短編
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<夜の忘れ物>
「教室に忘れもんしたァ?」
夜9時過ぎ。
私は鉄に電話をかけていた。
明日提出の宿題を机の引き出しに入れっぱなしで帰って来てしまったのだ。
取りに行くのについて来てほしいと伝えると、心底めんどくさそうに応答される。
「ンなもん、明日の朝学校着いてぱぱっとやっちまえば良いじゃねーか」
『鉄・・・私の学力わかってて言ってる?』
「・・・それもそうだな。」
与えられた宿題の量はなかなかのもので、
今日片付けないと難しい量だと判断した鉄はついて来てくれる事になった。
自宅まで迎えに来てくれると言うので、玄関先で待っていると
気怠げに歩いて近付いてくる鉄の姿が目に飛び込んできた。
『鉄〜〜〜本当にありがとう!』
「んじゃ、行くか」
『夜の学校ドキドキするー』
「・・・なんか出るかもな」
『・・・ぇ』
ニヤニヤしながらからかってくる鉄に言われてサーっと血の気が引いていく。
私は心霊とかそういった類のものが大の苦手だ。
「なんだ、ビビってんのか?」
『べ、別にっ』
今更隠してもしょうがないとは思いつつ、誤魔化すように足早に先を進むと、間もなく学校に到着した。
「つーか、どっから入るんだ?」
『ここは私に任せてよ』
完全に閉まっている正門を前に、柵の隙間から手を入れ、内側に掛かった施錠器具を外して門を開錠する。
「なんでそんなやり方知ってんだよ・・・」
『いや、夏休みに委員会で開錠する時に先生に教えてもらったからさぁ』
私先生からの人望厚いし〜。と得意げに言ってみたが、学校側からしたら忍び込まれては、たまったもんじゃないだろう。
そしてあれよあれよと教室までの侵入を許してしまう学校に、鉄は些か不安を抱いているような呆れた表情を見せていた。
「まさか窓まで開いてるとはなァ」
『ここだけ鍵が壊れてるんだよ、早く治せば良いのにね。そんな事より暗っ。電気点けたらマズイよね・・・』
1階の廊下に面した窓から校内に侵入すると、さすがにこの時間に人がいる気配はなく、真っ暗な廊下が先に続いている。
頼りになるのは、窓からわずかに差し込む月明かりと、
廊下の向こうの方でチカチカと光る非常口の緑のランプだけだ。
そんな中で静まり返った校内は、なんとも言えない不気味な雰囲気を漂わせていた。
「つーか歩きにくいな・・・」
あまりの恐怖に鉄の後ろでシャツの裾を引っ張りながらズルズルと着いていく私。
『て、鉄が怖くないように掴んであげてるんだよ』
「よく言うぜ、・・・そーいや知ってっか?」
『・・・何?』
「この廊下の突き当たりの教室、出るらしいぜ」
鉄が本当か嘘か分からない話を静かに口にすると、意味深に足を止める。
『ひえっ・・・!』
「ハハハッ!お前まだオバケとか怖いのかよ」
『う、うるさいなぁ』
絶対からかっているだけだとは分かっていたけど、私は完全に冷静な判断を失っていた。
足がすくんで、これ以上踏み出せない。
「ほれ」
『・・・?』
「オレの前で強がんな、ほら行くぞ」
そう言って手を差し出してくる鉄に一瞬戸惑ったが、半ば強引に手を引かれて歩き出した。
普段は手なんて繋がないもんだから、少し照れる。
『て、鉄も怖くなっちゃったのかなぁ〜?』
「お前ほんと可愛くねーのな」
『・・・嘘だよ、ありがと』
鉄の優しさが嬉しくて、私もぎゅっと手を握り返した。
繋がれた手が大きくて安心する。
おかげで私の恐怖心は和らいでいった。
無事に教室に着き、机の中から目的の物を取り出すと、私たちは学校を後にした。
『鉄、今日は本当にありがとう。助かった!』
「なんも出なくてつまんなかったなァ」
『出なくて良いの!じゃあ、おやすみ。また明日』
私の家の前で別れると、鉄はポケットに手を突っ込んで歩き出した。
その背中を見送り、曲がり角に差し掛かった所で鉄がこちらを振り返るので、私は手を振って笑顔を見せると何か思い出したように引き返してきた。
「・・・」
『鉄?』
「・・・忘れもんした。」
『え!また学校行く!?』
「いや、こっち」
不意に鉄の顔が近付いてきた事に反応する間もなく唇に温かいものが触れた。
『っ!』
「今日のお礼はコレで良いぜ」
いつもの不敵な笑みを見て、事態を把握した私の顔はみるみる熱くなっていった。
「明日寝坊すんなよ〜」
ひらひらと手を振りながら歩き出した鉄の後ろ姿を私はただ見ている事しかできず、
さっきと同じ曲がり角でもう一度振り返ったその顔は満足そうに笑っていた。
これから宿題を片付けないといけないのに、あの男は・・・
明日は絶対寝坊してしまうなと考えながら、
火照った頬を掠める夜風が早く熱を冷ましてくれないかと、
私はしばらく家に入れず玄関の前で項垂れていた。
ーENDー