第2章:人には【光】と『影』がある
グレルが発した言葉に、ジェームズは狼狽する。
「グレル……ぼくは…君に何を…」
「まずは…ご主人様、アンタが苦労してたのはよーく分かってるワ。
先代と後継ぎが亡くなったから、子爵の地位をイヤでも継がなきゃダメだった。
その所為で、夢を諦めないといけなかったんだもの…両立させるなんてあのババアが許さなかったんでしょ?」
そう言われるや、ジェームズは瞼を強く閉じて全身を震わせる。
その当時の事を思い出したのか、苦しい表情を浮かべている。
「慣れない領主の仕事に四苦八苦。
それに加えてババアが好き勝手に行動して、周囲に迷惑をかけてしまうワ、懇意だった貴族が離れてしまうワで大苦戦。
ババアの所為で使用人達はヤメテしまうし、働き手が来ないワ…まさにブラックでカオスな負のスパイラル!」
かく言うアタシも、任務じゃなきゃ速攻でおさらばしてたわよ…と吐き捨てるようにグレルは言った。
アンジェリーナは、ズキッと胸が痛んだ。
グレルの語りを聞いて、ジェームズが想像していた以上に辛い境遇にあった…その事実に心が苦しくなったのだ。
「でもね…それならもっと早くに元凶(ババア)をどうにかしなかったワケ?」
「それ…は……」
「ハッキリ言って、アンタは優柔不断なのヨ。
【血の繋がりがあるから】って理由で、今でも元凶を家に押し込めるだけで問題を先延ばしにしてるダケ。
その所為で、被害にあったのはアンタだけじゃないのよ」
彼女?の言葉に、ジェームズは反論しない…いやできない。
きつく聞こえるが、グレルの言う事は正論である。
それが分かっているから、ジェームズは沈黙するしかないのだろう。
「エレオノーラちゃんが、どれだけ怖い思いしてたか把握してる?
アンタがいない時に、ババアの標的にされやすいのはあの子なんだから。
一方的に振り回される上に、さんざん他人への悪口のオンパレードに付き合わされる…精神的な拷問そのモノ。
反抗的なマネをするなら、怒鳴り散らすし…よくもまあ耐えてるって思うわ。
理不尽に一部の元使用人からも、クビにされた腹いせで母親の代わりに茶器をぶつけられそうになったりしたのよ」
アタシが対処してなかったら、どうなっていたか…とその時の事を思いだしたグレルは苦い顔になる。
「あのダンディな家令のモーリスだって、物をぶつけられて生傷ができても、無茶難題を言われてもイヤな顔せずに我慢してるワ。
世話係のメリッサなんて、ババアの我儘が原因で実の家族とすれ違った結果、今じゃ手紙を送っても返事がこない状況よ」
スピアリンク家のあまりにも悲惨な家庭事情に、アンジェリーナは絶句する。
「他家の事情に口を出すのは無粋だが…」
会話の一部始終を聞いていたシエルが、厳しい顔で口を開いた。
「ジェームズ・スピアリンク…お前は当主として選択を誤った。
中途半端な善意で、身内だけでなく無関係の人々に悲劇をもたらしてしまった。
その事実に目を逸らし、闇に落ちてしまったのは紛れもなくお前自身の責任だ」
「…うるせぇ!」
突然、ジェームズが激昂した。
声音が切り裂きジャックへ変わり、瞳は鮮血色へ戻っていた。
「どいつもこいつもうるせえんだよぉおオオオ! 気色わりぃ女男とガキが説教垂れやがって、何様だッ!?」
「…どうやら、ジェームズ氏と切り裂きジャックの入れ替わりは、ジェームズ氏の精神状態も関わっているようですね」
怒りを露わにする殺人鬼に対し、セバスチャンが冷静に分析する。
切り裂きジャックが憤怒の表情を浮かべ、八つ当たりのように壁や地面を破壊する。
「お前らにジェームズの何が…分かる! 俺はあいつの事を…一番知っている…ッ!!」
「ほぉ…では、ジェームズ様は心から何を望んでいらっしゃるのでしょうか?」
セバスチャンが探るような目で問いかけると、切り裂きジャックはニヤリと口端を吊り上げる。
「あいつはもう現実には戻りたくねえんだ。
…口煩い無能で有害なババアや、泣いてばかりの目障りな妹、平気で子を捨てる阿婆擦れ共がいるこの世界から離れたいんだよ!
だから、俺があいつの代わりになる。そして、この英国中のすべての女を選別し、従順なモノだけ僕にしてやる!
逆らう者共は全員粛清だァアアアア!!」
切り裂きジャックは高らかにそう宣言した。
「バカね、そんなのムリに決まってるでしょう」
しかし、そんな彼の野望を叶える事が不可能だとグレルが断言した。
バッサリと即答で言われた事に、切り裂きジャックはへっ…と間抜けな声を漏らしてしまう。
親友の闇の深さに心を痛めていたアンジェリーナも、グレルの発言にギョッとする。
「てっ…てめえ! ふざけた事抜かすんじゃね…ッ!」
グレルは、憤怒の表情で睨みつける殺人鬼に怯む様子もない。
それどころか、フッと冷笑を浮かべた。
「弱い者イジメしかできないアンタ如きが…女を舐めんじゃないワヨ。
アンタ以上の強さの女はもっといるんだから。
―――ねぇ、リエちゃん」
流し目をして、グレルが指名するように、リエの名を呼んだ。
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