▼ 草むら から 恋 が あらわれた!

ミッション。
そう、これはゲームで例えるならば玄人向けに用意されている裏モード、または超難易度設定の理不尽ミッション。
このミッションの内容自体については、自分以外の誰かがプレイヤーになってくれるなら大体の人がクリア出来るような事。
それでも遂行するプレイヤーはこの僕であって、その僕にとっては難しくて敵わないって話でして……いやそもそもゲームだって人によって向き不向きは確実にある訳で。
ミッション内容を詳しく話すとこのクソみたいに広いだけの学園内を延々と歩き回り、特定の先生本人にこのレポートを提出してくる事。
え何?探索ゲーか何か?MMO?今更何を探索するんだよ、こちとら3年目プレイヤーですが(笑)はいムダ、ムダ、ムダ、全然全く本当に笑えない。

先日行われた飛行術の授業内容に実技試験があったんだけど、その中であの脳きn……バルガス先生が満足のいくような点数を出せなかった僕は、後日追試として全く同じ実技試験のチェックが行われるのと合わせてそれとは別として追加でレポートを提出せよとかいう訳の分からない内容の補講対象になった。

実技によるチェックについては先日済ませたもののその時に追加のレポートだってついでに回収したらいいだけなのにまさかの別日に回収するとか言われて本当に訳が分からない、最早有り得ないよ非効率過ぎでは?
しかもレポートは手書き、今時手書きとか信じられなくて草も生えませんわ、ねぇそれ手書きであることに何のこだわりが?意味ある?無いよ。
データとして打ち込んでそのメモリーやらファイルやらをどっかにアップロードでもして直送したら済むだけの話をあの人の脳みそ筋肉で出来てるとはいえ限度あるでしょ……!

提出についてだって教員が集う場所、所謂職員室に来いとか言ってたけどさ……こっちからそこまで出向くのだって距離的には勿論何より精神的に負担がデカすぎるだけではなく、あの先生は職員室に留まらずあちこちフラフラしてる節があると聞く。
最悪の場合の仮定として職員室に本人が不在だった場合、この広い学園内を自分の足で探し回るしかない。
でもそんなクソ分岐ルートなんて絶対に嫌だと思った僕は真っ先に弟のオルトに代わりに提出してきてと頼んだ。
なのにそのオルトから「そういうのはちゃんと自分で出さなきゃダメだよ!兄さんの成長出来る所だと思って頑張って!」とか眩しくて焼けるかと思うほどの笑顔で言われてまあ絶句、どこに居るか探すとかそういった手伝いもしないって言われたし何で?それくらい良くない?突然鬼畜になるのやめて欲しい。
僕にはオルトしか居ないから、そのオルトから固く断られたらもう文字通りのお手上げで自力じゃどうにも出来ない。
せめて一緒に行ってくれと言ったらそれも断られた。
一緒に行くのもダメって何?弟離れとか何言ってるんだって話なんですが反抗期?え?拙者弟に対してそういうの一切求めてないんですけど?

アズール氏とか捕まえて一緒に行ってくれとか頼み込めば良かったのかなとか考えるけど、それはそれでアズール氏を探す為に一々探し回るのは先生を探し回るのと同じ事だし、対価として何を要求されるのか考えたくないから愚策にも愚策、よってその案は否決。

うだうだしてたら提出日になっちゃって物凄い嫌々城という名の自室から出てきて渋々職員室に向かったのに、職員室にも中庭にも運動場にもどこにも居なくて白目むくかと思った。
別にあの人の行動パターンとか興味も無ければ当たり前に知らないし、よって行く宛ても定まらずフラフラ探し回って元々ジリ貧な体力ゲージをただただ無意味に削り続けること数十分。
今の自分は装備ゼロの状態で敵地の洞窟の中を無防備に彷徨っているだけのヒヨっ子プレイヤーまさにそのもの、その内ころっと呆気なく死んでしまう。

