第9話【黎明王の推測、兎の懸念】


【智慧の博兎】とは、リーシェの二つ名だ。

ガイアス自身は、カナンを通じて最近知ったばかりだ。

さらに、幻影旅団は…リーシェと何かしらの因縁がある事も。


捕えたばかりのシャルナークを最初に尋問したのが、ローエンだった。

質問を繰り返しても、さらりとかわしていく中で…兵士の【ある言葉】だけ反応を示した。


『騒がしいようですが、何かあったのですか?』

『それが…王妃様のご友人が目を覚まさないようです』


城に到着してすぐ、リーシェは眠りについた。

当初は心労が重なったのだろうと思われていたが、一日経過して全然起きない事に、侍女達の間で心配と不安が広まったのだ。

その時…シャルナークはガタッと椅子から立ち上がった。


『リーシェはどこにいるの!』


顔色を一変させて、ローエンに懇願したのだ。

リーシェに会わせてほしい、そうしなければ、彼女が危ないんだと。

さすがに騒ぎ出した殺人未遂犯を、被害者の関係者に対面させる訳にはいかない。

ローエンの機転で「彼女の様子を逐次報告する」という事で納得させたようだが…。


これを聞いた事で、ガイアスは確信した。



「執拗にエクレシアを狩ろうとする理由は、単純に結晶華の強奪だけではあるまい。

お前達の本当の狙いは…【智慧の博兎】ではないのか」



幻影旅団の最大の標的は、リーシェなのだと。

リーシェの事は、カナンの師の一人である事以外、ガイアスはあまり知らない。

普段から兎の仮面つけ、素顔をさらけ出さず、エクレシアの中でも異質を放っている存在。

けれども、ローエンの証言から、シャルナークや…旅団は、彼女を求める理由は私怨や復讐といった負の感情ではないと感じた。


―――むしろ、その逆ではないかと。





【黎明王の推測、兎の懸念】





その頃、城の厨房では静かに事件が発生していた。


「さっすが、黎明王が統治する城の冷蔵庫。いい食材が揃っている~♪」


そう称賛の言葉を言いながら、リーシェは燻製ハムを取り出す。


「もう少し休んでてもいいのに…」


カナンはそう呟きながら、卵を器用に片手で割ってボールに投入する。


「Time is money(時は金なり) 貴重な時間を無駄にするのは嫌いなんですよ」


弟子である貴女なら、熟知しているでしょうと返され、カナンは軽く嘆息する。

三日間の眠りから目覚めた師が突然、料理がしたいと言いだしたのは十数分前。

意図が解らず、長い石造りの廊下を歩きながら尋ねたら、こう答えた。



 “腹ペコの幼馴染に差し入れするだけだよ”



それを聞いて、カナンは察した。

リーシェは、頑なな犯人の口を割らそうとしているのだと。

師の真意を悟るや、カナンは協力する事にして、料理長に頭を下げて一部の仕事場を譲ってもらった。

離れた所で、彼を含めた料理人達がこっそりこちらを見つめてくる視線が痛い。


「彼…話してくれるでしょうか?」

「さあね」

「さあね…て」


犯人を喋らせる自信があるから、料理作ってるんじゃないんですか。

え~と戸惑いと非難を孕んだ眼差しを向ける弟子に、リーシェはさらに言葉を続ける。


「こればかりは【賭け】だから…なんとも言えないよ」


そう、賭けだ。

幻影旅団の目的は、エクレシアの結晶華を奪うだけではない。

さらに言えば…旅団、いやクロロの標的が、単純に“「自分」だけではない”事にも、気付いていた。

証拠はないが、確信に近いものが囁いている。


(あいつは、何かしでかそうとしている…絶対に)


それが、自分にとって『最も望んでいない事』ならば…早急に対処しなければならない。

だからこそ、シャルナークから供述を引き出す必要がある。


「よし…できた」


フライパンで炒めたものを器に入れる。

準備は整った。


「さーて、地下牢にいきましょうか」

「…案内しますね(大丈夫かな~、本当に…)」


不安を隠しきれないカナンを先頭に、リーシェは湯気立つ料理を乗せたトレイをもって目的地へ足を進めて行った。





【つづく】

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