【10】雨の日の吉報


「こんにちは」


リエは優しい微笑みを浮かべ、挨拶する。

客間ではなく、書斎へ通した。


「珍しいな、お前から来るのは」

「ええ…話したい事がありますから」


はい、こちらつまらないものですが…とご丁寧に茶菓子を持参してきた妻。

丁寧にラッピングしているが、おそらく妻の手作りだろう。

ラッピングも、老舗デパートの店員レベルで凝ったものに仕上げている

…スキルを上げたか。


早速、包装をあけて菓子を確認。

中身は――――カステラ。

黄色い通常のモノと抹茶風味の二タイプだ。


さくたろうが茶を運んできた。

緑茶を淹れた湯呑み茶碗二つを机に置くと、さくたろうは木製の円形の盆を両手で支えたまま、ぺこっと一礼して退室した。



「…いただきます」


とりあえず、切り分けたカステラを食する事にした。


「…うまい」

「よかった」


味は申し分ない。

そもそも、リエが作る料理が外れた事はないか。

ふと、視線をカステラをフォークでゆっくりと分けている妻に向けると、違和感を覚えた。

心なしか食が進んでいない気がする。


「…どうした?」

「なにが?」

「さっきから茶しか飲んでいないだろ」


体調がすぐれないのか…?

顔色は悪くないが、食欲不振は病気の兆候かもしれない。


「大丈夫。病気ではありませんから」


フフッと朗らかに笑う妻。

表情からその発言が嘘偽りではないとは思うが、逆に喜を露わにするほどの理由は…


「…今回の来訪した理由がそれか」

「…はい」


己の言葉に、リエは是と答えた。

悪い知らせでないだけマシだが…

わざわざ自分に伝えに来る程の良い報告とは何なのか?


「13機関のあの男、どこぞの勢力にでも狩られたか?」

「もう…そんな物騒な事言わないで。違いますよ」


ゼムナスさんにも失礼ですよ、とリエはムッとした顔で注意してきた。

まあ、七割方は冗談のつもりだったが、三割方は早くそうなれと期待していた。

告げたら、妻が本気で叱責するから口には出すつもりはないが…。



「なら、新しいエクレシア候補でも見つけたか?」


「何名かはいますけど…個人情報は教えられませんよ。

伝えたい事は別の事」



有益な人材がいたら、引き抜いてやろう…という算段を見抜いたのか、妻の口は固かった。

おいそれと仲間になるやもしれない者の情報を敵に口外しないところはさすがだ。


「ヴァンス…」


リエの顔が真剣なものへ切り替わった。



「今からお伝えする事は、私にとってはとても嬉しくて幸せな事。

でも…貴方が同じ気持ちになれるかは分かりません」


「……どういう意味だ」


「貴方がどんな答えを出しても、私の決意は変わりません。

でも、報告しておかないとフェアじゃないと思ったから…

この事実を言います」



リエはそう言いながら、慎重な手つきでお腹を撫でる。

妻のその仕草…慈しむような眼差し…

握っていた湯呑み茶碗に亀裂が入る。

…それだけ、動揺していたのだと後に認識した。


「…おい、まさか…」


問い返す前に、妻は穏やかに目を閉じて言った。



「『この子』を…愛してくれますか?」




【雨の日の吉報】




「さくたろう、早くこの事イタチに知らせないと!」


扉越しに、こっそりと二人の一連の会話を立ち聞きしていたイオンは廊下を走り出した。


「えっ、どうして?」


イオンの後をついていく、さくたろうは疑問を口にする。



「僕とさくたろうはそっちの知識はゼロだし、エドさんは息子はたくさんいても赤ちゃんの世話の経験はないって前に聞いたんだ。グリードといけすかない白蘭は論外。そうなると、子育て経験があるのはイタチだけなんだよ!」



イタチが不在の時に、まさかこんなハプニングが起きるとは想定していなかった。



「イタチに色々と聞かないと、これからもっと忙しくなる。

…イタチがいない今、僕達が守らないといけないんだ、

ヴァンスとリエさんと…お腹の子を!」



イタチが旅に出る直前、残してくれた言葉がイオンの脳裏を反芻する。



――――『ヴァンス様と奥方様を…頼む』



イタチは自分を信頼して、託してくれた。

だから、自分はその期待に答えなくてはいけない!

イオンの言葉に、さくたろうは事の重大さを理解してくれたようで…



「う、うりゅ~…僕、他のみんなに連絡するね!」

「うん、任せた!」


仲間への伝達をさくたろうに任せ、イオンは電話のある部屋へ急ぐ。

反対方向の廊下を、さくたろうが渡っていると外の風景が自ずと目に入った。

雨はすっかり止んでおり…曇り空の隙間から陽が差し込んでいる。


「うりゅ、よかったぁー」


長く続いた雨がようやく終わりを告げた。

これは、素敵な事が起きる前触れなのかもしれない。

さくたろうはそう予感した。





【つづく】

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