勿論攻撃だって常に受けてる、具体的に言うとさっきからずっとそうだけどすれ違う生徒片っ端から好奇の目を向けられる、とか。
提出する為に持っていた努力の結晶とも言える手書きのレポートを握り締め、元々下気味だった視線を更に落として俯いた。
昔からでこんなのはいつもの事だ、そう、いつもの事。
慣れているはず。
拙者からしたらいつもの……、いつもの事で……。


……、……人目に晒されたくないな……。


自覚した途端どっと襲ってくる心的疲弊感とあっという間に心の中を埋め尽くしていくどろりとした暗い感情や嫌気、これだから人混みとか人が沢山行き交う所は嫌なんだ。

どうしてこんな事しないといけないんだろう。

提出物なんて職員室の机の上に提出してハイ終わり対あり!でいいだろとか思うけど、課題を言い渡された時に提出レポートは受け取ったらその場でチェックして返却するからとか何とか……知らないけどとにかく本人に渡しに来いとか言われたのを思い出す、驚くほどどこをどう取っても愚策の極み。

とうの昔にゼロ所かマイナスに落ちきった体力でどこかへ行ける訳もなく、フラフラしながら人気の無い所に歩いて行って、見つけた茂みの影に丸くなるようにしゃがみ込んだ。

静かな所に来たら少し落ち着いたけど精神と肉体的にワンツーコンボされている疲労感諸々が酷い、立ち上がりたくない動きたくない今すぐ帰りたい。


「もうやだ……帰りたい……早くしないと今日は大切なギルイベがあるのに……」


誰にも届かず聞かれず消えていくだけなのに口から零れていく弱々しくて聞くに耐えないようないつもの僕の戯言独り言。
……今の時間帯的にもう少ししたら人も少なくなるかもしれない……その時に動こうそうしよう、今は休憩。
ぼんやり地面を見つめていたらふと視界の上の方に誰かのローファーの足先がちらりと見えて、その瞬間ホンモノのド陰キャである僕はビビり散らかすように大袈裟に肩を揺らして「ヒッ!?」と声を上げて驚いた。
疲れて鬱になり過ぎて足音にすら気が付かなかった、慌てて顔を上げる。


「イデア先輩だ」


顔を上げて前方を見たら、どこかで会えば最近はそこそこ話をするようになったりゲームを貸してあげたりする程度には仲良くなった監督生氏が居た。


「監督生氏……」


その姿を見た瞬間少しざわついていた胸が何故か落ち着いて、むしろ安心感が湧いてきて、ほっとして肩の力が抜けてまた地面に視線を落とした。
監督生氏は僕の隣に一緒になってしゃがみ込んできて、今じゃ聞き慣れた穏やかな声で「こんな所で何してるんですか?」と聞いてきた。
いつもなら近すぎませんかもしやパーソナルスペースをご存知では無い?それとも知った上でガン無視ですか僕のスペースなんてあると思ってる方がおかしいですかハイそうですかゴミには無いですかアザースとか捲し立てながらさっさと距離を開けたけど、今はもうそんな元気なんか無い。


「……実はさ」


だから、全部ゆっくり話した。

先生に提出物を出しに行きたいんだけど今の所行った場所のどこにも居なかった事、この人混みに疲れた事、一緒に行ってくれるような……パーティーを組めるような、頼れる人が現状居ない事とか。
話はまぁいつも通り要領を得なくて理解しにくかったかもしれないけど、所々相槌を打ちながらも遮る事もなく静かにちゃんと聞いてくれたおかげで全部伝える事が出来た。

その後納得しながら何かを考えている様子だった監督生氏に監督生氏は?と何でこんな所に居るのか逆に聞くとグリム氏が居なくなった為探しているとの事。

ああ、だからこんな人気の無い場所にまで来たのか……。

さっきまであんなに歩き回ってたけど生憎グリム氏は見かけてないし力にはなれそうもないな……いや周り見る余裕無かっただけかもしれませんけど。
聞いたくせに何て返せばいいか分からなくて「……お互い大変だね」と差し支えない返事をした後でじっと顔を見られている事に気がついた。


