第4話【兎は語る】
「…で、リーシェ先生は今も熟睡中って訳か」
夜が更けて、時間帯は正午へ近づいていた。
事務所に訪れた、仲介屋のモリソンは真夜中に起きた出来事をダンテに教えてもらっていた。
リーシェは、二階の部屋で眠っている。
普段は、どんなに夜が遅くても、午前6時には起きているのに…今日は眠りから覚めない。
まるで、毒りんごを食べて仮死状態となった白雪姫のように。
「あの野郎…『クロロ』っていったか…油断ならねぇ奴だ」
「『幼馴染』って言ってたんだろう?」
「ああ…けどな、あの男は普通の人間とは違う。“匂い”がな」
「まさか、『悪魔』だって言いたいのか?」
モリソンが苦笑いして冗談を言うと、ダンテは目を細めて緩慢に首を左右に振る。
「いや…『悪魔』よりも性質が悪いかもしれねぇな」
「おいおい…そんなにやばい奴なのか」
真剣に語るダンテをみて、モリソンの表情から笑みが消える。
「そういや…リーシェは、生まれ故郷の事とかあんまり語らないな。ダンテ…お前は知っているのか?」
「…大体はな」
…生まれ育った故郷
…自分の『正体』
…複雑な家族関係
…エクレシア
リーシェは、親しくなった相手でも自分の事はあまり教えない。
この“世界”で、リーシェの過去を知っているのは…ダンテとこの場にいない仲間二人だけ。
モリソンに事情を語る事は簡単だが、それをリーシェが望みはしないだろう。
…語ってしまえば、否応にも“巻き込まれてしまう”から。
「訊くんだったら、リーシェ本人から訊いてくれ」
そう言うと、ダンテは椅子から立ち上がり、階段へ向かう。
「ま、ゆっくりしててくれよ…。あとで茶でも用意する」
「その気持ちだけで十分だ。お前の入れたコーヒーは苦すぎるからな」
仕事仲間からの軽い返答に、ダンテはフッと口元に笑みを浮かべると、階段を昇って行った。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
私が生まれたのは…外界から遮断された、無法地帯だった。
『………』
不法投棄されたゴミ山の片隅。
降りしきる雨に打たれながら、私は色のない瞳で空を見上げていた。
『おい…捨てられたのか?』
私と初めて接触した人物は、30代の男性。
…無精髭はやして、お世辞には清潔とはいえないおっさんだった。
外見は6,7歳でも、ノーバディである『私』は生まれたばかり。
『………』
言葉すら解らない赤子も同然だ。
おっさんの声も眼中になく、ぼぉーと空を眺めていた。
『…ったく、仕方ねぇな』
おっさんは私をひょいっと抱きあげると、家まで連れ帰った。
連れてこられたのは…寄せ集めの鉄やごみくずでつくった簡素な家もどきだ。
おっさんは、全身びしょびしょの私をタオルで拭いてくれた。
おっ、よくみりゃ別嬪さんだなとケラケラ笑いながら、私の頭をガシガシ撫でた。
そして…ポンポンと数回軽く叩いて言った。
『今日から、此処がお前の“家”だ』
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