第24話【真夜中の招かれざる客】
自室にあるキッチンで、カナンがせかせかとサンドイッチを作っていた頃、十一の鐘が鳴った。
「今日は一段と冷え込むわね…」
「そうですね」
城に仕える侍女数人が手を擦りながら、窓から夜空を眺めていた。
彼女達は遅番であり、夜の内に洗濯や兵士の食事の後片付けなどが主な仕事である。
ようやく一段落したので、休憩室で温かいホットミルクでほっと一息ついたところだ。
「あの~…先輩。訊いてもいいですか?」
最近入ったばかりの新入りの一人が、こそっと質問をしてきた。
「城の中で、不審者を閉じ込めているって噂…本当なんですか?」
このところ城内に不穏な空気が漂っている。
別の使用人から聞いた話だと、とても凶悪な盗賊団がカナン王妃や関係者を狙ったらしく、陛下の逆鱗に触れて牢屋に入れられたとか…。
「…そういえば、貴女は知らなかったわね」
「絶対に城下にいる人達には言わないようにね」
勤めて三年目になる侍女達がこそこそと諸事情を語ると、新人の侍女はさぁーと顔を青ざめる。
「そ、それって…すごくまずい状況なんじゃ…」
「しっ! その通りだけど、口には出さないの」
「兵士の数を増やして巡回しているから、そう簡単に忍び込めないわよ」
先輩の言葉を聞き、新人の侍女はほっと安堵の息を漏らす。
「でも、カナン様…大丈夫なんですか?
話を聞く限りだとその【なんたら団】ってアルクノアよりも恐ろしい連中のようですけど…」
「大丈夫よ! あの方は強いし…
何より陛下がいるこの城で、盗賊風情がしゃしゃり出るなんて真似はできやしないわ」
「そうそう、幸いウィンガル様とプレザ様もいらっしゃるもの。
いくら腕っぷしが強いからと言って、恐れるに足らずよ!」
「皆さん、お喋りもいいですが…そろそろ戻る時間ですよ」
和気藹々と話し合っていた侍女たちの目がいつの間にか開かれていた扉へ集中する。
そこに、中年の女性…侍女長が仁王立ちしているのを目にして慌てだした。
「す、すみません!」
「失礼しました」
「行って参ります」
そそくさと持ち場へ急ぐ三人を見送ると、侍女長はふぅ…と小さく息をつく。
「本日はご苦労様でした。明日のシフトですが…」
後ろにいた別の侍女達と共に部屋へ入ると、侍女長は次の日の予定を告げる。
一週間前に入ったばかりの新人二人は、上司の説明に耳を傾ける。
「すみません」
「はい、何でしょう?」
「ひとつ気になる事がありまして…」
新人の一人が恐る恐る手を上げるや、侍女長へある事を報告する。
「八の鐘が鳴る前から、掃除をしている女性がいて…その人、休んでいる様子がなさそうでした」
「まぁ…どこの担当の人かしら。名前は分かりますか?」
「すみません。まだ先輩方の名前を全て覚えきれていなくて…」
「特徴は覚えていますか?」
「えっと、確か…」
侍女達が話している部屋の扉の向こう…一人の侍女が廊下を歩いて行った。
途中、巡回している兵士二人とすれ違い、侍女は会釈してスタスタと歩を進めていく。
「なぁ、さっきの子…新人かな?」
「そうじゃないか? 鮮やかな色の髪だったな」
*** ***** ***
「ふぁ~…暇だな」
薄暗い地下牢で、シャルナークは欠伸をしてポツリと呟く。
すっかりこの空間にも慣れてしまい、尋問の時間以外はハッキリ言うとやる事がない。
「せめて、携帯があったらゲームができるのに…」
「おい、喋る暇があるならさっさと寝ろ」
監視している牢番の一人が顔を歪めて、就寝するように言う。
「そう言われても、眠気がぜんっぜんこないから困るんだよね」
シャルナークが苦笑して肩を竦める。
