都合で好きな人と結婚できないとか、そういう話だろうか。映画で見たことがある、なんてフィクションと混同するのはダメだと分かっているのに思ってしまった。
「私、嬉しかったわ。ほとんどお話したことはなかったけれど、見目麗しく誰もが憧れる地位を持っている方だったから。それに、両親もとても喜んでくれていたもの」
「けれど、お相手の事情でその話は白紙に。許嫁候補といっても水面下で進んでいたことで、直接お話があったわけでもないのだから、白紙というのもおかしなことかもしれないけれど」
返す言葉がみつからないでいると、彼女はにっこりと笑って手を叩いた。
「それで貴女に聞きたいことがあるの。私の縁談はどうして白紙にされたのでしょう。色んな方の意見をうかがってみたいの。貴女の予想をお聞かせいただける?」
どんどん進む歩幅が小さく、足が遅くなっている気がする。会場まであと少しのはずなのに、なかなかたどりつかない。
「そう、ですね。あの、お相手の立場が変わったとか……」
「そうね、そういうこともあるかもしれないわね」
全く思っていなさそうな声色だ。それまでゆっくりとだけど動いていた足が完全に止まった。
「私の予想も聞いてくださる?」
声が冷たい。笑顔のはずなのに、目が全然笑ってない。
「私はお相手にすでにお心を寄せている方がいらしたのかもしれない。そう考えているの」
何にも言えなくて、無言の時間が続く。パーティーの喧騒が、やけに遠くに感じた。
「……おかしなことを言ってしまったわね。今はそんなことあるはずないと分かっているのよ? だって、第二王子殿下はお聡い方なのでしょう?」
「……」
「あなたは、よくご存じよね」
聡いことは本当によく知ってる。
レオナくんの、婚約者候補。途中から少しだけそうじゃないかと思ってた。少しずつむき出しにされていく敵意がすごくチクチク刺さって痛かった。私とあの場所で出会ったのも きっと偶然じゃない。レオナくんと親しそうな、歳の近い人を探していたのだろう。
「殿下のように常に国の行く末を案じていられる方が、お国の利益になることを私情で破談にするなんて、考えられませんもの」
「……本当に、そうです」
鋭い視線が刺さる。口出しするなと言われてる気がする。失礼だし、言って良いのかも分からない。でも、レオナくんのこと誤解したままよりは絶対に良い。
「仰る通り、殿下は常に国の行く末を案じていらっしゃいます。私情でそういうことをなさる方ではありません。お話が流れたことには本当に別の理由があったのだと思います」
どんな事情があるのかなんて私には全く分からない。でも、本当に別の事情があったのだろう。こんな言い方したらお嬢様には申し訳ないけど、レオナくんは自分のことをどうでもいいと思ってる節があるから、多分国のためなら好きじゃない人とでも結婚する。まずレオナくんは私のこと好きじゃないし前提から違うけど、もし本当に好きな人がいたとしても、そんなことで利益を逃したりは絶対にしない。それが、少しだけ寂しくもあるけど。
「そう、なのね」
「はい」
「貴女はそう思ってるのね」
「……え?」
「まぁ、それで良いのではなくて? その
なんだか、一部の言葉が文字とは違う意味に聞こえる気がする。というか、違うって否定したのに聞いてなかった? 普通に私情で破談にした感じで話してない?
「もう案内は結構よ。会場はもうすぐだし、別の方に頼むから」
「えっ」
「あぁ、楽しい時間をどうもありがとう。また機会があれば。それでは、失礼いたしますわ」
優雅なお辞儀と、見事な棒読みだった。これまでの歩幅はなんだったのか、ドレスを翻しすたすた歩いていく。
「ま、待ってください、本当に違って……」
追いかけようとしたところで、近くに立つ衛兵さんが目に入って足が止まる。きっと今話しかけても私は衛兵さんに止められてしまう。えぇ、でも、誤解されたままだ。レオナくんが弁解してくれればいいけど……。期待しない方がよさそう。