第16話【兎の“述懐”、悪魔狩人の“ヤマ”】
「…おい、ふざけてんのか」
ミシッと受話器を握る力が強まる。
無意識に語気を荒げていたのか、ソファーでこちらのやり取りをしげしげと見ていたパティがビクッと肩を震わせた。
『ふざけてないよ』
「お前…まさか、やばい事考えてるんじゃねえよな」
少し冷静になって、再度問いかけた。
『当たってるな。今回のヤマは選択を間違えれば、私は《存在》すらなくなる…』
否定してほしかった。
けれども、リーシェの答えは、ダンテのささやかな願いを玉砕した。
「…選択?」
『一種の賭けだよ。まぁ…そんなにやすやすとくたばるつもりはないけどね』
ハハハ、と笑いながら答えるリーシェ。
でも…と急にしんみりした口調となり、言葉を続ける。
『例え、この存在がなくなってしまっても…ダンテの事は忘れないよ』
「なに、戦場に行くヤツみてぇな事抜かしてるんだ…縁起でもねぇ事言うな」
『次いいかな?』
「…今度は何だ?」
『エクレシアには《神格名》というものがある…以前話しましたよね?』
神格名―――エクレシアのもう一つの名前。
神格名は、いわば真名に相当する特別なものであり、親類か仲間にしか言わない者が多い、と聞いた。
『私のもう一つの名前…教えてあげる』
「!!……おい、それって…」
『一度しか言わないので、耳の中かっぽじってよーく聞いててくださいね~。私の神格名は―――』
彼女の真名は…ダンテの耳にしかと伝わった。
『…よーし、これでOK!』
「…何がOKだ…」
満足したと喜ぶリーシェに、ダンテは苦々しく唇を噛みしめる。
「おい、リーシェ!」
『はい?』
「…俺も言いたい事がある」
『ん、分かりました。どうぞどうぞー』
「…電話じゃダメだ」
『へっ?』
電話での話し合いを断られて、リーシェは思わず間抜けな声を漏らした。
「まず、その世界から離れろ。別の場所に移れ、そこで話す」
『無茶言わんといてください。つーか何様だ、おたくは…』
「お前の“大家”様だよ。言う通りにしないと、てめえの姉貴のレストランに乗り込んで、初夜の事ばらすぞ」
『…おい、大家さんそれは脅しか? ところで何故おたくは姉さんの事知っている?』
「待ち合わせ場所はムーンライトだ。拒否は受け付けねぇぞ…じゃあな」
キンッと電話の受話器を乱暴においた。
今まで、傍で一部始終を見聞きしていたパティは呆然としていた。
「ダンテ…これからどうするの?」
「パティ…留守番頼む。モリソンと一緒にな」
「おっ、気付いたか」
電話の最中にやってきたのだろう。
見慣れた仕事斡旋者が、壁にもたれかかるように立っていた。
「悪いが、これから急用だ。でかい“ヤマ”ができちまった」
「そうか…あまり派手に暴れるんじゃねえぞ」
ダンテは吊るしていた赤いコートを手に取り、羽織るとギターケースを肩に背負う。
「腹くくったのか?」
扉を開けようとした際に、モリソンから意味深気な事を言った。
それに対し、ダンテはフッと口端をあげる。
「…でなきゃ、わざわざ遠出しねぇよ。―――【異世界】にな」
【兎の“述懐”、悪魔狩人の“ヤマ”】
「いい知らせ、期待してるぜ」
仕事仲間にささやかなエールを贈られ、ダンテは出かけて行った。
「ね、ねぇ! 異世界って! リーシェって何かとんでもない事に巻き込まれちゃってるの!?
ダンテ、一体何するつもりなの!!」
ちんぷんかんぷんだ、と説明を促す少女に、モリソンは微苦笑する。
「男の一世一代の勝負ってヤツだよ」
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『愛おしそうに語るんですよ―――まるで、長い年月を過ごした伴侶を想うみたいに』
コゼットが唱えた魔法の呪文。
その呪文のおかげで、不安で燻る気持ちに終止符を打ち、心に火を灯す事ができた。
ようやく、決意が固まった。
「逃げんじゃねえぞ、リーシェ」
【つづく】
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