ふたつのステラ 第3.5部 目覚める星と反旗の暗殺者(アサッシーノ)


階段を上がると、不意に耳元に歌声が聞こえてきた。

窓が開いており、そこから顔をのぞかせると屋根の上でフィンは座って歌っていた。



  ♪♪♪~ ♪♪♪~



フィンの唄声を聞くのは、あの異空の園での騒動以来だ。

リゾットは窓から屋根へ移ると、唄っている彼女の隣に行き、腰を下ろした。

フィンは澄み切った空を連想させる目で、リゾットを一瞥するが、歌をやめる事無くそのまま続行する。


「…すまないな」


ポツリと呟いた謝罪の言葉。


「なんで謝るんですか?」


歌い終えたフィンが小首を傾げて尋ねた。


「上層部の査察とはいえ…お前を巻き込む形で、あんな芝居をさせてしまった」


正直、あんな芝居を使って、フィンを縛り付けたくなかった。

そうしなければ、上層部にばれた時のリスクと現状を考えるとそうせざる負えなかったのがもどかしい。


「うーん…まあ、仕方ないかな。遅かれ早かれ、目をつけられてただろうし…皆さんの安全も考えると、ベストな選択だったと思いますよ」


フィンは責める事無く、苦笑してそう言い返した。


「でも、皆さん演技上手でしたね」

「…チームの存続がかかっているからな」

「特に、プロシュートさんとメローネさんのあの台詞と演技はドラマの俳優さながらだったな~」

「メローネの奴は素でやりすぎだ。あいつ…調子に乗りやがって」


メローネの発した台詞が頭をよぎり、リゾットは苦い顔になる。


「まあ、今日の一件で、パッショーネ内では、私は【リゾットさんの愛人】という立場に位置づけられた事になりますね」

「…嫌か?」


リゾットは気付けば、その言葉を口にしていた。

普通、愛人扱いされて嬉しがる人はほとんどいないだろう。


「うーん、まさか誰かの愛人になるとは想像していなかったので、あんまり実感が湧かないですね…」


でも…とフィンはリゾットに視線を向けると、こう続けた。


「相手がリゾットさんでよかった」

「…!?」

「リゾットさんは、むやみやたらに女性を口説く人ではないし、それに女性よりも仕事重視だって聞きましたよ」

「……(プロシュートの奴…いや、ホルマジオか)」


どうやら、フィンはリゾットが自分を恋愛対象として見ていないのだと考えているらしく、男女の仲にはならないと踏んでいるようだ。

リゾットにとっては、なんとも複雑な心境だ。


(今、俺が『君を「女」として見ている』…と言ったら、どう思うだろうか…)


試してみたい気持ちはあるが、折角縮まってきている距離が遠ざかってしまうのは避けたい。

でも、胸に閉まっている思いを打ち明けたい。

まだ、契約志望者とエクレシアの関係で居続けなければならない段階なのだ…と思いつつも、溢れる思いをどうにか形にしたい。


「…言っておくが、俺も男だ。任務であらぶった感情を抑えられず、性欲に走る事があるかもしれない。一概に、安全だと決めるのは危険だぞ」


フィンに『忠告』という形で、本音の一部を言葉にした。

そう言うと、フィンは微かに目を見開いて口元を右手で覆う。

さすがにこの発言は引いてしまったか…と少し後悔の念が漂う。


「…えっと、その時は…」


視線を彷徨わせて、どう答えたらいいのか言葉を濁すフィン。


「…意地の悪い事を言ったな。すまない、忘れてくれ」


まずい空気にしてしまった。

謝罪を口にして、別の話に切り替えようとした時…「あの…」とフィンが言葉を重ねた。


「…私は、どんな形であろうと、貞操はきちんと好きになった人に捧げたいと思っています。だから…衝動的なストレス発散の対象にはなりたくないです」

「…不快にしたなら謝る」

「謝らなくていいです。リゾットさんは注意してくれただけじゃないですか。私、そういう事は疎いから…」


フィンは頭を左手で擦りながら話を続ける。


「それに、リゾットさんに好きな方がいたら申し訳ないですよ。そんな事になったら、その人傷ついちゃいます。

余計なお世話かもしれないけれど…リゾットさんも、本気で好きになった人を愛してあげてください。そうしないと…お互いに傷つくだけですから、ね」


フィンは、穏やかに笑みを浮かべて締めくくると立ち上がる。


「そろそろ、中に入りましょう。プロシュートさん達がおつまみをリクエストする頃ですし…」


そう言うと、屋根を伝って窓の中へ入ろうとした。



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