ふたつのステラ 第3.5部 目覚める星と反旗の暗殺者(アサッシーノ)


カプチーノの香りと味を楽しみながら、リゾットはふぅ、と一息つく。

気付けば、すべての料理を平らげていた。

本音を言うと、あまり腹はすいていなかった。

疲れていたので、ベッドへ直行する予定であったのだ。

予定を見事に大幅変更させたこの料理の魔力は恐ろしい…何しろ、リストランテさながらの旨さだ。

いや、そんな料理をつくったフィンの料理の腕が素晴らしいのだろう。


「お口にあったようですねー」

「ああ、うまかった…」


素直に感想を言うと、フィンは「よかった」と嬉しそうに笑う。


(こんなに笑うんだな、この娘は…)


間近で観ていて、フィンの性格が少しずつ解ってきた。

明るく、周りの空気を気持ちよくさせるオーラの持ち主だ。

ギャングの暗殺チームという特殊な環境下で、臆する事無く自らのペースを崩さず、順応している。

訓練されたものか、はたまた彼女の生まれつきの度量か―――多分後者だろう。


「……ところで、リゾットさん。例の件ですが…」


後片付けを終え、布巾で両の手を拭きながらフィンは話を切り出した。

彼女のその言葉を合図に、リゾットもカップをテーブルにコトッとおいて、漆黒の目を細める。


「一応、確認のために問います…エクレシア、私との形式契約を本気で交わしたいと考えているんですか?」

「その通りだ。冗談なら…お前をわざわざアジトまで連れてくる必要はない」


それもそうですね、とフィンは複雑そうな表情で返した。

やはり、天使や神族は、裏社会…闇に属する者と契約を交わす事を倦厭したがる傾向があるのか。


「人を殺め、血で汚れている者は…怖いか」

「…怖くないと言えば嘘になります」


フィンは少し逡巡して、それに対する回答を口にした。

予測していたとはいえ、率直に言われてズキッと胸が痛む。


「でも…貴方の秘めた意思は嫌いじゃない」


次に言われた事に、リゾットは微かに目を見開く。

あたかも、聖書を読み解く聖職者のように、フィンは静かに言葉を紡ぐ。


「人を殺める事は罪です。被害者がどんな悪人だろうと、人一人の生を弄んだ冒涜者だろうと…殺してしまえば、その人は犯罪者になる。

その被害者の血脈を途絶えさせ、罪への償い…更生させる事すらできなくする。あらゆる可能性の道筋を消してしまうんです」


「……なら、俺は重罪人だな」


私怨のために轢き逃げをした犯人を手にかけた。

それから、次から次へと人の命を奪い、多くの屍をつくった。組織の命令とはいえ、一人一人の命を弄んだ事に変わりない。


「でも…私は貴方を否定しない」

「……!?」


「リゾットさん…貴方は単なる快楽殺人者じゃない。生きるために、自らの存在する意義を求めるために…必然的に殺しを生業にしていく事になった。

過ちを顧みずに胡坐をかいて、なくなった人の尊厳さえも踏みにじる人と、己の非を認めたうえで、殺生を重ねる事を決めた人…最悪なのは前者。

リゾットさんは後者の人。自分の過ちを受け入れて、奪った人の命と罪を背負う覚悟がある」


五日前のあの夜、リゾットは契約をしたい理由を明かした。

自らが裏社会の門をくぐった過去を。

部下を…仲間を大切にしている事を。

どんなに冷遇されようとも、立場を認めたうえで、己の仕事に矜恃をもっている事も…。

そして、契約をするために、自らの命をかける事も辞さないという決心を語った。


「正直に言うと、命を大切にしない人は好きじゃないです。でも…裏を返せば、エクレシアとの契約がどんなに重たい事なのかを…貴方は知っている」


「…当たり前だ。願いを叶えるためには何がしらの《対価》が必要になる。無条件でほしい物がなんでも得られるなんて甘い幻想を抱くのは

無垢な子どもか、裕福な階層の人間か、今まで平穏な生活しか送っていない相当な世間知らずな奴だけだ」


修羅場を潜り抜けてきた人間だからこそ、言える発言。


「エクレシアと契約する事は、これまで以上に危険に晒される事になりますよ」

「それがどうした? 元から死と隣り合わせの道を歩んでいる身だ。仮にそうなろうとも…後悔はしない」


目の前にいる男の覚悟を、フィンは改めて再認識した。

かつて、友であった美しき吸血鬼もまた彼女と契約を暗に求めていた節があった。

リゾットと同じ様に、その友が形式契約を要望していたら…フィンは間違いなく、それを拒んでいた。


その友とリゾットの違い……見ている《貴方》はお分かり頂けるだろうか?




【挑む資格を獲得した男】




「分かりました。リゾットさん…貴方に試練を言い渡します」


フィンにとって、彼は初めての“挑戦者”となる。

試練の内容を伝える彼女は、口元が綺麗な弧を描いている。


「貴方には―――」


伝えられた試練は想像とはかけ離れており、その難しさに、リゾットは眉を潜めてしまう。

同時に…彼の挑戦心を擽る内容でもあった。





【つづく】

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