「な、なに」


聞いても何も言わないまま視線だけがずっと絡むから困惑して、逃げるように視線を逸らした。
他人が向けてくるいつもの好奇の目とは違って、何か……上手く言い表せないんだけど、こう、そわそわして、こそばゆい?感じの視線を延々と向けてくるしそれにプラスして無言というこの陰キャ殺しみたいな状況に耐え兼ねて我ながら気持悪い程キョドりながら少し距離を取ると我に返った様な顔をしてから笑顔を浮かべられた。


「すみません!イデア先輩の顔とかこんなに近くで真面目に見た事無かったからつい。……だってイデア先輩、綺麗で」


聞こえた言葉に対して、反射の如く体がびくついた。
何を言われているのかまるで分からなかったし意味を噛み砕く事も理解も出来なかった、まるで脳がショートして処理落ちしたみたいに。
何か口から声を出したいのに何も出なくて、いやまず何?今何て言った?綺麗?誰が……、僕が?正気か?何か道中拾って食べたりした?
だってそうじゃないとそんな世辞丸出しみたいな社交辞令言わなく無い?いやホントそんな世辞今言う?このタイミングで?何の為に。
理解は出来ないのに、この短時間でみるみる内に顔に熱が集まっていくのだけは鏡なんか見なくたって分かった。


「ふ、フヒッ……監督生氏、慰める際の選択肢を盛大に間違えてますぞ、こういう時は」


冗談かなと思って、だったらそれらしく返さないとと思って、ゲームだとしたらこういう時どういう返しをするのがベターなのかみたいな玄人的意見をしようとした、その時。
自分に思い切り誰かが近付いた気配と、同時にふわりと香る他人の匂い。
いつもは他人の匂いとか嫌で嫌で仕方なくて、何なら秒速で酔いそうになるのにその香りは嫌じゃなくて。
こんな事思うなんて犯罪者予備軍乙です気持ち悪いって心の底から自覚して分かってるけど、いい匂いとか思っちゃって。
え?と隣を見たら監督生氏の顔が至近距離の真隣にあって、つまりお互いの顔がめちゃくちゃ近くなってて声も出なかった。
喉はヒュッて鳴ったけど。


「慰めるとかじゃなくて……だって、本当に。イデア先輩の瞳の色本当に綺麗ですね。……きらきらしてて、すごく、本当に、きれい」


とうとう髪の毛所か顔まで発火したかと思った。

そんな風に感情を込めるかの如くゆっくり感想を言われた事なんか過去に一度たりとも無かったし、いやそもそもそんな事を匂わせ程度にも言われた事は無かったし。
心拍が一気に跳ね上がって心臓が壊れるのかと思った、心音なんか絶対に監督生氏に聞こえた、だってこんなに、こんな。

ちっ近い!


「かっかっかか、かんっ監督生氏!!!???あ、あっ、あああ!あの!!?エッ何!?せっ拙者には急激というか!とにかく!ハードモード過ぎるんで!!!」


慌てて後退りしながら距離を開けて監督生氏に背中を向けて、心臓辺りを服の上からぎゅっと握る。
うるさい、うるさいうるさい!静まれよ!ポンコツの心臓め!
意思に反して煩いままの心臓、持ち主の言う事を聞かない人体はこれだから嫌いだ!機械ならプログラミングさえちゃんとしてれば必ず言う事を聞いてくれる。
バグだらけじゃないか、ああクソ。


