第17話【兎の異変、姉の過去】
「ただ…一度だけ、心が折れそうになった事があります」
「…?」
「昔、異世界で旅をしていた時に、とある国で魔導士の親子と知り合ったんです。屋台を開いていて、よく訪れる常連さんでした」
彼女は今度は悲しさを伴った顔で言葉を紡ぐ。
「そのお父さんは《魔法で人の役に立ちたい》《魔導士は人を助けるために生まれてきた》という信念の持ち主でした。周囲から差別されても、日夜人の役に立つ魔法を生み出す為に心身を注ぐ…真っ直ぐで、温かいオーラを持つとてもいい人でした…」
でも…と彼女は否定語を口にした。
「ある戦争が引き金になって、彼は変わってしまった」
「戦争…?」
「彼は魔導士以外の人を…愛せなくなってしまったんです」
首を少し俯けて語るコゼット。
ぐっと手を力強く握りしめる。
「私は……変貌してしまった彼の心を取り戻す事が出来なかった。友人であった彼と道を違えてしまった」
ポタッと、彼女の手に一滴の水滴が小さな円を描く。
「おい…大丈夫か?」
「ごめんなさい。思い出したら…少し感傷的になってしまって…」
目元を指先で擦りながら、コゼットは改めて顔を上げる。
「その事がきっかけで、私は一時的に自信を無くしてしまって…見兼ねた創造主様から任務を外れるように命じられました。それ以降、私は長期の異世界観察に行っていません」
コゼットが話してくれた事に、イザヤの脳裏にある記憶が蘇る。
『—――イザヤ』
『まったく…素直じゃないな。お前は…』
まだ、狂気にとらわれる前の…実兄の事を。
実兄と暮らした、もう戻れないあの一時を…。
「その男とは…もう袂を分けてしまったんだな」
「私はそう思っています。…もう二度と会えない覚悟で、あの時意見しましたからね」
コゼットは寂しげに一笑して答える。
イザヤは、握っていた湯呑に目を落とす。
まだ半分残っている緑色の茶をじっと見つめながら、暫く沈黙が続く。
「けれど…」
すると、同じく黙っていたコゼットが言葉を紡いだ。
「いつまでも…立ち止まってばかりじゃいられませんね」
「…コゼット」
「母さんも…リーシェも一歩ずつ先へ進もうとしている。
だから…私も過去を悔やむのをもうやめようって…最近そう思えるようになったんです」
まだまだゼロ地点ですけどね…と苦笑するコゼット。
そんな彼女の様子を直に見ていたイザヤは思った。
(いや、コゼット…あんたは強い。
―――あんたは母親に…『彼女』に似ている)
【兎の異変、姉の過去】
ムーンライトから少し離れた二階建ての建物の上に、一人の女性が立っていた。
鷲鼻と長いまつ毛が特徴的な、長身で胸元が開いたスーツのグラマーな女性だ。
彼女は観察していた。
イザヤとコゼットを遠目から眺めながら、小さく息を漏らす。
「本当に…よく似てるわね」
まるで、懐かしい人を見つめるように、彼女の目は穏やかな色を宿していた。
【つづく】
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