第16話【兎の“述懐”、悪魔狩人の“ヤマ”】


*** ***** ***



「ねぇ、リーシェはまだ帰ってこないの?」


掃除をし終えて、ソファーにポフッと腰をおろしたパティが何気なく訊いてきた。


「多分、暫くは無理だろ」

「え~、なんで?」

「デカイ仕事ができたんだ、とさ」


そぅ…とパティは淋しそうに呟く。



「リーシェ…お医者さんの仕事をしてるのよね」

「ああ、(違法すれすれで)がっぽり儲けてるよ。あいつは…」


「すっごく勉強したのね、きっと…。

だってお医者さんになるのって、凄く大変だって、院長先生が言ってたもの」



苦労したんだわ…とまるで自分の事のように憂うパティ。

あながち間違っていない、と思った。

リーシェが、医者の道を進んだのは義理の親の影響だ、と聞いた。

最大の目的は、いけすかない色黒の探究者に復讐する事みたいだが、その確固たる目標ができる以前から、薬学や医学に興味を持っていたらしい。


タカフミ・スドウ―――リーシェを育てた男は、良くも悪くも彼女に多大な影響を与えた。


リーシェに人並みの常識を教え、膨大な知識を授けた。

彼女の出生を見抜き、彼女にとっての生きる目標を見つけ出させた。

自ら地に立って、歩いていけるように…。

それが、彼なりの親心であるのだと感じられた。


しかし、ダンテは面白くなかった。

今でも、その男が恋人の心に居座っている事が…。

多分、リーシェが彼に抱いているのが親子愛だというのは本当だろう。

それでも、嫉妬の念を抱いてしまう自分は心が狭いのだろうか…。


「ダンテ、どうしたの? 気難しい顔しちゃって…」

「…腹が減ったみたいだ。注文とるか…」


「また、ピザ!? リーシェがいないからって、偏った食事しちゃダメでしょう!」

「いいだろ、とって減るもんでもあるまいし…」


ちょっと聞いてるの! と説教する少女をよそに、ダンテはレトロな電話の受話器をとろうとした。



  ジリリリ…ジリリリン



ダンテがとる前に、電話のベルが鳴りだした。

仕事の依頼かも、とはしゃぐパティを傍らに、ダンテは受話器をとった。


『ハロー、その様子だとお目覚めかい? 大家さん』


かけてきた人物に、ダンテは目を見開いた。


「…リーシェか」

「えっ、リーシェなの?」


小首を傾げるパティに、ダンテは静かにしててくれ、と口パクで言う。

いつものだらけた感じではなく、真面目な雰囲気のダンテに、何かを感じ取ったのか、パティは小さく頷く。


『そっちはどう? 何か変わった事なさそうですか?』


こっちに危険が及んでいないか、と聞くリーシェ。

幻影旅団の標的は「エクレシア」だが、彼等を捕まえるためにその周辺の人間を利用するかもしれない。

その可能性を見越した上で、ダンテに確認の電話してきたようだ。


「おかげさまで…ここんとこは悪魔すら休暇を楽しんでるようだ」


こっちも午後のティータイムは現在進行形で満喫中、と茶化して言うと、呆れた口調で窘められた。


「…野暮用はどうなった?」


できれば、和やかな会話に終始したかったが…ダンテは敢えて近況を訊いた。

あの盗賊団が、どう行動を起こしていたのかも気になっていたからだ。

案の定、旅団は他のエクレシアにも魔の手を伸ばしており、さらに、エクレシアだけでなく…候補にあたる人物や関係者までターゲットにしていた。

あたかも、巣に迷い込んだ蝶を、おびき寄せようとする蜘蛛の如く…。



  “ 調子に乗るなよ… ”



あの時、向かい側の建物から、旅団のリーダー…クロロが発した暗黙のメッセージ。

いずれ…あの男と一対一で戦わなければならない。

こういう時に限って、勘がよくなるのだ。

すると、リーシェが話題を変えると言いだしてきた。


―――嫌な予感がする。


それでも、ダンテは尋ねずにはいられなかった。

物事をうやむやにして…後から後悔するのが嫌だからだ。



『ダンテ―――もし、私が消えたらどうする?



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