第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり
「な、なんで…死ん…でね」
こめかみに向けて銃の引き金を弾いたはずなのに、シエルは生きている。
アズーロは仰天して、頭が混乱している。
「お探し物ですか? 弾丸(コレ)、お返しいたします」
その疑問は…いつの間にか後ろに回り、耳元でセバスチャンが囁いた事で解明された。
コロンと胸元のポケットに弾丸を入れ、セバスチャンはさらに言葉を続けた。
「こちらは主人を返して頂きましょう。まず、その汚い腕をのけて頂けますか?」
セバスチャンがスッと指先を動かすと、アズーロの腕はバキバキと音を立てて、折れてしまう。
「ぎゃあああ!」
痛みに呻き声を上げるアズーロ。
セバスチャンは、もがき苦しむアズーロから解放されたシエルを丁重に抱きかかえた。
「今回のゲームもさして面白くなかったな」
つまらなさそうに呟くシエルを、セバスチャンは苦笑しながら近くのソファーに座らせる。
拘束具を解いていると、アズーロがセバスチャンに向かって必死に叫んだ。
「ま ま…待てよォ…あんたっ…! ただの執事だろ!?
俺はッ、こんな処で終われねぇんだよッ!!
用心棒として給金は今の5倍、いや10倍出すッ!!
酒も女も好きなだけ…だからッ、俺につけ!!!」
アズーロは破格の条件をつけて、セバスチャンを味方につけようとする。
だが、彼から返ってきた回答は―――
「…残念ですが、ヴェネル様…私は人間が作り出した硬貨(ガラクタ)等には興味がないのです」
ブチブチとベルトを引きちぎり、シエルを自由の身にしたセバスチャンは薄らと妖しい笑みとともにこう続けた。
「私は…“悪魔”で執事ですから」
彼の口から信じられない事実を明かされるや、アズーロは頭の中が真っ白になった。
「坊ちゃんが“契約書”を持つ限り、私は彼の忠実な下僕(イヌ)。『犠牲』『願い』そして…『契約』によって、私は主人に縛られる」
―――その魂を引き取るまで
左手の手袋をとったセバスチャン。
手の甲には、シエルの右目に浮かび上がる同じ紋様…『逆ペンタグル』が描かれていた。
「あっ…あああああ…」
「残念だが、アズーロ―――『ゲームオーバー』だ」
シエルがその言葉を言い放つや、アズーロの視界は暗転した。
【ゲームセット × 強敵(?)登場】
フードを下げて、顔が露わになった男性。
銀色の長い髪、少し日に焼けたような褐色の肌に、月を連想させる金色の瞳。
見る限り、20代くらいの年齢の青年だ
多くの殿方と親しいマダム・レッドの目からみても、かなりイケメンの部類に思えた。
彼女の眼力を証明するかのように、ガヴァネスのレディ二人も頬を赤らめて、その男性に見惚れている。
「貴方は……!」
その男性の素顔を目にしたリエは驚きを隠せずにいた。
リエのその態度から、彼と面識があるのか…?
「思わぬ邪魔が入ってしまった。……だが、チャンスはいくらでもある」
よく耳を立てれば声までイケメンじゃない、反則過ぎない!?…とマダム・レッドは内心ツッコむ。
「まさか…貴方は『ゼアノート』さん?」
ゼアノート ―――それが眼前の人物の名前らしい。
でも、名前を口にした割に、リエは半信半疑といった感じで、彼の名前がそれで当たっているのかすら微妙な様子だ。
なら、初対面なのだろうか…それだと、この人物と思われる名前を、何故彼女は知っているのだろう?
「名は好きに呼んでくれて構わない。【幽玄なる祈り人】」
男性…ゼアノートはそう言葉を返すと、いつの間にかリエの近くまで来ており、彼女の右手を握り持ち上げると、手の甲にキスを落とした。
その行為に、見ていたヘレンはキャッと頬をますます赤らめ、セリアは口をパクパクさせる。
「また会おう…リエ」
耳元で甘く艶やかにそのメッセージを囁くと、ゼアノートは床から出現させた狭間の闇へと姿を消した。
あまりにも不意打ちな行動に、リエはトクトクッと胸の鼓動が早くなっている事に気付き、そっと両手で胸元を抑えた。
【つづく】
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