ふたつのステラ 第1部 【ファントムブラッド】(1)


「ソラ…いや、『ステラ』と言った方がいいか。君がこの領域にやってきたのは偶然だ」

「ぐーじぇん?」


「本来、現世とこの領域が直接的に繋がる事はまずありないんだ。

此処は人間のいう『天国』に相当する所だからな…」



現世の人間が、男性のいう領域に来る事は即ち、なくなっている事を意味している。

別の特殊な手段もあるのだが、それは稀なケースであり、やってくるほとんどの人々は『魂』なのだ。



「だが、ステラ…君が“エクレシア”となれば話が別だ。

君もまた、俺と同じ神族。現世から領域へ訪れる事は不思議ではない」



しかし、男性には腑に落ちない点があった。

この子がこの領域へ足を踏み入れた“手段”だ。

当初は【移送方陣】という失伝魔法を使ったのでは…と考えたが、アレは出現した際に、使用した術者の波動も同時に伝わる。その特徴がみられなかったため、移送方陣の可能性は消えた。

そうなると、ソラ自身が此処に来る直前に、大きな力を発動させる事件…あるいは儀式を行ったのでは、と推測した。



「ステラ、此処に来る前に、誰かに危害を加えられたかい…ええっと…解り易く言うと、ぶたれたりされたか?」

「ううん。おいたのにーたん、おらん」



『おいたのにーたん』―――ソラの記憶から、ディオ・ブランドーという狡猾な少年の事だろう。

どうやら、彼はソラの中では武力行使をする怖い人のイメージが強いようだ。


「じゃあ、誰かと特別な事をしたかな?」

「ふぅ…あんね~。じょーちゃん、えりちゃん、おててぴと!」


ソラは、ジョナサンとエリナがしてくれたのと同じように、導き神の男性の手に自らの小さな手で触れる。

すると、男性は瞠目して「それだ!」と言い、ソラの手を慎重に握る。

男性は、彼女の『記憶の引き出し』から、その時の出来事を取り出す。

頭に伝わる映像を目にして、彼はハァ…と息を漏らした。


「…成程。ステラ、君は無意識に形式契約をしてしまったのか」

「けーやく、なにそりぇ、おいしーの?」


じゅる、と涎を垂らして目を輝かせるこねこにん。

男性は、額に手を当てて「ああ、すまない…君の年齢を考慮すべきだったな」と言う。

形式契約の「け」の字すら知らない、幼児であるのに、ソラは無意識にそれを行ってしまったのだ。

そう、親友である…二人の少年少女に。



「うーむ、ステラ…形式契約の意味は…知らないだろうな」

「…???」


「形式契約とはいわば、神族が人間との間に立てる信頼の証。

つまり、君は契約をしたジョナサンとエリナの事を守護しなくてはならないんだ」


「じょーちゃん、えりちゃん、しゅご?」


「二人が悪い人にイヤな事をされそうになったら、彼らのピンチを救う…といえば解るかな?」

「ふぅ! じょーちゃん、えりちゃん、ぴんち!?」


「慌てなくていい、例えばの話さ。例えばの…。

今の二人は至って平和で元気にしている」



男性は話をするのに一苦労している。

それもそうだ…エクレシアといえども、相手は一歳児の女の子。

平均的な一歳児よりも、言葉の理解度は高い方だが、大人が普通に話す言い方ではまだまだ通じないのだ。



「…つまりだ。君はジョナサンとエリナと『約束』を結んでしまったんだ。

『約束』の意味は…さて、どう説明すれば…」


「ふーたん、しょれしっとる(それしってる)!」



おや、難しい単語も知ってるとは…と感心する男性。



「まあ早い話をすれば、君はあの子達と交わした約束を守る必要があるんだ」

「まもりゅ…?」


「そう。ジョナサンとエリナは…これから波乱万丈な人生を歩む。

簡単に言えば“悪い事をする吸血鬼をお仕置きする使命を背負う”事になる」


「きゅーけちゅ??」


「…君もよく知っている人物さ。

迷惑な事に、そいつはとんでもない産物を後の世に残すんだ。全く…」



男性は苦々しい表情で、天を見上げる。

さっきまで青空が広がっていたのに、何時の間にか数多の星がちりばめられた夜空へ変化してきた。


「俺が、この地位についたのは50数年前。先代から受け継いだ時は、世界は動乱の真っ最中だった」


男性は瞼を閉じて、その当時の事を回想する。



「人間って奴は欲深い生き物だ。金、地位、名誉…欲のためなら、平気で人を裏切り、殺す奴らもいる」

「ふぅ…」


「だが、中には他人のために自らを犠牲したり、多くの民を助けるために頂点を目指す変わり者もいる。

根からの悪人が、ひょんなきっかけで善人になる事もある。

だから俺は、一概に『欲』がある事は悪いとは思わないし、人間は嫌いじゃあない」


「じゃあ、わるいきゅーけちゅしゃんは?」



悪い吸血鬼は嫌いなの?

ソラがそう尋ねると、男性は目を細めて「もしや、今の話…全部理解できたか?」と意外そうに聞き返した。


「ふぅー、なんとにゃく(なんとなく)~」

「…なかなか侮れん子だ」


男性は苦笑してそう言うと、真面目な顔に切り替えてソラの頭に手を乗せた。



「ステラ…君は、本当にジョナサンとエリナを友達だと思っているんだな?」

「うん!」


「あの二人が困った時…彼らの大切な子どもやその子孫がピンチになった時…彼らに救いの手を差し伸べてくれないか? 君のできる範囲でいい。嫌なら…ムリして関わらなくても構わない。選択は“君に任せる”」



男性は、ソラに願いを告げて頭をくしゃっと撫でる。

ソラは一瞬だけ目を細めると、茶色の瞳でパチッと開いて男性を見上げる。

何分もの間…時が止まったように、二人は目を合わせたままでいた。


「いーよ」


ふんわり笑って、ソラは答えを出した。

男性は、その答えを待っていたかの如く、フッと口の端をあげた。


「ようこそ、我が世界へ…ステラ」


男性は、紅葉のような小さな手を握ると、ソラに迎え入れた。





【『躊躇』の二文字はない】





「ねぇねぇ、おじたん」

「ん?」

「にゃまえ、なーに(お名前教えて)?」


そういえば、まだ名前を言ってなかった。

ソラに指摘されて、男性は初めてその事に気づいた。


「神格名は言えないが…人間の頃の名は『ハーパル・カルヴァート』だ」

「はー…ぱー?」

「好きに呼んでくれ」


「ぱるしゃん!」

「……(殺虫剤を連想させる呼び名だが)まあ、いいか…」





【To Be Continued… ⇒】

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