【11】少女の決断


「…この家かな」


ヴァンスの住む屋敷の門を前に、一人の少女が立っている。

いつも常備している黒コートではなく、緑と白色を主体としたワンピースにグレーのパーカーを上から羽織った私服姿。

少女…シオンは少し困った顔で佇んでいる。

そもそも此処へやってきたきっかけが、一件のメールだった。



《話がある。場所はメールで逐次知らせる。一人で来い》



送り主は――――ヴァンス・F・クローチェ。

シオンが所属する組織…13機関とは敵対関係にある人物だ。

シオンが好きで母親のように慕っている女性…リエとも対立関係にある破壊神である。

そんな危険人物から、一件果たし状ともとれるメールを送られ、さらに誰にも告げずに単独で来いと催促されたのだ。



「メール通りにきたけど…此処で合ってるよね?」



しかし、当の本人であるシオンの顔に怯えの色は見当たらない。

ヴァンスが13機関(正確には指導者と一部のメンバー)の天敵であるのは事実だが、シオンは彼にそんな敵対心を抱いてはいない。

むしろ、リエの大切な旦那さんで怒らせたら怖いお兄さん程度にしか思っていない。


シオンは恋愛や結婚に関する話題はあまり詳しくない、

最近ちょっと興味はもちつつあるレベルだ。

そんな彼女から見ても、リエとヴァンスの二人がお互いに愛し合っている事は分かる。

そもそも、二人が敵対する理由が、価値観の違いや周りのヴァンスに対する偏った認識ばかりが普及している所為だ。ヴァンスは多くの世界からみれば脅威の存在だが、その行動には隠された『意味』がある。


だが、実際にその本当の意図を理解できるヒトは雀の涙くらいしかいないのが現状。

『人に認められる事が難しい』事をよく知るシオンは、そんな複雑に交錯した事情を悲しいな…と思いながらも、二人の仲を密かに応援しているのだ。

改めて、シオンは大きな屋敷を真っ直ぐ見据える。

ヴァンスの隠れ家は各世界に点々と存在するが、この屋敷は初めて目にする。


和風な造りの大きな家宅。

今まで見てきた隠れ家は洋風な建築物が多かったために新鮮に映ってしまう。

視線を門の横に移すと、インターフォンが設置されている。


「……えい!」


ずっと、此処に立ち尽くしても時間が無駄に過ぎてしまう。

シオンはよしっ!と勢いよくインターフォンのボタンを人差し指で押した。



   ピンポーン



呼び出しの音が鳴り響く。

シオンはドキドキしながら待つ。


『――――よく来た。入れ』


インターフォンから、屋敷の主の声が返ってきた。

すると、固く閉ざされていた木製の2枚の扉が左右にスライドして開かれた。


「シオン、ひさしぶり!」

「うりゅ、どうぞお入りくださーい」


顔馴染のイオンとさくたろうが出迎えてくれた。


「うん、ひさしぶり」

「早く入って!」

「ヴァンスさんが奥で待ってるよ~」


二人に急かされ、シオンはサッと扉を潜り、屋敷へ入った。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「ゆっくりしてろ」


客間へ通されるや、そこで待っていたヴァンスがその一言を発し、すぐに出ていった。

シオンはキョロキョロと辺りを見回しながら、上等な生地を使ったソファーへ腰を下ろす。


「うわぁ…」


テレビのドラマで登場するような風景…会社の偉い人が、客人を出迎える際に使用する部屋を思い浮かべた…の中に自分がいる。一種の非現実空間にいる不思議な感覚に、シオンはそわそわしてしまう。

もしも、ロクサスとアクセルがいたら、感想を言ったりして時間をつぶせそうだが、生憎親友二人はこの場にいない。


(…えっと…飲み物がでてきたらすぐに飲んじゃダメなんだよね)


以前、ヴィクセン監修のもとマナー講座で教えてもらった知識を思い出そうとするシオン。

取引や接待関連は、主にゼクシオンやルクソードが得意とする分野であり、まだ子どもであるシオンとロクサスには無縁の話だと思っていた。

けれども、シオンは今まさにその擬似的な舞台に立っている事を徐々に実感しつつあった。


(お菓子は…左から食べなさいって言ってたなぁ…ケーキの場合も同じかな?)


ヴィクセンが口を酸っぱくして、社会人マナーの彼是を語っていた記憶が頭に蘇る。

その時の記憶では…シオン以外にロクサス、アクセル、デミックスが彼の講義を受けていた。

ヴィクセンの長々と続く話に対し、ロクサスは相槌を打って聞き、アクセルは時折生欠伸をしてぼぉーとしていた。デミックスは…机に伏して爆睡していた気がする。



(…とりあえずお行儀よくしよう、うん)


細かな点はうる覚えだが、ぶっつけ本番でなんとかするしかない。

うんうんと頷いていると、ぎぃ…と扉を開ける音がした。


「いらっしゃい、シオンちゃん」


聞き覚えのある声に、シオンはハッとした。


「リエさん!」


入室してきたのは、リエだった。


「急に呼び出してごめんなさいね。吃驚したでしょう?」


リエは銀のトレイで運んできたお茶菓子を木製の机に置きながら、シオンに話しかける。


(…リエさんもいたんだ)


シオンはホッと安堵の息を漏らした。

親しい人が傍にいると、緊張もほぐれていく。



(でも、リエさんがいるって事は…ヴァンスさんが連れてきちゃったって事だよね)



ヴァンスは、時々リエを屋敷へ(強制的に)招いている。

つい最近、リエは長い年月をかけた依頼が達成した事もあって静養していた。

多分、疲れを癒している隙を突いて、リエは此処に連れてこられたのだ…とシオンはすぐに察した。



(…もしかして、ヴァンスさんの話って…リエさんに関する事?)



そうだとしても、何故自分に相談するのだろう?

二人で話し合っても解決できない問題があるのか…?

次々に浮上する疑問に首を傾げるシオン。


「待たせた」


それらは、5分後に再びやってきたヴァンスの口から語られるショッキングな内容を聞いた事で、すぐに答えがでた。



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