ふたつのステラ 第1部 【ファントムブラッド】(2)
エリナと再会したソラは、彼女の父親が経営している病院に隣接している家に招かれていた。
「どう、美味しい?」
「うまみ~♪」
エリナが焼いてくれたクッキーをもぐもぐと食べるソラ。
久しぶりに食べる親友のクッキーは、格別に美味しい。
「ねえ、ステラ…聞いてもいいかしら」
「ふぅ?」
エリナが神妙な面持ちで質問をした。
あれから7年、ソラは、エリナが少女だった頃のままの…小さなこねこにんの姿で再び現れた。
しかも、青空から降りてきた…空と同じ色の羽を広げて。
「貴女は…天使だったの? それで羽が生えてるの?」
「ふーたん? えきゅれあ~」
「…エキュレア?」
「ふぅー、えきゅれあー」
えきゅれあ…とはどういう意味だろう?
なにか、彼女の住んでいる故郷や特定の単語を示すものかも…?
だが、エリナにはさっぱり解らない。
「うーん…それじゃあ、ステラ。貴方は今までどこにいたの?」
「ふーたん、ぱるしゃんとこ、いた」
「ぱるしゃん?」
「うん! おいしーの、いっぱい!」
またしても、謎の単語がでてきた。
ぱるしゃん…とは地名だろうか、それとも人名を指すのだろうか?
美味しい物がたくさんあった、というからには前者かもしれないが…。
「ねーねー、えりちゃん。じょーちゃんは?」
ソラがその名前を口にした瞬間、エリナはハッとしてしまい…手に持っていたクッキーを落としてしまう。
「じょーちゃん、おらんのぉ~?」
「そうね…ジョジョは大学に通ってて忙しいみたい。それに、あの時から私達会っていないから」
「しょーなん(そーなの)? じゃ~、いこー」
「えっ?」
ソラがニパッと笑って言った言葉に、エリナはきょとんとする。
「じょーちゃんとこいきゅー」
ソラがそう言うと、ぱっと空色の羽を広げる。
「ステラ…気持ちは分かるけど、突然行ったらダメよ」
「ふぅ? にゃんで(なんで)~?」
エリナが慌てて制止した事に、ソラは不思議がる。
「ジョジョは色々と忙しい時期なの。大学を卒業するための論文を書いている時期だし…それに…」
エリナは、顔を俯ける。
ジョジョの近況は、風の便りで聞いていた。
大学のラグビーのエースであり、考古学の分野で見事な論文を発表している。
あんなに小さかった少年が、今では学会でも一目置かれる立派な青年へ成長した。
そんな大好きな人の輝かしい功績を、エリナは自らの事のように嬉しく、誇らしく感じている。
同時に…手の届かない、遠い存在になっていくジョナサンに、エリナは胸中に寂しさを感じずにはいられなかった。子どもの頃は、さほど気にしていなかった『身分』も、高くて分厚い壁になって立ち塞がっていく…そんな感覚になる。
おそらく、ジョナサンは貴族にふさわしい身分の令嬢といずれ婚約…結婚する事が決まっているだろう。
例え、ジョナサンがそれを断ったとしても…彼の父親、ジョースター卿がそれを許さないはずだ。
「…えりちゃん、どしたん? ないとる…」
「えっ…」
ソラが心配そうに顔を覗き込む。
指摘された事で、初めて目元から涙が流れ落ちている事に気づいた。
指先で目を擦り、大丈夫…なんでもないのよと笑いを取り繕うが、それでも目元から涙がぽろぽろ零れ落ちてしまう。
「えりちゃん…ぽんぽんいたいん?」
「うん…そうね。とっても痛いわ…“心”が…」
そう言うと、エリナは顔を両手で覆い、静かに泣き出した。
ソラはじっ…と泣いているエリナを見つめる。
ポトポトと零れ落ちる真珠のような涙。
エリナはなんで泣いているのか…お腹がイタイのではなくて、“心がイタイ”と言った。
ソラも、心がイタくなった事が何回かある。
その原因の多くは、母親であるアンナと暮らせない事にあった。
月に二回ほど、アンナがいる家(病院の一室)にお泊りしているけれども、常に一緒にいられない。
時間がきたら、エクレシアの誰かが迎えに来て、離れ離れになってしまうのだ。
それが嫌で、ある日いつになく泣き喚いていた時、親友のくーちゃんのママ…コゼットが歌を唄ってくれた。
『ふーちゃん、泣かないで。泣いたら、あなたのお母さんも泣いてしまうわ』
『心がイタくなったら、お歌を唄うのよ。そうすれば、だんだん寂しくなくなるから』
―――――ふぅ~、ふぅ~♪
耳元に聴こえてきた気の抜けるような声。
エリナは、覆っていた手を顔からちょっとずつどけていくと…
「い・にょ・が・しぃ・りゃ・ふぅ~♪」
ソラがまったりとした様子で、唄っている。
何の歌を唄っているのかは不明だが、哀しい気持ちが徐々に晴れていく気がした。
「ふふっ…ステラは優しい子ね」
エリナは涙を指先で拭い取り、柔らかく微笑みかける。
この子は、私を元気づけるために歌っている…その事がよく伝わってきた。
ありがとう…と頭を撫でてあげると、ソラは気持ちよさそうに目を細める。
「あんねー、えりちゃん。じょーちゃん、しゅき?」
「…ええ、大好きよ」
「じゃあ、じょーちゃん、あう。じょーちゃん、まっとる!」
ソラは、小さな紅葉のような手でエリナの手の甲に触るとさらに言う。
「ふーたんもいきゅ、だから、らいじょーぶ(大丈夫)!」
ニパッと笑って、積極的にジョナサンに会いに行こうと勧めるソラ。
エリナは、そんなソラの誘いに戸惑いつつも、つっかえていた物が取れたように、心に漂っていた霧は幾分か晴れていた。
・
