昼下がりのあの子
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<第1話>
窓を開けて、少し冷たい外の空気を吸い込む。
あんなに暑かった夏が嘘かのように、色づいた木々や中庭に植えられたコスモスが風に揺れ、新しい季節を知らせてくれていた。
私は今年の4月から葉瀬中の保健室で養護教諭として働いている。
短大を卒業して初めて社会人として勤めるこの学校での仕事は、私にとって毎日が新鮮で新しい発見の連続だ。
業務には大分慣れ、保健室の窓から見えるこの景色が日ごとに変化するのを感じる余裕もできてきた。
そんな充実した毎日の中で一際目立つ生徒の存在。
平日の昼下がり、決まって保健室にやって来る男の子。
踏み潰した上履きの踵から発する独特な音と相まった、かったるそうな足音が保健室に近付いてくる。
「先生ー、仮眠とらせてくれ」
3年生の加賀鉄男くんだ。
私なんかより背が高くて6つも年下とは思えないほど大人びた生徒。
初めて会った時は校舎裏で煙草を吸っているのを目撃してしまい、絵に描いたような不良だ!と印象は最悪だった。
周りに他に先生が居なかったので、新任だった私がビビりながら声をかけて注意したところ、童顔と低身長が相まって先生だという事を信じてもらえなかった。
それからなんでか懐かれてしまい、度々保健室に現れては絡んでくる。
『加賀くん。いつも言ってるんだけど、保健室は休憩所じゃないんだよ・・・』
「固ぇこと言うなってー」
なかなか馴れ馴れしい言葉遣いで私の注意にも構うことなく所定のベッドに潜り込む加賀くん。
『5限が終わるまでだよ〜』
いつもこんな調子で許可してしまう私は甘いのだろうか・・・
担任の先生にはその都度報告してるけど、どーゆー訳か加賀くんは成績が良いらしく、あまり強くは注意されていないようだ。
まぁ加賀くんに強く注意できるのは生活指導のカツマタ先生ぐらいだよなと思ってるんだけど。
私としては大人しく寝ていてくれれば、仕事に影響もないから良しとしてしまっている。
キーンコーンカーンコーン
5限の終了を知らせる鐘が鳴ったのに、加賀くんは一向に起きてこない。
『加賀くーん、・・・加賀くーん?』
カーテンを開けて声をかけてみるが反応がない。
・・・もしかして、本当に具合悪い?
ちょっと心配になって顔を覗き込むと、よく眠っているようだった。
寝顔を見るとまだまだ中学生の子どもだな、なんて微笑ましく思っていると、加賀くんは目を覚ました。
『あ、起きた』
「んー・・・今何時?」
『ほら、5限終わったよ。次の授業は出ようね』
「ふあ〜ぁ・・・先生起こして」
『?』
手をこちらに差し出して来るので、起き上がらせれば良いのかな?と引っ張ってあげようとした。
『・・・わっ』
けれど逆に手を引っ張られて、私は加賀くんの胸に倒れ込んでしまった。
まずい!と思い、上体を起き上がらせようとしたが、加賀くんのもう片方の腕によってホールドされてしまい動けない。
煙草の匂いが染み付いた学ランに顔は埋まり、向こうの顔が見えずに困惑した。
『加賀くん、何してるのかな・・・?』
生徒とはいえ異性に抱きしめられている状況に少々ドキッとした自分を悟られないように尋ねてみる。
「んー?やっぱ先生小せぇなと思って」
『・・・あのね、てゆーかこの状況私が犯罪なので離してくれる?』
「ヤダって言ったら?」
『そしたらもうここは貸してあげられないね』
私がそう言うと、やっと腕の力を緩めてくれたので身体を起こして距離を取る。
『ほら、大人をからかうのも大概にして、次の授業始まるよ!』
加賀くんは観念したように起き上がってベッドから降りると、気怠そうに歩き始めた。
保健室から出る間際、私の方を向いて何か言いたそうな表情を見せたけど、あえて気付かないふりをして仕事に戻る。
やがてドアを開け、廊下に出た加賀くんを横目に確認し、ドアが閉まったのと同時にフゥと小さく息を吐いた。
「・・・ケッ、早く大人になりてぇぜ」
廊下に出た加賀くんがそう呟いたのには気付かないまま、
また明日も同じ時間にやってくるであろう彼に対するほんの少しの緊張感が
先ほど引っ張られた私の手に汗を滲ませた。
ーTo be continueー