第2章:人には【光】と『影』がある
「ようこそ、マダム・レッド、劉。
それから…初めまして、レディ・メイシー」
上等な椅子に座った各人に、この屋敷の主…シエルが挨拶をする。
「お久しぶりね、伯爵。招待状をよこすなんて…今回は、どんな勅令が下ったのかしら」
「それはおいおい説明する、まずはお茶でも飲みながらリラックスしてほしい」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
アンジェリーナと劉は慣れた感じで、シエルと会話をする。
ただ、新参者であるセリアだけは上流階級の雰囲気に呑まれつつ、恐縮しているようだ。
「どうぞ」
セバスチャンはさりげなく、紅茶を差し出した。
セリアはどうも…と軽く会釈すると、それを口にする。
「あっ…おいしい…」
「お褒め頂き光栄でございます。
本日はジャクソンの『アールグレイ』をご用意いたしました。
こちらのレアチーズケーキも一緒にご賞味くださいませ」
長机にコトッと置かれたレアチーズケーキ。
上に薄切りのレモンを乗せた見た目も綺麗なデザインだ。
フォークで一口切り分けて口へ入れると、濃厚なチーズの味が万遍なく広がる。
それでいてしつこくなく、一噛みしていく毎になめらかな味わいへ変化していく。
すぅーと舌へ浸透していき、完全に消えた後も余韻に浸ってしまう。
「うーん…セバスチャン、あんたの作るデザートも最高だわ!」
アンジェリーナも、セバスチャンの菓子作りの腕前を高く評価した。
「昔、どこかで菓子職人(パティシエ)の修行でもしてたのかい?」
「そんな大層な事はしていませんが…ファントムハイヴ家の執事たる者、主を満足させるデザートをつくれなくてはなりませんから」
セバスチャンは、にこやかに劉の質問に答える。
(一流の執事って、こういう技能も持ち合わせていないといけないのね…)
レアチーズケーキを味わいながら、セリアは一流の執事の凄さに衝撃と感銘を受けていた。
実際の執事がそういう技能が必須と言う訳ではないのだが…。
「…ここからが本題だが」
ティーカップを皿に置くや、シエルが口を開いた。
「あら、ようやく話してくれるのね」
「今回はどんな命令を受けたんだい?」
「…数日前、ホワイトチャペルで娼婦の殺人事件があった」
シエルが口にした話題に、アンジェリーナは微かに目を見開く。
「何日か前から新聞が騒いでいるヤツね、知ってるわ。
だけど、アンタが動くってことは何かあるんでしょう? シエル」
「そうだ、ただの殺人ではない。猟奇的…最早、異常といっていい。
それが‟彼女”の悩みのタネというわけだ」
「どういうこと?」
「被害者の娼婦、メアリ・アン・ニコルズは何か特殊な刃物で原型も留めない程、滅茶苦茶に切り裂かれていたようです」
アンジェリーナの疑問に、セバスチャンが答えた。
シエルが、ケーキを一口食べながらその続きを紡ぐ。
「市警や娼婦達はこう呼んでいるそうだ。
―――【切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)】
僕も早く状況を確認せねばと思い、急ぎロンドンへ来たというわけだ」
説明を聞きながら、アンジェリーナは眉を潜める。
まさか、あの患者が殺された事件の話題がこういう形で出てくるとは…。
診療を遠回しに断ったあの日…彼女は別の医師を探すと言っていた。
その間に、犯人に殺されたのだろうか?
(あんな結末を迎えるだなんて…思わなかった)
授かった命を簡単に殺そうとした事は許せない。
同時に、無残に命を奪われてしまった被害者を可哀想だと思う自分がいた。
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