「イデア先輩。先輩さえ良ければグリム探すついでにバルガス先生も一緒に探しませんか」


脳内で狂ったように自分を罵倒しながら頭を抱えていた矢先、思いがけない提案に思わずそっちを振り向いてしまう。


「……い、いい、の?」


断られたらそりゃまあ困るけど、聞き返したらニッコリ笑って頷いてくれた。
うわ何だびっくりした天使かと思いましたが?笑顔そんな可愛くて大丈夫?
これ拙者最強装備手に入れたのでは?と思い込んでしまう程には今の自分にとっては有難い提案だった。
勿論快諾、むしろそれしかない。
いつの間にか手の中でくしゃくしゃになってしまっていたレポートを伸ばしながら立ち上がり、一緒に立ち上がった監督生氏の後ろに有難く着いてく事にする。

先導して歩いてくれる人が居るっていうのはとても有難いことだと痛感する。
そしてさっきまではぼっちの状態で歩き回っていた人の多い所に戻って行くと相変わらず向けられる好奇の目。
ああ、鬱陶しくて嫌になる。

だけど目の前を迷わずに歩いてくれるその姿だけを見ていると、不思議といつもよりは周りが気にならなくて。
校舎内に戻った頃、たまたま移動していたアズール氏に出会い僕達を見て驚いた顔をされた。


「おや……珍しい御二方ですね、何をしているんです?」


いつものニッコリ営業スマイルで聞いてきて、あーハイハイ今日もスマイル0円お疲れ様でーすとか思ってたらすかさず監督生氏がグリムとバルガス先生に用があるんですけど見かけました?と聞いてくれた。
何て心強い……!監督生氏、今あなたは間違いなく最強の盾ですぞ……!
聞かれた直後アズール氏の笑顔が変わった、いや、変わらずちゃんといつもの胡散臭い笑顔ではあるけどそういうのじゃない。


「……情報を聞いているんですか?この僕に?いい度胸だ。さて……情報をお渡しするのは一向に構いませんが、対価は何を頂けますか?」


あー……なるほどね、これ面倒臭い流れだ。
思わず眉間に皺が寄る。
というか周りに世間体で言うところの野次馬とかいうモブまで多くなっている事にも気がついてしまって更に皺が寄る。

監督生氏だって相手が一筋縄じゃいかない無理だ攻略出来ないと察してそうだし、なら「じゃあいいです」ってさっさと引けばいいのに……戦略的撤退が頭に浮かばないとはさてはゲーム下手でござるか?
アズール氏の対応に困っていつまでもウンウン唸ってるしこうして展開を待ってたとしても時間が無駄に過ぎていくだけですぐに解決はしなさそう。
その様子を楽しんで揶揄うアズール氏と、いつまでも遊ばれてるだけの監督生氏、「噂の監督生だ」とか「寮長揃いじゃんやば」とかしっかりこっちに聞こえているのでまるで意味の無いヒソヒソ話まで聞こえてきて、あーーーー何だかイライラしてきた。

さっき移動しながら教室横切った時に時計見えたけどギルイベのスタートダッシュはもう明らかに間に合わないしホント最悪。

監督生氏とアズール氏の間に割って入る。
監督生氏は自分よりは身長が低いから僕の背中にあっさり隠れてくれて、今なら自分の背丈に感謝してもいいかもしれないなんて思ったり。
アズール氏を見下ろして口を開く。


「……今、急いでるんだよね。僕との用事が先決だから監督生氏で遊ぶのはまた後日にしてもらえる?出直し希望、対ありでーす」


それだけ言って驚いた顔をしている監督生氏の手を「行こう」と言いながら掴み、強引に引っ張ってその場を離れた。
背後から「今は職員室に居らっしゃるかと思いますよ、珍しい物を見せて頂いた対価です」とか聞こえてきて、そんなあっさり言うぐらいなら最初から言えよと舌打ちが漏れた、誰だよ時は金なりですよとか宣ってたのは。

そのまま悪態だけをぐるぐる思考しながら職員室へ向かう道中、それなりに暫く歩いてから唐突に我に返って急いで繋いでいた手を離して、後ろを着いてきてくれていた監督生氏の方を振り向く。


「あ、う、ごっ、ごめん……!」


自分でも何でそんな行動したのか分からないけど流れとは言え手を握ってしまったし、しかも強引に連れてきてしまった……!

