ふたつのステラ 第3.5部 目覚める星と反旗の暗殺者(アサッシーノ)


8歳の頃、学校のクラスメートの間で、眠り姫の噂は有名だった。

確かめに行こう! と肝試しの挑戦みたいに言いだしたのは、苛めっ子だった少年の一人だ。

女子も含んだ複数で、例の場所…【異空の園】へ僕達は行った。


これもまた、人づてに知った事だが、【異空の園】の空間はイタリアのみならず、多くの国々の特定のところにトンネルのように繋がっているらしい。

だから、そこへ行っている途中に、明らかに国籍の違う大人が通り過ぎて行ったのか…と今では納得している。

歩いていく道は、深い森の中を進んでいく感覚だったが、薄気味悪い雰囲気ではなく、ピクニックできている気分だった。

複雑な構造ではなかったため、誰ひとりとして迷う事無く、最終地点である眠り姫のいる場所へ辿り着く事が出来た。


初めてフィンを見た時、僕はうわぁ…と感嘆の息を漏らした。

大きくて透き通った結晶石の中で寝ている彼女は、神秘的で綺麗な人だった。

クラスメートも「きれい…」「すげー」とか騒いでいて、まさに生きる芸術品を自然の博物館で眺めている気分に浸っていた。


「おい、君達…今から此処は私達が使用するんだ。そろそろ日が暮れるから早く帰りなさい」


突如、背後から聞こえてきたスーツを着た大人の呼びかけで、僕達はハッとした。

空を見渡せば、黄昏色に染まりつつあった。

「ほらほら、急いで」と犬を追い払うように、シッシと手を振って、帰れと再三請求する大人達。

「ケチ!」「大人ばかりずるい!」と文句を言ってクラスメートは渋々来た道を引き返していく。

もう少し見たかったな…と残念に感じながらも、僕もまた踵を返して帰る事にした。


《今度は、もうちょっと早めに来た方がいいですよ》


その時、耳元に女の人の声が聴こえてきた。

パッと振り返る…あの学者を引きつれた集団の中には、女性はいない。

視線が喋っている大人達から、あの大樹に取り込まれている結晶石の眠り姫に移る。


《今日は来てくれてありがとう。気をつけてね》


またあの声だ!

幻聴ではないのだ、と実感しつつ、僕はパッと前へ視線を戻して、クラスメートを追う様に来た道を走り出した。



数日後、僕は単独で【異空の園】へ足を運んだ。

きょろきょろと周囲に誰もいない事を確認して、眠り姫のもとへ近づく。


「あの…こんにちは。この間、僕に声をかけてきたのは、眠り姫さんで…いいんですか?」


恐る恐る声をかけてみた。

果たして、あの時のように喋るのだろうか…?


《こんにちは、今日はいい天気ですね》

「わっ…!」


すぐに彼女が話しかけてきたので、驚いて数歩足を後退させてしまう。


《あっ、驚かせちゃったかな…安心して。とって食べる様な恐ろしい真似はしませんから》


クスクスと笑って、こちらの警戒を解く様に優しい声音で語りかける彼女。

ドキドキしながら、僕は頭上高い位置にいる彼女に話しかけてみる。


「眠り姫さんは…寝てるのに喋れるの?」

《昔と比べて、大分封印が緩和してきている影響でね》


封印…?

なんで、眠り姫はこの結晶石に閉じ込められなきゃいけないのか。

素朴な疑問に対し、彼女は穏やかな声音で答えてくれた。


《私は特殊な種族でね、不安定な長い眠りの時期が訪れる事があるんです。寝場所を確保するために、自分自身で此処に眠りについているの》

「…病院とかじゃダメなの?」

《うーん…普通の病院じゃ目立ってしまうんですよ。色々と他の人にも迷惑かけてしまうのもいけないから》


この時の僕は、彼女の説明の意味がすべて理解できた訳じゃなかった。

でも、彼女が僕達の住む世界には安易にはいけない事は子どもながらに分かった。


《そういえば、名前を名乗っていませんでしたね》

「…名前あるの?」

《うん。『眠り姫』は他の皆が言っている通称。この世界で使っている名前は別にあるんですよ》


この世界で使う名前…?

やけに引っかかる表現だが、この時の僕はさほど気に止める事なく、彼女が口を紡ぐのを黙ってみていた。


《私の名前は…フィン・スィエル・クレシミエント。よろしくね! ねぇ…君の名前を教えてくれるかな?》

「僕は……ハルノ。―――汐華 初流乃(シオバナ ハルノ)です」


これが、僕とフィンの出会いだった。

それから、僕は時間があれば、フィンのいる【異空の園】に通うようになった。

訪れるたびに、フィンは嬉しそうに僕を迎えてくれて、大樹に生えている桃のような実をくれた。

【異空の園】に生息している果実は、僕が生活している世界の果物と形は似ていて、でも味はどれも非常に美味しい。

僕の一番のお気に入りは、桃に似た実で「ぺルム」という名前らしい。

フィンがいる神界で生産されている果実で、食べると体力や精神力が回復する効能があるそうだ。

他にも梨に似た「ナップル」、青りんごのような「マールム」、外見がザクロのような「キルマフルーツ」

色とりどりの見た事のない果実は、僕だけでなく、遊びに来る他の子ども達のおやつとなった。


僕が此処へ通う理由は他にもあって…フィンがよく語ってくれるお伽噺が密かな楽しみだった。

家や学校でも絵本とか、児童文学作品とかあったけど、彼女が語ってくれる物語は一味違った。

此処の常連である子どもの一人が「RPGの物語みたい」とか言っていた記憶があるかな。

僕の意見を言うと…まるで別の世界で起きた実際の出来事のように思えた。


《―――王様は、長年恋をしていた天使と巡りあえました。少しずつ少しずつ、お互いの事を語り合い、友達になります》


ハッピーエンドもあれば、そうでないものもあった。


《でも、王様は徐々にその天使と自分の手元に置きたいという独占欲が芽生えてしまった。…その結果…彼女とすれ違うようになっていく》


どこか非現実的で、でもリアルに聴こえるお話。

語り部であるフィンは、表情を変える事ができない分、声にその感情をのせて、物語に臨場感をもたらす。

彼女が紡ぐ綺麗な声音と不思議な物語に、多くの少年少女が、次の展開はどうなるの…とドキドキと熱心に耳を傾けていた。




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