第20話【Breakdown of negotiations】


この男は…正気か。

間近で会話の一部始終を立ち聞きしていたイザヤは戦慄と憤りを覚えずにはいられない。

この手のタイプは何回か遭遇した事はある。

だが、そのすべては話が通じる相手ではなかった。


この男…クロロ=ルシルフルはまさにそれに該当する人物だ。

欲しいモノを得るために手段を選ばない合理的な思考。

己に害をなす、敵とみなしたモノに対して容赦なく排除する冷酷さ。


全身を悪寒が支配していく。

この男を野放しにしておけない。

今、此処で倒さなければ…


リエ、加奈、普賢、ダン、アンジール、カナン、ソラ…。

この場にいないエクレシア達が冷たい亡骸となった最悪の想定が頭をよぎる。

イザヤは立てかけている長刀に手をかけようとした…その時―――


「コゼットさん…貴女は一つだけ誤解している」


クロロが幾分か冷静になり、その言葉を発した。



「俺は、貴女と母親であるリエ・クローチェ殿を結晶華にするつもりはない」

「…?」


「貴女はリーシェと繋がっている。

…本体である貴女の肉体を喪失させたら、リーシェにも影響が及ぶ危険は避けたい」



なにより…とクロロは口元を吊り上げる。



「俺は、リーシェの本体であり、姉である貴女にも興味がある。

あなた方をこの世に生み出した母親であるリエ殿にも…」



つまり、それ以外のエクレシア達は結晶華にしてしまう程度の価値しかない…という事だ。

イザヤはギリッと歯を噛みしめる。

やはり、この男を放置するわけにはいかない。

その気持ちに駆られ、一発拳で殴ろうとした。



―――バシャッ



だが、イザヤが拳をお見舞いする前に、クロロは顔面に水をぶっかけられた。

ポタポタ…と黒い髪から水滴が落ちる。

一体何が起こったのか、当の本人は理解がおいついていないようだ。

水をかけたのは…まぎれもない、目の前にいるコゼット。



「そう…貴方の言いたい事はよーく分かりました。

要するに…貴方がリーシェ以外は、装飾品程度にしか思っていない事もね」


「いや…そういう訳じゃ…」


「私と母を生かすのはリーシェのためを思って…と言いたいのかしら? 

違うわね…私と母は、リーシェが降伏しない場合の『手駒』として残しておきたいから、それが最大の理由でしょう」



コゼットが淡々と言葉を紡ぐ中、店の灯りがフッ…と蝋燭を消すように消えていく。


(…!? な、なんだ…この尋常じゃない気圧は…)


イザヤは動けなかった。

何かに全身を縫い付けられたような…重度の金縛りにあう。

まさか…クロロが能力を発動させたのか、と彼に視線を向けたが、すぐにその推測は間違いだと気づく。

クロロもまた、同じ症状になっていたのだ。

顔に感情の機微はないが、額から汗が頬を伝って流れ落ちている。


「結論から言わせてもらうと…ふざけないでちょうだい」


そして、イザヤはほどなくしてその答えに辿り着いた。


「クロロ=ルシルフル…貴方なんかに…大事な妹を渡してたまるものですかッ


この凄まじい威圧を放つ主が…コゼットだという事を。





【Breakdown of negotiations】





…暗く深い闇の中。

そこに複数の気配が点在している。


「…そっちの状況は?」

「これといってめぼしいモノはない」


その者達は互いに調べ上げた『情報』を、今まさに報告し合っていた。


「そういう貴方は?」

「…ダメだ、有益な情報は何一つ浮上してこない」

「なんじゃ、お前さんら…これでは半年毎に行われとる集会が全く意味をなさんではないか!」


彼等は古の時代に、とある異世界で起きた大戦で封じられた魔を司る種族。

その中でも優れた力をもった精鋭陣だった。

しかし、大戦で奇しくも彼等は敗戦。

勝者となった四種族から…強力な封印を施された牢獄の中で、彼等は今も尚、途方もない時を過ごしている。


「怒ってもしょうがないッスよー。『夢見』の力は個人差があるッスから…」


激怒する同胞を、仲間である一人が宥める。

そう…彼等は時の闘争に敗北したものの、諦めてはいなかった。

いつか封印が解かれ、彼の地へ舞い戻る事を目指して…ただ一つの手段で模索しているのだ。


―――それが【夢見】


他者の夢の領域へ介入し、時に特殊能力のある対象者に憑依する事で、その人物の中にある情報さえも入手できる唯一の方法。

もともと、彼等がこの能力に目覚めたのは、今は無き一人の同族がきっかけだった。

“彼の者”が与えてくれた手段を用いる事で、彼等は故郷ではない、さまざまな異世界の出来事を見聞きし、渡り歩けるようになった。



「まだ目覚めていない人もいるけど…」


一人が後方へと指をさす。

そこにいるのは、深淵の闇の床へ横たわり、寝息を立てて夢路を探索中の仲間。


「相変わらずマイペースね…彼」

「兄者…」


苦笑と呆れ交じりの視線がその者へ集中し、血縁関係のある一人は溜息を漏らす。

しかし、彼等はこの時点で予期していなかった。

この後、とんでもない事実が明らかになる事を…。

眠る仲間が夢路で接触している『対象者』が、彼等とは切っても切れない奇妙な縁で結ばれている事を…。





【つづく】

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