手を離して色々自覚した瞬間から自分の手にじわじわ手汗が滲むのが分かる。

そうだよ手を繋いでしまった、うわマジですかこんな事あると思ってなかったやばいどうしようこんなイベント発生するなんて思ってなかったし僕に触られたの嫌だったよねいや考える余地もなく絶対嫌だった決まってるイケメン(死語)ならまだしもこの僕から手を繋がれてたとかうわうわうわ無理どうしたらいいんだ土下座?土下座した方がいい?初めての事すぎて何だどうしたらヒェ。

それはもう焦りながら顔色を伺ったら最初はキョトンとしてたけど、嫌われてはなかったみたいでいつもの笑顔で快く許してくれたのでほっとした……、え?何、ほっとしたって。
ほっとしたって何?嫌われてはなかったみたいでって何。
今日は度々自分の感情に理解が追いつかない、どういう事?また処理落ち待ったナシ?僕のポンコツ脳みそ息してる?大丈夫?


「職員室行かないんですか?あと少しですよ」


困惑気味に虚空を見つめながら恐らく全ぼっちが得意とするであろう自問自答を繰り返していたら監督生氏に少し遠い所で声をかけられて慌てて着いていく、ここまで来たのに置いていかれるのは困る!

その後向かった先の職員室にバルガス先生は本当に居て、ついでにバルガス先生に首根っこを摘まれた状態のグリム氏も居た。
何やらまたどこかで悪さをしたらしく怒られていた途中だったらしい、よくやるよねホント。

先に僕のレポートを受け取ってその場でチェックし始めたものの3分程度であっさり返却されて、この3分に対する数時間は一体何だったんだとか虚無タイムに突入しかけた隣でグリム氏がガミガミ怒られて始めてとりあえず監督生氏と一緒に職員室から出る。


「……何したんだろうグリム……」


胃が痛いのかお腹を抑える仕草をしながら隣でがっくり項垂れる監督生氏を見て「ここまで力になってくれたんだし尚のことフォローを入れなければ」とは思うものの、コミュ障代表みたいな僕から他人に対して気の利く言葉なんか出る訳なくて、自分の不甲斐無さに思わず病みそうになってしまう。

適材適所にしたって何も言えないって終わってる、どうしてこんなにも自分は役立たずでどうしようも無いんだ。

……頭を撫でる?いやそんな高度な対応は出来ない……いやいやいや待て待て待って、何を意識してるんだイデアよ、相手は後輩、弟と何ら変わらないじゃないか。
そう、頭を撫でる事の何がそんなに難しいんだ。
驚かせないようにそーっと頭を撫でようとしたのも相まってまぁまぁ挙動不審な動きで手を差し伸べたそのタイミングで監督生氏がこちらに顔を向けてきて、それに連動して弾けるように差し伸べていた手が暴れ壁に思い切りぶち当たった、し、それに伴ってそれ相応にめちゃくちゃ大きい音も出た。
何この新手の壁ドン、というか痛すぎワロタ拙者の手まだついてる?
音に対してびっくりしたみたいな顔をされたので大丈夫という事を伝えてみたけど正直に申し上げて見栄張りました全く大丈夫ではない普通に痛い。


「用事は済んだんですよね、良かったです。自分はまだグリムを回収するまでは帰れそうもないので自分に気を遣わずお先に帰ってください」


突然自我を持ったかのようにぶつけた自分の手を見ながら涙目になっていたらそう言われた。
帰るだけなら今までと違って行く先は決まってるし、ギルイベもそうだけどやっと自室に籠城出来るというモチベもあるから人目は気にならない。
ただここに居るのは別に監督生氏に気を遣っていた訳では……というかそうだ、いつもなら用事が終われば無駄な時間を過ごすのは嫌いだし即撤退する。
何を言われずとも自分から率先してさっさと帰ってるのに何で気の利く言葉とか慰める為の適切な行動とか一々探してるんだ?
帰りたくないのか?待ってるのはギルイベぞ?何よりも大切なゲームぞ?

