第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり
あまりにも理解を超えた一連の出来事に、呆然としているレディ二名。
(…て何がどーなってんのよ、これ…)
マダム・レッドもまた、敵か味方か今一つ不明な謎の美青年の登場で、頭が少しパニック気味だ。
その美青年がやけに夢中である、リエが未だに硬直している事に気付き、たまらず声をかけた。
「ちょっと…リエ、貴女…大丈夫?」
「えっ……あっ、はい。大丈夫です」
リエは刹那の間、ぽぉーと放心状態だったが、マダム・レッドの声で我に返ったようだ。
「本当に…ゼアノートさん…?」
「…なに?」
「…いいえ。なんでもありません。それよりも、早く此処から退散した方がいいですよ」
忘れてはいけない…ここは、イタリアマフィアの構成員たちの根城だ。
リエの術で眠っているとはいえ、いつ起きるか分からない。
「アンさん。セリアさんとヘレンさんをお願いします」
「えっ…リエさんは…?」
「私は会わないといけない人がいます。その人に挨拶をしてからこのお屋敷から出ようと思います」
「あ、危ないんじゃ…」
人に会うために残ると言うリエに、ヘレンは心配そうに止めた方がいいと勧める。
すると、リエは柔らかく笑みを浮かべてこう返した。
「大丈夫。ちょっとお話しするだけですから。アンさん…」
「…分かったわ。さぁ、二人とも行くわよ」
リエの気持ちを汲み取ったマダム・レッドが、二人を裏口へと誘導する。
三人がいなくなったのを見計らうと、リエは一呼吸する。
(あちらも…終わったみたいですね)
二階の一室で、一つの気配が消えた。
セバスチャンも、主を救出する事に成功したのだと、リエはすぐに察した。
もの凄いスピードで、二つの気配がこちらの広間まで近付いてくる。
そして…数秒立たないうちに、彼等はやってきた。
「…どうやら、救出に成功したようですね」
「ええ、おかげさまで」
リエが「お疲れ様です」と労いの言葉を言うと、セバスチャンはニコリと笑って「どうも」と返す。
「セバスチャン…何者だ、この女性は?」
「こちらのレディは、アズーロ様に囚われていたガヴァネスの方々を救うために、こちらへ潜入していたそうです」
セバスチャンが簡潔に説明すると、シエルは胡散臭そうにリエを見つめる。
すると、リエはシエルの顔をみるや近づいてきた。
殴られてできた青痣、拭いたとはいえ、鼻や口、ところどころに血がついている…相当酷い暴力を振るわれたのだろう。
「怪我していますね…」
「別に…関係ないだろ」
シエルが素っ気なく言い返したその時…顔に届くか否かの距離で手を翳された。
そこから淡い緑色の光が放たれ、シエルの全身を包み込んでいく。
(なんだこれは…痛みが引いていく…!?)
(これは高位の癒しの術…)
「これで大丈夫」
手を除けると、シエルの顔は元通り…最初から傷なんてなかったかのように、癒えていた。
そっ…と目や口を軽く触るシエル。
「…いったい、お前は何者なんだ?」
「自己紹介がまだでしたね…私はリエ。探偵です」
「探偵…ですか」
普通の人間ではないとすぐに分かり、警戒心を露わにしたシエルが尋ねると、リエは自らの名前と職業を明かした。
セバスチャンは、その自己紹介に興味をかられたのか、口元を手で隠すようにジッと彼女を観察している。
「ガヴァネス達は?」
「もう避難させました。あと…そろそろこの屋敷から離れないと、騒がしくなりますよ。
市警(ヤード)が来ますから」
「市警(ヤード)が? 貴女が手配したのですか?」
「正確には、“優秀な助手さん”がですけれど。それでは、私もこの辺でお暇させていただきます」
リエはワンピースの裾をつまんで、会釈すると踵を返して去って行った。
彼女の後ろ姿を、シエルは眉を潜めて黙って眺めていた。
「セバスチャン…帰るぞ」
「イエス・マイロード」
リエの姿が見えなくなり、シエルはようやく口を開いた。
セバスチャンは主人の命令にクスッと笑いながらも、彼を担いだまま瞬時に姿を消した。
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