「このところ、リーシェは来ないし、話の面白いローエン宰相も忙しそうだし…
尋問はワンパターンなお決まりの台詞しか言わない一般兵士だから張り合いがないんだよなぁー」
「ムカつく野郎だな、こいつ!」
「怒るな、怒るな、スルーしろ。スルー…」
今年入隊したばかりの青年の牢番は青筋を立てる。
もう一人の牢番が「落ち着け」と後輩の肩を叩く。
シャルナークの挑発を含んだ発言は今に始まった事ではない。
下手に挑発に乗ってしまえば、相手の思う壺になってしまう。
「先輩、いつまでこいつ牢屋に入れておくんですか…」
「陛下もしくはウィンガル様の指示があるまでだ」
「この調子だと気が滅入りますよ…」
リーシェと話し合って以降、時間を潰すという名目で、シャルナークがべらべらと一人で喋るようになった。
話をするだけなら、何ら害はない。
仲間や俗世から遠ざけられ、昼夜問わず寒い牢獄の中で孤独を感じているだろう憐れな罪人にほんの少しの同情心と興味もあった。
上手くいけば、盗賊団内部の情報を入手できるのでは…という淡い期待もあり、功績を上げたい者は積極的に耳を傾けたのだ。
…結論から言おう、【撃沈】だ。
相手にダメージを与えられるのは、物理だけではない事を否応にも思い知らされた。
異世界の怪談百選を筆頭に、人間の狂気や恐ろしさが満載の話題をこれでもかと聞かされた。
怖いものが苦手な者は寝不足となり、仕事に支障をきたした…それはまだいい方だ。
女性関連の嫉妬や怖さを前面に押し出した実話を聞かされた兵士なんかショックのあまり、女性兵士と職務に当たるのを拒むようになった。
人間の精神を削る話を連続で聞かされて、中には辞職を申し出る者も出てくる始末。
緊急な事態に、側近のウィンガルはシャルナークの攻撃話をなるべく聞かないように厳命した。
そして、牢番にはその手の話に耐性のある者を配置して現在に至っている。
「分かる、その気持ちはすげー分かる。でも、我慢しろ。
きっと…陛下かカナン様がどうにかしてくれるはずだ!」
「…結局、俺らは見張りしかできないって事っスね」
何もできないまま、罪人を監視しながら一日を過ごす…なんとも歯痒くて仕方ない。
暴力まがいな行為なんてご法度だ、陛下直々にそう命じられている。
一度、命令を無視した者がいたが、目の前の罪人の反撃にあったのだ。
外見に反して、シャルナークはかなりの身体能力があり、兵士は腹部に諸に衝撃を受けて蹲ってしまった。
急いでカナンが治療を施したおかげで事無きを得たのだが…
『あと一歩で内臓がやばかったわ…』
その言葉に周囲にいた者達は戦慄した。
そして、ようやく彼等は罪人への最善の対応方法が限られている事を実感したのであった。
「しょ…食事をお持ちいたしました」
この場に似合わない女子の声が響き渡る。
牢番二人がそちらへ向くと、十代後半の侍女が夜食を運んできたところだった。
「おぉ、すまないね」
「し、失礼いたします」
侍女は緊張した面持ちで深々と頭を下げると、足早にその場を後にする。
罪人を投獄中の牢屋なのだから、長居したくないのだろう。
やや複雑な気分になるものの致し方ない、と牢番は開き直り、食事を楽しむ事にした。
「クリームシチューか。寒いこの国では有難いメニューだよねぇ~」
「おー、そうだそうだ。お前の分はないぞ!」
「腹空かしているなら、早めに寝るんだな」
そう言いながら、牢番二人は温かいシチューをゆっくりと味わっていく。
その様子を眺めるシャルナークが…密かに口端を吊り上げていたなんて、彼等は思いもよらなかった。
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