……ここに居たい?いやそんな訳。

黙りこくる僕を不思議がって覗き込んで来た監督生氏の顔が視線の中に入ってくる。
その事実に驚いて情けない短い悲鳴が口から漏れて……もれて……、……ここに居たい、違う、ここが落ち着く?そう、監督生氏の近くが落ち着くからだ、一緒に居ると安心する。
そうか、落ち着くんだ。
だから僕は帰りたくないのか。
……それは、つまり一緒に居たいって事?

……何だよそれ、何だかまるで、僕が、監督生氏の事を、


「イデア先輩?」


────ガタガタッ!

背後にある職員室の扉に張り付くようにして飛び退いてしまった。
また馬鹿みたいに慌ただしく動く心臓、処理落ちキメて一瞬でショートする頭、ごちゃごちゃに荒れた脳内。
すごい速さで監督生氏から顔を背けてその場を離れる。


「そっそそっそうですな!それでは拙者、もう始まってしまっている大切なゲームイベントがあります故!お礼はまたいつか!これにて!」


そそくさとその場を離れて、早く、早く、急ぎ足でとにかく早くここから離れるんだ、自室に篭もりたい。

本当に言ってるのか?僕が?
いやでもそうなると今日次々と現れていた違和感達がまとめてスっと腑に落ちる、悲しい話経験は無かったけど知識だけはあった、だから。

でもそれらは自分から一番遠い物で手に入らなくて、縁なんか一生無いって思ってたしだからこそ1ミリも全く期待すらしてなくて、それで良かったのに。

嘘だろ、嘘だ。
いや嘘だったら良かったのかもしれない、何で、何でこんな。

悶々考え込んだまま自分の寮に入りそのまま自室へ真っ直ぐ向かって、やっとの思いで辿り着いた自室へ入りそして鍵を掛け、自分の顔を片手で覆い隠し俯いた。


「い、いやいや、は〜……?嘘でしょ、嘘だ……」


背後の扉にもたれかかってずるずるとその場に座り込み膝を抱える。
今後どういう顔をして監督生氏と会えばいいんだろう?
広い校内、僕から避ければ学年も違うんだから早々会う事は無いだろう、けど。
自覚してしまった以上、無かった事には出来ない。


「……す、……すすっ、すっ、すk……好、き、とか、……うわあ……」


言葉にすると余計に無理だ、壁に頭を叩きつけたい衝動に駆られて仕方が無い、何だこれは?殺せ、もういっそ殺してくれ。
こんな事ある?いや無い嘘あった反語ォ!

どうしたらいいとか何考えてんの?考えてすぐ分かる訳ないだろ、ビギナーだっていうのに突然鬼難しいハードモードにぶっ込む話がある?いやあったんだよねそれがさ、笑えないよね分かる。

その点については履修だけして実践した事なんか1度も無いようなイージーモード育ち舐めてる?こんな時に頼れる仲間?オトモ?居るとお思いか?こちとら生まれてこの方ずっとソロプレイオンリーですが?
恋愛シュミレーションゲームとは訳が違うんだぞ。

……ダメだ、忘れよう、無かった事には出来ないけど忘れよう、今の僕のスペックじゃ到底処理しきれない、堂々巡りの時間の無駄、無理無理絶対に無理。


「…………ギルイベしよ」


後日野次馬達の目撃談を聞き、監督生と自分の兄が友達になったんだ〜とのんびり解釈して認識したオルトが監督生をイグニハイド寮内に連れ込んで来たおかげで避けようと決めてた矢先ばったり会ってしまい変な奇声をあげるイデアの姿があったとか無かったとか。
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